第20章 ── 第59話

 次の日。

 魔導エンジン、魔導バッテリーの作成。


 二台の車体は大きさが違うので、作成する魔導エンジンの大きさや出力は変えねばならない。

 パワーウェイトレシオに違いを持たせないと、操縦者に負担を掛けてしまう。オーバーパワーをコントロールできなければ、容易にクラッシュに繋がってしまう。

 完成時は車体の重量比は俺用の車体が二倍近く重くなると踏んでいる。なので、俺のは大型化、レオナルドのは小型化する。


 総積載量が五倍くらい違うので、軽戦車と重戦車ほどの差があるなぁ。


 部品を作りながら、そんな事を頭の中で計算していると、連日忍術指導しているハリスが来た。


「ケント……頼みがある……」

「ん? ハリスが頼み事ってのは珍しいな。なんだ?」

「実は……」


 例の印を組んで精神修行を続けていたのだが、この印とは何だという話になって答えに窮したらしい。


 まあ、あれは漢字だしなぁ。


 俺はハリスと一緒に道場化している板の間へ向かう。

 ハイエルフと共に三人の人間が正座して座っていた。


「みんな……ケントに……来て……もらった……」


 口下手なハリスが、これだけの人数の前で講義するのは難しかっただろう。大変な事を押し付けてゴメンね。


「ハイエルフの人たちには自己紹介は不要でしょうが、新顔が何人かおられるようなので、自己紹介しておきます。

 えー、これから印について講義させていただくケントです」


 俺の口上にハイエルフだけでなく、新顔の三人も少し驚いている。


「あれが超絶忍者たるハリス様の忍術理論ご指南役……」

「さすがはハリス様のお師匠様だ……忍びに忍んで目的を果たす忍者の鑑……」

「どこにでもいそうな顔をしているのに、忍術技術体系の祖だとは、そこに忍の真髄があるのではないか……?」


 顔が平凡なのは大きなお世話だ! 好きでこんな顔なんじゃないやい。


「お館様は、一瞬にしてフソウ忍者どもを掌握したもう……」

「これぞ、お館様の魅力カリスマ。黙っていても他の者を魅了してやまぬ」

「内で練られた気の発露の証左。自然体にてこれだけの気。我らも見習わねばならぬ」


 ハイエルフたちもウルセェな! そんな訳無いだろ!


 俺は深緑色に染められた木の板を出し、壁に立てかける。


 ハリスが忍術道場をする事になった時、実技以外にも座学があるかもしれないと思い、人知れず作っておいた「黒板」だ。

 チョークは炭酸カルシウム製だから、石鹸の材料で作成可能なのだよ。


「まず、印で使っている言葉……」


 俺はチョークで「臨兵闘者皆陣烈在前」と大きく書く。


 生徒たちは何語なのか解らず、首を傾げている。


 俺が何かの講義を始めると気付いてか、シルヴィアやエルヴィラ、グート、ルシアナたちもやってくる。

 縁側の外に設置してある木の的で射撃訓練していたトリシア、板の間の隅で積み木遊びをしていたマリスとアナベルも、もちろんこちらに来る。


「この九つの文字は、俺の故郷で太古に生まれた『密教』という宗教で考えられた文字列です。『抱朴子』で言及され、『成身辟除結界護身法』として生まれました」


 こういう知識は厨二病気質の俺には必須事項です。すらすら言えるのは少々自慢か。


「意味としては……『臨める兵、闘う者、皆陣をはり、列をつくって、前に在り』ですね」


 原典である「抱朴子」は神仙術の技術書だとか言われているようだが、ここから道教の六甲秘呪などに影響を与えて、密教における修験道に混じったと言われていたりする。

 それが時代を経て民間に伝わり「九字護身法」として浸透する。こうして、武士や忍者などが精神を統一する時に使われるようになった。


「で、まあ……戦いに挑む際や精神統一の際に、これをやるようになった訳だね」


 振り返って生徒たちを見ると、みんな目をキラキラさせて真剣な面持ちだ。


 マリスも食い入るように聞いてる。落ち着きのないマリスが座学に挑む姿は珍しいねぇ。


「ここまでは良いね?」


 俺がそういうと生徒はひとり残らず首を縦にふる。


 良い生徒だちですなぁ。勉強熱心で真面目だよ。

 俺の高校生時代なんかを思い出すと……顔から火が出そう。


「では、各印の説明に入る」


 黒板に印の手のイラストを各文字の下に書いていく。


 芸術スキルをいつの間にか習得していた……ああ、魚を絵で説明した時に覚えたんだな。これがあるので、印の手の形をイラストにするのも容易なので助かる。


 博文堂庄左衛門が明治一四年に書いたといわれる『九字護身法』に載っている図を思い出しながら説明を始める。



「まずは『臨』。獨古どっこ印と言われています。普賢三摩耶ふげんさんまや印との記述もどこかで見たような?

 臨と唱え、左右の手を組み、人差し指を立てて合わせましょう。

 密教においては、毘沙門天。神道においては天照大神を表す印とされています。ティエルローゼでは『大いなる日の神、メイナルド』ですかね?」


 そういうと、生徒たちがが「おおっ」と声を上げる。


「印という物には、そのような意味が!」

「それぞれに意味があるとは思いもせなんだ」


 まあ、普通そうですね? 俺も厨二病的にカッコいいから覚えただけで、どんな効果があるのかはサッパリ解りません。



「続いて、『兵』。大金剛輪だいこんごうりん印ですね。

 兵と唱えて、左右の手を組んで、人差し指を立ててから中指をからませる感じです。

 密教では十一面観音、神道では八幡神を表す印。ティエルローゼでは戦いの神全般ですかね。阿修羅道に堕ちた者を救うとか言われてるんだ」


 アナベルが目を輝かせてコクコクと頷いている。宗教関連の話になるとアナベルは生き生きしだすねぇ。神官だから当然なんだけど。



「次が『闘』だ。外師子がいじし印という。

 闘と唱えて、左右の中指で互いの人差し指をからめて……残りの指を合わせて立てる。

 密教では如意輪観音。神道では春日大明神を表す印です。これはティエルローゼでは何の神様かなぁ……」


 俺が考え混んでいるとアナベルが手を上げた。


「それはどんな神様なんです?」

「うーん。俺も詳しいわけではないんだが、煩悩……欲望の事かな? その煩悩を破壊するんだとかなんだとか……」


 アナベルがニッコリ笑う。


「破欲神シンタール様の事ですね!」


 そんなのいるのか。初めて聞いた。


「シンタール様はかの人魔大戦にて魔族軍左翼を壊滅させて果てたと言われている武闘派の神様なのですよ。マリオン様の神族ですよ?」

「解説ありがとう」


 俺がお礼を言うと、アナベルは「どういたしまして」といった仕草をしてから座り直した。



「次が『者』だ。内師子ないじし印というヤツ。

 者と唱え、左右中指で互いの薬指を絡める……ちょっと難しいけど頑張れ。そして残りの指を立てて合わせる。

 密教では不動明王、神道では加茂大明神を表す印と言われています。ティエルローゼではどんな神様が当てはまるのかな。

 この不動明王は忍術の元となった修験道において、強く信奉されていた神だと言われています。

 俺も『不動明王の生まれ変わりだー』とか漫画に影響されて考えていた恥ずかしい黒歴史がありました」


 俺は悲しそうな目を作り遠くを見つめる。懐かしい思い出ですなぁ。



 その後、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、隠形印の説明をしていく。


「これを以て九字とし護法の要となす」


 俺は生徒たちに向き直る。


「では、やってみましょう。臨兵闘者皆陣烈在前」


 俺は次々に教えた印を素早く組んでいく。

 あまりの速さに生徒たちは目を丸くしていた。


「これは慣れなので、次第に早くできるようになるよ。俺も覚えるのに数年かかった」


 中学時代、勉強そっちのけでやってたんだよ。学校の授業中もな。


「ケント……助かった……というか……俺も……勉強になった……」


 生徒たちが印の練習を始めた横で、ハリスに礼を言われる。


「いや、俺も復習できてよかったよ」

「印に……あんな意味が……あるとは……思わなかった……」


 だよねぇ。頭では知っていても理解しようなんて普通思わないもんだ。厨二病でもなければね。


「ま、厨二病の為せる技だな」


 ハリスが少し困惑した顔になる。


「例の……前に言ってた……」

「ああ、それだよ。一節によれば、印と共に真言を唱えると、人の動きを止める事もできるとかいう技なんかもあるらしいが」

「どんな……技だ……?」

「不動金縛りの術とかいうらしいね。催眠術の一種だと俺は思うが」


 印を組んで不動明王の真言を唱えるんだよね。俺も必死に練習したけど、


 ハリスは考え込み、顎に手を添えている。


「ま、できるかどうか判らないけどな。昔話にあった程度しか知らないよ」

「その……真言……というの……は?」

「えーと『ナウマク・サンマンダ・バサラ・ダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン』……だったっけ?」

「呪文……だな……?」

「そうだねぇ。魔法の呪文そっくりだよね」


 印の練習をしている生徒の中で、カストゥルが聞き耳を立てているのを感じた。あれは情報収集担当の癖だろうな。


 何でなのか解らないが、マリスとアナベル、それにトリシアまで印の練習をしているのが不思議。



 講義を終えた俺は自室に戻って作業を続ける


 今日中に部品を作り終えたい。そして明日はエンジンの稼働テストだ。

 夜も更けて、部品の削り出しをしていると、ハリスがやってくる。


「ケント……すまない……」

「ん? どうした?」

「完成した……」

「いや、まだ削り出しの途中だよ」


 俺の作業を気にして見に来るとは、ハリスとしては珍しい。


「そうじゃ……ない……」

「え? 違うの?」

「昼に……言っていた……技が……できた」


 昼に? 何だっけ?


「あっ! 不動金縛りの術か!?」

「そうだ……」


 マジかよ。ちょっと聞かせたら出来るとか、どんな天才だよハリス。


「それで……アナベルが……ピクリとも……動けなくなった……」

「アナベルが実験台だったの?」

「ああ……」


 ハリスが言いよどむ。何だよ、はっきりしないね。まあ、ハリスだといつもの事なんだが。


「それで……術が…‥解けない……助けてくれ」


 なんと。掛けた金縛りの術が解けずに困っていたのか。さすがの俺でも解き方は判らんぞ?


 俺は慌ててハリスと板の間へと急行した。


 ハイエルフは周囲で見守っており、トリシアとマリスが、アナベルを揺らしたり叩いたりしているが、当のアナベルは瞬きもせずに直立不動のままだ。


「おお、ケントが来たのじゃ」

「ケント、これをなんとかしろ」


 なんとかしろと言われてもね。どの文献にも金縛りの術を解く方法なんか載ってなかったんだが。


 俺は少々考え、時代劇でよく見た方法をやってみる。


 金縛ってるアナベルを座らせ、背中に膝を当てて、肩に手をかける……


「えいっ!」

「はにゃ~~~!?」


 すると突然、アナベルがバタバタと両手両足を動かしはじめた。


「ああ、ビックリしたのです。必死に動かそうとしてるのに動けませんでした!」


 そりゃ金縛ってりゃそうだろうよ。


「魔法じゃろ。魔法っぽい呪文をハリスは唱えておったのじゃ」

「いや、あんなセンテンスなど存在しない。魔法とは異質のものだろう」

「あれは忍術なのですよ! ケントさんの昼の講義でもありました! 神聖系魔法なのです!」


 魔法でも神聖魔法でもないと思うが……俺的には何らかの催眠術だと思っている。

 しかし、まあよく再現できたなぁ。ハリス、マジ天才。


 でも、生兵法は怪我の元とも言う。あまり安易に人に掛けては駄目だろう。

 そのあたりを良く言って聞かせておかねばならないかもしれんな。

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