第20章 ── 第56話
屋敷に戻ると板の間に仲間たちとモギ・フウサイが座って待っていた。
ハイエルフたちは隠れているのか、姿はない。
「お待たせしました、モギさん。何か御用ですか?」
「これはクサナギ様、朝早くからお邪魔致し、誠に申し訳ありません」
俺がモギの前に座ると、彼は礼儀正しく頭を下げた。
「まさかフソウで大きな問題でも起きたんですか? モギさんたちで解決できないなら、力を貸しますよ?」
俺がそういうと、モギは首を横に振った。
「いえ、問題は何もありません。本日伺いましたのは、この屋敷を管理なさるという方々の事でして」
ハイエルフたちの事か……まずいな。やはりもう知られたか。まあ、奉行所が住人台帳を作った時点でバレるのは当たり前なんだが。
「ハイエルフたちが何か? 彼らは俺が買ったこの屋敷の管理をしてくれる者たちですよ。別に何の問題もないと思いますが」
俺が少し身構えた所為か、モギが慌てたように手をふる。
「いえ、ハイエルフ様たちに何の問題もありません。というか、こちらの心情の問題といいますか……」
モギは少し汗ばんだ感じになり、懐から手ぬぐいを取り出して顔を拭う。
「といいますと?」
「クサナギ様はご存知ないかもしれませんが、今から五〇〇年も前になりましょうか……このマツナエの町のあたりは、大きな森でありました」
うん。それはそうだろうね。マツナエの北にある小川は昔大きな川で、その南にモアスリン王国が管理する大きな森があったと聞いている。
「そこにはハイエルフたちが住む国があったのです」
「知ってますよ。ハイエルフたちから聞いています。モアスリン王国っていったらしいですね」
俺がそういうとモギも頷いた。
「恥ずかしながら、我らオニワバンがその当時、暗躍したことによりモアスリン王国は無くなりました」
ほう。それをオニワバンの頭領自らが認めるのか。
「その愚行を正しておかねば、我らは新たなる救世主、クサナギ様に対して顔向けが出来ません」
「ん? 俺に顔向けが出来ないってどういう……」
「世の安寧を約束するクサナギ様が、今、この時代に現れ、亡きモアスリン王国の末裔たるハイエルフ様たちを、再びこの地に導かれた。
これは、我らオニワバンが過去に行った事を救世主様が認めないということ。
そのような状況で、我らがそれを秘匿したまま、知らぬ顔を決め込む事はできませぬ」
ああ、モギさんは過去にオニワバンがやった事を贖罪するために来たということか。
「それはタケイさんとか上様はご存知の事ですか?」
「いえ。この事実は我々オニワバンの最大の秘め事なれば……モアスリン王国や……当時のオニワバンが行った裏工作などの真実は歴史の表舞台から綺麗さっぱり消されてございます」
ふむ。それを救世主と言われ始めた俺に告白する理由は何だ?
「それを俺に話してどうするんです? タケイさんやトクヤマ様に俺が話したらマズイ話でしょ?」
「左様です。しかし、この度、クサナギ様がハイエルフ様を保護なされたとお聞きしました」
「うん。全部で九人だね。これがモアスリン最後のハイエルフたちだ」
モギが目を閉じて眉間にシワを寄せる。
「もう消え去るほどの人数しか居られないとは……」
モギは悲痛な声色で嘆くように言う。
「もし、この事が表に露見すれば、オニワバンはお取り潰しとなりましょう。そうなればそうなったで、オニワバンの過去の愚行が精算されることになります」
「そうしたら君たちは困るだろう? もちろんフソウ政府も困るはずだ。
オエド城内でも秘密裏に警護をしていたね? それにタケノツカにもいたでしょ? キノワにも勿論いたんじゃないか?
国内各地で諜報活動をしている君たちは、フソウにとって無くてはならない存在だと俺は思うんだが」
このティエルローゼでは諜報活動はあまり重要視されていない。今まで旅してきた国でフソウだけが忍者部隊という情報戦部隊を組織していたくらいだ。
度々言っているが、情報は力だ。
オニワバンという存在はフソウの力の要の一つだと言っていいだろう。
「しかし、上様は先代の救世主様をお気に入りです。もちろん当代であるクサナギ様の事も大いにお喜びだと伺いました」
「確かに大はしゃぎしてたね……」
俺は国王のトクヤマの名乗りを思い出して苦笑する。
「で、ございますれば、我らの過去の所業を上様がお知りになれば、我々はお取り潰しは必定となると推測できます」
「なら、何で俺の所に来たの?
悪いけど、俺はオニワバンが過去、現在、何をしていたとしても関知しないよ。秘密を口外するつもりもない。それはそちらの国内事情であって、俺は是正するつもりはない」
モギはそれでも俺の目をじっと見る。
「いえ、なので私たちの心情の問題だと申しておるわけでございまして……」
ふむ。過去の過ちについて謝罪することで自分たちの中で折り合いを付けたいって事か。なるほど、それは理解できるな。
実際、その当事者のハイエルフたちは、まだ過去の事として割り切れてない部分が多い。俺の見立てだと、恨みに思っているはずだ。
それなら当事者で話し合いをさせるべきだろうな。過去をいつまでも引きずっていては前に進めない。
「ハイエルフたちを呼んできてくれないか?」
俺がハリスに言うか言わないかというタイミングで奥の襖が開いた。
「お館様のご希望なれば……我らハイエルフ、ここに」
シルサリアが先頭に立ち、九人のハイエルフたちが板の間へとやってきた。
「ああ、座ってくれ。こちらはフソウ竜王国のオニワバン衆頭領のモギさんだ」
俺がそういうと、いつも流麗で上品な感じのハイエルフたちが非常に荒々しく座る。
やっぱり根に持ってるようだなぁ。
モギは座ったハイエルフたちに向き直る。
「オニワバン頭領、モギ・フウサイと申す。お目にかかり光栄に存ず」
「私がモアスリン王国残党を率いる、シルサリア・エルフェン・ド・ラ・モアスリンと申します」
残党って……シルサリアがかなり皮肉まじりの自己紹介してるな。
「メリアド・スーシャ・セリオン、護衛隊長をしている」
「シルヴィア・ケイト・パーセルと申す。フソウの忍者たちがして来たこと、当時からこの目でしかと見てきた」
八〇〇〇歳だからな。彼女は当時よりずっと前から生きてるね。
「グート・エッセン・エスラント。既に狩りをする森もないが……食料調達を担当している」
今はもう林ですからねぇ……大型野生動物はいませんな……
「エルヴィラ・クラート・ネルウェン、今は料理番です。お館様の料理の弟子です」
弟子にしたっけ……まあいいか。
「レオーネ・ヴァル・エヴァン。シルサリア様のお側付き……兼護衛にございます」
凄い目で睨んでるなぁ。
「メリオン・ファドラン・クワール、生活必需品調達係です」
「えーと……ルシアナ・ハルト・オーソンです……屋敷の警護を担当しています」
今も警護担当なのかな? 修行三昧で大変だろうになぁ。
「カストゥル・リーザ・エヴァン……情報収集担当だ……」
カストゥルはモアスリンの御庭番の立場だね。
ちなみに、古代エルフ語に近い彼の名は、ファルエンケールなら「カスティエル」となるらしいよ。あの商人と同じ名前ですな。
「以上、九名。お館様の庇護の元、ここに参上した」
全員の名乗りをモギは真面目に聞き、そして頭を下げた。
「我らオニワバンが過去に仕出かした事について、謝罪したく参上しました」
「何を今更……」
シルサリアがグッと身を乗り出して敵意をむき出しにした。
それを殺意と感じたのかモギが目を閉じた。
「この場で討ち果たされるのも覚悟の上。それを以て我らの心からの謝罪といたそう。誠に申し訳なく思う」
そう言われてシルサリアが腰に差した小刀の柄に咄嗟に手を掛けた。
「待て!」
俺は大声を出してその動きを制した。シルサリアがビクッと身体を揺らして動きを止める。
「ハイエルフたちの気持ちも良く解る。だが、少し待て。モギさんを殺して、それで問題は全て解決するのか?
モギさんが死ねば、過去の恨みは綺麗サッパリと忘却の彼方へ押しやることができるんだな?」
俺がそういうと、シルサリアの目が泳ぐ。
「その程度で我々の恨みが晴れるなど……」
シルヴィアがギロリとモギを見ながら言う。
「そうだろうな。モギさん一人殺して済むくらいなら、問題の解決は簡単だ。
だが、考えてみてくれ。本当にモギさんに罪があるのか?」
俺はハイエルフたち全員に視線を向けた。
「確かに何百年も前にオニワバンたちは君たちの王国……ハイエルフたちに酷なことをした。それは解るし恨みに思うのは当然だろう。
だが、それは当時のオニワバンや指導者に対してのはずだ。
今、この場にいるモギさんを筆頭に、フソウの人びとに何の関係があるんだ?」
シルサリアが強い目でこちらを見た。
「しかし、彼らはその者たちの子孫です! 罪がないなどと言えません!」
「そうなのか?
彼らは、その事件を起こした者たちの子孫なのは間違いないだろう。だが、彼ら自身がその罪を犯したわけじゃない。
自分が犯した罪でもないのに命を掛けて謝罪しに来たものに刃を向けるなど、俺は了承できないな!」
俺の言葉にシルサリアが怯んだ。
「それに……当時の女王は、その陰謀に対して何をした? シルヴィア、教えてくれ。当時の女王は、フソウの仕打ちにどういう決定を下したんだ?」
「当時、先代の女王は……ハイエルフと人族が戦うのを回避なさりました……先代の救世主シンノスケ様はそれを望むまいと申して……」
俺はその言葉に頷く。
「そうだろうな。シンノスケならそう言うと俺も思う。という事は、君たちは情報戦という戦いに負け、この土地を自ら明け渡したわけだ。違うか?」
「そ、その……その通りにございます」
「なら、君たちが今、その復讐を果たそうとするのはお門違いだろう」
「し、しかし……!」
シルサリアが膝を立てて抗議しようとする。
「しかしと言うなら……何故、俺がこの地に来るまで、海岸の洞窟に隠れ住んでいた? 何故、ハイエルフ全軍を以て、フソウに仕掛けなかった?」
「そ、それは……戦力差があまりにも……」
「そうだな。そうだろうよ。
だが、相手の力を見て出したり引っ込めたりするような信念の無い武力など、弱者の言い訳に過ぎないな」
俺はハイエルフたちの今までの行動を痛烈に非難する。
「俺が来て、俺という武力を後ろ盾にできると踏んで、今ようやく強気に出ただけだろう。
俺はそんな事は許さん。俺の手自らハイエルフを絶滅させてやるよ」
俺はギラリと目を光らせてハイエルフたちを睨んだ。
ハイエルフたちが全員、身を固くして動きを止めた。
おっと、威圧スキルが乗っちゃったか。失敬失敬。
別に威圧したわけじゃないんだが、つい熱くなってしまったな。少し冷静に話を進めねば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます