第20章 ── 第64話

 トクヤマ少年が帰った日の夜、アースラと酒を飲みながら神界の話になった。


「マリオンから少し話を聞いたけど……」

「ああ、その通りだな。例の人魔大戦で身体を失った神々が反対に回った」

「マリオンもか?」


 アースラはぐい呑みの酒を呷る。


「いや、マリオン、イルシス……アイゼンもだが中立だ。俺は当事者だから議論に参加する権利はなかったがな」


 という事は、やはり反対に回った神々に肉体がないというのが根本原因だろうな。ヘスティアのカレーが、その判断を決定的にしたということか。


 ねたみやそねみ……美味いものを食えないというのは、神々ですら判断を曇らせる結果を招くのだ。


 現実世界の人々は得てして神々を完全無欠の完璧超人のように思っているきらいがあるが、古代から伝わる神話や伝承などを紐解くと、満更そうではないことが解る。


 日本の神々は非常に人間臭いし、意味もなく祟ったりもする。

 海外の神々だってそうだ。ギリシャ神話の主神ゼウスは、妻だけでなく自分の娘にすら手を出す好色漢だ。

 失敗もすれば、恋もする。人間と神が結ばれて子供を成すなどという話は枚挙にいとまがない。


 ティエルローゼの神々もそうなんだろう。俺が話した神々もみんなそうだしな。


「ふむ……それなら……肉体を作ればいんじゃねぇ?」

「簡単に言うな。それが出来たら神々も苦労はしないだろうが」


 いや……俺の推測が間違いなければ、方法はあるぞ?


「俺はマリオンの降臨を二回見たが、どちらもアナベルという人間に憑依して顕現していた」

「そうだ。神々との波長が合う者が選ばれ、そして信託の巫女になる」


 要は波長の合う入れ物たる肉体があればいいんじゃないか。


「その波長の合う入れ物を用意できれば、神々に肉体を与える事にならないか?」

「ばかを言うな。そんな事が出来たら苦労はしない。それぞれの神と波長の合うような人間は、何百万人、いや何千万人に一人の割合なんだぞ?」


 だから、調整の効く肉体を用意すればいいんだよ。


「ま、解決法は考えついた。俺としては神々に肉体を与えることはできると思うよ」


 アースラもさすがに疑いの色は隠せない。


「その解決法とやらを聞かせろ」


 俺はアースラに真剣な目を向けられ、ニヤリと笑い返答する。


「後日のお楽しみ……というか、これからヤマタノオロチ問題に当たる俺に、それを今示すほどの余裕はないぞ?」

「むう……」


 アースラは不満げな声を漏らす。

 俺としては、少しくらい焦らしてもいいと思っている。神界の神々には色々と問題を起こされているんだ。

 何の見返りもなしに神々に協力する必要性はなかろう。


 もっとも、同郷であるアースラを神界に迎えてくれたり、加護をもらっている幾人かの神のために方法を提供するのは吝かじゃない。

 それを神全体に拡大してやることもね。


「アースラも見たことあるはずなんだがな」

「ん? どこでだ?」

「俺の領地でさ」


 アースラは自分の記憶を探るように首をかしげる。


「何も思い出せないが?」

「だろうなぁ。だから今後のお楽しみなんだよ。神界に帰ったら、その辺りを肉体を失った神々に言っといて」

「判然としないが、まあ良いだろう。もしそれが出来るのなら、神界の神々においても創造神の行方不明以上のビッグニュースだ」


 そうだろうな。創造神が消えた理由は、俺の中ではおおよそ推測できているが、創造神に作られた神々には理解不能なんだろうし。


「ただ、一つ言っておく。これは神々との約束になる。もし、その約束を違えるようなことがあると……」


 アースラは右手の全指の先を合わせ、摘むような形にする。それを口の前に持ってきて、ポンッと開くような仕草をする。


 泡に消えるぞって仕草だな。約束を果たせねば、俺はこの世界から神々の手によって抹消されるという事だねぇ。

 ま、勝算のない賭けじゃないし、別に問題はない。


「ああ、その時はシンノスケとタクヤが消えた虚空の彼方にでも行くことにするよ。もしかしたら現実世界に戻れるかも知れないからな」


 アースラが呆れたような顔になる。


「帰れる保証はない……多分、無理だぞ?」


 神々に肉体を与える事より、虚空の彼方から現実世界に戻る事に望みをかける方が分が悪いのは解ってる。


「試したのか?」

「一度な……身体……いや魂がバラバラにされるような……そんな感覚を味わった。慌ててティエルローゼに引き返した」


 ふむ。タクヤも現実に帰る方法はないと言っていたらしいしな。神になったアースラさえ、そう言うなら帰る方法は無しか。

 なら、どうやって俺たちはこの世界に来たんだろうか……


 相変わらず、この転生システムの全容が掴めない。

 今までの転生者……NPCも含めて六人。


 今後も俺たちのような転生者がやってくる可能性はある。そういった場合を想定して未来を考えていく必要があるな。

 俺や他のプレイヤーたちのようにティエルローゼの人々の為になる人物が来るとは限らないからな。


 プレイヤーというこの世界では強力すぎる能力を持った人物が、暴走する可能性は高いと俺は思う。あのシンノスケですら、怒りや憎しみという感情で暴走したんだから。



 翌日、俺の飛行自動車の試運転をし、アースラにハンドルを任せて飛行実験などをして過ごした。


 アースラは満足して神界へと戻っていった。


「くれぐれも、神々との約束を違えるな」


 アースラは口を酸っぱくして何度も繰り返していた。


 大丈夫だよ。多分、あの技術を使えば、神々の肉体を取り戻させることが出来るはずだから。

 そうすれば神界もギスギスしたところが少しは無くなるだろう。

 肉体を失った神と失ってない神の発言力は前者の方が強いらしいし、そういった地位的な格差の是正はしておいても損はないよね。



 それから五日後の事だ。


 筆頭老中タケイより使いの者がやってきた。登城を願うと伝えられた。


「やっと準備が整ったかな?」

「はい。そのようでございます」


 使者の人は玄関で跪いて、そういった。


「了解。では、直ぐにでも旅支度で向かうと伝えて下さい」

「はっ! 承りました」


 使者が帰っていくと、仲間たちが集まってくる。


「漸くか」

「ああ、準備が出来たそうだし、ヤマタノオロチへの土産を受け取って、そのままトラリラ王国に向かうとしよう」


 トリシアの囁きに俺は頷く。


「ヤマタノオロチか。我も初めて会う種族じゃ。ハイドラの一族は我の住処の近くにはおらん種族じゃからのう」

「人間に協力的なドラゴンは、マリスちゃんたち以外に会ったことありませんので楽しみです!」


 いやぁ、君たち。本当に協力的かは解りませんな。アースラとの逸話を聞いた限りは、結構戦闘好きのドラゴンなんじゃないかと思うし……そんな緊張感のない反応では少し心配ですよ?


 ハリスは無言で眉間に皺を寄せ、手を握ったり開いたりしていた。


 こっちはこっちで緊張しすぎっぽい気がするな。まあ、得体のしれないドラゴンに会いに行くんだから当然なんだけども。


「お館様……行ってしまわれるのですか……?」


 振り返ると、シルサリアを筆頭に九人のハイエルフたちが悲しそうな顔をしている。


「ああ、フソウ竜王国政府からの正式な依頼だからな。その仕事が終わったら、また冒険の旅を続けるのさ」


 ハイエルフたちが一斉に俺たちに駆け寄る。


「また、お戻り頂ける日はやって参りますでしょうか?」

「もちろんだよ。頻繁にとは言えないけど、年に数日は仲間たちと来るつもりだ」


 俺に駆け寄ってきたシルサリアの目に涙が浮かんでいる。料理の弟子エルヴィラも、最長老のシルヴィアもだ。

 メリオンも俺と仕事を毎日してたせいか、鼻をすする。


 メリアド、カストゥル、レオーネは、ハリスに駆け寄って感謝の言葉を言っている。忍術の師匠だからな。


 グートはトリシアと固い握手をしている。トリシアはニヤリと笑ってグートの肩を叩く。


 ルシアナはマリスとアナベルに抱きついて号泣しはじめた。鼻水がやばい。


「お館様に教えていただいた知識を元に我らはこの屋敷と林を守っていきます」

「ああ、石鹸の材料はキヨシマ組の親分に言えば安く分けてもらえるはずだから」


 シルヴィアに教えた石鹸の製法は、今後、ハイエルフたちが金銭を稼ぐための重要な仕事になるはずだ。


 トクヤマ少年が帰った次の日、奉行所からトマルさんが来てある物を置いていったので、それが役に立つはずだ。


 それは「商業御免状」というものだった。俺は「許可証」を求めたのだが、「御免状」なるものが来たので驚いたんだよね。


 これはフソウ国内であれば、どの都市や村であっても無課税で商売ができるというものだった。

 フソウ商人であれば、喉から手が出るほど欲しがる代物だろう。

 商売に関して、簡単な行商や棒手振りであっても「鑑札」と呼ばれる木札が必要になるフソウでは、許可証のないモグリ商人を外道と呼び、周囲から排斥するのが常となる。


 この「御免状」と「御免鑑札」の木札一〇枚が、今後、ハイエルフたちの使える武器となる。

 俺はこの中から木札の一枚をゲットしたので、俺もフソウ商売できる事になった。何を売るとかは考えてないけど、一応ね。


「そうそう。できた石鹸で一番良さそうなのを城に持っていくようにね。献上品としてでもいいけど、売ってくれと上様に言われているから、代金は貰ってもいいだろう」

「はい。そのように……」


 シルヴィアが頷いたので、俺も頷き返した。


「んじゃ、出発の準備を」

「了解じゃ!」

「オーケー、ボス」

「承りました!」

「承知……」


 仲間たちがそれぞれ返事をし、旅の準備に取り掛かる。


 俺も鎧や愛剣を装備してマントを羽織った。

 今回は馬で城へ行くのでスレイプニルを取り出す。


 そうそう、アナベルにも騎乗ゴーレムの馬を作ってやったんだよ。

 アナベルの騎乗ゴーレムはユニコーンだ。


 ドリルのような真っ直ぐに延びた角をクイッとユニコーン型ゴーレムが上げる。


 このように白銀の一角獣は気位が高そうな感じの仕草をするんだけど、個体それぞれに性格の違いが出たのは何でだろうね?

 フェンリルにしろ、ダルク・エンティルにしろ、白銀にしろ……微妙なところで性格的な差異を感じるんだ。


 俺のスレイプニルは、そういう妙な仕草を全くしないのはドーンヴァース製だからかなぁ。

 ゴーレムがリンクしているデータベースに秘密があるのかもしれないが、その仕組みは俺も良くわかってない。


「準備できましたー! さあ、モノちゃん行くわよ!」


 アナベルが走ってきて、ユニコーンに飛び乗る。


 あ、ちなみにユニコーンの名前は「モノケロス」。ギリシャ神話に出てくるユニコーンの名前を教えてやったらコレになった。


「やれやれ、せっかちだな」


 トリシアがダルクの尻に取り付けてある矢筒にライフルを差し入れる。


「ま、やっと作ってもらった馬じゃから、アナベルも嬉しいんじゃろ?」


 マリスも完全武装でフェンリルのモフモフ加減を確かめている。

 ハリスはスラリと白銀の上に飛び乗った。


「これほどのミスリル騎馬は、世界広しと言えどお館様たち以外で持つものはおりますまい」


 シルヴィアが言うと、ハイエルフたちが一斉に頷いている。


「君たちもハイエルフなんだし、ミスリルくらい作ってみたらどうだい?」

「お館様にお貸し頂いた魔法の溶鉱炉があるので、可能ではありますが……鍛冶師がおりません」


 確かにな。ドワーフでもいれば良いんだろうけど、この近くで見たことはない。


「ま、そのうちメリオンに覚えさせるんだな」

「が、頑張ります!」


 メリオンが力強く言った。


 九人しかいないが、ハイエルフたちなら上手くやっていけるだろう。周囲の協力体制もお膳立ては済んでいるしな。再び繁栄できるかどうかは、ハイエルフたち次第だ。


「よし、出発だ! スレイプニル、速歩トロット!」


 俺の号令でスレイプニルが動き出した。仲間の騎乗ゴーレムも追従する。


 こうして、マツナエの外れにある屋敷から俺たちは旅立った。

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