第21章 ── 第16話
「襲って良い船と悪い船の判別はどうやってんの?」
俺は一応聞いておく。
「旗を上げてもらっている。俺らが指定した旗を上げているヤツは襲わないし、襲われているのを見かけたら保護する事になっている」
やはり旗か。
「なるほど。その旗を上げていないのはセイレーンが襲ってもいいんじゃないのか?」
「理屈ではそうなるが……俺らの獲物でもあるんですぜ?」
「それは漁場と同じ理論だろ。お前らもその獲物を分け合えばいいんだ」
「だけど……」
「だけどもメイドもない。人間もセイレーンの縄張りで漁をしてたんだろうが。お前らもセイレーンに分けてやるべきだ」
襲われる方はたまったもんじゃないだろうけど、彼らの縄張り内のルールを守らないんだから、襲われても仕方ないだろう。
通行料やらミカジメ料、保護費などと言われているが、税金と同じものだ。
俺ら領主もそうやって金を得ているんだし、海賊たちの家業が悪だとは言えない。
そういった費用に納得できないなら自分らで身を守れるようにするべきだしな。
「解りやした。そこも分け合うって事で……でも、旗を上げてる船だけは襲わねぇでもらいてぇ」
「そこは了承しよう。旗とやらを我らに一つ貰えるか? 種族の者に周知せねばならぬ」
「ああ、それは直ぐに渡そう」
うむ。もう一歩進んだね。やっぱり話し合いで解決できるレベルじゃないか。
俺はここで、ふと気になったのでメアネスに聞いてみる。
「ところで、何でセイレーンは船を襲うんだ? 人間用の物資なんかセイレーンには必要ないだろう?」
「我々が人族の船を襲うのは、稀に光る石を運んでいるからだ。我らは光る石に目がないのだ」
やはりか。
俺はインベントリ・バッグからドーンヴァースの換金アイテムの宝石を幾つか取り出す。
「光る石ってのはこれのことだよな?」
青や赤、緑に輝く宝石が、ゴロゴロとテーブルの上に転がると、メアネスが目を奪われたようになってしまう。もちろん、ドレイクもだ。
「こ、こ、これは!? なんと素晴らしい石か!」
「ケントさんよ。すげぇお宝持ってるんだな!」
ワナワナと震えるようにメアネスが宝石に手を伸ばそうとした。
「待て、メアネス。この話し合いが終わったら、これをお前たちにやってもいい。だが、今は話し合いを進めるんだ」
「それは真か! では話し合いを続けよう、ドレイク殿」
メアネスは突然ノリが良くなり、ニコニコとドレイクを見る。
「俺らには下さらないんで?」
「お前たちには戦争を止めてやったろうが。逆にこっちが報酬もらいたいくらいだぞ?」
「た、確かに……面目ねぇ。後でアンタに報酬を払う事を約束しよう」
「いや、セイレーンと和平を結んでくれれば、報酬はいらないよ」
ドレイクはビックリした顔をする。
「それでいいんで?」
「俺たちは冒険者だからな。困っている者を助けるのが仕事だ。金は二の次さ」
「なんか、話に聞く救世主様の言葉みたいだな」
ドレイクがそう言うと、メアネスがキョトンとした顔をして口を開いた。
「お前たち、知らなかったのか? この冒険者は、救世主シンノスケと同じ所から来た方なのだぞ?」
「な、なんだと!?」
「あれだけの力を見て、そこに行き着かないとは……」
メアネスが驚いた声を上げるドレイクに呆れ顔になる。
「俺は救世主じゃない。戦いの前にも言っただろう。確かにシンノスケとは同郷だがな」
パティとタロスは口をパクパクするばかりで声が出てない。相当驚いているようだ。
「そうか……なるほど。救世主様と……俺のギルドは古い時代、救世主様を船に乗せたことがあると聞いている」
へぇ、そうなんだ。
「救世主様を載せて周辺の国に運ぶのが俺たちギルドの役割だったんだ。救世主様が作ってくれる料理は物凄い美味かったと伝わっているんだが……」
「ああ、天ぷらとかだろ? フソウでもそんな伝承があったよ」
「てん……ぷら? 俺らはジャガイモと肉の煮物と聞いているが」
ああ、そっちか。
「うん、肉じゃがだね。俺が泊まってる宿屋の名物料理だよ」
「サミュエル亭に泊まっているんで?」
ドレイクも知っている宿だったのか。
「そうだよ。ちょっと寂れちゃってる感じだけどね」
ドレイクが立ち上がり、後ろにあるブラックバーン号に顔を向けた。
「マンセル! サミュエル亭が寂れてるって!?」
「ああ、船長。最近、そんな話を聞いたよ。高級宿屋とかに押されてるらしい」
「聞いてねぇぞ!」
「聞かれなかったですし……何か問題なんですかい?」
「馬鹿野郎! サミュエル亭の初代は俺らの仲間だったお人だぞ! 代々、サミュエル亭は俺らが支援する事になってるんだ!」
「へぇ……それは知らなかったですよ」
「あ……うん……俺のせいか……」
ドレイクがポリポリと頭を掻く。
「マンセル。港に帰ったら、しっかりサミュエル亭を支援してやれ。あそこが潰れたら、俺は先代に顔向けできねぇ……」
「解りやした。早急に支援します」
ドレイクが再びこちらに顔を向けた。
「すまねぇ。ちょっと手違いがあって」
「ふむ。ま、俺に謝られても困るよ。サミュエルさんに謝ってね」
ドレイクは心得たといた顔で頷いた。
その後、色々と話し合われて、海底にいる海賊の船員たちを全員返してくれるとセイレーンは約束した。
それと、セイレーンたちは今後、自分たちが海底で手に入れた物資を、アニアスの街に持ってきて自由に売る事が許される事になった。
この物資とは沈没船や襲った船のものを指すが、余った水産物なども含まれる。
ドレイクは、そういうものを商うために、港にセイレーン専属の商館を設ける事を約束する。買い取られる物資は適正価格と決められる。
そして、セイレーンは手に入れた金で宝石や武器など買うことにするという。
こうして、二〇〇年にも及ぶ人間とセイレーンの抗争が終結することになった。
なんとか肩の荷が下りた感じだよ。
話し合いが終わり、セイレーンが海の中に戻っていく。
これから、捕虜を連れてくるそうだ。
話によると、この二〇〇年で数千人規模で捕虜にしていたそうだが、今いるのは二〇〇人程度だそうなので、この海賊船団に収容できる程度らしい。
二時間ほど待っていると、次々に海底から泡のような物と共にセイレーンたちが上がってくる。
泡は海上に出ると弾けて消える。泡が消えたあたりには、何人もの人間が海上に頭を出していた。
「おお。青髭の!!」
「ドレイク! 助けに来てくれたのか!」
「助けらいでか! お前は俺たちの仲間だからな!」
海賊船から縄梯子が何本も降ろされ、捕虜たちがどんどんと収容されていく。
そんな様子をパティはアルカディア号から必死に見ている。
そして、パティは叫んだ。
「お母さん!!!」
ある女性らしい人にパティが大声を出して呼んでいる。彼女の髪の毛には珍しい珊瑚の髪飾りが付いていた。
「お母さん!!!」
その声にアルカディア号の船員たちも急いで集まってきた。
「おお……あの髪飾りはマリー船長だ!」
「本当にマリーさんが!!!」
その騒ぎに気付いたのか、海面に頭だけ出した女性が振り返った。
少しやつれている感じだが、彼女はパティを見ると凄く嬉しそうな笑顔を作った。
「パトリシア!」
「お母さん!!!!」
必死にパティは女性に手を振っている。
女性は海を軽やかに泳ぎ、アルカディア号までやってきた。
パティは愛称だったのか。パトリシアが正確な名前だったんだなぁ。
アルカディア号の甲板に登ってきた女性にパトリシアが飛びついた。
「おがぁざん……」
グスグスと泣くパトリシアの頭を女性が優しく撫でている。
「心配掛けたね、パトリシア。お母さんは帰ってきたよ」
「じんだど……おもっでだの……」
女性は優しくパトリシアに応える。
「小さいパトリシアを置いて母さんは死なないよ。パトリシアが立派な大人になるまではね」
タロスや周囲の船員が貰い泣きをして鼻を鳴らしているのが聞こえる。
「姐さん。ご無事で……」
「タロス、苦労をかけたようだな。パトリシアが世話になった」
「いえ、当然の事です。ボスは姐さんの代わりをしっかり果たしてくれました」
「パトリシアが? へぇ……パトリシアがねぇ」
女性は少し嬉しげだが、悲しげでもあった。
「パトリシアは女の子だから、いい人と結婚して普通に暮らしてほしかったけど……そうかぁ、ボスになったのかぁ」
「わだじは、おがぁさんみたいに海賊になるの!」
いまだ泣いているパトリシアだが、気丈に母親を見上げた。
「ところで、パトリシア。こちらの方たちは? ウチのギルドの者じゃないよね?」
パトリシアが母親から離れ、俺の方に来た。
「これはケント! あの救世主様と同じ所から来た人だよ! セイレーンとの戦争を止めてくれたんだ!」
それを聞いた女性は、驚きながらも、俺の顔をしっかりみた。
パトリシアを大人にしたような可愛いながらも綺麗な顔立ちの女性に見つめられて、少々ドギマギしてしまう。
「ど、どうも。ケント・クサナギと言います」
「パトリシアがお世話になりました。私はマリー・リード。海賊ギルド
元と聞いて、パトリシアがビックリした顔をする。
「お母さんがまたボスになるんじゃないの!?」
「いや、私はもう首領失格さ。だから、パトリシア……今はお前がボスだよ」
にっこりと笑うマリーは中々美しい。男どもが担ぎ上げた理由が判らんでもない。
「じゃ、じゃあボスはアタイ! でも、アルカディア号の船長は母さんがやってよ!」
「はいはい。ボスの命令、しかと承りました」
いいねぇ。こういう親子関係には憧れる。俺には無縁だった事だから……
彼女らが幸せそうに笑い合う光景が見れたんだ。今回の冒険は大成功だろう。本当に無事に解決できて良かった。
「任務完了……」
その光景を見ながら、俺は囁くように言う。
「ミッションコン・プリートじゃな!」
「中々有意義な冒険だった」
「良いものも見れましたね!」
「今回も……ケントは……すごかった……」
仲間たちが俺を囲み、肩を叩いてくれる。
こういう達成感を味わえるのも、ティエルローゼに来られたからかな。
俺もパトリシアと同じように幸せを噛み締めた。
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