第21章 ── 第9話

 気を取り直した少女が俺に目を向けた。


「お前が、そいつらのリーダーか!?」

「ああ、仲間たちが失礼な事をした。申し訳ない」

「ん! 許す! 躾はなってないが、撫で方は悪くなかったし!」


 何だよ。撫でられて気持ちよかったんかい。


「で、お前は誰だ?」

「ああ、こっちのハウゼン? 若頭に襲われた者だよ」

「ハウゼン! 申し開きは!?」

「ありません。ガザリンドに焚き付けられて、つい……」

「ついじゃない! いくらウチが貧乏海賊だとしても、丘で人を襲うなど、海の男として恥ずかしいと思わんのか!」


 そう言われて若頭のハウゼンは項垂れた。


「申し訳ねぇ……金等甲種なんて代物を持っていると聞き、手に入れられたらウチも困ることはなくなるかと……」


 ハウゼンの言葉を聞き、少女の目が見開かれた。


「金等甲種!?」


 少女は俺の顔をマジマジと……いやキラキラした目で見ている……?


「お前、フソウの大商人なのか?」

「いや、俺はただの冒険者。なんかトクヤマ少年に渡された鑑札が、その『金等甲種』とかいう大層なモノだっただけね」

「ト、ト、トクヤマ様!?」


 少女が大男の耳を引っ張り、口を耳に寄せている。もちろん聞き耳スキルで筒抜けですが。


「トクヤマ様ってあの美少年の王様でしょ?」

「そうです。前に一度見たあの方ですね」

「美少年に認められた方なら、失礼な事は絶対ダメ! いいわね」

「りょ、了解です」


 少女がまた俺に顔を戻し、小さい咳払いをする。


「トクヤマ様に認められた貴方に、アタイの部下が失礼な事をしたみたいね」

「まあ、今日は二回も襲われたんでね。こう何度も続くと、こっちも困るからね。

 それを止めてもらえれば、衛兵に突き出すつもりもないよ」

「二回も!?」


 少女は顎が外れたような唖然とした顔をする。


「一回目のは衛兵に突き出しちゃったんだけどね。二回めは大所帯で攻めてきたんで、ここに連れてきたわけ」

「タロス! ここにいるヤツ以外で帰ってきてない者は!?」


 タロスと呼ばれた大男が顎に手をやり考え込む。


「そうですね……四~五人ほど……時間になっても持ち場に来ないヤツがいるという報告は受けてますが……」

「一回目の襲撃者は……たしか五人だったよ」


 俺がそういうと少女は……額に手を当てて顔を悲壮な色に染めた。


「トクヤマ様の関係者になんという事を……」


 数秒で何とか気を取り直した少女が口を開いた。


「アタイは海賊ギルド『海馬シー・ホース』の首領、パティ・リード! 部下の不始末はアタイの不始末! 伏してお詫び申し上げる!」


 そう言って少女は執務机の上に土下座した。


「あー、うん。女の子に土下座なんて似合わないなぁ。もういいよ。謝罪を受け入れる」

「許してくれるのか!?」

「うん。別に何の被害もないしね」


 もう一般の人間じゃ、そうそう仲間に怪我なんかさせられないだろうし、実害なんか出ないよな。


 少女は安堵したように身体から力を抜いた。


「何かお詫びの品でも差し上げたいのだが……」


 少女が周囲を見回したので、俺も見回してみるが……


「豪華そうなモノが並んでるけど……これ全部贋作?」

「さすがはトクヤマ様の関係者。その通り、全部偽物なんだよね」


 ガッカリという感じでパティは溜息を吐く。


「なるほどねぇ。偽物の美術商の船でも襲ったのかな?」

「うん。多分そうだと思う」

「なら、それは世のためになったねぇ。さすがは、リードの名を持つ海賊だね」

「ん? アタイの事を知ってるの?」

「いや……こっちの話。俺の故郷の伝説的女海賊がリードって名前なんだよね」


 少女がパッと顔を明るくする。


「おお、きっとそれはアタイの母さんのことだよ! 凄い美人で強かったんだ!」

「へぇ……似たような話がティエルローゼにもあるんだね。ちなみに、その伝説の女海賊はメアリ・リードっていうんだ」

「やっぱり! アタイの母さんが、マリー・リードだよ」


 逆にポカーンとしてしまった。


 確かにメアリ・リードは、マリーと読まれることもあるが……

 このティエルローゼにメアリ・リードが転生してきたのか? でも、それはあり得ないだろ。ドーンヴァースと関わりがない歴史上の人物なんだから。


 パティは、母親の話を自慢げに話している。

 その話を聞いていると、どうもやっぱり別人のようだ。名前が同じってだけだろう。


 偶然の一致って怖いな。本当にメアリ・リードが転生してきてたら、それはそれで面白かっただろうに。



 その後、パティからトクヤマ少年の事を根掘り葉掘り聞かれたり、海賊料理をご馳走になったりした。


「さて、俺たちはそろそろお暇するかな」

「もう帰っちゃうの!? もう少し遊んでいけばいいのに」


 遊んでられるほど暇なら良いんだけどね。


 俺が腰を上げようとした時、部屋の扉が威勢よく開いた。


「ボ、ボ、ボス! ギルド総会からお呼びが!」


 飛び込んできた男が慌てたように大きな声を出す。


「総会? また何かあったのか?」

「そうみたいです。あの青髭が沈められたそうです!」

「何だと!?」


 パティがガタリと椅子から立ち上がった。


「青髭の艦隊は二〇隻もいたはずだぞ!」

「へい! 二〇隻中一八隻が沈められ、青髭は海の藻屑だとか! 急いで総会へ顔を出して下さい!」


 なんか事件が起きたようですな。


「総会って? 青髭って誰?」


 俺は隣に座っていたハウゼンに聞いてみる。


「総会ってのは、各海賊ギルドの首領が集まって話し合う会議ですよ。この街の最高権力者のあつまりです。青髭はこの街で三番目の勢力を持っている海賊ギルドなんです」


 ということは、今、この自由貿易都市アニアスは戦争状態ということか。


「どこと戦争しているんだ?」

「セイレーンどもですよ。漁場の奪い合いがもう何十年も続いています。ボスの母親の先代もその戦いで命を落としました」


 俺は眉間に皺が寄ってしまう。


 セイレーン……人魚の事だ。東側では海のニンフと呼ばれていた妖精族。


「で、どちらが優勢なんだ?」

「旦那、さっきの話を聞いたでしょう? 海の上でセイレーンに勝つのは至難の技です。だから俺たち海賊はギルドを作り、ギルド同士で協力しあっているんです」


 なるほど……そんな事情が……


 人族と妖精族が戦うのは間違っていると俺は思う。

 ティエルローゼの考えでは「秩序勢」という括りで仲間同士のはずだろう。


「トリシア。セイレーンてのは、東で言う海のニンフだと思うが?」

「ああ、そうだな。セイレーンという言葉は、古代において海のニンフが混沌勢と対する為に組織した軍団の名前だったはずだ」


 トリシアが言うには古代エルフ語で「歌い戦う者」という意味があるそうだ。


「この戦争、止めた方がいいと思うが……」


 俺は仲間たちにそう言って見る。


「冒険者として戦争に関わるのはあまり褒められたものではないが……この戦争で庶民に害が及んでいるなら手を出さない理由はない」


 トリシアが少し難しい顔で言い放つ。


「ハウゼン。どうなんだ? 庶民に被害が出ているのか?」

「セイレーンどもに理屈なんか通じませんよ。海の上の船なら手当り次第ですからね。一般的な商船、漁船なんでも沈められてます」


 ハウゼンの言葉で庶民にも被害が出ている事が解った。


「となると、やる事は一つだな」


 俺がそういうと、マリスがニヤリと笑う。


「海で冒険じゃな!?」

「海の上でどうやって冒険するんです?」


 マリスにアナベルが首を傾げて問いかける。


「船を使ってという事になるな……水の上で冒険は私もしたことはないが……」


 トリシアも少々不安そうだ。


「水の上……か……」


 ハリスはそういって俺の顔を見る。水の上での忍術をご所望でしょうか?

 水遁の術以外では……水蜘蛛の術? あれって本当にあったんですかね? あんな小さいのを足に履いても浮かべないと思うんですが……物理的に。


 何はともあれ、戦争を止めるって事でいいだろう。


「おい、パティ」

「ん? 何?」

「その戦争、俺たちが止めてやるよ」


 俺がそういうと、パティは首を傾げた。


「もう二〇〇年も続いてるんだ。そんな事無理……」

「いや、無理じゃないし、やるとなればやる」

「そんな、救世主様でもあるまいし」

「そこに困った人々がいるなら、冒険者は命をかける義務があるんだ。俺の所属する冒険者ギルドの規則なんだよ」


 国も地方も関係ない。人々のために奉仕する事こそが冒険者の存在意義。


 一度絶滅しかけた東側の民間防衛力は、西側なんて括りには縛られない。ここで逃げたらギルドの冒険者カードを返上しなけりゃならん。


 俺たち『ガーディアン・オブ・オーダー』は、オリハルコン・ランクの冒険者チームなんだからな。

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