第21章 ── 第6話

 宿に戻ってから、仲間たちを集めて話し合うことにした。


「……という訳で、非常に治安が悪い事が判明した」

「衛兵による警邏は機能していないのか?」

「衛兵自体はいるし、逮捕なども行っているんだが……」


 トリシアの問に俺は端切れの悪い返ししかできない。


 そこはかとなく不安なんだよね。

 海賊や盗賊など、犯罪組織が金を積んだら、悪事から目を逸らしちゃいそうな感じと言おうか……


「我らなら大丈夫じゃろ。レベルが違いすぎるのじゃ」


 確かに女性陣三人はレベル六〇後半だし、この世界の人族では太刀打ち出来ないレベルだろう。

 だが、行政府や役人たちと事を構えるような事になると、国を相手にしなければならない。


 また、人々全てが悪党ではないのは解るが、人間は弱いものだし……

 暴力や金の力で従わされたりすると、罪もない人を傷つけねばならなくなる。


 以前のマリスの件もある。強力な魔法道具を使われたら……


「それを言われると……我は黙るしか無いのじゃ……」

「とまあ、心配事には枚挙に暇はない訳です」


 マリスにはちょっとズルい言い方だったかなぁ……


「そのような悪事は神が許さないのですよ!」

「と言ってもね。今は神々は降臨関連で色々と問題抱えているしなぁ。無闇に下界に手出しできないんじゃないかね」

「ぐぬぬ」


 アナベルも口を噤んでしまった。


「ハリスはどう思う?」

「少し……様子を見たら……どうか……俺の分身を……全員につければ……問題はない……」


 ハリスは三人の味方か。


「ケント、私たちの心配は無用だ。危険を恐れて行動に制限を掛けるなどという事では、冒険者の名がすたると言うもの。もし、そういう悪がこの都市に蔓延しているのであれば、冒険者たる者見過ごすわけにも行くまい」


 トリシアの言葉に俺は顔を上げる。


 本質はそこだな……

 俺たちは冒険者ギルド所属の冒険者なんだ。ギルドの冒険者には義務が課せられている。


『庶民を守る』


 基本にして最も重視されねばならないギルド憲章。

 ギルド所属になった今でも俺自らの行動原理の羅針盤とだ考えているモノだ。

 俺はティエルローゼとは関係のない転生者だが、このギルド憲章は俺の信念にも合致したモノなのだ。


「そうだな。危険を恐れて逃げ出すんじゃ冒険者とは言えないか……解った。何か問題が起きたら、その都度対処していくという事にしよう」

「さすがは……ケントだ……良くぞ……決断したな……」


 ハリスに肩をポンと叩かれ、俺は微笑み返す。


「……これで屋台制覇を目指せます……」

「……我は船が見たいのじゃ……デカイらしいのう……」

「……おい、今回は貸しだぞ……ケントと一緒に風呂に入れる権利を一回分頂くぞ……」


 俺の聞き耳スキルが、女どもがヒソヒソやってる声を拾ってくる。


 君たち、台無しです。ちょっといい雰囲気だったのに、全部ぶち壊しです!


 ハリスには聞こえなかったようで、いい雰囲気のままだが。ここで俺が声を荒げると、それも台無しになってしまうので、ここはコメカミに青筋立てながらも黙っておくことにしよう。


「ま、いいか……としても、今日は事件の後だし様子見として外出禁止な」


 この意見にはハリスも頷いた。

 アナベルとマリスが衝撃を受けたような顔になったのは言うまでもない。


 俺の言いつけ通り、午後は全員宿の中で寛いで過ごした。

 ロビーのソファに座ってカウンターで受付けをしているサミュエルの奥さんと話したり、厨房を借りて軽食を作って仲間たちのみならず宿の他の客を巻き込んで料理の品評会をしたり……


「お客さんの腕前は素晴らしいですね。油で揚げるという手法は些か高級料理すぎるとは思いますが、パンを粉にしたものをまぶすと、なんと軽やかなサクサク感を出せるのか……」


 サミュエルが俺のフィッシュ・アンド・チップスをベタ褒めしてきた。

 港町であるアニアスなら魚は簡単に手に入るし、新しい名物料理にするといいだろう。


 楽しい午後も過ぎ、夜の帳が降りた後、宿の部屋で仲間たちとカードゲームに興じていた。

 トランプのカードは現実世界と変わりないんだよな。やっぱアースラたち転生者が広めたんだろうか。


──コンコン


 突然ノック音が聞こえた。


 俺は無意識に入り口の扉の方に目を向けたが、聞こえてきたのはそっちではない。

 ハリスが立ち上がり、窓の方に歩いていく。

 確かにそちらから聞こえてきたな。しかし、ここは宿の二階だ……


 ハリスが窓を開けると、開いた窓から人影が入ってきた。

 黒装束に身を包んだその人影は、つかつかと俺の前まで来て跪いた。


「お館様、この宿が包囲されました」


 この声は……


「カ、カストゥル……?」

「はっ。姫様より命を受け、トラリアまで陰ながら護衛をしておりました」


 人影はハイエルフの情報収集担当のカストゥル・リーザ・エヴァンだった。


「俺たちに護衛は……」

「はい。必要ないのは心得ておりますが……お館様は我らの恩人。せめてトラリアまでのお供を許して頂きたく」


 やれやれ、こいつらと来たら……


「お館様。猶予がございません。お支度を」


 あっと……そうだった。


「で、包囲されたと言ってたけど……何者だ?」

「解りません。数はおよそ五〇人ほど。盗賊シーフ風の者が多いようですが、中には全身鎧などの重装備の者も」

「魔法を使いそうなやつは?」

「おりません」


 よく見ている。さすがは情報収集担当。


「お支度を」


 俺たちのやりとりを聞いていた仲間たちは、既に鎧や武器を身に着け始めている。

 俺も鎧を素早く身につける。


「カストゥル、君に命ずる。この宿の者と客を守れ。俺たちは俺たちで行動を起こす」

「拝命仕りました。この命に代えましても」


 俺は剣を腰に下げてから大マップ画面を呼び出し、建物の周囲を確認する。

 色々な建物の影に赤い光点があるのが判る。


 確かに五〇人近くいるね……


 光点の一つをクリックすると敵の簡易データが表示される。


『クラック・ペガス

 職業:盗賊、レベル八

 海賊ギルド海馬シー・ホース所属の戦闘要員』


 海賊ギルド……か。こりゃ、昼間の一件とは別の案件かもしれないな。同一の可能性もあるけど、こいつらの一人を捕まえて尋問してみないとならないか。


 にしても、夜だからと言って、こいつらを問答無用でぶっ殺しても大丈夫かな? 罪人に仕立て上げるための捨て駒なんてことはないかな?


 そういう危険性も考え、仲間たちに指令を出す。


「敵の数はおよそ五〇人と確認。誰も殺すな。生きて捕らえる事」

「こんな街中で騒ぎを起こそうとする奴らじゃぞ? サクッとやった方が楽じゃぞ?」

「だが殺すな。命令だ」


 俺はマリスの目をジッと見て有無を言わせない雰囲気を出す。


「了解。私は屋根に登る。マリスは正面の入り口を確保し誰一人通すな」

「仕方ないのう。我は壁に徹しようぞ」

「ハリスは裏口を確保。分身を出して窓なども頼む」

「承知……」

「アナベルはマリスの後ろで支援。もしマリスが塞ぎきれなかった場合には迎撃をしてくれ」

「うおぉ! 久々の戦闘だぁ!!」


 トリシアがキビキビと仲間たちに指示を飛ばす。渋々ながらマリスもそれに従うことにしたようだ。本当に久々だけど、ダイアナが表に出てきたね。


「ケントはどうする?」

「どの筋の奴らが攻めてきたのか解らないが、目的は俺だと思う。通行手形か鑑札が狙いだろうな。それ以外ではサッパリ判らん。なので、俺はこの部屋に陣取っておこう。状況を見て遊撃するとしようかな」

「了解だ」


 俺は皆の顔を一人ずつ見回してから口を開いた。


「見える範囲では五〇人ほどだが、後方にもっといる可能性もあるし油断はするなよ。……それでは冒険を始めよう」

「「「「了解!」」」」



 俺の号令で全員が一斉に行動を開始する。


 開いた窓からトリシアがヒラリと上方へ姿を消す。

 ハリスが一〇人ほどに分裂して、マリスやアナベルたちと部屋を出ていく。

 カストゥルもそれに続いた。


 さてと、俺はどうするかな。

 まずは窓の外を見てみようか。


 この部屋の窓は、宿の正面側にあるので、正面の布陣に目を光らせる事ができる。

 実際、宿正面の路地の向こう側の小路に敵らしき光点が半分くらいいるので好都合。

 宿の裏方向の入り組んだ小路それぞれに四~五人一組の赤い光点がある。


 この包囲を突破するなら裏口方面に出て、各個撃破すれば楽だろう。

 だが、俺たちが逃げ出しただけでは問題は解決できないと考える。余波を食らって、この宿や客たちが犠牲になる可能性が高いからだ。


 ならば殲滅戦を考えねばならい。被害を最小に抑えるには、迅速に敵を無力化していくのが肝要だ。


 瞬時に命を奪うのが一番なんだが……殺すなと命令したので、手加減が必要ですな。


 まったく……海馬シー・ホースなどという脳みそのパーツみたいな名前の海賊ギルドとか……ふざけやがって。

 俺たちの観光の邪魔をした事を死ぬほど後悔させてやろう。絶対に許さんからな。

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