第21章 ── 第15話
パティやセイレーンたちは、所在なさげにドレイクの到着を待っていた。
仲間たちはというと……
「マリス! そっちに行ったぞ!」
「解っておる! 捕まえた! とりゃーー!」
「げっ! もうハリスがゴールに!」
「甘い……!」
何故か水球で遊んでいたのだった。
久々の海だったし、ちょっと現実世界のスポーツについて口を滑らせたら、ルールを根堀葉掘り聞かれて、仲間たちが始めてしまった。
ボールは以前、飛行自動車のタイヤを作る時にキノワの子供たちに作ったヤツをマリスが持ってたので、それを使っている。
普通の人間が遊んでいるなら面白いスポーツなのだが、仲間たちのような高レベルの人物がやってると……
──ドゴーン!
アルカディア号の船体にボールがぶち当たり、大穴が空くのではないかというほど大きな音を立てている。
「ケ、ケント……あれ、大丈夫だよね? 穴開かないよね?」
パティが凄い不安そうな顔で俺を見上げてくる。
「うーん……俺も大丈夫とは言いにくい……」
「ま、まるで投石機で放った石礫のようですが……」
タロスもハラハラしながら見ている。
「あ、あんな冒険者を敵に回しては……我らセイレーンなど簡単に滅ぶぞ……」
メアネスたち人魚が仲間たちの水球に興じる風景を顔面蒼白でガタガタ震えながら見ていた。
「おい。お前ら。船が壊れるだろ。少しは手加減したらどうだ!?」
俺は大きな声で仲間たちを注意する。
だが、水球に夢中になっている仲間たちの耳には届いていないようだ。
そうこうしていると、ドレイクのブラックバーン号を先頭に、次々に海賊たちの船団がやってきた。
「あっ!」
またもや、マリスが放ったボールが、猛烈な威力であらぬ方向に飛んだ。
それはブラックバーン号の第一マストへと飛んでいき……
──ドカン……! バリバリバリ……! ズドーン……!
あー、言わんこっちゃない……
マリスの渾身の一撃がブラックバーン号の第一マストをぶち抜いて倒してしまった。
「うわーーっ! 敵襲だっ!」
「戦闘準備~~!!」
ブラックバーン号の船員は混乱に陥ってしまった。
修理代……誰が払うんだ……
俺は頭を抱える。
「静まれ! 攻撃は一発だ! 慌てるんじゃねぇ!!」
ドレイクの大きな声が響き、船首あたりから、髭面の男が顔を覗かせる。
「パティ! 無事か!?」
「無事だよ! もう戦いも終わったよ!」
「何だと!? お前らの船が戦場に着いて……」
ドレイクが指折り計算している。
「まだ三時間も経ってないぞ!?」
「戦いは一〇分でケントたちが終わらせたよ! アタイたちは何も出来なかった!」
「むむう!?」
総勢一〇〇隻以上の海賊船団が集結したが、一度も戦闘もできず不満の声が上がったが、ドレイクの一喝で収まる。
俺と仲間たち、パティやタロスはブラックバーン号に上がり、ドレイクと話し合う。
ドレイクに事の経緯を説明したが、全く信じられないようだった。
しかし、大人しく集まっているセイレーンたちを見て納得せざるを得ないと思ったらしい。
「しかし……すげぇな、パティの助っ人は……」
「ケントたちは一〇分間、一度も海面に顔を出さずに戦い、セイレーンを下したんだ」
パティは海上で戦闘の様子を窺っていたので、海中での戦闘については話せなかったが、自分たちが見た光景を必死に説明した。
「海中が何度もピカピカ光って、ものすごい大波がこっちにやってきたんだ! でも、その波は半透明の何かに飲まれて消えた……」
「大波? お前の母さんたちを飲み込んだ奴らの魔法だ!」
艦隊の撤退の折、ドレイクのブラックバーン号は
「
俺は二人の会話に割って入った。
「あれをお前は防いだというのか!?」
「いや……ちょっと精霊を呼び出して消してもらった」
「せ、精霊……? 精霊ってのは、世界を作る元素とかなんとか聞いた記憶が……」
ドレイクが自分の髭を引っ張りながら首を傾げる。
「まあ、そんなヤツだね。水の精霊が魔法を消してくれたのさ」
「すげぇな、お前。で、セイレーンどもを降参させたんだな」
「ああ、戦いは終わった。あとは話し合いをしてもらおうかね」
「話し合い? あいつらが何人仲間を殺したと思ってるんだ!」
こいつもか。
「ウルセェな。俺は戦争を止めに来たんだ。戦いたいならセイレーンにそう言え! お前らじゃ勝ち目なんかねぇよ!」
俺は少し怒りを覚えて怒鳴る。
ドレイクがビクリと震え、一歩後ずさる。
「むむう。この俺を怯ませるとは……やはり、只者じゃねぇ……」
「いいか、何人かは死んだろうが、セイレーンは全員殺したわけじゃない。生きてる奴らは後で返してもらえ!
だが、まだ戦争続けようってんなら、俺はセイレーンに付くぞ?
奴らは俺に負けて俺の軍門に下ったんだからな。俺の配下を攻撃するなら俺はお前たちの敵だ!」
俺の威嚇にドレイクはタジタジになる。周囲の海賊たちも同様だ。
「あー、ケントがああなったら、誰も逆らえねぇな。神々を相手にするようなもんだ」
ダイアナ・モードのアナベルが腕を組みながら、少しおかしげにニヤニヤしている。
「当然じゃなぁ。自然の摂理で言うならば弱い者は奪われるのが常じゃ。ケントは最強じゃから、従うのが当たり前じゃのう」
「だが、ケントは力ずくで全てを奪うようなヤツじゃない。争いを止めたいという真っ当な理由がある。その為なら分らず屋を懲らしめるくらいは問題ないな」
マリスとトリシアも俺を止めるような気配はない。
「ケントは……そんな事は……しない……」
俺が海賊たちと戦うはずはないとハリスは言う。ま、そのつもりはないからね。
「どうするんだ? ドレイク船長。セイレーンと総力戦をまだしたいのか?」
「くっ! 恨みは晴れねぇが……無駄に仲間を死なしたくもねぇ。良いだろう、話し合いとやらをやろうじゃねぇか」
やっとドレイクが折れた。
ふう……これで和平交渉ができるね。
例の
反対側にはセイレーンの指揮官メアネスが。
そして俺が調停役として参加する。
「では、これより自由貿易都市アニアスとセイレーンの和平会談を始める」
俺の宣言で正式な和平会談がスタートした。
「それは飲めねぇ! 漁師が魚を採るのは当然だろう!」
「だが、お前らは採りすぎる! 我らに飢え死ねというつもりか!」
「漁場は一つじゃねぇだろ。というか、お前らは海の中で生きてられるんだ! もっと沖合に出ればいいだろうが!」
「沖合の事も知らぬ無能者め! そう簡単に沖合で狩りができると思うてか!」
「あれだけセイレーンを従えていて、遠洋で漁もできねぇのか!」
話し合いは平行線です。
さすがの俺も口を挟むのが嫌になっている。
要はがきの喧嘩だ。
この遊び場は俺のだ。あっちで遊べ。
いや遊び場は皆のものだ。独り占めは許さないぞ。
簡単に言うなら、そんな事を言い合っているだけだ。
「下らないなぁ……」
俺がボソリと言うと、パティが不安そうにこちらをみた。
「でも、ケント。大事なことだよ?」
俺は仕方ないので、話に割って入る。
「で、セイレーンは漁場での漁獲高を抑えて欲しいわけだな?」
「そうだ。本来なら我らだけの縄張りだった。人族どもが狩り場を荒らしに来ているんだ」
メアネスが俺の言葉に頷く。
「海は誰のものでもねぇ!!」
ドンと机に左腕のフックを打ち下ろし、ドレイクが吼える。
「海は誰のものでもないのか? なら、俺が海をもらおう。俺の領土にして誰にも使わせない」
ドレイクが何を言っているんだと顔を曇らせる。
「セイレーンの主張を拒否し、無理やり漁を続けるなら、力による強奪と変わらない。それなら俺が海を支配してもいいよな? そうすれば誰も争う事もなくなるだろう」
「ケ、ケントさんよ。そんな事言われたら俺たちのオマンマ食い上げだ……」
俺はドレイクをジロリと見る。
「ドレイク。君の主張が正当だというなら、俺の主張も通るって事だぜ?」
「でも、そんな事できるわけが……」
「できるんだよ。やってみようか? 今直ぐにできる」
「ま、待ってくれ! もう少し話し合おう」
俺が海に話しかけようと立ち上がると、ドレイクが必死に止めに入る。
「解った。これからは魚の漁獲高はセイレーンと話し合って決める事にする」
ドレイクが渋々ながら了承した。話し合いは一歩前進ですな。
「じゃ、今度はこっちの意見を飲んでもらうぜ?」
「何だ?」
ドレイクがメアネスに鋭い視線を投げ、メアネスがそれを受け止めた。
「商船や漁船、輸送船など、俺ら人間の船を襲うのを止めてもらおうか」
ああ、そういや見境なく船を襲うとか言ってたな。
「なぜだ? それは狩りと同じだろう? 獲物を狙うのはお前たちも一緒じゃないのか?」
ふむ。その通りだな。ドレイクたちは海賊だ。自分たちの保護下にない船は略奪の対象にしている。それは狩りと同じもんだろう。
それをセイレーンだけにやるなというのは虫が良すぎる話だ。
「人間同士の事とセイレーンでは話が違うだろうが! お前らは俺たちが築き上げた秩序を破壊してんだよ! 襲う船と襲わない船は決まってんだ!」
「でも、襲われる船としたら、海賊もセイレーンも代わりはないよなぁ……」
俺がそういうとドレイクが困った顔をする。
「ケントさんよ。それは俺たちの家業なんだよ。俺らに保護費を払ってる船まで襲われたら、俺たちの信用がガタ落ちだ」
「まあ、プロテクション・ラケットってやつだな……言ってる意味は判るよ」
「ぷろ……ら? え?」
まあ、ヤクザのミカジメ料と同じような意味だが、説明は難しいねぇ。この世界にミカジメ料って言葉はないっぽいので。
ま、そこにも解決法はあるはずだ。話し合いを続けよう。
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