第20章 ── 第61話
マリスがトクヤマ少年の相手をするとのことなので、俺は自動車製造の作業に戻ることにする。
溶鉱炉でアダマンチウム・インゴットを幾つも白熱させて、スレッジハンマーで叩いて融合させ延ばしていく。こうやってアダマンチウム鋼板を作る。
マリスに任せたはずなのに、トクヤマ少年はマリスと一緒に俺の作業を見学している。
「古代竜様。クサナギ殿はあんなに大きい鋼の板を作ってどうするんでしょうか? それにしても見事ですね。あっという間に板になっていきます」
「あれはじゃな、なんとか車とかいう物の外側の装甲じゃな。ケントは鍛冶師としても卓越した腕を持っておる。我らチームの鎧や武器も全てケントのお手製じゃ」
えっへんと自慢げなマリスに対し、トクヤマ少年は頷く。
「先代の救世主様も何でも出来た方だと伝承に残っています。家々の作り方、城の作り方、地形を変える方法……その技術を以て田園地帯を作り出したそうですから」
「そうじゃな。救世主やケントたちは特別な人族なんじゃろう。我も三〇〇〇有余年……お主ら人族としては想像もつかぬであろう年月生きておるが、ケントのような人族は初めて見るのう」
トクヤマ少年の目はキラキラしっぱなしだ。
「やはりそうなのでしょうか……人も努力を続ければ、救世主様たちのようになれましょうか?」
「どうじゃろな? レベルを上げる事は非常に難しいのじゃ。我などはケントと出会うまで、必死に冒険をしたのじゃが七レベルになるのがやっとであった」
「クサナギ殿と会ってからは……」
「爆上がりじゃな! どんな作用かは解らぬが、今では……」
マリスは自分の
「今では六九レベルじゃ」
「ろ、六九!?」
「そうじゃ。東側で最も有名な冒険者のトリシアはもうちょっと上じゃが、我らの仲間たちは大方、このあたりのレベルじゃな」
トクヤマ少年がポーッとした顔で放心状態だ。
「すごい……クサナギ殿は……もっとすごいのでしょうか」
「ケントか? ケントはもう別格じゃな。神々にも比肩しようのう……」
マリスの少年に対するネタバレがやばい。
俺はマリスをジロリと睨むことで、ネタバレ禁止を無言で指示する。
マリスがウィンクしてくる。
大丈夫だろうな? 少し不安になるぞ?
「ま、難しい事件を少数で解決したのじゃからレベルの上がりが早いのじゃろうと我は推測しておるぞ」
謁見の間で話した内容を復唱するかのように、マリスは少年に話して聞かせた。
「その話の前はどうだったのでしょうか? やはり大活躍をなさっておいでだったのでは?」
「いや、我はゴブリンと遭遇した頃に仲間になったからのう。その前は話でしか知らぬ」
「教えて下さい!」
「そうじゃな。ケントはドラゴンと戦って一度死んだとか聞いたのう」
「死んだ……?」
マリスは眉間に皺を寄せつつ頷く。
「うむ。じゃが、気付いたらティエルローゼの東側、トリエンの町のマリオン神殿で目が覚めたらしいのう」
アナベルがマリスの後ろに近づいて座った。
「きっと、マリオン様がケントさんをティエルローゼに呼んだのです!」
マリスがその声に振り返り首をかしげる。
「違うじゃろ? マリオンに違うとか言われたらしいのじゃぞ? ケントからそう聞いておる」
「えー。でもマリオン神殿で目覚めたのですから、きっと関係があったのです」
アナベルが関わると神々と俺の関係がバレそうなんだけど。
俺はそんな雑談を聞きながら、二台分の装甲板を打ち延ばしていく。
昼飯時になり、作業は一時中断。
昼ご飯は天ぷらとそばです。
しかし、いつもの一〇倍以上作らねばならない。なぜなら、少年のお付きの侍や侍女、タケイさんの分も必要だからだ。
タケイさんが言うには、上様御一行は昼飯持参で来たようだが、俺の昼飯を作ると聞いたトクヤマ少年が、俺の料理を食べたいと駄々をこね、タケイが折れた。
この持参した弁当、トクヤマ少年やタケイさん、女官たちの物は中々豪勢で量もあったが、供侍たちのは握り飯二つに沢庵三切れとかいう貧しい感じだった。
俺はそんな不公平は嫌いなので、彼らの分も作る羽目になったわけ。
今回は……ざるそば、天ぷらそば、そばがきと、そば三昧です。
ざるそばは供侍に
天ぷらも大きな皿にもっていってやった。
一方、トクヤマ少年は……マリスとアナベルと三人で椀子そば対決をし、酷いポンポコリン状態になってしまう。
あまりの事に女官たちが気が遠くなっていて笑った。
やんごとなき少年は、いつも一人でご飯を食べていたため、こんなに大勢でご飯を食べたことがなかったらしい。それがすごく嬉しかったみたいだね。
午後も作業を続け、二台分の装甲板が全て完成。あとは形を形成し、車体に取り付ければ、飛行自動車二号、三号は完成だ。
ナンバープレートを付けるスペースを無意識に設けていたのでそれっぽいのを付けておいた。
すでに夕方になってしまったため、タケイが少年に城へ帰ろうと提案した。
「嫌だ! 今日はクサナギ殿の屋敷に泊めて頂く!」
うわ。我儘炸裂だ。俺は構わんが、彼のお供たちが問題だ。
「上様、このように小さな屋敷では、供侍が宿泊することはできませぬ」
「構わぬ。供侍どもは城に返せば良かろう」
「そ、それでは警護が出来ませぬぞ」
「ここに警護が必要か? ティエルローゼ最強の存在たちが護るこの屋敷で?」
「しかし……」
そう言われてタケイは答えに窮する。
タケイさん……やんちゃ坊主のお守りは大変ですなぁ。
「タケイさん。俺は構いませんよ。お供の方々を連れてお帰り頂いても大丈夫です。
上様の身の安全は我々が責任を持って保証します」
タケイは汗を拭きつつ、渋々頷く。
「左様なれば……
救世主様であるクサナギ様にそう言って頂けるのではれば、このタケイも安心できます。
上様、クサナギ様を困らせるような事はくれぐれも……」
「解っておる。じいは心配性だな。クサナギ殿の言葉に従って大人しく泊めて頂くわ」
ただ、最低限の警護の者として一〇名ほどの屈強な侍が屋敷の周囲に残された。タケイの妥協案なので、俺も快く受け入れる。
「では、夕食にしましょう。上様は何が食べたいですか?」
「クサナギ殿たちはいつも何を食べているのですか?」
「我らは何でも食うのじゃ。ケントの料理は、東西問わず何でも美味いのじゃぞ?」
トクヤマ少年は少し考えてから注文する。
「では、大陸東の料理を所望いたす。余はフソウの料理しか食べたことが無い故……」
「いいでしょう。じゃあ、肉料理にしますかね。ステーキに、唐揚げに、サラダとスープ……」
「ステーキとはなんと素敵な響きであろうか。だからステーキと言うのであろうな?」
「いや、それは語感が似ているだけで……まあ、ステーキを初めて食べた時は美味かったしなぁ。素敵な食べ物といえなくもないな。作るの簡単だし」
とりあえず、牛肉の良いところを使って焼きますか。
大陸東本来のただのステーキだと、まったく美味くないから俺アレンジのヤツですけどね。
唐揚げは若鶏を使って柔らかい肉質のものを厳選するとしよう。小麦粉を使う物と片栗粉を使う物の両方を作ろう。
片栗粉はお手製ですよ。ジャガイモから作りました。
サラダは、ペールゼン産レタスをメインにして豚肉のベーコンをカリカリにしたもの、半熟卵を載せ、パンを上げたクルトン、粗挽きの胡椒、チーズ、塩などをふりかけます。要はシーザーサラダですかな。
スープはコーンと野菜のあっさりスープです。他のが結構コッテリ気味なのであっさりなスープで口直しできるようにね。
出来上がった料理はいつものように板の間で食べます。
食卓の準備の時、ボーッと見ていたトクヤマ少年がマリスに尻を蹴られ手伝わされていた。
「働かざるもの食うべからずじゃぞ!」
「は、はい!」
トクヤマ少年は慌ててハイエルフに混じってテーブル運びをした。
「あのフソウ国王を足蹴にするとは……マリス殿は容赦がありませんね」
一緒に御飯の支度をしていたエルヴィラが苦笑しながら言う。
「ああ、マリスは特別だ。フソウの崇拝対象だからな」
「どういう意味でしょうか?」
ま、マリスの正体はハイエルフには教えてないからな。
食事の後、男と女で別々の風呂に入るが、俺はトクヤマ少年と一緒に入った。
俺は少年の背中を流してやり、少年は俺の背中を流してくれた。
「この石鹸という物は凄い! 身体が綺麗に洗える!」
「おまけに泡が気持ちいいでしょう」
「うむ。なんとも不思議なものよなぁ」
「脂汚れなども綺麗に落ちますからね、身体を清潔に保つのが好きなフソウでは売れそうな品物ですね」
俺がそういうと、トクヤマ少年は頷いた。
「許す。その商品、是非フソウで広めて欲しい! というより、我が城にも是非売って欲しいのだが」
ふむ。商いの許可ですかな。それは欲しいな。
「では、後日書面にて許可証などを頂けると助かります」
「うむ。タケイに申して奉行所から発行させることにしよう」
思わぬタイミングで商業許可証が手に入りそうだ。
大陸東の工芸品をこっちに持ってくれば、結構な金が稼げますね。
いざという時に役に立つ。
この時代、商業の自由は、比較的制限されてるからね。
塩や穀物などは、現代社会で言う所の戦略物資扱いであり、他国へ輸出する場合は、国の許可が要る。
これはオーファンラント王国でも法律で定められている事だ。そういった物資は、軍隊の維持に欠かせないからね。
トクヤマ少年がはしゃぎ疲れて俺の部屋で寝てしまったので、俺は台所でカツサンドを作り、警護の侍たちに夜食を振る舞った。
「こ、これは忝ない。救世主様自ら我らに饗応を下さるとは……」
俺より二倍もガタイの良い侍たちが、君主から報奨を受け取るような恐縮した態度で俺からカツサンドを受け取っていく。
「上様の我儘に付き合わされている貴方たちも、俺の客だからね。お腹を空かせたままでは俺の沽券に関わる」
「有り難く頂戴致します」
侍たちは俺のカツサンドを頬張り、みな笑顔になった。喜んでもらえて何よりだ。
こうして、トクヤマ少年が泊まりに来た日の夜は更けていった。
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