第21章 ── 第12話

 仲間たちと港へ降りていくと、既に海賊たちが大量に集まっていた。

 およそ一〇〇隻ほどの艦船の船員の数は、およそ二〇〇〇人。

 ガレー船や帆船って結構、船員が必要なんだなぁ。

 戦闘員などもいるから、当然の数なのかな?


「オメェら! 待ちに待った総力戦だ! 今までの恨み、一〇倍返しにしてやろうぜ!」

「「「おおおお!!」」」


 勇ましい歓声が港に響き渡る。


「ケント、来たね!」


 八〇人ほどの男たちを従えたパティが現れた。


「今日はよろしく」

「こちらこそ! 今日は快晴、出港日よりね!」


 まあ、確かに天気は良いがなぁ。風は強そうだぞ?

 波が高くなるに違いない。


「アタイたちの船はあっちだよ!」


 パティたちに付いていくと、二隻の帆船があった。

 他の帆船と違い船体は細長く、マストも三本付いている。


「なんかシュッとして速そうだな」

「当然だよ。ウチのギルド自慢の快速船なんだからね!」


 そういや、快速船って言ってたっけ。


「さあ! 行くよ!」


 パティの号令で船員たちが船に乗り込む。

 俺たちもパティの後に続く。


「これがアタイたち海馬シー・ホースの旗艦アルカディアだよ!」


 宇宙の海は君の海だったんだね、パティ!

 と、つまらない冗談が即座に浮かぶが、口に出すのはジッと我慢する。

 どうせ口に出したところで、ネタを理解されることはないからな。


 海賊船が我先にどんどん港を出ていく。

 パティの海賊船二隻も出港した。


 風が強いので波は高いが、その波を切るように快速船アルカディア号が突き進む。他の船と比べて細く鋭い船体だからこそできる移動だ。


「パティ、戦場はどこなんだ?」

「港から北西に三五キロ行ったあたりのアニアス海だ。この船なら一時間くらいで到着するよ」


 ふむ。この船は時速二〇ノットくらい出るのか。帆船にしては相当な速度だ。

 通常の帆船は一〇ノット以下しか出ないはずだからね。


 快速船二隻は次々に他の海賊船を抜いていく。

 巨漢ヒゲ、ドレイクの船、ブラックバーン号を抜き去る時に、ドレイクが叫んでいるのが見えたが、パティたちは無視だ。


「速度を落とせ!」


 そんな虚しいドレイクの怒声が俺の聞き耳スキルで聞こえたが、お前らより早く戦場に着かないと無駄な血が流れるんだよ。



 全ての船を抜き去り、およそ四〇分ほど進むと、パティはメインマスト以外の帆を降ろさせ、スピードを落とした。


 そろそろ戦場が近いんだろう。

 船尾楼の船長室で海図やコンパス、羅針盤などを駆使してパティは進路や速度などを決定し、副官のタロスに指示を飛ばしている。


 あの歳で海図などを読み解けるとは天才か。まだ八歳くらいなのにな。


 俺も大マップ画面を開いてチェックしておく。


 進行方向に赤い光点の軍団が確認できた。その数、およそ一〇〇〇個だ。


 間違いなく人魚の軍隊「セイレーン」に違いない。

 一応、セイレーンに総力戦をこの海域で行うと通知したと聞いていたが、あちらもやる気満々って事だなぁ。


 あと五キロほどで戦場となる約束の海域だ。


 俺は仲間たちに呪文を唱え、水中戦に備えておく。


 敵の戦力と範囲を考慮して、最後の魔法を完成させておく。これで、戦場を隔離することができる。


「パティ。戦闘は俺たちだけでやる。君たちは見ているだけでいい」

「何を言い出すかと思えば……アタイたちもやるよ!」

「いいから任せてくれ。君たちに死なれると、あのドレイクとかに恨まれそうだしな」

「でもアタイはやるんだ!」


 ま、戦場を隔離しちゃえば、君たちの出番はないんだけどね。


「ボス! そろそろ約束の海域です!」


 外の甲板から若頭ハウゼンの大声が響いてきた。


「よし、戦闘準備だ」


 俺がそういうと仲間たちは無言で頷いた。


 俺は甲板に出て、セイレーンたちがいるあたりをマップ画面で確認しながら魔法を唱える。


『ルグレギオ・アレムセート・ボレシュ・テラム・ソーマ・ラソロス・マジリア・シルディス・オノフ・エタニアラ……』


 俺は複雑な複合魔法術式を唱える。非常に長いので、唱え終わるのに数分も掛かる。


『……スフェン・エルフォルス・モート・ライファーメン! 次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド!』


 魔法が発動すると、船の前方に巨大な半透明の球状の力場が発生する。

 この力場は半径五キロメートルに展開され、赤い光点を全て覆い尽くした。


 その力場を見たアルカディア号の船員たちが必死に帆や舵を操って回避行動を行う。


「よし、みんな。行くぞ!」


 俺はアルカディア号の甲板から海へと飛び込んだ。


 パティや船員たちが慌てて甲板の端から俺たちの行方を目で追っているのが目の端に写った。



 ドボンと勢いよく飛び込み、魔法の効果を確認する。問題なく水中で呼吸でき、水中で素早く動くこともできる。術式の改造は成功と見ていい。


 俺はパーティチャットをオンにして皆に話しかける。


「みんな、問題ないな?」

「大丈夫のようだ」

「水中で呼吸するのは初めてじゃが、平気のようじゃ!」


 トリシアは不安げに周囲を見回しつつ応えた。マリスは元気ハツラツに、グルグルとイルカのように水の中を動いている。


「私も何ら問題はないぞ!」

「異常……なし……」


 ダイアナ・モードのアナベルはローブが少し動きづらそうだけど、水中移動の魔法で動くことには問題ないらしい。

 ハリスも水中で印を切り状況を確かめて、返事をした。


「では、これから隔離した戦場に入る。一度入ると、俺たちも出られなくなるが、覚悟はいいな?」


 全員が頷いたので、隔離戦場へとゆっくりと侵入する。


 半透明の障壁は俺たちを阻むこと無く、ちゃんと通り抜ける事ができた。


 水中を魚雷よろしく俺たちは進む。直ぐに人魚たちの戦列が見えてくる。


「おい、人間が水中を進んでくるぞ?」

「水中で私たちに勝つつもりかな?」

「なんで五人なんだ? 馬鹿にしているのか?」


 そんな声が方々から上がる。


「お前たち、セイレーンの相手は俺たちだけだよ。海賊は手出ししない。いや、できない」


 何か巨大生物の鱗を使ったスケイルメイルを着た一匹の人魚が俺たちの前まで躍り出てきた。


「我が名は、メアネス! 水中で話ができる不思議な者よ。お前の言葉は自らの死を意味する。それを理解しての発言か?」


 俺も少し前に出て、メアネスと名乗る人魚の前に行く。


「無益な戦いを止めるために俺たちは来た。

 死ぬ気はないし、お前たちを殺すつもりもない。だが、抵抗できぬように無力化はさせてもらおう」

「やれると思うてか!?」

「やれるよ。どうせ、お前たちは話し合うつもりはないんだろう?」


 俺がそういうと、人魚たちはゲラゲラと笑う。


「真に弱い種族の戯言よ。戦いを挑んできたのはお前たちの方ではないか」

「君たちに船を沈められて憤っている海賊たちが挑戦状を送ったってのは聞いてるよ」


 メアネスは怪訝な顔をする。


「お前も海賊だろう?」

「いや、俺は冒険者だ。今回の戦争を止めるためにやってきたんだよ」

「冒険者だと……? 随分と懐かしい響きの言葉が飛び出してきたな」


 メアネスはマジマジと俺たちに視線を這わせている。


「冒険者にはここ七〇〇年ほど出会っていなかったが、とうとうまた現れたということか……」


 七〇〇年だって? となると、やはりその冒険者は……


「シンノスケの事を言っているのか?」

「ほう、ヤツを知っておるか。それは面白い。ヤツとは再び鉾を交えたいと考えていた。今、どこにいる?」

「シンノスケは五〇〇年ほど前に死んだよ」


 俺はメアネスの目に悲壮の色を見た。


「人族とは短命だな。勇者やら救世主やらと祭り上げられても、その程度か」

「別にシンノスケは寿命で死んだわけじゃない。戦いの結果、死を迎えたにすぎない」

「ふむ。あのシンノスケが負けるとは思えないが……お前がとどめを刺したのか?」


 ギラリと威圧の乗った視線が俺を襲う。

 でもレジストできたみたいで何の効果もないけどね。


「いや、俺じゃない。俺は去年、この世界に来たばかりなんでね」

「去年……?」


 今度はメアネスに困惑の色が浮かんだ。

 メアネスは理解できないだろう。俺やシンノスケが異世界から来たなんて。


「ま、話をしてても意味はない。一度やり合わなくちゃ、お前ら人魚は納得しないだろうからな」

「ふはははは! 確かにお前はシンノスケと同類のようだな! 我らセイレーンを『人魚』と呼ぶとは! 我らは海のニンフ! 神々によって与えられた名は『セイレーン』! いざ、尋常に勝負!!」


 俺は剣を抜く。水中戦は初めてだが、なんとかやれそうだ。

 仲間たちも俺に呼応して武器を構えた。


 人魚たちの武装は銛や槍など、基本的には接近戦用の武器ばかりのようだ。

 接近戦だけなら、俺たちにも分があるだろう。


 海中は、異様な緊張感に包まれ始めた。


 五対一〇〇〇の戦いが今始まる。

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