第21章 ── 第5話
手に入れる物は手に入れたので市場に戻ろうと来た道をハリスと引き返す。
倉庫街の端の方まで来た時、出口付近に五人ほどガラの悪そうな男たちが飛び出してきた。
手に手にナイフや棍棒などを持ち、俺たちを見てズルそうな目を輝かせている。
「おっと、ここを通りたければ通行料を払ってもらおうか」
「通行料? 俺はそういう類の物は免除されているんだが?」
例の鑑札や手形はフソウのみならず、トラリアでも有効なのだ。タケイにそう聞いている。
なので、この二大国に挟まれている自治都市同盟内でも同様に通用する。この同盟の自治権は先の二国が保証しているからこそ存在できているからだ。
「いや、俺たちは免除なんて許可してねえんだよ」
ピタピタと大型のナイフを手にピタピタと叩きつけながら先頭に立っている男が近づいてくる。
やれやれ……所謂「追い剥ぎ」の類なんだろう。
男の行く手を阻もうとハリスが俺の前に出てきた。
「いや、ハリス。こいつら程度なら何の問題ない。周囲を探ってくれ。伏兵や監視者などの要素がないか周囲を探ってくれ」
「了解だ……」
ハリスはそれだけ言うと、地面に沈み込むように俺の影の中へと消えていく。
「なっ!? あいつ
「いや、忍者ですな」
俺もハリスも普段着なので武器や防具は付けていない。
だが、俺たちは非常に高レベルなので、街のゴロツキ程度では何の脅威にもならない。
実際、こいつらのレベルは酷いもので、一番高いものが七レベル。最低レベルは二なんだよね。
「ニン……何だって?」
フソウにはオニワバンという忍者部隊がいるが、存在は秘密にされ、民衆や他国は知りようもないのだ。
なので忍者などという職業も知らないんだろう。
「お前たちの相手は俺がする。で、通行料だっけ?」
「お……おお、そうだ。通行料だったな」
あまりのことにビックリして当の目的を忘れてるのかよ。非常に残念な頭の中身といえるな。
「で、いくらだって?」
「有り金全部と……その腰にぶら下がっている鞄だな」
アホだなぁ。金貨一枚とか言っておけば、もしかしたら本当に払ったかもしれないのに……
有り金全部とか身ぐるみ剥ぐ的な事を言ったら、ターゲットは大いに抵抗することになるんだが。力の無いものならば一目散に逃げ出すに決まっている。
身の程は弁えねばならない。
「お断りだね」
俺がそう言うやいなや、男は短剣を突き出してきた。
七レベル程度が突き出す短剣など、止まっているのと一緒だ。
俺はその切っ先を左手の人差し指と中指の間で挟み込んで受け止める。そのまま指をギュッと締めてやる。
「う……! 動かねぇ!」
当然だ。二桁あるか無いか程度の筋力度で俺の筋力に対抗できるわけねぇだろ。四〇〇オーバーだぞ?
男は慌てたように左手の拳を俺の顔面に叩きつけようとしてきた。
俺はその拳を右の手で受け止め、そして軽く握り込んでやる。
「ぎゃあ!!!」
ほんの少ししか力を入れていないのに膝を屈してアガアガと喚いている。
「戦闘シチュエーションに入ると、ステータスのリミットが外れるんだよ。こういう所はゲームのシステムのままなんだよな。
今、俺は羽毛を掴む程度の力しか入れてないけど、お前の左拳の骨はバラバラになってるだろうな」
男は聞いていないようだが、一応説明してやる俺様優しい。
よほど加減しないと、軽く殴っただけで死ぬからね。
これが訓練なんかだと、どういうわけかリミットの上限値が上がる程度で制限されたままになるんだよ。ここはドーンヴァースとティエルローゼの違う所だ。仲間たちと訓練などをしてきて判明した事です。
「おのれ! よくも兄貴を!!」
残りの四人が一度に襲いかかってきたが、俺の目には非常にスローモーです。
その場に動かず、上半身だけ動かすことで全ての攻撃を回避する。
その所為で、二発ほどの攻撃が抑え込んでいる「兄貴」と呼ばれた男に命中してしまう。
「ぎゃあああ!!」
「ウルセェな。往来の真ん中で騒ぐなよ」
俺は男の顎に膝蹴りをお見舞いする。と言っても俺的には顎に膝を触らせた程度だが。
「ぶげ……」
男は首をのけぞらせ、そのまま気絶してしまう。ナイフが命中してたので、肩口から出血してるけど死にはしないだろう。
俺は素早くステップし、残りの四人の背後に周り、一発ずつ首筋にチョップを打ち込んでいく。
「ぎゃっ!」
「うご?」
「うぐ!」
「ぐげ……」
あっと言う間に気絶した男が五人出来上がった。
「さすがに一桁レベルのヤツに手加減するの凄ぇ疲れる……」
俺はインベントリ・バッグからロープを取り出して全員を数珠つなぎに縛り上げた。
そうこうしていると、ハリスが影から戻ってきた。ハリスも一人、気絶した男を担いでいる。
「いた……」
「監視役か? それとも繋ぎか何かかね?」
ハリスは俺が数珠つなぎにした男たちに、連れてきた男を括り付けている。
「顔を……見ろ……」
そう言われたのでハリスが連れてきた男の髪の毛を掴んで引き上げる。
「ああ……こいつか」
そこには例の倉庫の二階で契約書を書いた男の顔があった。
ハリスの顔面パンチを食らったのか、メガネにはヒビが入っていたけどな。
「なるほど。俺が金等甲種なんて代物を持ってたから、追い剥ぎをけしかけたんだなぁ」
考えてみれば、外で作業員たちと揉めているのに事務所から人が誰も降りてこなかったもんな。
自分たちが管理する倉庫の前で何か起きてたら普通なら出てくるはずだろ?
要はあそこの事務員は、騒ぎが起こっているのに出てこれなかった訳だ。
あと何人かいた事務員もどこかで追い剥ぎの調達をしている可能性が否定できないねぇ。
なるほど。これが自由貿易都市アニアスの実態か。宮司さんが治安が悪いとか言うはずですなぁ……成り立ちが海賊都市ですからな。
そんな都市であっても、何万、何十万という人が普通に住んでいる。
力の無いものは食い物にされ、力のあるものは肥え太る。
これは現実世界でも一緒でしょうなぁ……悲しいことながら。
俺とハリスは気絶した六人の男を引きずり、マップで調べた一番近くにある衛兵詰め所へと向かう。
衛兵の詰め所まで来ると、立ち番をしている衛兵が目を丸くして剣の柄に手をかけた。
「な、何事か!?」
「追い剥ぎ捕まえました。引き取ってもらえます?」
「追い剥ぎ?」
衛兵は引きずってきた俺たちと、引きずられてきた男たちを交互に見る。
「きょ、協力ご苦労……一応だか、身分証明書を見せてもらえるか?」
「はいよ」
俺はインベントリ・バッグからフソウの通行手形を取り出して見せる。
やはり衛兵の顔もみるみる青ざめていく。
「こ、これは……! フソウ竜王国の特使様ですね! 大変失礼いたしました!」
衛兵は上体をビシッと真っ直ぐに戻すと、綺麗な敬礼をした。
特使だと……? 通行手形にはそんな事は書いてないんだがな。
俺はもう一度、手形をしげしげと見つめた。
文字で書いてないとすると……紋章か? それともトクヤマ少年の直筆サインに秘密が?
まあ、いいか。この手形を持った俺はフソウ竜王国の特使という事になっているらしい。門番が何も言わず入れてくれたのはそれが理由だったか。
よく解らんが、それはそれで便利ですな。
衛兵が詰め所の中に応援部隊を呼びに行ったので、ハリスと気絶六人衆を見張りながら待っていると、メガネ事務員が目を覚ました。
「あ……あれ? こ、ここは……」
「ここはじゃねぇよ、犯罪者」
俺は軽くメガネ事務員の
すでに戦闘モードじゃないので、リミッター掛かってますから死にませんよ。
「げふっ!」
横隔膜付近に殴打ダメージを喰らい、メガネ男が悶絶する。ちょっと呼吸困難な状態にはなるが気絶はしないだろう。
「げほっ、げほっ、げほっ……」
「よくもまあ、買付に来た客を追い剥ぎに襲わせるなんて馬鹿な事をするね」
俺がそういうとメガネ男は顔を上げた。目に涙いっぱい溜めて、涎まみれになってるねぇ。
「な、何のことだかさっぱり解りません……なぜ、私は縛られて……」
「黙れ」
俺が鋭い眼光をメガネ男に向けると、メガネは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて息をするのも忘れたように見を縮めた。
「お、おまたせしまし……特使様。何かありましたか?」
俺は威圧スキルを解いて衛兵に目を向けた。
「あ、追い剥ぎの一人が目を覚ましたんで」
「なるほど。特使様、それではその六人はお預かり致します」
「え……? 特使様……?」
メガネ事務員は、ポカンとした顔で俺を見上げた。
「よりにもよってフソウ竜王国の特使様を襲うとはな! 罰金程度では済まさんから覚悟しておけ!」
衛兵の一人がメガネ事務員を怒鳴りつける。
「では、特使様。中で書類などをお作りいたします。どうぞ中へ」
詰め所の入り口に入っていく俺たちをメガネ事務員が悲壮な目で見ていた。
バカは死ななきゃ治らないとか聞くから死刑にでもなってしまえ。
それはそうと……このアニアスという都市は、追い剥ぎくらいの罪だと罰金で済むのか。
さっきの衛兵の言が正しいのなら、そういう事になる。
なんて犯罪者に優しい街なのだろうか……そりゃ軽犯罪程度なら日常茶飯事だろうさ。捕まっても罰金で済むんだから。
殺人や傷害などでも罰金で済むなら、あまり足を踏み入れたくない都市とも言えるんだが。
不意に襲われたら危険感知を持っていないトリシアやマリス、アナベルは危険だ。三人とも美人だったり美少女だったり巨乳だったりだからな。
こんなに治安の悪い場所だと、いつ襲われても不思議はない。
さて、いったいどうしたものか……まだ、観光もしていないというのに……
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