第21章 ── アニアス海の海賊

第21章 ── 第1話

 途中で城に寄り、ヤマタノオロチへの土産となる酒を受け取る。


 酒樽はとんでもない大きさで、俺の知る現実世界の仕込み樽の五倍ほどの大きさだろうか。それが九つ。


 タケイさんが引き渡しの時に現れて、俺たちがこれをどうやって運ぶのかとハラハラした顔で見守っていた。


 全てをインベントリ・バッグに仕舞い込むと漸く安心した顔になった。もちろん驚きの色も隠せてなかったが。


「こちらをお持ち下さい」


 挨拶と共に書状を何通か頂く。


「これは?」

「フソウ竜王国発行の通行手形と……こちらはトラリア王家への紹介状となります」


 ふむ。別にトラリア王家に顔を出すつもりはないが、あって困るものでもないので受け取っておくか。


「では、全ての準備が整いましたので、急いでトラリアへ向かうことにします」


「それでは……よろしくお願いします。」


 城の正門から出て、うまやから騎乗ゴーレムたちを引き出して来ると、そこまで見送りに来ているタケイの後ろから、白綸子しろりんずを引きずりながら走ってくるトクヤマ少年が見えた。


「クサナギ殿~~! 出発なされるとは真か!?」

「上様、着物が汚れますよ?」

「着物などどうでもよい!」


 ハァハァと苦しげに息をする少年にタケイが厳しい目を向ける。


「上様、ここは既に城下。王家の体面もございます。行動はくれぐれも慎重になされませ」

「うむ。解っておる。しかし、救世主様の出立である。許せ」


 タケイは渋面のまま、やれやれと顔を振った。


「それでは急ぎますので、しからば御免」


 ヒラリと鞍に跨り、スレイプニルをゆっくりと歩かせ始める。仲間たちも俺の後ろに続く。


 オエド城下町、マツナエの街の道を銀の騎馬隊が颯爽さっそうと進む。

 道行く人々、いや街道に面した店々からも人々が出てきて、俺たちの行軍を見物している。


「おい、あれが今噂の救世主様じゃないか?」

「ああ、間違いない。銀の馬に乗った一団だと聞いている」

「半月くらい前から噂はあったけど、あれが救世主様か……」

「まっこと、立派な騎馬武者様たちじゃなぁ……」


 そんな街の人々の声を聞き耳スキルが拾ってくる。


 救世主か……


 フソウとトラリアはともかく、今後それ以外の国では救世主と言われてた事を隠して行動した方がいいかもしれない。

 先代のシンノスケが偉大な功績を残したため、救世主への依存度が強い西側において、祭り上げられただけではあるが、俺が救世主だなどと知られては、そこら中で頼られ続けるような状況が生まれかねない。


 そういった人々の頼みや依頼などを無碍に断ると、救世主という看板に傷が付くだろうからなぁ。


 当代様は存外無慈悲だとか言われる事うけあい。人という生き物は自らの事を棚に上げて他人を叩き始めるもんだからな。SNSなどに参加している人は理解できる現象ですな。



 マツナエの北門を抜け、さらに北上を続ける。

 ある程度マツナエから離れたら、アキヌマへと魔法の門マジック・ゲートを開く予定だ。


「主殿~~~~~~~~!!!!」


 東の空から猛烈な大声を張り上げながら、巨大な影が飛んで降りてくる。


「あ、イーグル・ウィンドだ」


 俺の聞き耳スキルだから聞こえたが、仲間には聞こえなかったかもしれないので、俺はそう言って皆に知らせる。


「なぬ!? あやつめどこに行っておったのじゃ!!」


 見れば、必死な顔で猛スピードのイーグル・ウィンド。


──ズドドン!


 大きな地響きと共に着地し、バサバサ翼を羽ばたかせて走り寄ってきた。


「どこに行っておった! 心配するじゃろうが!!」


 マリスがプリプリと怒っている。イーグル・ウィンドは何で怒られているのか解らないようだ。


「突然、主たちが消えてしまったので、ずっと探していたのですが? ようやく見つけたところです」


 イーグル・ウィンドの言っている事を翻訳してやると、マリスがキョトンとし、トリシアが爆笑、ハリスは肩を揺らして後ろを向き、アナベルは何の話なのか解らず首を傾げる。


「はははは! そりゃそうだろう。マリス、私たちはフェアリー・リングで移動したからな。いかにグリフォンの視力が優れていたとしても、魔法や妖精の力で移動しては追うことはできないぞ」


 トリシアに言われ、マリスが「あー」と気の抜けた声を上げて納得する。


「確かにそうじゃな。怒ってゴメンなのじゃ。我らと離れるのが嫌じゃったら、もう黙ってどっかに行っては駄目じゃぞ?」

「そう言われましても、お腹が空いたら狩りに行かないといけませんし」


 いや、お前、謎の巨大生物扱いされて、酷いとか言ってどっか飛んでっただけじゃんか。


 通訳してやると、マリスは不満顔だ。


「その時はそう言えば良いのじゃ。イーグル・ウィンドに解らぬ移動手段を使わないくらいの配慮はしてくれるはずじゃ。のう、ケント?」

「まあな。逸れるような心配があるなら、トリエンに行ってもらうのが一番いいんじゃないか?」

「トリエンに……グリフォンが……現れたら……ギルドの冒険者に……狩られるぞ……」


 確かに……オーファンラント付近にはグリフォンは生息してないからな。


「それなら……アルテナ大森林に行けばいいだろう。あそこなら食料も豊富だからな」


 ああ、確かにな。

 俺はトリシアの言葉に納得する。


「そうだな。アルテナ大森林ならブラック・ファングの群れの支援も受けられるだろうし」

「ブラック・ファングってあのダイア・ウルフの群れのボスでしたっけ?」


 イーグル・ウィンドが首を傾げながら思い出そうとする。


「そうだ。フェンリルが率いるダイア・ウルフ軍団のボスだよ」


 俺がそういうと、フェンリルが「ウォン」と小さく吠えた。


「面白そうですね。そっちには他のグリフォンはいますか?」

「いや、大陸の東側ではグリフォンは住んでないみたいだよ」

「それは良いですね。新しい縄張りを作れます。既に縄張りを持ってるヤツがいると、奪い取るのが面倒なので」


 逸れグリフォンは、他のグリフォンの縄張りを奪いながら生活するらしい。

 群れを形成するグリフォンと戦って縄張りをゲットするのは、さすがのネームド・モンスターでも骨が折れるということだろう。


「で、その森ですが、どこにあるんですか?」


 俺は大マップ画面を表示させ、イーグル・ウィンドにも見えるように設定する。


「ここが現在地点だ。解るか?」

「空から見る大地に似た絵ですね?」

「ああ、空から見た大地を図として表示しているんだよ。ここが、現在地点。で、アルテナ大森林は……」


 縮尺を変更して、ティエルローゼの全体図にする。


「ここだ。ここがアルテナ大森林」

「太陽が登る方角ですね?」

「そうだ。現地に着いたら、ブラック・ファングの方からお前を見つけてくれるはずだ」

「解りました。私はそちらに行ってみようと思います。餌はいっぱいあるんですよね?」

「あると思うよ。ワイルド・ボアが住んでたし」


 俺はワイルド・ボアとの戦いを思い出す。


 あのワイルド・ボアのボスは軽トラック並の大きさだったからなぁ。


 ワイルド・ボアと聞いてイーグル・ウィンドが目を輝かせる。


「どんな動物なんです!?」

「でっかいイノシシだな。すげぇデカイやつだよ」

「楽しみですね。では行ってみます!」


 イーグル・ウィンドが羽根を広げバサバサと羽ばたき前足を浮かせる。


「ブラック・ファングにはお前が行く事を連絡しておく。よろしく言っておいてくれ」

「了解です、主殿」

「なんじゃ、もう行くのか? しばし待て」


 マリスに止められて、イーグル・ウィンドは首を傾げて動きを止めた。


 マリスがイーグル・ウィンドに駆け寄り、おもむろに飛びついた。


「モフモフ納めじゃ!」

「あ! ズルいです! 私も!!」


 アナベルがマリスの行動を見て、素早く反応する。

 そういやアナベルもモフモフ大好きっ子だったっけな。


 しばらく……三〇分ほどだが……マリスとアナベルに盛大にモフられてから、イーグル・ウィンドは東の地へと飛び去った。


「マツナエの街で、あいつが降りてこなくて助かったな」


 トリシアの言葉にハリスも無言で頷いた。


「確かにね。アレがマツナエに降りたら、住人たちがパニックに陥っただろう」

「素敵用語じゃな」


 ちなみに……最近、解り始めた事なんだが、ゲーム用語にありそうな英語は、普通にティエルローゼでは理解されるということ。

 ドーンヴァースに出回っている英単語が付いている道具や武器、鎧などもだ。

 だから、「チーム」や「レベル」、「リーダー」、「ダメージ」、「ダンジョン」など、ゲーム内で使われているものは、普通に使って大丈夫なんだよ。


 多分、アースラが太古の時代に転生した為ではないかと思う。なので、魔法名などに使われている英語も理解される事があるんだよ。


 マリスはドラゴンだから魔法も使える。通常の人間よりも遥かに魔法に精通している。

 なので古代魔法語にありそうな単語を俺が会話で使うと「素敵用語」と認定するらしい。


 さっきの「パニック」という単語は、「パニック・ドラム」という魔法に似た効果が吟遊詩人バード職にスキルとして存在するし、「素敵用語」と認識されたと思われる。


 マリスが付けた彼女のスキル名などが英語なのは、この古代魔法語を元にした命名であり、その語呂を増やすためにも俺の「素敵用語」は役に立つと最近明かされたので判明した。


 そういや、この前のトクヤマ少年に使ったスキルは、英語じゃなかったな。

 ハリスが使いそうな感じだったし、ハリスの技を元にしたヤツかもしれん。


「それじゃ、アキヌマまで転移門ゲートを使うよ」


 俺は何もない場所に手をかざした。


「ティンダロスの力、狭間を繋ぐ次元の通路……開け! 次元門! 魔法の門マジック・ゲート!」


 魔法が発動し、鏡面のような淡い光に包まれた転移門ゲートが開く。


「イーグル・ウィンドにも使ってやれば良かったのじゃ」

「!!??」


 マリスに突っ込まれ、俺は一瞬言葉に詰まった。


 確かに……その方が手っ取り早かったか……


 俺は目が泳ぎつつも口笛を吹いてごまかすが……口笛がちゃんと音が出てねぇし!


「あ、あれは俺たちの仲間だし……冒険者の仲間なんだから、まだ見ぬ土地を旅してこそさ!」

「誤魔化したのう」

「ああ、誤魔化したな」

「そんなケントさんも素敵です!」

「嘘が……下手だ……な」


 総ツッコミが入ったが、俺は気を取り直して転移門ゲートに飛び込んだ。

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