第21章 ── 第19話

 倉庫区画付近は、五〇人分くらいのピンが立っている。

 やはり、倉庫だけあって価値のあるものが多いのかもしれない。


 食料品や原材料倉庫など、売りさばくのも、持ち運ぶのも面倒な倉庫は捨て置かれているようだ。

 嗜好品や贅沢品の倉庫を中心に襲われているね。


 俺は一番近い場所にある酒樽倉庫に向かう。


 倉庫の入り口まで来ると、酒瓶を手に肩を組んで馬鹿笑いしている男が二人目に入った。


「おい」


 男たちに近づきつつ、声を掛ける。


「なんだぁ? オメェ?」


 むう。この前出した幻影の俺とハリスを思い出してしまうな。


「お前ら、海獺シー・オッターか? それとも海鮫シー・シャークか?」

オッターだぁ。シャークは街に出てるからなぁ」


 ベロベロに酔っ払っているせいか、部外者の俺に陽気に応えてくる男たち。


「オメェも飲むかぁ? ここの酒は良いのがそろってるぞぉ?」

「いや、遠慮しておく」


 俺は男たちを無視して倉庫の中に踏み込む。

 そこに赤い光点に囲まれた白い光点が三つ確認できたからだ。


 中に入ると、酷い姿の三人の女性を発見する。

 男どもが複数覆いかぶさっており、女性たちは既に声も出ないような状況だ。


 俺の心の熾火が業火のように燃え上がる。


「手前ぇら……」

「ああん?」


 俺の囁くような声に一人が気づき振り返った、

 男の視界には虹色の剣を構える俺の姿が入っただろうが、それがグラリと斜めに傾いて行くのが見えたに違いない。


──あれ?


 胴体とおさらばした彼の首は疑問の声をあげようとしたが、それは声にならなず、無言で床に転がっていった。


 倉庫の中にいた一一人の男どもは、ものの三秒で全員首が吹き飛んでいた。


──キャァアアアァァァァ!?


 三人の女性は放心状態だったが、男どもから噴き出した血を浴びて盛大に悲鳴を上げる。


 流石にうるさい。


「静まれ! 精神平静マインド・カーム!」


 俺の魔法は即座に女性たちに効果を発揮する。


「あ……あ……死にたい……」

「ひいっ!」

「ううう……」


 女性たちは確かに落ち着いたが、周囲に散らばる死体や自分が受けた仕打ちに精神的にやられている。


 俺は毛布を人数分取り出して彼女たちに掛けてやる。


 コミュ障な俺はどう声を掛けていいのか解らず、無言のまま酒樽倉庫を後にする。


 男どもからは助けてやったが、自分に降り掛かった火の粉に悲嘆し自ら命を断つなんて事もあるかもしれない。


 しかし今、心のケアまでしている暇はない。

 試練を乗り越えるのは彼女たち自身に任せよう。


 入り口で今だ呑んだくれている二人の男の首をすれ違いざまに飛ばしておく。



 その後、貴金属商の倉庫や宝石商の金庫など、様々な倉庫で襲撃者を血祭りにあげていく。

 一般人に毛が生えた程度、レベル一〇あたりの海賊では相手にならないからな。


 三〇分もしない内に、倉庫区画の襲撃者を全て排除した。


 途中、防衛戦を築こうとして裏切り者どもの襲撃を受けた衛兵詰め所を見かけた。


「くそっ!」


 周囲を見回すが、動いている者は誰もいない。

 多勢に無勢だったのだろう。必死の抵抗も虚しく殲滅されてしまったようだ。


 俺は詰め所の開け放たれた扉から中を覗き、大声を張り上げた。


「誰かいないか!? 無事な者は!?」


 俺の声が詰め所内に響き渡る。


「ひっ!」

「しっ!」


 俺の聞き耳スキルが小さな悲鳴と短い「黙れ」の音を拾ってきた。見れば白い光点が八個ほど詰め所の一角にある。


 これは、奥の物置部屋からだな。


 物置部屋の前までズカズカと歩いていくと、チャキッと金属の音が微かに聞こえた。

 俺は無遠慮に扉を開ける。

 すると鋭い剣先が襲いかかってきた。

 俺は人差し指と中指でその剣先を白刃取りする。


「くっ!?」

「慌てるな。俺は賊じゃない」


 見れば、衛兵が二人、女や子供が六人狭い部屋に隠れていた。


「に、人間技じゃない……」


 剣を構えている一人の衛兵が絶望に打ちひしがれたような声を吐いた。


「言ったはずだぞ。俺は賊じゃない」


 もう一度言うと、動かない剣を必死に俺から奪い返そうとしていた衛兵が力を抜いた。


「こ、これは! と、特使様ではないですか!」

「ん?」


 男の顔を見ると、一度見たことがある男だった。


「ああ、追い剥ぎを引き渡した時にいた衛兵さんじゃないか」

「し、失礼しました! 敵かと思いまして!」


 衛兵は武器から手を離してひざまずいた。


「いや、気にするな。それより、よく無事だったな」

「はっ! 仮眠室で寝ていた所、襲撃を受けまして……武具も身につけていませんでしたので慌てて隠れたので私たち二人は助かりました」


 なるほどね。衛兵なのに臆病な行動だと俺は責めるつもりはない。


「良い判断だ」

「しかし、守るべき市民を守らず……」

「いや、そこに六人救われた街の者がいるじゃないか」

「敵がいなくなり、武具を装備してから付近を隠れながら見回った折に見つけた者たちです。私たちだけでは六人が精一杯でした」


 悔しそうに目に涙を浮かべる二人の衛兵。


「君たちは失われるはずだった六人の命を救ったんだよ。職務を十分に果たしたんだ」

「ですが……」

「いや、ここにいる六人にとって、君たちは英雄だ。自分たちの行動を卑下する事はない。この六人たちの信頼を裏切るような発言はしない方がいい」

「あ、ありがとうございます……」


 衛兵はガクリと両の膝を付いて男泣きに涙を流した。


「君たちの任務は、この六人を守る事だ。引き続き警護を」

「使者様は……?」

「この騒ぎを起こした首謀者と襲撃者たちを狩りに行く」


 俺がそういうと衛兵たちは驚いた顔をする。


「相当な数のようです。たったお一人では……我らも!」

「さっき言ったろ。君たちの任務は、ここにいる人たちを守る事だ。敵の排除は俺に任せろ」

「ご、ご武運をお祈りしております!」


 俺は頷く。


「冒険者の職務だ。綺麗サッパリ片付けてやるよ」


 俺はニヤリと笑って物置部屋から出ていく。



 仲間たちの包囲陣はどんどんと縮まっていく。

 俺もペースを上げて襲撃者を倒して歩いた。


 街の民や旅人、旅の商人など、隠れる場所を確保できなかった人々が、襲撃者に追われているのに出会うことが多くなり、俺は魔法と剣で順次人々を救出していく。


「みんな、状況はどうだ?」


 パーティ・チャットで仲間たちに確認してみる。


「順調じゃぞ。一〇〇人近くやったのじゃ。我が子供だと思うて面白いように飛びかかってくるでのう」


 マリスが陽気に応える。


「こちらも……問題ない……」

「私の方は少し手間が掛かっているよ。怪我人を癒やしたりしてるんだ」


 ハリスは淡々と、ダイアナ・モードのアナベルも冷静に対処しているのが解る。


「トリシアはどうだ?」

「ケント、私は屋根伝いに移動して敵を排除しているのだが、敵の動きに変化が見える」

「変化?」

「ああ、我々の存在に気付いたようだ。ある方向に集まりつつあるように思える」


 俺は大マップを確認する。


 なるほど。トリシアの言う通りのようだな。ある区画に向けて二〇〇人ほどが集結し始めている。


「宿屋とかの区画だな。ボスがいるあたりに集結するつもりのようだ」

「そうだな。私もそう判断する」


 宿屋区画は街の南と北に存在するが、襲撃者たちは南の宿屋区画に向かっている。


「南の区画は門に近い、逃走路を確保しつつ、俺たちを迎え撃つつもりなんだろう」

「我らが逃がすわけないのじゃ」

「当然……だ……」

「マリオン様の名の元に、どこまでも追ってやる!」


 それは俺も同じ気持ちだ。

 街の戦力の大多数が外に出た事を良いことに、街を襲撃するなど下衆な奴らを許すつもりはない。


「やつらに逃げ道はない。いいか、ボス以外は殲滅していい。俺は降伏など認めない。腐ったミカンは軒並み処分だ」

「了解だ」

「任せるのじゃ!」

「承知……」

「やってやるぜ!」


 俺たちはさらに包囲陣を縮めていく。


 目の前を逃げていこうとする襲撃者に徐に魔法の矢マジック・ミサイルを打ち込む。

 建物の窓から射掛けられた複数の矢を攻性防壁球ガード・スフィアが自動的に撃ち落とし、襲撃者をバラバラにしていく。


 俺の通る道では生き残れる襲撃者はいない。助けるつもりは全くないしな。

 誰一人逃がさない。


 治安が悪かったのはあるが、活気のある街にこれだけの損害を与えたんだ。

 それ相応の報いをくれてやらねば、犠牲になった街の人々、商人や旅人の魂が浮かばれないだろう。

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