第21章 ── 第8話

 海馬シー・ホース所属の男どもと港にある海馬のアジトへの道は三通り存在する。


 一般的に使われているのは、螺旋状にくり抜かれた港へ降りる道で、旅人や住民が徒歩で降りる比較的狭い道だ。


 二つ目は、倉庫区画と港を結ぶ大型の手動エレベータ。例のゴマ油倉庫の行きと帰りでチラリと見たヤツだ。


 今回使うのは三つ目のやつだ。大型エレベータを小さくコンパクトにまとめたようなヤツで、馬車や小規模な荷物を上げ下げするためのものだ。もちろん、こちらも手動。


 このエレベータは六〇人ほどの人間が余裕で乗り込める大きさなので、中型エレベータと言うべきかな?


 エレベータの横を警護する衛兵たちがビックリしていたが、若頭の顔を見て「また何かやったのか」という顔をしていた。


 常習犯なのかねぇ。


 俺が「ご苦労さまです」と衛兵に声を掛けると、苦笑しながらも最敬礼で通してくれた。

 どうやら、先の追い剥ぎ事件の時に詰め所にいた衛兵なんだろう。


 手動エレベータの内側左右にクランク・レバーが付いており、同時に回すことでエレベータを上下させる仕組みだ。割と簡単な構造だが、回す人間の息が合ってないと傾いて怖い思いをする。


 俺とハリスがクランク・レバーに取り付き、息を合わせて回す。

 既に一年ほど行動を共にしているので息はピッタリです。


 独特の浮遊感を感じつつエレベータが下降する。何故か男どもが顔面を真っ青にしているのが不思議。


 上方に流れていく壁に港から何メートル上にエレベータが位置しているかの指標となる数字が描かれているので、非常に分かりやすい。


 あと二〇メートルという所まで降りたあたりで、クランク・レバーを回す速度を緩める。


 そしてエレベータが無事に地上に接触した。

 男どもが安堵の溜息を盛大に吐いた。


「中々面白い乗り物じゃ。ケントの屋敷にも取り付けてみたらどうじゃ?」

「そんなの作ったら、マリスが遊び倒して壊すだろ?」

「失敬な。我はそんなに子供ではないのじゃ」


 いえ、十分子供ですよ。「伝説の魔剣」あたりで完全に子供の位置付けです。


「旦那方、こちらです」


 若頭が先頭に立って再び案内をしはじめる。



 自由貿易都市アニアスの港は非常に大きかった。同じ貿易都市であるアドリアーナの三倍くらい大きい。


 洞窟をくり抜いて作ってあるのだが、大きな洞窟が最初からあって、それを加工して今の形にしたんじゃないかと思われる。


 港には大小様々な船が停泊している。そのうち半分は軍艦っぽいね。

 軍艦っぽいのは海賊船なのだろうな。黒い旗には思い思いの骸骨の絵が書かれているし。


 港を行く水夫たちが俺たちをジロジロと見ていく。

 別に何をしてくるわけでもないが、あまり歓迎するような雰囲気ではない気がする。


 若頭が港のある場所まで来た時、一人のチャラそうな男がニヤニヤ笑いながら若頭に話しかけてきた。


「よう、ハウゼン。船員を連れて出たと思ったら、捕まったのか?」

「うるせぇよ。お前には関係ないぞ、ボウマン」

「ま、ボスの顔に泥を塗ったんじゃなけりゃ、関係ねえけどな?」

「う、うるせぇ……! だが……確かにボスの顔には泥を塗っちまったかもしれねぇ……」


 ボウマンと呼ばれた男からチャラい雰囲気が消える。


「お前、生きてられると思うなよ。ボスの沙汰次第では俺が首を跳ねてやる」

「覚悟はしている。ボウマン、その時は頼む」


 若頭がボウマンの目を見て真剣な顔で言い放つと、ボウマンは非常に驚いた顔になった。


「ハウゼン……お前……」


 若頭が再び歩き出したので、俺や他の男たちもそれに続く。


「なに、今の? 首を跳ねられるの?」


 俺が若頭ハウゼンに問いかけると、彼ははにかんだ。


「ま、ボスの顔に泥を塗ったんだ。当然だろう」


 よく解らんが、同じ死ぬならもっと死ぬ気で戦えば良かったじゃん。

 ま、死ぬ気で戦ったところで俺たちに勝つ見込みはないけどな。


「で、さっきのヤツは?」

「あれは俺と同じ若頭です。ヤツとは少々張り合っていましたので」


 ふむ。ギルド内のライバルといった所ですかね。

 もし首を跳ねられるならライバルにって事か。

 随分とキザな事を考えますな……厨二病なら解らないでもありませんが。


 到着したアジトの入り口は港の隅にあった。

 壁面をくり抜いた所に大きい扉を取り付けたといった感じだ。


 扉の左右には篝火が置かれ、扉の目線の位置には覗き窓がある。


「旦那、扉を叩いて下さい。トン・トン・トトンと音頭を取って」


 俺は言われたように扉をノックした。すると覗き窓が開いて鋭い目が見えた。


「ハウゼンさん。どうしたんです?」


 覗き窓からそんな声が聞こえて、大きな扉から閂が外される音が聞こえてきた。


 扉は直ぐに開き、数人のガラの悪そうな男たちが姿を見せた。


「ボスに取り次いでくれ。俺たちは下手を打っちまってな……」


 ハウゼンはチラリと俺の方に目を向けた。


「この旦那方がボスに話があるそうだ」

「わ、解りました! 直ぐにボスに伝えます!」


 そう言った男はドタドタと奥に走っていった。


「では、旦那、行きましょう」

「解った。行こうか」


 入り口の中は洞窟をくり抜いた広間で、一〇人ほどの男たちが詰めているようだ。

 テーブルや椅子、酒樽などが壁際にあり、カードやチェスのようなゲームが置かれている。


 見張り番の詰め所みたいな場所かね?


 若頭に付いてどんどん奥に進む。すれ違う海馬のメンバーが、若頭たちを見てギョッとして腰に下げた剣の柄に手を掛けたりするが、若頭が叱責して止めさせる。


 ま、堂々とアジトに入ってくる部外者には当然の反応ですけどね。


 かなり奥まで来た所で、入り口の扉に似た頑丈そうな扉が見えてくる。


「あの扉の向こうがボスの部屋です」


 扉の前に来た俺は、トントンとノックをしてみた。


「入れ!」


 そう野太い声が聞こえたので俺は扉を開けた。


 中は色々と豪華そうな絵や調度品が所狭しと置かれている大きな部屋だった。

 一番奥の壁の近くに執務机のようなものと回転椅子が置かれている。


 その回転椅子の横に身長二メートルもありそうな髭面でスキンヘッドな大男が立っている。


 あいつがボスか。大勢の手下を従えているだけあって威風堂々と言えなくもない。


 その大男が俺や仲間たちに厳しい面を向けてきた。


「忙しい所悪いね。この若頭が俺たちの泊まっている宿を襲撃してきたんで捕まえた」


 俺がそこまで言うと、大男がカッと目を広げて若頭を睨む。


「すまねぇ、ボス……ガサリンドの事務員に唆されて、勝手に船員を使っちまいました。この旦那方にコテンパンにやられて捕まり……」


 大男は眉間にシワを寄せつつ目を瞑り、そして頸を横に振った。


「ボス。たった五人でここまで乗り込んで来ています。相当な手練れの者たちではないでしょうか」


 大男がそう言いながら回転椅子に視線を落とした。


 は!? お前、ボスじゃないんかい!


 すると、クルリと回転椅子が回ってこちら側に向いた。


 ん? 誰も座ってないけど?


 しかし、よく見ると執務机の向こう側に、二本の触覚のようなものがピョコピョコと動いているのが見えた。

 突然、その触覚が上にあがり、顔半分が執務机の向こうから見えた。


「ハウゼン! 男が喧嘩に負けるなんざ情けねぇな!」


 子供の大きな声が聞こえてくる。


「はい。相手の力量も弁えずに挑みかかった俺の失態です。ボスの顔に泥を塗っちまいました」

「喧嘩の前にウチの名前を出したのか!?」

「負けてからですが……」


 お前ら……


「ちょっと待て。喧嘩じゃないな。俺の荷物を狙った強盗だろう?」


 ジロリと俺は若頭を睨む。


「喧嘩じゃないのか!?」


 目から上だけ出している子供が声を張り上げた。


「はい……ガサリンドの所からの情報で……」

「ハウゼン! まだあんな糞野郎たちと付き合ってたのか!?」


 子供が椅子の上に登って立ち上がったので、ようやく姿が見えた。


 それはマリスよりも小さい女の子だった。

 服は海賊の船長が来てそうな紺色の外套、腰の両側に小さい短剣が三本ずつ、計六本、背中にシミターを背負っている。


 年齢は……八歳くらいか?


「小さいのです! お人形さんみたいなのです!」


 ドドドドとアナベルが走り出し、執務机の向こうの子供に抱きついた。


「むっ! 我も!」


 マリスまでがボスと言われた子供に抱きつき、頭をワシャワシャと撫で回す。


「な、なんだ!? なんなんだ!? おい、こらやめろ!」


 子供は二人になすがままにされ、あうあうと顔を赤らめている。


 突然の事に横にいた大男がポカーンとした顔になっていたが、慌ててマリスとアナベルを剥がしに掛かった。


「おい! お前ら! ボスに何しやがる!!」

「減るもんじゃなし、いいじゃろが!」

「そうですよ! こんな可愛い子は愛でるのが神々の摂理なのですよ!」


 大男が必死に力を入れるが、マリスもアナベルもびくともしない。


「こらこら、二人とも! さすがにそれは失礼だろ。離してやれ」


 俺がそういうと、マリスとアナベルが渋々といった感じで女の子から離れた。


「ケントに言われてはのう……」

「仕方ありませんね」


 大男が、俺と俺の一言で離れていく二人を交互に見て唖然としている。


「こんな猛獣のような女を一言で……? 猛獣使いか……?」


 聞こえてるぞ大男。それはトリエンの冒険者にも言われたことだ。その称号、東西共通認識なんですか?


 撫で回された女の子は、髪の毛を撫で付けたり、服装の乱れを直しながらブツブツと文句を言っている。


「まったく。突然なんなんだよ。これだから丘の人間は……」


 うん。子供特有の背伸びした感じと拗ねたような表情が、妙に可愛いね。


「なるほど、可愛いは正義ってやつか……」

「でしょう……?」


 俺がボソリと言うと、頬を赤らめ緩んだ表情の若頭がこちらに顔を向けた。


「うちのマリスも負けてないぞ? 金髪美少女が『のじゃ』とか言うからな」

「あ、それ解ります。いいですよねぇ。金髪美少女」


 そんな事を話していると、後ろから「プッ」とか「ブホッ」とかいう音が。

 振り返ればハリスが後ろを向いて肩を震わせていました。


 現実でも異世界でも「可愛いは正義」は共通認識なんだぞ?

 笑う所じゃないと思うが?

 ハリスもそのあたりを理解すべきだと俺は思うんだが。

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