第21章 ── 第17話

 今回の海賊とセイレーンのいざこざは全て片付いた。


 俺たちが乗るアルカディア号も他の海賊たちと共に帰途についた。

 ブラックバーン号の第一マストがマリスに破壊されてしまったため、港への帰着は四時間ほど掛かりそうだ。


「ドレイクは何も言ってなかったけど……」

「ん?」


 俺の囁きにトリシアが反応した。


「あのマストの修理代どうすっか……?」

「マリスに払わせれば良いだろう?」

「そういう訳にもいかないだろ。トリシアもアナベルもハリスもマリスと水球やってたんだし」

「では、私も出そう」


 連帯責任で全員で出すしかないな。一体どのくらいの修理費が掛かるのやら……



 波に揺られ船は進む。

 甲板を散歩していると、船首のあたりにハリスがいた。


「ハリス、何をしてるんだ?」


 声を掛けるとハリスは振り向いた。


「ん? ハリス……どうした?」

「な、何が……だ?」

「物凄い顔が青いぞ?」

「き、気にする……な」


 猛烈に青い顔でハリスが言う。


 大波を掻き分けたのか、船体が猛烈にグラリと揺れた。


「……!?」


 ハリスが一層青い顔をし、口元を手で抑えた。


「ハリス、船酔いか!?」

「言う……な」


 それだけ言うと、ハリスは再び船の進路方向に目をやり黙ってしまう。


 ハリスの弱点発見。船酔いとはな……行きは速度や緊張感で平気だったんだろうけど。

 レベルが上がればどうにかなる問題かなぁ。体質の問題だと改善は無理かもしれないな。



 およそ三時間ほど経ち、陸地が見えてきた。

 自由貿易都市アニアスはもうすぐだ。


「ケント……!」


 さっきまで青い顔をしていたハリスが、珍しく大きな声を出す。


「どうした?」

「見ろ……!」


 ハリスが指をさす方向は目的地のアニアスの方だ。


 俺は目を凝らしてアニアスの方角を見てみる。


「ん? 何だあれは?」


 見ると、いくつもの細い煙が風に流されてたなびいている気がする。


 俺は『双眼の遠見筒』を取り出して倍率を最大まで上げた。


「むっ!? 火事か!?」

「いや……それにしては……煙が広い範囲で……何本も……上がっている……」

「となると……」


 何か事件の匂いがする。


「パティ!」


 俺はパトリシアを大声で呼ぶ。


 パトリシアは母親と共に俺の所まで走ってくる。


「なんだい、ケント?」

「ああ、親子水入らずのところ悪いな。アニアスに異変が起きているようだ」


 俺の言葉に、パトリシアは自分の望遠鏡を取り出して覗いている。

 母親のマリーも目を凝らしている。


「何だあれ? 燃えているのかな?」


 パトリシアは望遠鏡をマリーに渡した。


「いや……ただ燃えているわけじゃ……」


 

 マリーはカッと目を見開き、望遠鏡をパトリシアに押し付ける。

 そして、そのまま中央マストの天辺の見張り台まで凄い速さで登っていった。


 そこにいた見張りが持つ手旗をもぎ取ると、船団の方へ猛烈な速度で手旗信号を送り始めた。


 見れば、船団の他の船の見張り台も慌ただしく手旗信号を振っていた。


「やっぱり何かあったな」

「ああ……」

「一体なんだろうね?」


 マリーが見張り台からロープで滑り落ちてくる。


「パトリシア! 戦闘準備を! 急いで港へ向かって!」


 さっきまで優しそうだったマリーが、まるで現場指揮官のような精悍さになっている。


「母さん! ど、どうしたの!?」

「街が襲われている!」

「!?」


 パトリシアは声も出さずに驚くが、直ぐにボスらしい反応を示す。


「野郎ども! 最大船速だ! 戦闘要員は武器を取れ!」


 そしてそのまま船長室へ走り込んでいく。


 俺とハリスもパトリシアに付いていってみると、彼女は海図を引っ張りだしてディバイダーで確認をしている。


「今の風向きは……これなら二〇分で……」


 パトリシアは甲板へと戻ると、船員に指示を出し、畳んでいた二枚の帆を広げ、その角度などを調節させている。

 そして、舵を握ってぶん回した。


 アルカディア号は風を効率よく捕らえて直ぐに加速を開始する。


 マリーも船長室の壁に飾られていたカトラスを手にとった。


「久々だけど……」


 カトラスを華麗に振り回し、マリーは感触を確かめる。


「よし、なんとか行けそうだ」


 マリーも甲板に戻っていく。


「戦闘員ども! 港についたら周囲を確保だ! 港が制圧されていた時は北の端から攻めるよ! 橋頭堡を築くんだ!」

「「「おう!!」」」


 海馬シー・ホースの船員も戦闘員もなかなか練度が高いようだね。

 捕虜になっていた者たちも増えたので結構な人数だが、マリーの号令に何の逡巡もない。


「一難去ってまた一難とはよく言ったものだね」


 俺はやれやれといった感じで肩を竦める。


「何が起きているんだ?」


 トリシアが不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。


「総力戦で戦力が減った所を狙われた可能性があるな」


 フソウが攻め込んだ可能性は低いし、トラリアでもないだろう。

 この二国に挟まれた地域なんだし、第三勢力というのも考えづらいよな。

 同盟の他の都市かとも思ったんだが、攻め込んでくるには早すぎるだろう。


 だとすると、内部蜂起? それは誰だ?


 あまりにも自由貿易都市アニアスの情報を知らなさすぎて特定が難しい。

 全ては港にたどり着いてからだろうな。


「我らも加勢するのじゃ!」

「まだ戦闘できるなら私もいくぜ!?」


 マリスとアナベルもやる気満々ですな。


「そうだな。街が何者かに襲われているなら、救援に出なければならないだろう。それが冒険者の役割だからな」

「ケントの言う通りだ。庶民に害をなす者は切って捨てろ!」


 トリシアが仲間たちに檄を飛ばす。


「言われる……までも……ない」

「了解じゃ!」

「腕が鳴るな!」


 さっきまで船酔いだったはずのハリスは戦闘前の緊張感で気持ち悪いのが吹っ飛んだようだ。マリスもアナベルも興奮気味ですな。



──一五分経過。


「野郎ども! 強制接岸用意! 錨を準備しろ! 戦闘員は配置に付け!!」


 マリーがテキパキと指示を飛ばす。

 俺と仲間たちもそれに従って、戦闘員たちと並んだ。


 強制接岸というのは初めて聞くが、船の損傷を無視して接岸するって事じゃないかと思う。だとすると、結構な衝撃がありそうだ。


 俺は両足を踏ん張って、衝撃に備えた。


──ガガガガガガ! ドンッ!


 案の定、アルカディア号は舷側を港にこすりつけ、岸に乗り上げるように接岸した。

 海馬シー・ホースのもう一隻の快速船もほぼ同時に接岸を果たす。


 バラバラと戦闘員が港へと降りていく。

 俺らもそれに続き、周囲の状況を確認する。


 港自体には何の被害もないようだ。敵らしい姿も見えない。


「街と港へ続く通路を確保せよ!」


 マリーの指示で戦闘員たちが動く。


 大型エレベータ、中型エレベータ、螺旋通路の三箇所へと戦闘員が走っていく。


 俺たちは螺旋通路へと向かう。


「ぎゃあ!?」


 突然、先頭を走っていた戦闘員が倒れた。肩に矢が刺さっている。


「散開!」


 マリーの命令に戦闘員たちが周囲の物陰に散る。俺らも一応隠れておく。


 コッソリと矢の飛んできた方を見ると、一〇人くらいの男たちが弓や剣などの武器をもって慌てているような雰囲気を出している。


「あいつらは……ここの海賊じゃね?」


 近くにいた戦闘員に言ってみる。


「そのようです……あの顔には覚えがあります。海獺シー・オッターのやつらですね」

「誤射かな?」


 俺はそいつらの様子を窺う。


 どうもそんな雰囲気じゃないな。まだ武器を降ろさないし、こちらがアニアス海賊なのを解ってて攻撃してきたようだ。


「謀反かな?」

「そうだとしても、奴らは許しませんよ」


 だよな。


 さてと、敵は一〇人程度だし……こちらの戦闘員は八〇人と俺ら五人だ。とても奴らに負ける状況じゃない。

 一斉に襲いかかればあっという間だろう。

 だが、無駄にこっちに死傷者を出しても仕方ない。俺たちで対処するのが一番良さそうだ。



「トリシア! 後方からの援護を! アナベルは怪我人の救助! マリスとハリスは俺についてこい!」

「了解だ、ケント! 援護射撃は任せろ!」

「私も行かせろよ!」

「アナベル! 個人的に満足しようと思うな! まずはさっき射られた戦闘員を助けるんだ!」


 俺が怒鳴るとダイアナ・モードのアナベルは渋々従う。


「台地の上の方に向かえば、嫌ってほど戦えるはずだ。それまで自重しろよ」

「解ったよ。今は我慢するよ」


 ダイアナが承知したのでマリスとハリスに顔を向ける。


「先陣は我で良いかや?」

「ああ、最前衛はマリスの役割だからな」


 俺がそういうとマリスはニンマリと笑う。


「ハリスは……」

「解っている……分身を……使う」


 ハリスは俺の意図を理解しているね。


「よし、では冒険を始めよう」


 俺とマリスは物陰から飛び出して、襲撃者たちへと走り出した。

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