第20章 ── 第60話

 三日後、完成した魔導エンジンを裏庭で試運転する。


 ドババババと威勢の良いエンジン音が周囲に響き渡る。


「凄い音です。まるで魔獣の咆哮のような」


 メリオンが稼働するエンジンを少し離れて見ている。

 今回のエンジンは一号機のものと大きさは違うが、作業に慣れたのもあり試行錯誤もなく完成した。

 エンジン音から判断するに出来は上々だろう。


 魔導回路で回転を制御された二台分、一二個のピストンが織りなす音色は、男には音楽のように甘い音色として感じる。

 なんせ高回転エンジンですからな! レースゲームとかのグオーンって走る音を聞くとやりたくなる感じだよ。


「いとも簡単に魔道具を作り出すとは……お館様の才能に嫉妬を覚えますな」


 シルヴィアが羨ましげな視線を送ってきた。

 嫉妬されてもねぇ。パーマネンスのセンテンスを覚えれば、それなりに付与魔法は使えるはずだがな。消費MPだけが問題だけど。

 前にエマから聞いた複数人で魔法を唱えるという「儀式魔法」なるものを取り入れれば、誰でも使える気はする。


 もっとも、魔法道具を作成できる技術というのは、世界バランスを変えかねないほどのものだ。


 帝国軍と戦った時を考えれば、魔法の武具が大量に作れるような技術の漏洩は、おいそれとはできない。国防上回避するべき案件なのは間違いがない。

 オーファンラントの貴族としては、その辺りに気をつけておく必要がある。

 もっとも、オーファンラントの人間にも漏らすつもりはないがね。

 オーファンラント一強の世界になったら、それはそれで面倒なことが起きそうだしな。


 さらに三日経過。


 反重力装置、制御機構、安全装置など、様々な機器を取り付け、ほぼ車としての機能が全て乗った。

 あとは外装を作って取り付けるだけという状態までやってきた。


「馬車っぽいですな?」


 シルヴィアが俺の方の飛行自動車を見て感想を漏らす。


「まあね。馬無しで走れる車なんだよ」

「なんと……奇想天外な発想をなされます。これに幌を張り完成でしょうか」

「いや、外装はアダマンチウムの装甲板を取り付ける」

「戦車なのですか!?」


 彼女の言う戦車は、古代ローマとかのアレのことだろう。安易に現代戦車の事を言ってるわけじゃない。


「んー。その戦車とは別だね。これ、空も飛ぶし」

「なんと!」


 やっぱり驚かれた。


 ただ、俺の方のには銃座なんかをオプションで付けられるようにしてもいいなぁ。連装魔導機銃が載ったターレットなんてカッコいいな。



「おい。ケント。客だ」


 屋根の上で警備行動をしているトリシアが声を掛けてきた。


「ん? 誰だ?」

「見れば解るだろう」


 トリシアがクイクイと指先を曲げ、俺を屋根の上に来いと呼ぶ。


 屋根にヒョイとジャンプして東側の小道を見ると……


 豪華な黒塗りの籠が幾つかと、前後を護る五〇人からの侍たちが目に飛び込んでくる。

 羽織と陣笠をつけたタケイさんが馬に載って先頭についているのも見えた。


「あー、ありゃ上様だな」

「ああ、国王自らやってきたらしい」


 トリシアに周囲警備を任せたまま、俺は慌てて玄関に行く。そして牛歩のように進みの遅い籠を待った。


「下に~下に~!」


 とりあえず、跪いた方がいいのかね?


「なんじゃ、アレは」


 マリスも声を聞いてやってきた。


「ああ、あれはトクヤマ様だろう。黒塗りの籠の屋根にはフソウ王国の紋章が金色に光っていたしな」

「なんじゃ、あの子供か。何しに来るんじゃ?」

「さあなぁ……救世主フリークっぽいから、俺たちが住んでる所を見に来たんじゃないか?」

「素敵用語じゃ!」


 久々の素敵用語認定を頂きました。


 俺の前にタケイさんが到着する。


「クサナギ様。突然の訪問、ご容赦願いたい。上様のたってのご希望で、クサナギ様のお屋敷にお伺い仕った」


 俺は頷いて了承する。


「上様のお成り、光栄です」


 まだ籠は屋敷まで来ていないが、籠の屋根が跳ね上がり、横の小襖が勢いよく開いた。


「もう、ここでよい!」


 元気な少年の声が聞こえ、小さな影が籠から飛び出す。


「クサナギ殿! 会いに来てくださらぬから、余が参ったぞ!」


 ドドドドとトクヤマは走り、俺の前までやってくる。

 すると、マリスに向き直り口を開いた。


「古代竜様の寝所を騒がせ、申し訳ありません。私の訪問をお許し願いたく伏してお願い申し上げます」


 そういうとトクヤマ少年は深々とマリスに頭を下げる。


「よい。ケントはその程度の事で機嫌を悪くはせんからな。よって、我も機嫌を損ねることはないぞ」


 マリスの方が支配者然とした堂々とした態度だな。トクヤマ少年の方の挨拶は、崇拝対象のエンシェント・ドラゴンへの口上として申し分なしという事か。


「何分、お城ほど立派な屋敷ではありませんので、何のおもてなしも出来ませんが、どうぞお上がり下さい」


 マリスへの挨拶が済んだトクヤマ少年が、顔を上げてニッと笑う。


「うむ。見せてもらうぞ。救世主様の暮らしぶりとやらを!」


 少年は嬉しげに玄関に駆け込んでいく。


 ようやく屋敷前に籠がやってくる。

 他の籠の襖が開き、女官たちが降りてくる。


 お付きの女官まで来てたのか。まあ、別に良いけど。


 俺はマリスとトクヤマ少年を追って玄関を上がる。

 トクヤマ少年の姿を追うと、勢いよく襖を順番に開けている所だ。


「ここは何だ? 布団が幾つかあるな!」


 そこは俺とハリスの寝室です。


「こっちは!?」


 隣の襖に取り掛かるトクヤマ少年。


 躾がなってねぇな。


 タケイが慌てたように俺たちを追ってきて、トクヤマ少年のご乱行を目の当たりにし、顔面を蒼白にした。


「う、上様! 失礼な事をなさってはなりません!! ここは古代竜様のお住まいでもあるのですよ!?」

「じい! 救世主様の住まいじゃぞ? こんな機会を逃すわけには参らんのだ!」


 バーンと開けた先は板の間の襖だ。


 トクヤマ少年が中を覗いて一瞬怯む。


「おお……ここは救世主様の花園であろうか……」


 何だそれは? そこではハリスとハイエルフたちが忍術修行に勤しんでいる所だぞ?


 俺はトクヤマ少年のところまで行って中を覗いてみる。


 ハイエルフたちが半裸で腕立て伏せやスクワット、腹筋などをして基礎体力訓練中だった。

 でも、ちゃんと水着姿じゃんか。


 ハイエルフが、汗で着るものが汚れるのを嫌い、素っ裸で訓練しようとするのをハリスが相談してきたので、水着を作ってやったんだよ。


「いえ。激しい運動で汗を掻くので、着物を脱いで修行しているんですよ。訓練後、すぐに風呂で汗を流せるようにという知恵のようですね」


 俺の解説にトクヤマ少年は顔を赤くしつつ頷く。


「ふむ……なるほど! 合点がいく答えであった! 確かに汗を吸った着物は気持ち悪いものだし!

 ところで、この者たちは前の登城の際におらんかったが?」

「ああ、彼女らは俺の雇い人です。俺が留守にしている時、この屋敷の管理をさせるために雇ったんですよ」

「留守にすることがあるとは初耳だが……ずっと住んでくれるのではないのか!?」


 無茶を言うな。俺はオーファンラントの貴族、トリエンの領主でもあるんだぞ。


「いえ、年に数度滞在する程度ですよ。仕事が終われば旅に出ますし、大陸東側には俺の領地がありますので、留守番の代官に苦労を掛けつづけるわけにもいきません」


 トクヤマ少年が絶望にも似た悲壮な顔になる。


「クサナギ殿は領主であったか……」

「そうです。大陸東の国、オーファンラント王国に仕えています」


 タケイさんよ。詳しい情報を少年に教えてなかったのか?


 ジロリとタケイを見ると、冷や汗をフキフキしていた。


「民の上に立つ者として、責任の放棄はできぬな。無理を言って済まなかった」

「そうですね。俺も領主としての義務を放棄気味ではありますが……」


 俺は苦笑してしまう。領民を放っておいて冒険の旅に出てるからなぁ。

 普通なら誰かに止められる所業だろう。国王からは許可を貰ってるんで問題はないと思いたいんだが。


「ところで、あれは基礎体力訓練であろう? あの者たちは管理者と言っておったが、警護の者でもあるのか?」

「そうですね。この屋敷とこの林を護る事も業務の一貫です」

「なるほど。それにしても美男美女しかおらぬ。目の保養になるであろう」

「上様、彼女らはハイエルフです。エルフという種族は美男美女が多いんですよ」


 トクヤマ少年が目を皿のようにして、フラフラと板の間へと入っていった。

 見ていると、板の間の隅に正座して座った。


「ハイエルフ族の皆様! 今少し耳をお貸し願いたい!」


 少年が声を張り上げてハイエルフたちの注意を引いた。

 ハイエルフたちが基礎運動を止めてトクヤマ少年に振り向く。


「余はフソウ竜王国国王、トクヤマ・ヤスナリ! 古き時代、我らの先祖が貴殿らに行った所業、王家に秘事として伝わっておった!」


 トクヤマ少年は先程のやんちゃぶりとはまるで違う態度や表情で、話し続けた。


「我が国の者が、その仕打ちを忘れていたとしても、我が王家は忘れずにいた。我が王家に伝わる家訓の一つ、ハイエルフを見つけ次第、最大の謝辞と保護を行えというものがあった。

 ここに、フソウ竜王国七二代目国王として、ハイエルフの方々に深く謝罪を申し上げる。我が祖先の仕打ちを深く深くお詫びいたす」


 土下座。一国の国王がまさに土下座をしたのだ。


 タケイがポカーンとしたまま廊下に立ち尽くしていた。追ってきた女官たちも同様だ。


「やるのう、若造。誠に王者に相応しい態度じゃな」


 女官と一緒に来たマリスが、腕組をしてウンウンと頷いている。


「頭を上げて下さい、トクヤマ殿」


 シルサリアがやってきて、土下座のトクヤマ少年の肩に手を置いた。


「私はシルサリア。シルサリア・エルフェン・ド・ラ・モアスリンと申します。ここにあったモアスリン王国の王家の末裔です」


 トクヤマ少年が涙を流した顔を上げる。


「すでに我らへの謝罪は済んでおります。何日か前に、オニワバンの頭領モギ・フウサイ殿から深く謝罪を頂いております。

 それに今は、お館様……当代の救世主様の庇護の元、この地の住人としてマツナエの奉行所にも登録して頂いております」


 トクヤマ少年がタケイの方に顔を向けた。


「そ、そうです。そうでした、上様。クサナギ様からお願いされましたので、このタケイ、勝手ながら住民台帳への記載を奉行所に指示したのです」


 タケイはハイエルフの事は知らなかったようだが、自分がやった行政指示が間違いではなかったと気付いたみたいだ。


「さすがはじい。余の心の内を察しておったか。余が執政できるようになる歳まで安心して任せられる。もちろん余が成人した後も頼むぞ」

「勿体なきお言葉……」


 タケイはそう言われて、その場で平伏し臣下の礼をとる。


 ふむ。意図せずして、フソウの頂点である国王とハイエルフが和解できたようだぞ。

 偶然ながら悪くない展開だ。これなら俺がフソウを離れても、ハイエルフも屋敷も安泰だな。

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