第20章 ── 第63話

 午後は飛行自動車に装甲を組み込み完成させる。


 一号機は一台だけで一週間ほど掛かったが、今回は慣れもあり、二台を一週間ちょいで作り上げることができた。


 あとは試運転だが。


 まずは二号車である小型飛行自動車の試験を行いたい。

 この製品の初の外部受注個体だけに、万全の状態で納品しなければと思っているからだ。

 この車体だけの機能もあるしね。


 こちらの車体の流線型で滑らかな車体構造なので、非常に洗練されたフォルムになっている。未来的過ぎて、ティエルローゼには似合わない気もするが。

 ちなみに、ドアはガルウィング仕様です。


 運転席側のドアを開け、座席に座ってエンジンを掛ける。

 ドルルンと軽快な音を立てて魔導エンジンが始動する。


 シフトレバーをニュートラルの状態にして、アクセルを軽く何度か踏む。


 エンジンがウォンウォンとがなり立てる。回転計のメーターが高回転域のレブリミット付近まで上がったり下がったりする。


 ちょっと、アクセルの感度が高すぎるな。目一杯踏んだらエンジンが焼け付くか吹き飛びかねない。


 俺は、管理・調整用の遠隔調整用コントロール・ユニットを取り出して、小型自動車の制御回路にリンクさせ、数字をいじくる。


 この調整ユニットで、細かい出力などを修正したり調整したりできる。

 一号車では導入しなかった新システムだ。

 リミッターを掛けたり、強引に出力を上げたりできるので、各種テストなどを行うのに便利だと思って作ってみた。


「ほう。これが例のやつか」


 アースラが縁側に出てきて、俺の飛行自動車二号機を眺める。

 その横に、カチンコチンになったままのトクヤマ少年がいる。


「ああ、ちょっと乗らせろよ」

「駄目だね。これはお客の注文で作ったもんだ。俺以外で操縦シートに座っていいのはオーナーであるレオナルド・ジョイスだけだ」

「ケチだなー。ま、新車を買った事がある人間としては、その配慮は悪くないと思うがね」


 アースラがニヤリと笑う。


「三号車は運転させてやるよ。俺用に作った奴だから」

「ああ、実はそれに乗るために降りてきたようなもんなんだよ」

「ほう?」

「神界の取りまとめをしているヤツに危険な物でないか調査してくるという名目で許可を貰って降りてきてるんでね」


 なるほど。一応、許可ありなのか。


 降臨問題で神界は紛糾中だが、下界を見守るのを疎かにするわけにはいかないんだろう。

 核兵器など、危険極まりない物が開発されたりしたら、神々も困るだろうからな。その前に事前調査をしておこうということだ。


 神界事情など、下界の人間には関係のない事だが、俺たちのやりとりをトクヤマ少年が顔面蒼白にしたまま聞いていた。


 俺の発明品が神々に興味を持たれている事に畏怖の念を抱いているのだろうか。


「これは俺にしか作れないし、危ない物は作るつもりないけどね」

「それは俺が判断する。車が危険だとは思わないが、他の神々は知らん事だからな」

「そりゃそうだろう。これは現実世界の技術に近いものだしね」


 調整ユニットで数値の入力を終え、再びアクセルを軽く何度か踏む。


──ブオンブオン。


 うん。いい感じだ。今度はレブリミットあたりを確認。


 アクセルを目一杯踏み込む。


──フォーーーーーーーーーン!!!


 猛烈な回転音が周囲いっぱいに広がる。

 周囲にいるフソウの者やハイエルフたちが、耳をふさいでいる。


 聞き慣れない音だと異様な音に聞こえるだろうな。


 アクセルを踏むのを止め、エンジンを切る。


──ブルルン……


 軽くエンジンが震えて止まった。


「よし、大丈夫そうだな」


 俺は操縦席にちゃんと座り、シートベルトを締めてドアを閉じた。


 エンジンを再びスタートし、アクセルを踏みながら高度調整用のスライドスイッチを上昇方向に上げていく。


 フワリと車体が浮き、地面からタイヤが離れる。


 高度にして五メートルほどの高度に差し掛かると、車体の前後に二枚ずつあるカナード翼が飛び出す。

 カナード翼が飛び出すと同時にタイヤが車体内部に収納され、せり出してきた装甲がその穴を塞ぐ。


 完全に流線型にすると、飛行効率が上がってバッテリーの魔力を節約できるんだよ。


 シフトレバーをドライブに入れてアクセルを踏む。


 ゆっくりと前に進む。

 俺はさらに高度を上げ屋敷や林よりも上に車体を持っていった。


 チラリとインパネの横のAR拡張現実モニタに目をやると、車体の下の風景が表示されている。

 そこには上を見上げてポカーンとしている供侍たちが見えた。


 このモニタは着地時に車体下に異物があるかどうかを確認するために二号機と三号機に付けたものだ。

 一号機にも、その内このシステムを導入しないといけないな。


 少しアクセルを強く踏み、時速五〇キロほどの速度で林の上を円を描いて移動する。


 何周か回ってみて不具合や操縦時の違和感などを確認してみたが、何の問題もなく快調に飛行した。


 試験飛行が完了したので、元の位置に着陸させる。

 収納されていた車輪が再び表に出て地面に優しく着地した。

 カナード翼もちゃんと自動で収納される。


「よし、試運転完了」

「なかなか凄いな。俺も欲しい代物だ」

「おいおい、上でも必要なのか?」

「いや、必要はないな。俺らは思ったところに、瞬間的に移動ができるんでな」

「じゃあ、欲しがるなよ」

「個人所有は男のロマンだろ?」


 車が男のステータスだった時代は何十年も、一〇〇年近く前の話だろうが。いつの時代の人間だよアースラ。


 自立走行自動車時代は、何十年も前に世界中で研究され、間もなく実用化された。

 そうなると自律走行自動車は公共の移動手段としてタクシーやバス、レンタカーなどに取り入れられ、自動車の個人所有は趣味のレベルになっていく。


 ただ、自立走行自動車時代を迎えた後も、車の個人所有、それも個人操縦を夢見る男はそれなりの数がいた。


 もちろん、モータースポーツなどは廃れることはなく、そういった車は操縦手を必要とし、自動車パイロットは子供たちの憧れの職業なのは変わらない。


 運転免許証なるものは、そういった趣味レベルの人々が取得するもので、所有者は珍しい部類になっていたのだ。


 ちなみに、俺は自転車の免許を持っている。昔はバイク免許と呼ばれたものだが。

 大出力の小型エンジンが同じ頃に発明されたので、自転車にはエンジンが付いているのが当たり前になり、自転車はバイクと同じように免許制になった。

 その後、バイク免許と自転車免許は統合されてたという経緯だ。


 こちらは手軽なので、ほとんどの人が持ってるよ。


「それは解らなくもないな」

「だろ?」


 俺はアースラがロマンというのを理解できる。やっぱり男だからねぇ。


「まさかティエルローゼで……自分で作ることになるとは思わなかったけどな」

「それもそうだ」


 アースラも同意する。


 このティエルローゼは俺たちにとって、夢を実現する場なのだろうか。そうだといいな。


 でも、俺の本当の夢ってなんだろう?


 現実世界では様々な不満を感じながら生きてきた。ドーンヴァースで発散させていたつもりだったが、ネットゲームの世界ですらいつの間にか孤立していた。


 絶えず孤立した状況だった俺がティエルローゼに転生して、ハリスと知り合い、そしてトリシアやマリス、アナベルと出会った。

 ティエルローゼの人々と関わりが増えるうちに、大事件や問題に直面し解決した。


 いつの間にか、仲間たちと冒険生活をすることが楽しくて仕方なくなってきていた。


 たしかに、俺の夢は叶ってるよなぁ……


 友達や仲間ってのが周りにいる生活。この生活がいつまでも続くと良いな。



 夕方近くになり、トクヤマ少年がタケイさんたちと城に帰る時間となった。


「クサナギ殿、本当に世話になった」

「楽しんで頂けたなら光栄です」

「勿論だ! これほど興奮した二日間は、余の短い人生において初めてのことだ。そなたに感謝を。

 そして、そなたをこの世界に遣わせてくれた神々にも感謝を!」


 少年は最後の方の言葉はアースラに目を向けて喋っていた。


 別にアースラが俺をこの世界に転生させたわけじゃないんだがねぇ。


「お前は良い君主になるだろう。運命の女神たちのお墨付きだ。祝福があらんことを」

「はいっ! 有難うございます!」


 トクヤマ少年が籠に乗り、行列が出発する。


「下に~! 下に~!」


 遠ざかる声を見送り、俺はアースラに顔を向けた。


「運命の女神たち?」

「ああ、彼は名君になる運命らしいよ。詳しくは知らんがな」


 そんな神がいるのか。ま、運命などという不確かな物に俺は自分の人生を左右されるつもりはないが。



 トクヤマ少年は籠に揺られながら、昨日、今日の事を思い出す。


 なんとも凄い体験をした。七〇代以上続くフソウ王家において、これほどの出来事を体験した国王は、自分以外に数えるほどだろう。

 初代様や先代の救世主様の時世の国王たちくらいだろう。


 少年は籠の小窓を開けた。


「じい」

「はい。ここにおります」


 籠の横を並走するタケイに少年は話しかけた。


「じい。当代様はなんとも凄い御方であったな」

「左様ですな。こう……地上人にはない気を持たれているような……」

「その通りだな。まさに選ばれた存在……救世主とはかくありき、そう思わせるほどだ」


 タケイも陣笠を被った頭を縦に振る。


「じい。余はこれから、より一層努力して平和なフソウ竜王国を実現せねばならぬ」

「左様ですな……となると、今まで以上に様々な学問に勤しまねばなりませんな。」

「天からは神々が、地上では救世主様であるクサナギ殿が見ておる。彼らに恥じぬまつりごとを行わねばならぬ」


 少年の決意はここに固まった。


 後に、少年は稀代の名君としてフソウ竜王国近辺の国々に名を馳せる。

 また、彼の手腕でトラリア・フソウ連合竜王国が誕生するのは一〇年後の話になる。

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