第20章 ── 第57話

「いいか、ハイエルフが絶滅寸前まで行ったのはハイエルフの責任だ。当時、五〇〇〇人以上のハイエルフがいたのなら、フソウと一戦交えるべきだった。

 血も流さずに平和が勝ち取れるかよ。甘ったれるのもいい加減にしておけよ」


 俺は一呼吸置いて続ける。


「これはハイエルフだけに言えることじゃない。フソウの者たちにも言えることだが。

 君たち西側の人間は問題にぶつかった時に他人を頼りすぎる。

 確かにシンノスケという救世主が問題をどんどん片付けてくれたんだろう。それによって安定した国を作れたと俺も思う。

 だが、君たちは救世主に頼って、自ら問題を考え、そして解決していこうという気概に欠けている。

 救世主を恋い焦がれ、問題を放置し、手のつけられないくらい悪化させてるじゃないか。

 君たちは何かしたのか? 何もしてない。だから滅亡寸前になったんだ。もっと人口がいた頃に何かすれば良かった。だがしなかった。

 それは君たちが引き起こした問題であり、俺の所為でも何でも無い」


 そうなんだよ。西側に来て思ったのは、救世主がいれば世界の安寧が訪れるとかいう眉唾な話ばかりだ。

 「ヤマタノオロチ」の問題にしろ、自ら進んで根本的に解決しようと動いているやつがいたか?

 フェアリーたちもそうだよな。カラスに奪われたのに外部からの助けを待って一〇年も無為に過ごしていた。


 それだけ救世主シンノスケの存在が大きかったんだろうけど、その存在が大きかったせいで依存状態に陥ってる。

 だから、俺という存在が現れた時、シンノスケと重ね合わせて「救世主」などと祭り上げるわけだ。


 全く、度し難い精神構造だな。


「俺は大陸の東側から来た。大陸の東側では何百年も前に魔神と呼ばれる存在が暴れまわり、人もエルフも含め、全ての生物が絶滅しかけた」


 その魔神こそがシンノスケだったわけだが。


「だが、人々は魔神の脅威には屈しなかった。必死に抵抗軍を組織し、自国も他国もなく何百年も魔神に抗ったんだ。

 その魔神は、ある時現れた英雄によって倒された。英雄は相打ちで魔神もろとも死んでしまった」


 タクヤは自らの命を掛けてシンノスケを止めることに成功した。しかし、東方の人々はタクヤを救世主として頼る事はできなかった。

 絶滅寸前まで追い込まれた東方諸国の人々は、国の境を越えて、種族の境を越えて、協力しあって今の繁栄を手に入れた。


「だから、東方でこんな救世主依存状態の国など存在しない。問題は自らの手で対処してきたんだ。

 もちろん、国と国の諍いも無いとは言えない。俺の領地がある国は、一年前まで隣国と戦争を繰り返していた。

 だが、何かあったら仲の悪い隣国とすら手を取り合って対処するんだ」


 俺はハイエルフに再び目をやる。


「亡国の恨み? 自ら望んで亡国にしたんだろ? 甘えんなよ。

 ここでモギさんを殺したら、お前らは俺が殺す。

 俺はモギさんの覚悟の中に本気でフソウの未来を思う心意気を見た。それを無碍にするようなヤツは許さん」


 ハイエルフたちの中で動揺が広がる。


「では、我らは……我らはどうすればよいのですか……」


 視線を落としたシルサリアが囁く様に言う。


「恨みを忘れろ。過去を忘れろとは言っていない。過去を教訓とできない種族、民族は滅びるのが世の常だ。

 だが、恨みや復讐は何も生みはしない。

 いいか、俺はこの屋敷を君たちに提供するつもりなんだ。ここを生活の拠点としてフソウの国民となって生きるんだ。

 もう、君たちはフソウの国民として住民台帳に記載されている。ならばフソウで幸せに暮せばいいじゃないか。

 その為の援助を俺は惜しむつもりはない。

 この林にある聖域が、ハイエルフにとってどれほど大切かは、トリシアが君たちに敬意を示しているから理解できるしな」


 トリシアを見るとニヤリと笑いながら頷いた。


「君たちがここにいる限り、俺の加護がある。もし、フソウが君たちを迫害し、この地から再び追い出そうとしたならば、俺は全力を以て戦おう」


 シルサリアがヘナリと力を抜いた。


「も、申し訳ありませんでした……お館様のお考えを拝聴し、我らハイエルフたちが考えていた事は誤りであったと感じました……」


 シルサリアの後にシルヴィアが口を開く。


「姫様の言う通りかと……我々は救世主様の再来を願い、日々生きてまいりました。救世主様という存在を頼り、必死に……」


 シルヴィアが目に涙を浮かべ嗚咽する。


「ああ、俺はシンノスケほど優しい人間じゃない。厳しいことを言ったと思う。だが、この世に生きる者として、ハイエルフには強く逞しく生きてほしいんだ。

 真綿に包まれたような……ぬるま湯の人生を約束なんてしたくない。

 自ら生きる力をこの地で再び付けてほしい。そして再び繁栄すればいい」


 ハイエルフたち全員が涙目になっている。こういう雰囲気はあまり得意じゃないなぁ。なんかムズムズする。


「シンノスケは確かに頼れる男だったみたいだね。でも、大陸東側では恐怖の対象だったんだぜ?」

「シンノスケ様が?」


 シルヴィアが目を見開く。


「ああ、さっき話したろ。魔神と呼ばれる存在がいた事を。それがシンノスケだ」


 さすがのシルヴィアもこれを聞いて首を横に振る。


「そんな訳は……あのお優しいシンノスケ様が、東側で魔神などと……」

「事実だよ。シンノスケは妻子を東側の軍隊に惨殺された。その復讐の為に東側に魔神となって現れた。

 それを止める為、タクヤと呼ばれた英雄が彼と戦ったんだ」


 俺はシンノスケが西側から姿を消した後に東側で何が起きたのかを掻い摘んで教えてやる。


 聞いてたモギも表情を驚愕の色に染める。


「で、シンノスケはタクヤと共に死んでしまった。彼が最後に着ていた鎧を俺は持っている」


 俺はシンノスケが着ていたオリハルコン製の甲冑の一部を取り出す。


「これはオリハルコンの鎧だ。何の魔法付与もされていなかった。シンノスケほどの力を持つ物が着るには、些か能力に欠ける代物だったよ」


 オリハルコンと聞いて、モギもハイエルフも目を皿のようにした。


「神々の金属……」

「こ、この輝きがオリハルコンですか……まるで虹のような……」

「ああ、でも魔法付与してないなら、ただの強力な鎧でしかない。

 本当の伝説級武具ってのは、様々な特殊な能力を秘めているものなんだ」


 俺は魔剣グラムを取り出す。


「これがシンノスケの愛剣、魔剣グラムだ。これは世界に一つしかない本当の伝説の武器だ。この魔剣はオリハルコンの性質と共に、傷つけた敵の生命力を奪い、自分のものにするというチート能力がある」


 シンノスケの愛剣と聞いて、全員が身を乗り出してきた。


「ま、これら武具はティエルローゼには強力すぎる。だから俺が管理することにしている」


 俺はインベントリ・バッグに鎧とグラムを仕舞う。


「でだ、さっきの鎧が証左となるわけだけど、シンノスケは死にたがっていた。

 恨みや憤怒は尽きることはない。いっそ死んでしまいたい。だけど自殺などという物は考えられなかったんだろうな。誰かに殺してもらいたいとずっと思っていたんだと俺は思う」


 そしてそんな時にタクヤが現れた。


「シンノスケを倒したタクヤも、俺やシンノスケと同じ世界から来た。シンノスケを倒す力を持った者だったんだ。

 彼はシンノスケを殺したくなかったみたいだよ。彼の刀が、シンノスケ同様に魔法付与されてなかったからねぇ」


 俺は一振りの太刀を取り出す。


「これもオリハルコン。ノーマル過ぎて、強力とは言えないな。でも、ノーマルのオリハルコン製のアーマーには有効だ。

 一人は殺して欲しい、一人は死なせたくない。そんな二人の戦いは、なんて悲しい物なんだろう。俺は、そんな二人が可哀想で仕方ない」


 だから、西側も東側も平和で安定した場所になってほしいんだ。二人ならそれを望むはずだ。

 その望みを俺は叶えてやりたい。古い怨讐など、この二人の願いに比べたらゴミみたいなもんだろう。

 なぜなら、今、ハイエルフは生きている。本当に少なくなってしまったけど、まだ生きているんだ。それを護るために力を貸す事は何でもない事だ。


 そして今のフソウは平和な国だ。シンノスケが江戸の町を再現しようと尽力したのは見て解る。彼の理想がこれだったんだろう。

 それを護るのにも力を貸したい。


 両者が争って、平和が乱されるなんてあってはならない。


「当代様のお気持ち、このモギ・フウサイ。心に刻みつけまする。そして、フソウとハイエルフ様たちが手を取り合って生きていける世の中を維持するため、オニワバンの力を使っていきとうございます」


 モギが両手を付いて頭を下げる。


「ああ、それは助かるね。今朝、庶民代表としてキヨシマ組にも頼んできたんだけど、モギさん、貴方にも協力してもらいたい」

「御意。当代様のお言葉を賜り、身を粉にして平和の維持に尽力致します」


 俺は頷いてから、ハイエルフを見る。


「さて、シルサリア。君たちはどうする?」


 話を振られたシルサリアが顔をあげた。


「我らハイエルフ。お館様の庇護を受け、この地で再びの繁栄を目指す所存にございます。

 無礼な振る舞いをお館様に見せ、誠に申し訳ありませんでした。一同を代表し、ここに謝罪致します」

「うん。解ってくれたみたいで嬉しいよ。これでこの問題は終わりだ。何百年も掛かったけど、解決できてよかった」


 俺の言葉にシルヴィアが頷く。


「私めは長く生きておりますが、先代様に頼り切っている、依存していると言われて目が覚めた思いです」

「ま、世の中は弱肉強食。これは世界が変わっても同じだね。他者に食い物にされない為には力を付けなきゃね。

 今後はモギさんも、キヨシマのタツゴロウも君たちの味方をしてくれる。協力して平和に生きてくれよ」



 その後、モギさんは、ハリスがハイエルフに教えている忍術の修行などを見学していった。


 オニワバンの見どころのある者を何人か、ハイエルフたちのように指導してもらいたいと頼まれたので許可した。ハイエルフから拒否の反応が無かったしね。


 ふう、無事に解決できてよかったよ。一時はどうなることやらと思ったけどな。

 それにしても、ここ数日、色々とてんこ盛りでイベントが発生してる気がするな。はやく飛行自動車二号と三号を作らなきゃならんというのにね。

 でも、問題は片付いたし、これから一週間半ほど、全力で作業しようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る