第21章 ── 第3話
騎乗ゴーレムに乗り、北へ。
向かう先は自由貿易都市アニアス。
海苔とゴマ油の産地と聞いている。
ゴマも広い耕作地で作られる植物だが、自治都市同盟のある盆地にはそんな広い場所は見当たらない。ゴマは輸入品なのかな。
フソウではゴマ畑は見なかったし、トラリア産じゃないかと俺は推測する。
海苔は海に面してるし、大きな港があるそうなので、そこから手に入れているのだろう。
ゴマ油や海苔は俺の料理には欠かせない食材なので、アニアスで大量に大人買いする予定だ。
街道を飛ばし、分岐を西へ。
海沿いにアニアスへ向かう街道が整備されている。アニアスへ続く門はその先だ。
騎乗ゴーレムで飛ばせば一日も掛からない距離なので、夕方にはアニアス入できるはずだ。
風のように走る銀の騎馬隊を目撃した街道をゆく人々は殆どが腰を抜かし、腰を抜かさない人であっても目を皿のようにしていた。
アニアスの門が見えてくる前に騎乗ゴーレムから降りておくことにする。悪目立ちするからな。
三〇分ほど徒歩で進み、ようやく門が見えてくる。
「行列が見えてきたのう。あれがアニアスの入り口じゃな」
先頭を歩くマリスがピョンピョンと飛びながら長い行列の先の石造りの巨大な門を見ている。
「随分と長い行列だなぁ……入る前に陽が暮れそうだよ」
「仕方あるまい。自由貿易都市を名乗っている以上、人の出入りが多いのだろうからな」
そうだろうな。
同じような貿易都市では帝国のアドリアーナがあったが、あそこは城壁のようなものはないので、都市に出入りする場所が無数に存在していたし、行列ができる事はなかった。
およそ一時間半ほど行列に並び、俺たちの番となる。
「身分証明書を」
門に配備されている二〇人からの衛兵の一人が俺たちのところにやってきて身分証の提示を求めてくる。
「ああ、はい。フソウ政府発行の通行手形で良いでしょうか?」
「問題ない」
俺はインベントリ・バッグから通行手形を取り出して衛兵に見せた。
「ん? 普通の手形とは少々形式が……こ、これは!」
覗き込むように見ていた衛兵が仰け反った。
「し、失礼しました! お通り下さい!」
ん? どういう事だ? 荷物チェックなどの検査も無しか?
俺は見せた手形を自分でも読んでみたが、別に変わったところはないんだが。
手形は縦書きの物で、一番左にフソウ竜王国の紋章が書いてあり、最後の部分にはトクヤマ少年のサインがあるだけだ。
何が衛兵を驚かせたのかはサッパリわかりません。
「随分簡単に通れたのじゃ」
「俺も少しビックリした」
マリスが意気揚々と先頭を歩きながら言う
「手形に何か秘密でもあるのか?」
「いや、別に変わったところはないね」
俺たち五人分名前と「身分を保証する」旨が書かれていて、「通行を許可する」という文言があるだけだ。後は先に言った通り、紋章と少年の署名。
俺は手形をインベントリ・バッグに仕舞う。
門からの長いトンネルを通り、台地の上に着いた頃には既に夜の帳が降りている。しかし、街が静まり返るようなことはなく、煌々と松明の明かりが灯り、人々が路地を行き交っている。
まるで東京の繁華街のようだね。都市全体が不夜城なのかもしれん。
「まずは宿探しだな。近くの宿を調べてみよう」
俺はマップ画面を開いて宿を検索する。
今歩いている大通りは、自由貿易都市アニアスのメインストリートで、馬車が四台以上並んで通れるほどに広い。
この通りの左右に行く本もの通りや小路が無数にある。
宿屋街というのが、このメインストリートの最南端と最北端にあり、その地区には高級なものから木賃宿まで揃っている。
似たようなマークの看板が多いなと思ったが、あのマークが宿屋を示す物なんだろう。
文字はやはり見たこともない文字なんだが、俺には言わずもがな読めてしまう。
「この辺りが宿屋が集まってる地区だな。この辺で探してみよう」
比較的大きい宿屋がいくつかあるので、その中から選ぶのが得策かね。
大きい宿屋にピンを立て、順番に見て回る。
一つ目は、大きいのだがやけに娼婦の数が目につく。娼館と酒場を併設した物らしい。却下だな。
二つ目は……
非常に綺羅びやかな装飾があちこちにされていて、どうも貴族御用達といった雰囲気だ。
開け放たれた扉の中をチラリと覗いてみると、成金趣味っぽいし、従業員はメイド服だった。
微妙に気にはなったが、高そうだし、俺の趣味でもないので敬遠しておく。
三番目は裕福な商人が泊まりそうな立派な宿屋だった。酒場もあるし悪くないと思う。
ここにしようか……と考えていた俺の目の端に、その宿屋の裏口へと続く小路のあたりで、偉そうにしている中年の男と少し見すぼらしい感じの少女がいるのが見えた。
少女は中年にペコペコと頭を下げていた。
「済みません。あの食材はウチの宿が先に手付を払っていたはずなんです」
「知らねぇよ。こっちはもう金も払って納品も終わってんだ。言いがかりは止めてもらうか」
「でも、あの食材がないとウチの料理が……」
男はあざ笑うかのように少女に侮蔑の視線を浴びせている。
「老舗だかなんだか知らんがな。あんな小せぇ小汚い宿なんかに配慮してやる意味はねぇよ。帰んな!」
乱暴に男は少女を突き飛ばし、裏口への小路に入っていってしまう。
聞き耳スキルで拾った会話から判断するに、市場か何かで仕入れた食材を横取りされたって事かもしれん。
俺は決めかけていた宿の入り口から少女の方に歩いていく。
「ここにするんじゃないのかや?」
俺が入り口に入りかけていたので、マリスはここにするのだと思ったようだ。
「いや、従業員の質が悪そうだから別の所にするよ」
俺はへたり込んで途方に暮れている少女の前まで移動する。
「お嬢さん、どうしかしたのか?」
俺は手を差し伸べてやる。
虚ろな目で俺を見上げた少女の目に光が戻る。
「あ、お手を煩わせて申し訳ありません」
少女は丁寧な口調で俺の手を取り立ち上がった。
「何かあったのか? こんなところで座り込んでるなんて」
「いえ、大したことでは……」
少女は俺と俺の後ろにいる仲間たちに目をやり、笑顔を作った。
「宿をお探しではありませんか? 私どもの宿はいかがでしょうか?」
営業スマイルだが、先程のやり取りを見ていて、俺の心は決まっていた。
「そうだね。じゃあ案内してもらおうかな?」
俺がそう言うと、少女の顔は営業スマイルではなく、花が開いたような本当の笑顔になる。
「ありがとうございます! こちらになります!」
少女の案内で向かった先は、さっきの宿から五〇〇メートルほど通りに入った場所だった。
見てくれは悪くないし、小さくもないが、外装などの塗料にヒビが入っているなど、あまり手入れは行き届いていない宿がそこにはあった。
「サミュエルの宿にようこそ!」
少女はそう言いながら宿の軋む扉を開いてくれた。
中は古いながらシッカリ掃除がなされており、非常にアットホームな感覚を覚える。
受付には三〇半ばの綺麗な女性が立っているが、少々やつれた印象を受ける。
「いらっしゃいませ」
「どうも。こちらのお嬢さんに勧められたんで、今晩泊めてもらいますよ」
「ありがとうございます」
宿帳を頼まれたので、そこに五人の名前を書く。
「テレス。お客様のお部屋を準備して」
「はい。お母さん」
ふむ。あの少女はテレスというのか。しっかりしたお子さんだな。
「我が宿の一番良い部屋をご用意致します。そちらで少々お待ちいただけますでしょうか?」
「解りました」
宿帳に記載を終えたので、示されたソファセットに仲間たちと座った。
「外はあれでしたけど、中はいい感じの宿ですね!」
「そうだな。中の手入れは丹念にされているようだ」
アナベルの言葉にトリシアが頷いている。トリシアは内装の木を撫でて、その光沢に目をやっている。
「他の従業員はおらんのじゃろうか?」
マリスがソファから周囲の様子を伺って、囁くように言った。
確かに大きさの割りに他の従業員が働く姿はない。シーンと静まり返っている感じというべきか。
俺の聞き耳スキルを駆使しても、この宿での音は静かすぎると感じるほどだ。
マップ画面で確認すると、この宿にいるのは八人。先程の二人と、厨房に一人、一番奥の従業員の寝泊まりする区画に二人。
そして三つの客室に一人ずつ。部屋は一五個ほどあるが、他は全部空き部屋だ。
流行ってないというレベルではなさそうだが。
しばらく待っていると、厨房から細面の四〇歳くらいの男が出てきた。
「ファナ。テレスは帰ったのか?」
「はい。お客様をお連れして……今、部屋の準備をさせていますよ」
「そうか……バーリオン亭のヤツ、やっぱり食材を返してくれなかったんだな……」
「ありあわせの材料でなんとかするしか……」
「しかし……うちの自慢の料理を出すには、あの肉が必要だ。今から手に入れるほどの金は……」
何やら深刻そうだな。肉が無くて客に出す料理が作れないんだろうか。
この世界では肉が比較的高い。仕入れ値も結構するのだろう。
新鮮な肉を手に入れられるはずが、横取りされたとなると……
俺は立ち上がり、受付カウンターの中で深刻そうに小声で話し合う二人に近づく。
「ちょっと、すみません」
俺が話掛けると、二人は途端に笑顔を作って、こちらを向いた。
「お客様、ご用命があればなんなりと」
「いえ、今、聞こえてしまったんですけど……」
そこまで言うと、男性は顔を少し引きつらせた。
「あ、申し訳ありません。当宿では夕食に出す肉料理が自慢なのですが……生憎食材を切らしてしまいまして……」
「いや、食材を横取りされたんでしょう。先程、お嬢さんが他の宿の者と話していましたし」
事情を知られてしまったせいか、女性と男性はドヨーンとした雰囲気を発し始める。
陰気臭いぞ。こういう雰囲気は嫌いです。
「どうですかね。俺は肉の手持ちがかなりあるんで、それを提供してもいいんですが」
パッと男性が顔を明るくしたが、直ぐに元に戻ってしまう。
「いや、申し訳ありません。当宿の料理は鮮度に大変拘っておりまして……」
なるほどな。鮮度か。
俺はインベントリ・バッグから子牛肉のブロックを取り出す。
「鮮度は申し分ないはずですが」
俺が取り出したブロックを男性は食い入るように見つめる。
「こ、これは……これほどの鮮度が……」
当然だ。俺のインベントリ・バッグ内は時間経過がない。入れた時のままの鮮度がずっと維持されるんだ。
「まるで、さっき締めたような……」
「ああ、そうですよ。俺のバッグは魔法のバックなんでね。鮮度を保ったまま運べるんだ」
男性は喉から手が出るほど欲しそうな顔だが、まだ何か躊躇している。
「お代は結構。俺たちに美味いアニアスの料理を食べさせてくれるのなら、この肉は提供します」
その言葉に男性と女性は涙をながさんばかりに嬉しそうな顔になった。
「も、もちろんです! アニアスで一番の料理人であるサミュエルなら、お客様にご満足いただけると思います!」
ファナと呼ばれた女性が男性の背中を押す。
「一番かどうか解りませんが……精一杯、腕を奮わせていただきます」
俺は嬉しそうに頷いてみせる。
やはりご当地の料理を一度は楽しみたいのでね。料理に自信があるなら、是非ともその料理を味合わねば。
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