第21章 ── 第14話
次元隔離戦場を解除し、俺たちが水面に顔を出すと、アルカディア号のパティや船員たちが安堵の表情をする。
「全員無事か!? セイレーンに襲われる前に上がれ!!」
パティの声が周囲に響きわたると同時に、俺たちの後ろの海面には次々に人魚たちが顔を出し始める。
「げっ!? セ、セイレーンどもが……」
さすがのパティも顔を真っ青にする。
「せ、戦闘用意!!」
パティが号令を掛けると、船員たちが慌てて弓を構え始めた。
「やめぇ!!!」
俺が威圧の乗った声を張り上げると、パティも船員たちも武器を取り落して身体をブルブルと震わせ始める。中には気絶したヤツもいたようだ。
「既に戦いは終わった。これ以上の戦闘は無用だよ」
俺は威圧を解いて、努めて優しくパティたちに言う。
「お、終わった……? え? まだ一〇分も経ってない……」
「ああ、本当に終わったよ。これからパティたちには和平交渉をしてもらうよ」
船員に縄梯子を下ろしてもらい、俺たちは甲板に上がった。
「さて、和平交渉のテーブルを用意するにしても……」
俺は周囲を見回す。
海のニンフは水から出しておいたら死んでしまう。となると、船の上で会談はできないな。
俺はインベントリ・バッグ内に何本かある丸太を使って
一応、海流に流されないように
そして、それを海の上に浮かべ、椅子とテーブルを据え置く。
風や波でテーブルや椅子が飛ばされないように固定したのは言うまでもない。
「さあ、パティ、それとタロスでいいかな? あの
俺がそう言うと、パティとタロスは顔に恐怖の色を浮かべた。
「大丈夫だ。俺がいる限り二人には危害を加えさせない。信じてくれ」
俺がそう言っても、簡単にはいかないようだ。
「ケントの事は信じる……でも、母さんを奪ったセイレーンを信じるなんて……」
「そりゃそうかもしれないけど……」
俺は海上に顔を出しているメアネスに話しかけた。
「これから、海賊のボスたちをそこに連れて行くが、攻撃とか絶対するなよ?」
「海神ネプトゥールと精霊ウンディーネに誓い、我々セイレーンは危害を加えない事を約束する」
メアネスが約束の言葉を言ったので、俺はパティたちに目を向けた。
「あの通り、約束しているが? どうするんだ? 俺は戦争を止めると言ったはずだよ。これがその機会だと思うんだが?」
パティは恐怖を乗り越え、大きく頷いた。
「そ、そうだね。ケントは最初からそう言ってた。
もし、長い間続いてたセイレーンとの戦争が終わるなら、パティ・リードの名に掛けて戦いを終わらせてみせる!」
さすが、負けん気だけは強い海賊のボスだ。がんばれ、パティ。
俺はパティとタロスに
「あわわわ!?」
むう。仕方ないなぁ。
俺も
「メアネス。
「問題ない。海の上の空気は水分が多い」
ふむ、空気中の水分が多ければ問題ないのか。海のニンフは沼のニンフよりも適正があるのかな?
「んじゃ、和平会談を始めよう」
パティとタロス、メアネスが緊張した顔でテーブルを挟んで対峙する。
「では、今回の戦争についてだが……」
「我々セイレーンは、この冒険者に負けた。だが、あの街の人間どもに負けたわけでなはい」
「ケントたちはアタイの助っ人だ。ケントたちに負けたなら、アタイに負けた事と同じだ!」
メアネスがジロリとパティを睨むが、パティも負けじとメアネスに鋭い視線を向ける。
「いやいや、俺は戦争を止めに来ただけだ。誰の味方もするつもりはないぞ?」
俺がそういうとパティは驚き、悲しそうな顔をする。
「でも……だって……」
「でもでも、だってでもないよ。俺は戦争は止めた。話し合いの場を設けた。あとは当事者がしっかりと話し合うだけだろう。
俺の力を背景に話をするのでは実力で勝ったなんて言えないだろ。舌戦で以て戦えと俺は言ってるんだ」
パティが少し膨れたような顔をする。
「そんな事言われたって、アタイはこんな場で話し合うなんて初めてなんだし……」
「ま、俺も少しはサポートしてやるよ。メアネス、いいよな?」
「無論、我らは否定しない。見たところ、そこの娘は二〇歳くらいの子供だ。そのような幼少では、交渉も無理だろう」
いや、パティは八歳くらいですが。
「二〇歳? へへ。そんな大人に見える? ちょっとうれしい」
何故かパティは頭を掻いて照れた。
「ボスは、まだ七歳。副官として俺が話そう」
タロスがグイと前に顔を出す。
「え? パティってまだ七歳なの? 八歳か九歳くらいだと思った」
「もー。そんなお姉さんに見られてたなんて、困ったな~」
そこ、照れすぎです!
「なんと……まだ七歳か。交渉しても大丈夫か? 人族の総意として話し合って良いのだろうか?」
不安げにメアネスが俺に問いかけてくる。
「んー。なんなら、後から来るドレイクを待つか?」
「本当なら、それが一番良いと思います」
タロスが俺の意見に同意してきた。
「でも、アタイの計算が間違いなければ、あと三時間は来ないよ?」
「三時間か。どうする、メアネス?」
「我らは待つことは問題ない。ただ、この娘が何故、このような歳で船の船長をしているのか聞いてみたいところだが」
まあ、それは気になるだろうね。他のギルドは皆、大人がボスをしているしな。
「アタイの母さんがギルドの首領だったからだよ。二年前、お前たちセイレーンに母さんの船は沈められた! だから娘のあたしがボスになったんだ!」
目に涙を浮かべ、キッとメアネスに目を向けるパティ。
表情がコロコロ変わる所も可愛いですな。
「二年前? ふむ……あの戦いか。確かに二〇隻ほど沈めたな」
「お前たちが母さんを殺したんだ!」
パティがボロボロと涙を流しながら、メアネスを怒鳴りつけた。
「む? 我らも先の戦いで何人も死傷者を出した。当然の報いではないか。それこそ戦陣の習いであろう。
お前の母親はそんな覚悟もなく戦いの場に出たというのか?」
「ぐぬぬ」
そう言われてはパティも恨み節をぶつけられない。
「それに、あの戦いで我らは人族を殺していない」
「ふ、船を沈められたら人間は溺れ死ぬか、海の魔獣に食い散らかされるだけだ! 言うに事欠いて殺してないとは!」
タロスが吼えるように大声を上げた。
「こいつらは何を言っているんだ? 我らは船を沈める時、やむを得ず人を殺したことはあるが、生きている人間をそのまま死ぬに任せるような事はしたことがない」
「ん? それはどういう事?」
メアネスが俺に訴えてきた事を聞き、俺も訳がわからない感じになった。
「我ら海のニンフは女しかいない。海に投げ出された男たちから種を摂取するため、海底に連れていくのが習わしだ」
なんだと。海底に種馬牧場でも作ってんのかよ。
「と……言うことは?」
立ち上がっていたタロスが腰を下ろした。
「無論、二年前の戦いで生き残った人族は、全員今でも生きている」
「ア、アタイの母さんは女だよ! 種なんて男だけから取れるものでしょ!?」
なんか精液が木に
「女か。人族の女は海底に何人かいるぞ? 男たちの飯の支度や衣服の洗濯などをさせているからな」
「その女性たちの名前は?」
「名前など知らぬ。人族など男、女で十分だ」
むむう。こいつら、やっぱり人族を下等生物とか考えていそうだな。
「人魚たちは人族を奴隷として扱っている。そう解釈していいんだな?」
「そうだな。男からは種を摂取するだけだが、女は奴隷と言ってもいいかもしれんな」
俺は少し気分を害した。
「正々堂々戦った戦士を奴隷とするとはな……セイレーンには誇りも何もないようだ」
メアネスがギロリと俺を睨む。
「我らは海の支配者セイレーンだ! 丘でしか生きられない劣等種族を奴隷として何が悪い!」
「その考えが愚かなんだよ。下界にいる生物は神の名の下に平等だ。
能力が劣っていたとしても、下等やら劣等種族として蔑んで良いものじゃない。
命をかけて戦った者を遇せぬ種族こそ、下等だと俺は考えるぞ?」
俺が睨み返すと、メアネスは怯んだ。
「お前たちのその考えが正しいとするなら、お前たちは俺の奴隷となるんだな? どうだ? お前たちは奴隷になるつもりはあるのか?」
メアネスが下を向いて唇を噛む。
「それが世界の摂理。我々はお前の奴隷だ」
むむう。奴隷という立場に甘んじるつもりなのか。
一〇〇〇人も人魚を奴隷にしても手間が掛かるだけだしなぁ。
「俺は、戦いに負けた者を奴隷にするつもりはない。自らの誇りを掛けて戦った者に対してやっていい仕打ちだとは思えない」
誇りある戦いとはそういうものだと俺は思う。
負けた者を侮辱するなど、自分の誇りや品位を貶めるだけだろう。
「では、冒険者は我々にどうせよと言うのか」
「ケントだ。俺はケント・クサナギ。俺はお前たち人魚を奴隷にするつもりはない。俺は人族たちと争う事をやめて欲しいだけだ」
メアネスはどうしたものかと言う顔をする。
「我らは人族が我らの狩り場を荒らすのが納得できないのだ。根こそぎ持っていかれた後の狩り場では、我々の食料を確保できなくなる」
「ふむ。その辺りに妥協点がありそうだな」
要は縄張り荒らしに我慢がならないわけだ。
人は必要以上に獲物を採ってしまうのだろう。これは現実社会でも起こることだしな。
だとすると、漁獲高や漁場の制限をすれば、ある程度歩み寄れるんじゃないか?
その辺りは、ドレイクなどを交えて話をすればなんとかなりそうな気がするが。
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