第20章 ── 第62話

 次の日。

 朝食はガッツリ食べるのが俺の主義なので、煮込みハンバーグ定食です。


 デミグラスソースで煮込んだハンバーグが好評で、ご飯のお替りが続出。

 もちろん、トクヤマ少年もお替りしましたな。


 お疲れの警護の供侍にも交代で食べさせたが、涙を流して掻っ込む侍が結構いたのにビックリ。


 貧乏侍って事なんだろうか? 昨日の弁当も大概だったが、三食粗食だったりして……


 ただ以前、江戸時代の人々を対象にドイツ人医師が実験したとかいう話を現実世界で読んだ事がある。

 当時の人力車の俥夫しゃふの食事を肉など欧米風のものに変えたら、仕事ができなくなったとかなんとか書いてあった。


 長年していた食生活を変えさせるのは良い結果を生まないという事だろうか。時々ならいいんだろうけどな。


 もっとも、俺の仲間たちは何の問題もなさそうなので安心だが、ハイエルフたちはどうだろう?

 一応、何ら影響はないようだけども、種族も違うしな。


 午前中の忍術教室の時間、トクヤマ少年がマリスに剣術指南を受けていた。

 俺は少し心配なので、作業を中断して訓練を注視。アナベルを救命要員として待機させる。


「どこからでも打ってくるのじゃ」

「では、お言葉に甘えまして……」


 トクヤマ少年は木刀を正眼に構える。


 フォームは中々いい。城で剣術指南役から指導されているのだろう。


「きぇーーーい!」


 猛烈な勢いで打ち込むが、マリスは盾の代わりに装備した鍋の蓋で容易く弾き返した。


「真っ当な剣筋じゃな。嘘偽りがないのう」

「てーーい!」


 盾でいなすように受け流し、マリスが一歩踏み込む。

 少年とマリスの身体が交差した瞬間、マリスに合わせた短めの木刀が、トクヤマ少年の胴を薙いでいた。


流水斬撃ストリーム・スラッシュ……」


 スキルの威力を抑えてのカウンターアタックが決まり、ボソッとマリスが囁く。


 トクヤマ少年が前屈みになりそのまま四つん這いになってしまう。

 ゲホゲホと腹を押さえながら涙目になっている。


「こら、マリス! 手加減しててもスキルは駄目だろ!」

「し、心配無用! これは訓練だ。余は平気だ、クサナギ殿!」


 俺が慌てて板の間に登るか登らないかで、トクヤマ少年が唸る。


「ケント、気の抜けたような訓練で強くなるかや? ケントがしてくれた我らへの訓練は地獄のような辛さであったじゃろうが。

 一国の王たる者が、この程度の苦行で音を上げては、背負われる民の為にはならぬじゃろう」


 マリスが小木刀で肩をポンポンと叩いている姿は、アースラが良くやる仕草に似ていた……


 くぅ……こいつもアースラに毒されたな。あれは戦闘マニアのPVPチャンピオン。一般人では真似できない廃プレイヤー、俗に言うガチ勢なんだぞ。

 確かにあいつの戦闘はカッコいいけど、あの価値観を持ち込まれると殺伐とした効率プレイに走りそうなので嫌です。


 それに俺がやらせたのは基礎訓練的ブートキャンプだ。剣術じゃねぇし。


 一応、トクヤマ少年のHP状況をマップ機能の検索データでチェックしてみる。


 HPは殆ど減ってないようだが、SPが三割ほど削られている。


 さっきのスキルでSPにダメージを与えた訳か。HPじゃなけりゃ問題はないのかな?

 それにしても、トクヤマ少年……その歳でレベル五もあるんだね。日々、鍛錬を頑張ってるって事だろうか。


「上様が口出し無用と言ってるから、大人しく見てるとするか……

 くれぐれも怪我だけはさせるなよ。させたら飯抜きな!」


 マリスの表情が衝撃に染まる。


「アナベル、マリスが上様に怪我させたら治療を頼む」

「承ったのですよ!」


 アナベルが手をワキワキさせている。どこのフィル・マクスウェル?



 これ以上、心配してても仕方ないので作業に戻る事に。


 アダマンチウム鋼板をハンマーで叩いて形を成形させていく。


 小型車の方は、ちょっとスポーティな感じの形状に。納品物だから見た目がカッコいい感じがいいだろう。

 ワンボックスの方は無骨な感じで装甲車っぽくなってきた。戦車だとか言われ、武装ターレットを搭載とか考えてたらそんな感じになってしまった。これはこれでカッコいい気もするが。


 小型車の方は小さすぎて、微妙にスラスターによる姿勢制御が難しいような気がする。

 仕方ないので、俺のや国王リカルドに贈呈した物には付いていない機能を付けてみることにした。


 地上を走る場合は収納されているが、空を飛ぶと四つのカナード翼が自動的に飛び出て、空気の流れを制御する機構だ。

 飛行制御の魔導回路に改良し、追加機能を付け加える。



 俺がトンカントンカンやり続けているうちに、城からの迎えの籠がやってきた。

 前と同じように、大勢の供侍と籠が数台、騎乗しているタケイさんだ。


「上様、お迎えに上がりました」

「じい……早いな……もう少し待て。夕方には戻る事にする」

「上様……またそのような我儘を申されては……」


 チラリとタケイが俺に助け舟を求めるように視線を向けてくる。


「まあ、昼飯を食べてから帰ってもいいでしょう。折角ですから皆さんもどうですか?」


 俺がそう言うと、タケイは俺に裏切られたという表情だったが、警護に残っていた供侍が、全員ガッツポーズを取った。


 警護に残った供侍たちから、籠についてきた供侍が昨夜の夜食の話を聞いてたらしく、羨ましがられている。

 昨日の昼飯あたりから俺の料理が侍たちの胃袋を掴んでしまっているらしい。

 天ぷらそば、そんなに美味しかった?



 という事なので、俺は昼飯の準備を始めることにした。

 これだけ大勢だし……やはりアレしかないですな。


「エルヴィラ、手伝ってくれ。人数が増えたので例のカレーにすることにした」

「はいっ! あの料理は私も大好きです!」


 エルヴィラが目を輝かせる。というか、周囲にいたハイエルフ全員の目が輝いた。


「今日もあの『辛ぇ』が食べられるのか!」

「フソウ国王サマサマです!」

「あれはまさに食の芸術……」


 ハイエルフとしてはそういう認識なんですね。


 フソウの侍たちは、辛いものに耐性がない可能性が高いので、この前作ったカレーと同じ辛さだとキツイかもしれんな。

 少し辛さを控えるか。といっても味は代わりませんよ。刺激が少し和らぐ程度。


 エビカツ、トンカツ、ハンバーグ、フライドチキンなどもトッピングで用意しますか。



 大量のご飯と大量のカレー入りの寸胴を板の間に運んでいくと……


「おい。何でお前がいるんだ!?」


 俺が声を掛けた人物は、テーブルの一番端でニコニコと笑いながら座っていた。


「ここんところ、ケントのカレーは食えてなかったんだし、今回くらいいいだろ?」


 アースラが無精ひげを撫でつつニヤリと笑う。


 トリシアやマリス、ハリス、アナベルと一緒に座っている彼に「この人誰です?」といった顔のハイエルフたち。

 だが、一緒に座っている事に仲間たちは誰も何も言わないし、談笑までしている風景に、聞くに聞けないという感じだ。


「まあ、いいか。で、例の係争は終わったのか?」

「いや、まだだな。何年掛かるか判らん……もしかすると一〇〇年くらいやるかもよ」


 アースラは付き合いきれないという感じで肩を竦める。


 それなのに降臨してきたのかよ……

 お前、神なんだから降臨は控えておけよな。つーか、アースラは当事者の一人だろうが。自由すぎんぞ、お前。


 もっとも、アースラは転生日本人だから、あまり神界の規則に縛られないとは言ってたが……アースラの機嫌損ねたら、神界も厄介な事になるから黙認なのかもしれん。


「ところで、クサナギ殿。こちらの御仁は初めて見るが……チーム仲間の別働隊の御方か?」


 俺はトクヤマ少年の耳元に顔を寄せる。


「ここだけの話ですし、大きな声を出さないことを約束して下さい……」

「や、約束しよう……」


 俺は声を潜めて少年に注意しておく。アースラが神だなんて知れたら、全ての人間が食事どころの話じゃなくなる。


 トクヤマ少年が重大な事柄だと認識して真面目な顔で頷く。


「彼は俺と同郷の人物で、名前はアースラ・ベルセリオスと申します」

「ふむ……アースラ・ベルセリオス殿か……」


 名前を聞いて頷いているトクヤマ少年の顔色がみるみる変わっていく。


「アース……ムグッ!?」


 大きな声を出しそうになったトクヤマ少年の口を慌てて俺は手のひらで塞いだ。


「大きな声をお出しなさいますな……! 気づかれては大混乱になります……!」


 俺に口を抑えられたトクヤマ少年は、そのままの状態でコクコクと頷いた。


「何だ、ケント。俺は別にバレてもいいんだぞ?」

「よくねぇ! それで今、上がどうなってると思ってんだ!」

「ま……それは、そうなんだが」


 アースラが悪びれもせず頭を掻いている。


 コイツは……

 あんまり俺の周囲に問題を持ち込むんじゃねぇよ。神じゃなかったら叩き出してるところだぞ。


 俺は気を取り直して、外で待っている供侍にもカレーを配った。

 スパイシーなカレーの匂いで、供侍の腹は鳴りっぱなしだからね。



 俺は周囲を見回す。全員、カレー皿とスプーンを持ってるな? よしよし。


 全員に行き渡ったところで、俺は号令を掛ける。


「それでは、みなさん。頂きましょう」

「「「「頂きます」」」」


 仲間たち、神様、上様、供の者たち……全員の「頂きます」の大合唱がカレーの匂いと共に屋敷と林に響き渡る。


 上様は夢中で食べている。タケイも役儀を忘れて食らいついている。女官はさすがに上品に口を運んでいたが、口に運ぶ速度はかなり早かった。

 供侍たちも全員が嬉しげだ。


「古代竜様! その白いヤツはなんですか!?」


 マリスがニヤリと笑う。


「これは辣韮らっきょう漬けじゃな。これを付け合わせにするとカレーは旨味を増すのじゃ」


 得意げに言ってるが、この前大量にカレーに載せようとしてたじゃんか。


「では私も!」


 少年がマリスの真似をしてカレーに三粒ほど載せた。


「それでよい。いくら美味いと言っても程度を弁えねば酷い目に合うのじゃ。我が覚えた教訓ぞ」


 マリスが非常に偉そう。それ、俺の受け売りだろう。

 ま、楽しそうだから良いけどね。


「おう。俺にも辣韮と福神漬をくれ」


 アースラがマリスの前にカレー皿を突き出す。


「自分でやるのじゃ! てんこ盛りに載せるてやろうかの!?」

「静かに……食え……」


 マリスとアースラがじゃれ合ってる所にハリスが釘を刺す。

 トリシアとアナベルは……夢中で食べてて周り見えてないな、こりゃ。


 そんなやり取りを、トクヤマ少年が目をまん丸にして見ている。

 スプーンが空中で止まってますよ、上様。


 神(アースラだけだが)にも祝福されたカレーの宴が繰り広げられ、参加者全員が満足そうな顔になった。


 料理人冥利に尽きるけど、降臨は本当に控えていただきたい。神界でヘスティアさんに作って貰えばいいじゃんか。

 後で聞いてみたら、アースラ曰く、若干俺のカレーと味が違うんだと。


 ヘスティアのカレーは上品過ぎて庶民カレーじゃないとかワケワカラン。カレーはカレーだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る