第21章 ── 第7話

 さて、一〇分ほど様子を見ていますが、赤い光点の奴らは全く動きませんね。


 俺はパーティ・チャットをオンにする。


「トリシア、動きはあるか?」

「無いな。何人かそれらしいのは特定したが様子を見ているだけのようだ」

「ハリス、窓から奴らは見えるか?」

「ああ……見えている……」


 本当に監視だけなのか?

 いやいや、光点が赤いんだ。敵意や害意がなければ赤くはならない。


 俺たちの隙を窺っているだけだろう。ということは、寝静まるのを待っている……?


「全員、寝たところを忍び込んでブスリとやる気かね?」

「なんて卑怯な奴らだ!」


 ダイアナが吼える。


「落ち着け、アナベル」

「待ってるだけじゃと退屈なんじゃが?」

「マリス、これは遊びじゃない。油断するな」

「解っておるわ」


 といっても、マリスは待つのが苦手なタイプだろ。ダイアナ・モードのアナベルもそうだ。


「よし、ここは囮作戦で俺が外に出るか」

「却下じゃ!」


 マリスに即答で却下されてしまった……


「そんな楽しそうな事をケントにだけやらせるなんて、マリオン様が許しても私はゆるさないよ!」


 アナベルもですか……


「仕方ねぇ……魔法を使う」

「魔法? ケント、有効な魔法を持っているのか?」


 魔法は俺の専売特許じゃないから、トリシアも何の魔法を使うか気になるのだろう。確かに、俺の攻撃魔法は強力すぎるきらいがあるからな。


「幻影魔法だよ。これなら周囲の一般人にも迷惑をかけない」

「それならいい」


 俺はどんな幻影を出すか考える。


 俺が考案した空間属性、光属性、風属性を組み合わせた幻影魔法は、精神魔法とは違う。

 空間や空気などを歪めて、光を屈折させることで、あたかもそこに何かあるように見せる事ができる。範囲指定をせずに立体映像を出現させられるので、結構便利ですよ?


「これから、俺とハリスの幻影を出す。皆にも見えると思うが、偽物だから気をつけて」


「踊る幻影、見果てぬ蜃気楼、精霊のイタズラ。見るものを惑わせ。幻しの映像ファンタズマル・イメージ



 宿の入口が空き、二つの人影が通りへと出てくる。


「うぃ~。次行こう! 次!」

「飲みすぎだ……」

「もう一軒行こう!」


 現れた人影は俺とハリスにそっくりだ。というか、そのままにしか見えない。だが、これは俺の魔法で作った幻影だ。


「ありゃりゃ? ケントとハリスが突然現れたのじゃ」


 窓の隙間から見ていたマリスが素っ頓狂な声を上げる。


「落ち着け。それが俺の出した幻影だ」

「なるほど、あれで敵を誘い出すわけだな」


 トリシアも納得したようだ。


「いいな。奴らが出てきたらモグラ叩きだ。ハリス、準備万全か?」

「大丈夫だ……トリシア……麻痺手裏剣を使う……」


 麻痺手裏剣? 俺はそんな機能の付いたヤツは作ってないぞ? スキルと手裏剣の組み合わせか? やるなハリス!


「まだ出てこねぇのか? こっちから打って出るんじゃ駄目なのか?

「アナベル、少し待て。もうすぐだ。油断せずよく見てろ」


 トリシアがアナベルを宥める。


 赤い光点の一つが通りに出てきた。窓からその様子を観察する。

 通りに顔だけヒョイと突き出した男が見える。その男は後ろに振り返り頷いた。


 あいつの顔……見覚えがある。例の倉庫の事務員の一人だぞ……


「どの筋のヤツが企んだか解ったぞ。ゴマ油倉庫の事務員だな」


 懲りないやつらだな。まあ、一人は独房の中だし、情報が伝わらなかったんだろうな。


 赤い光点が複数動き出す。


「敵が動き出したぞ。包囲が縮まりだしている」


 どうやって各組が連絡を取り合ってるんだ? 通信機はないはずなのに……


──カコカコ……


 小さいが妙な音が聞こえる。


 これは……鳴子か? 鳴子で呼び合っているのか。敵もやるね。


 幾人かの男が俺たちの幻影に近づいていく。その男たちが武器を幻影に向ける。

 通りを行き交う人々も嫌な雰囲気を感じて足早に去っていく。


「何だぁ? お前たちぃ……」


 幻影の俺が、酔って呂律の回らない言葉を発する。


「へへへ。大人しく持ってるもんを渡しな!」


 下衆が言いそうな安っぽいセリフを男が吐いた瞬間。


 屋根の上から目に見えない弾丸がそいつの眉間に炸裂した。

 ふっとばされた男が後ろの壁にぶち当たる。


 それを見ただろう男の仲間がバラバラと通りに出てくる。


「テメェ、何をした!?」

「何だぁ? お前たちぃ……」


 男たちが俺とハリスの幻影を取り囲む。


「何だぁ? お前たちぃ……」

「おい、こいつおかしいぜ……さっきから同じことしか喋らねぇ……」

「何だぁ? お前たちぃ……」


 さすがの男たちも気味悪がり始め、後退りを始めた。


「今だ。全員攻撃を開始しろ」


 トリシアの号令が発せられると同時に仲間たちが通りに飛び出した。


「賊ども! 我が相手じゃ!!」

「私もいるぜ!!」


 マリスとアナベルが武器を構え男どもに向かう。

 男どもも迎撃体制をとった。


「シールド・バッシュ!」


 マリスのスキルが炸裂し三人吹っ飛ぶ。


「くそ!」


 前に出たマリスに大勢の男が殺到した。


「久々に打ち上げてやるかぁ! おりゃぁ!!」


 すくい上げるように電撃をまとったウォーハンマーが振り回される。

 ダイアナが嬉々として男どもを打ち上げる。


 どんどん通りに男どもが出てくる。

 裏口方面の赤い光点も動き出しているようだ。


 ハリスとトリシアがスキルで迎撃している。


「パラライズ・アロー!」

「麻痺手裏剣……」


 マップ上の赤い光点がどんどん無害な白色へと変わっていく。


 あと一〇人分も光点がない。なんという早業。レベル差すごすぎ。


 俺も二階の窓から外に出る。

 光点の所在は全部マークしてあるから逃げられる心配はない。


 実際、すでに一つの光点が離れ始めている。この光点は例の事務員だ。


 俺は瞬間転移の魔法で事務員の前に移動する。

 この魔法は『魔法の門マジック・ゲート』とは違う。例の瞬間移動の指輪を再現しようと俺が作った魔法だ。


 一日三回とか三〇メートル範囲内とか……制限が多すぎるからね。


「うわっ!」

「うわじゃねぇよ。お前ん所の事務所は、ならず者をけしかけるのが趣味なのか?」

「ど、どうやって……!?」

「魔法だよ」


 俺は軽く首筋にチョップを打ち込む。

 ヘナリと事務員の身体の力が抜けた。


 事務員を担いで宿の前まで戻ると、ほぼ全ての男どもを制圧完了していた。

 無事な男も次々に降伏したようだ。


 当然だな。圧倒的な実力差の前では多少の自信など打ち砕かれるものだしなぁ。


 全員を縛り上げたが抵抗するものはいない。全部で五三人。

 こいつらを衛兵に突き出すのは簡単だが、それでは何も解決しないような気がする。


「おい。お前たちのリーダーは誰だ?」


 一斉に一人の男に視線があつまる。


「お、俺だ……」

海馬シー・ホースのボスか?」

「いや……俺はただの若頭だ」


 ということは、部下の取りまとめをしているだけの存在か。


「この襲撃はボスの命令か?」

「いや……俺の一存だ……良い金になると思って……」


 ということは、こういう連中を大人しくさせるには……


「ボスの所に案内してもらおうかな。今回の騒ぎの責任を引き受けてもらおう」

「拒否することはできないな」

「当然だ。その時は海にでも沈んでもらおう。闇から闇へと葬るのみ」


 事を荒立てる気はない。海賊たちが街の実権を握っているなら、そういう奴らに俺たちを狙わないように承知させるのが一番楽な解決法だろう。


「解った……案内しよう」


 素直になった若頭は、俺たちを案内して街を歩く。

 ロープで縛られている他の男たちも素直についてくる。


 異様な行列に夜の街を歩く通行人も目を丸くしている。

 衛兵も駆けつけてきたが、俺たちが男どもを突き出さないので、手の出しようもない感じだ。


 衛兵ではどうにもできなさそうだからね。


 しかし……海賊ギルドのボスか。これだけの男たちを従えているんだからなぁ。

 強面の大男をイメージするが、見た目と強さが比例しないのがティエルローゼだ。どんなヤツが出てきても驚かないように心の準備だけはしておくかね。

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