第21章 ── 第2話

 転移門ゲートの先は農作物の神ウカノミを祀った例の神社の境内だ。

 門から出てきた俺たちを見て、宮司さんが腰を抜かしていた。

 掃き掃除でもしていたのか、竹箒が転がっている。


「こ、こ、こりゃぁ……ヤブシラズの魔物が這い出てき……お、おや?」


 やっと俺たちが誰なのか見て取った宮司さんが安堵の表情になる。


「ぼ、冒険者の方々ではないですか!」

「あ、驚かせたようで申し訳ありません。ちょっと魔法で移動したもので」


 俺が開発した「魔法の門マジック・ゲート」の魔法は、非常に珍しいので、魔法の知識がある人間でも驚くのが常なので、宮司さんが驚くのも無理はない。

 なにせ空間と空間を異次元トンネルで繋ぐからね。もちろん消費MPは通常の魔法と比べて桁違いになる。

 教えても低レベルの魔法使いスペル・キャスターでは使いようもない代物だ。


「冒険者の方々は代官様に連れられていったと聞いておりましたが」

「ええ。マツナエのオエド城に招聘されましたので……」


 城に招聘されたと聞いて宮司さんは再び驚いている。


「オエド城に!?」

「はい。筆頭老中のタケイさんや上様にも会いました」

「う、上様!! 冒険者の身でありながらお目見えの地位にあらせられるとは! 噂に聞く隠密の方々でしたか!」

「いえ、隠密じゃないです」


 宮司さんは皆まで言うなという仕草をする。


「あ、いや、そこはお認め頂かなくても結構。重々承知しております。アキヌマでは貴方さまたちが救世主だとかいう根も葉もない噂もありましたが、今、全て合点がいきました」


 なんか盛大に誤解しているようだが、それはそれでアキヌマで救世主じゃないという話しが出回りそうなので黙っておくことにする。


「ところで宮司さん。伺いたいことが」

「はい、何でしょう? 何か知りたいことでも?」

「ええ、いくつか」


 俺はずっとアキヌマを出発してマツナエに向かった後の事を思い出していた。


「例の庄屋さんの息子の件が気になってましてね」

「ああ。あれですか。あれは代官自らがお裁きを下されました」


 代官が自ら? 普通、代官は一般的な評定を開くことはない。

 政策に関わるような重要な案件が代官の仕事であり、庶民の犯罪などの雑事は吟味方与力が、軽犯罪などは同心の旦那が処理してしまうのが通例となる。


「罪が庄屋殿に及ぶほどの大問題に発展仕掛けましたが、庄屋殿は息子マツタロウさんを勘当しましてな。長男を廃嫡すると宣言しました」


 嫡子の廃嫡が行われると、その嫡子は家族が持つ財産に対して主張する事はできなくなる。それが鉄貨一枚、小石一個でもだ。

 もちろん、当主が買い与えた物もこれに含まれるため、身一つで外に放り出される。本当に厳しい制度なのである。


 これを宣言されたマツタロウは、その場で同心に捕らえられて牢に繋がれたそうだ。

 今までの余罪もあり情状酌量の余地もなかったようで、代官は死罪を言い渡しかけた。

 が、それでは今まで被害にあった者たちの恨みが晴れまいという理由で、市中引き回しの上、石投げの刑に処された。


 およそ一〇〇個の礫が用意され、アキヌマの住人なら自由にそれをマツタロウに投げつける事が許された。

 あれから二週間以上が経過しているので、今、マツタロウは瀕死の状態ながら宿町の中心部で杭に繋がれている最中らしい。


「そう言えば、そろそろお解き放ち時期ですなぁ」


 刑の執行は二週間。それが終われば放免されるが、身分は農業奴隷とされ、代官所の奴隷人足として死ぬまで重労働に処されるという。


「随分と重い刑罰な気もしますが……」


 俺が表情に不快感を現しながら言うと、宮司さんは苦笑を浮かべた。


「まぁ……確かに苛烈な刑ではありましょう。しかし、それだけ人々の恨みを買っていたという事でしょう。古い言葉に因果応報、自業自得という言葉がありますれば」


 それ、古い言葉か? ネット掲示板なんかだと普通に飛び交う現代用語なんだが。これもシンノスケが広めた言葉かもな。


「その話は解りました。被害者の女性はどうなりました?」

「庄屋様からそれなりの金子きんすが手渡されましたので、今では小さいながらも煎餅屋を営んでおりますな。元気にやっておるようです」


 それは良かった。

 性犯罪被害者は精神的に非常に追い詰めらるので、最悪の場合自ら命を断つなんて事もあるからな。メンタル・リカバリーが必要なら手を貸そうかと思っていたんだけど。必要は無さそうだな。



「概ね解りました。ありがとうございます」

「いえいえ。冒険者さんたちに情報提供できて何よりでした」

「ところで、俺たちはこれから、トラリア王国に行く予定なんですが」

「ほう、トラリアですか」


 俺はトラリアに行く方法を宮司に質問する。


「できれば自治都市同盟の事なども聞いておきたいのですが」

「ふむ……フソウから北へ抜ける街道は全部で四本。そのうち三本がトラリアへ直接繋がっております」


 宮司は丘の北側の方へと俺たちを連れて行く。


「東門、中央門、西門というのが、フソウとトラリアが直接面している国境にありましてな。

 名前の通り、それれぞれが東、中央、西、にあります。

 そして、西門のさらに西側、大きな渓谷を堀り抜いて自由貿易都市アニアスへと続くアニアス門が一番西側に存在します」


 大マップ画面を開いて、その情報を確認する。


 確かに四つの門がフソウ北側国境地帯にあるな。

 自治都市同盟は、非常に険しい崖の上の台地に存在し、トンネルで台地の上へと繋がっている。空を飛べなくては決して入り込めそうにない地形とも言える。


 それほど大きくない台地いっぱいに都市群が点在し、農地や耕作地などは見当たらない。貿易をしなければ人口を養う食料も手に入らない。

 だから自由貿易を謳った都市国家になったのだろうか。


 自由貿易都市アニアスの西側の崖下には大きな洞窟が掘られていて、その中は巨大な港として利用されているらしい。


 軍艦や商船などがひっきりなしに出たり入ったりしているので、かなり見ごたえがあると宮司さんが教えてくれる。


「観光するなら面白そうな場所ですね」

「そうですな。行かれるなら一つ注意がございます」

「何でしょう?」

「スリや盗賊にはお気をつけを。財布はシッカリと紐を付けて首に掛け、懐に仕舞っておかないといけません」


 なるほど。要は自己防衛はしっかりという事らしい。あまり治安が良い場所じゃないんだろう。


「了解しました。肝に銘じておきます」


 俺は微笑みながら頷いておく。


 俺の仲間たちでスリにやられるようなステータスの低いヤツはいないだろう。


 こういうスリなどを感知するには「直感度」が高い事が望ましい。


 トリシアは現在レベル七四で直感度は八三。

 ハリスがレベル六六と六四で直感度一〇八。

 マリスはレベル六九で直感度六〇。

 アナベルがレベル六八で直感度五六。

 ちなみに俺は、現在レベル九二の直感度は二四二だよ。


 一般的な盗賊やこそどろは、どんなにレベルが高くてもレベル一〇あたりだろう。

 そのくらいの盗賊シーフであるなら平均的な器用度や敏捷度が二〇を上回る事は、ほぼありえない。

 スキル成功のための判定システムがドーンヴァースと同じだと仮定するならば、ファンブル値を乱数で出さなければステータスだけのボーナス値で成功判定は出ないという事になる。

 極振りしてたら話は別だけど、そんな事したらマトモな人生は送れないだろう。


 ドーンヴァースの行為判定システムが、このティエルローゼでも同じく使われているなどと俺は思わないけど、目安にはなると思っている。



 俺たちは宮司さんに別れを告げ、神社のある丘から下に降りた。


 さて、どの門を行くとするか……


「四つ門があるらしいけど、どこから北へ向かおうか?」

「ケント、既に決まってるんだろ?」


 トリシアが間髪入れずに言う。


「そうじゃな。我の予想だと……」

「一番西ですね!」

「あ、我が言おうと思うておったのじゃぞ!」


 マリスがポカポカとアナベルに拳を振るうが、じゃれ合ってるだけだな。本気で殴ってないのは明白です。


 その振動で、アナベルの巨乳がプルンプルン揺れるのでガン見してしまいました。


「目の保養になったじゃろ?」


 マリスがニヤリと笑いながら、クルリと突然振り返った。


 確信犯だ! 俺の趣向を見透かされている!


「目の保養にはなりませんのですよ! 叩くなら肩にして欲しいのです! 最近、歳なのか肩が凝って……」


 やはり巨乳は肩が凝るのか……俺が肩を叩いたり揉んだりしてやりたい。

 あ! 手が滑った! とか言って……


「鼻の下が延びておるのう」


 マリスがしげしげと俺の顔を見ながら発言したのを聞いて、俺は妄想の世界から現実に引き戻された。


「何やらイヤラシイ事を考えているんだろう。若いんだから許してやれ」

「何の話なんです?」


 トリシアがやれやれといったポーズ。アナベルは何のことか解らないという感じでキョロキョロしている。


「クッ……殺す気……まんまん……か……」


 ハリスが腹を抱えて座り込み、必死に笑いを堪えている。


 ぐぬぬ。俺も男だし、巨乳は大好きです。それならハリスの兄貴だって巨乳は好きのはずじゃないか。なぜ、俺だけが対象なんだ?


「ハリスは、ハリスはどうなんだよ? お前も大きいのが好きなんじゃないのか?」


 突然、振られたハリスが少し動揺した顔をする。


「お、俺は……もう……見飽きた……」


 見飽きた!? 一体どこで見て、そして飽きた!?


 驚愕の顔でハリスを見つめたので、俺が何を考えているか解ったのだろうか、ハリスが口を開く。


「俺には恋人がいた……故郷に……置いてきたし……別れも……告げて……きた……」


 なんだと! このリア充め! 爆発しろ!!


「彼女は……アナベルより……大きかっ……た」


 ハリスの兄貴!!! 核爆発しろ!!!!!!

 なんという羨ましい案件か!


 しかし、ここで俺はハリスにイケメン度だけでなく、恋愛という観点でも完全敗北したことが判明。


 少々、精神的にダウン状態となった。


 とぼとぼと北の道へと歩き出す俺に仲間たちも付いてくる。


「なんじゃ? ハリスが珍しく自分の事を喋ったら、ケントが落ち込んだのじゃ」

「うーむ。ケントは女が欲しかったのだろうか」

「ここに三人もおるのじゃ!」


 いや、トリシア。女が欲しいっていうか何というか……羨ましいだけですよ。そしてマリス。君はまだ子供だからねぇ。


「私もケントさんの女なんです?」

「そうじゃろ? 違うのかや?」

「うーん。崇拝の対象の一人ですから、ケントさんの信者って事は間違いありませんです」


 アナベルは言ってる事がマリスと微妙に噛み合ってない。


 アナベル、君はマリオンの信者です。俺の信者じゃないでしょうが。

 それに、信者は神たちの立場では「子供」って立ち位置では? 「うちの子」とか言ってる神様もいたしね。アイゼンあたりだと解りませんが。

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