第20章 ── 第54話

 キヨシマ組の親分ことタツゴロウが、キヨシマ組の蔵の扉を開けた。


「兄貴。ここから好きなだけ持ってってくんな」

「おおー、色々あるね!」

「我がキヨシマ自慢の品揃えでさぁ」


 腕を組んで自慢げに言う親分は勝負の後、土下座で弟子にしてくれと乞われてたんだが、俺はにべもなく断った。


 それでもタツゴロウは食い下がり、俺を兄貴分として兄弟盃を交わしてくれと言い出した。

 断りきれずにゼンジ和尚を立会人に俺は盃を交わしてしまった。


「俺の物は兄貴の物! 何でも言って下さい!」


 そこから「兄貴の物は俺の物」とか続かれると困る所だが、タツゴロウはそこまで言わなかった。

 一応、勝負の約定通り、必要な物をいくらかもらう為に蔵に来たんだ。


「漆喰はどれかな?」

「兄貴。まだ材料のままでさぁ。これが主な漆喰の材料ですが」


 タツゴロウの指し示す物を見れば、なんか白っぽい石のようなものだ。


「これは何?」

「これは石灰石の塊です。これを粉にして漆喰の材料にします」

「石灰か。俺も石灰結構持ってたな……あれ? ああ! これがあったか!」


 俺はようやく思い出した。


 アルカリ製素材を俺は持ってたじゃないか。そういや、触媒魔法で石灰を使った酸中和ニュートラライズ・アシッドの魔法を考えてたんだった。

 出来事が色々ありすぎてど忘れしていた。


 これを使って炭酸カルシウム作れる。そうすれば、石鹸が作れるぞ!

 この手の化学反応系の知識には自信はあったんだが、勉強したのが昔過ぎて忘れてた。


「今回、必要としているのは板材と漆喰だね。耐久度が上がるようだし、できれば漆喰と珪藻土を混合したものを外壁に使いたいね」

「了解でさ。早速作ってから。手下どもにお屋敷に運ばせます」


 何故かタツゴロウは非常に嬉しげだ。


「ところで、お屋敷はどちらで?」

「ああ、あっちの林の一番奥だね」


 タツゴロウの顔色が変わる。


「鬼林の屋敷ですか!?」

「え、鬼林? ああ、鬼が出るとか言われてたね」

「兄貴が手に入れなすったんですかい……」

「まあね。あの一帯の林と屋敷は全部俺の持ち物だよ。それに、もう鬼はでないさ」


 俺はチラリとハイエルフたちを見た。


「もう退治しちまったんで? さすが兄貴だ!」

「いやぁ……まあね……」


 鬼の正体については秘密にしておこう。


「それじゃ、俺たちは屋敷に戻るからよろしくね」

「合点承知」


 タツゴロウが頷く。


「お、例のガッテンショーチノスケじゃな!」


 前に教えた言い回しにマリスが反応した。


「フソウの言葉じゃったかー」

「いや、フソウというか日本の言い回しだ。多分、シンノスケが広めたんだろうな」


 などと話しながら屋敷に戻る道を帰る。


「お前ら、急いで兄貴が必要なものを作れ!」

「へいっ!」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。迅速に用意して持ってきてくれそうだ。


 勝負などというハプニングで少々時間を浪費してしまったが、何とか今日中に作業を終えたい。



 屋敷に戻って裏に回ると、メリオンがあらかた壁塗りを終えていた。俺の作業を見様見真似で必死に作業したらしい。


 うおー、作業早いな! メリオンは見どころがあるぞ。


「ここまで終わらせておきました。仕上げはお館様、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」


 俺はメリオンが塗った壁をチェックし、手直しなどを行い、魔法の付与を行う。


 そうこうしている内に、タツゴロウ配下の若い衆たちが、大八車に漆喰や珪藻土の入った麻袋や板材などを大量に持ってきてくれた。


「助かるけど結構な量持ってきたねぇ」

「そりゃ、親分の兄筋の方が使うとなりゃ、このくらいの量は必要でしょう」


 そんなには必要ありません。まあ、在庫としてインベントリ・バッグに入れておくには問題はないが。


「ありがとう。タツゴロウ親分によろしく言っておいてくれ」

「もちろんです。ところで、俺らにも見学させて頂けませんか?」

「え? 作業を?」

「そうです。親分には勉強してこいと言われております」


 まあ、別に邪魔しなければ別にいいか。


「ああ、構わないよ。今日中に風呂を作り終えたいから、手伝わなくていい。かえって邪魔になるからね」


 少々辛辣に手伝いを拒否したが、俺の作業スピードに付いてこれねば、邪魔になるのは間違いないからな。



 作業の続き。


 土壁の塗りは終わったので漆喰で仕上を行う。

 タツゴロウがやっていた比率で漆喰と珪藻土を調合して練り上げる。


 そして、素早く漆喰を塗り付ける。

 さっき五〇間も塗りまくったので、数間分などあっという間だ。


「やはり、兄貴分の速度は異常だな……」

「とても真似はできねぇ……」

「でも、あの仕上がりを見ろよ。職人技もここまで極まれば、まさに芸術だ」


 称賛はありがたいが、まだ仕上がってねぇよ。


 魔法で水分を抜き、急速乾燥……そして保護魔法だ。


 俺が魔法を使うのを見て、手下たちがまた驚く。


「兄貴分は魔法まで使えるんですかい!?」

「え? まあ、魔法剣士マジック・ソードマスターだからね。当然使えるさ」


 さて、次は屋根だ。屋根はまだ骨組みのままなので、持ってきてもらった板材を張って木釘で固定する。


 続いて、メリオンに下から、昨日焼いておいた瓦を放り投げてもらう。


「あ、君たち。全員で瓦を投げ上げてくれ」


 折角なので手下たちにも手伝ってもらうことにする。


「いいんですかい? 全員で投げると……」

「いいから、やれよ」

「は、はい!」


 どんどんと瓦が跳んでくる。

 このペースなら問題ない。素早く横移動をして受け取る。


「すげぇ……兄貴分が何人もいるように見えるぞ……」

「に、人間なんだろうか……」

「まるで兄貴分は、昔話で聞いた救世主様のようだ……」


 最近、救世主とか言われているのは事実ですけどね。


 瓦はあっという間に投げ終わる。


「ご苦労さん。後は俺一人でやれるから、みんなは帰っていいぞ。メリオン、休憩してくれ」

「はっ! ありがとうございます!」


 メリオンは頭を下げたが、この場所から離れる気配はない。木材の上に座って腰の水袋から水を飲んでいる。


「それじゃ、兄貴分。俺らは帰ります。何かありましたらいつでも声を掛けてくだせぇ!」

「ああ、ご苦労様。後で挨拶に行くからね」

「合点でさ。親分共々お待ちしております!」


 なんか、任侠ものみたいになってきたよ。


 まあ、貰ったままなのも気分が良くないので、左官や大工などの道具を少し作って贈ってみようかと思う。喜んでくれればいいんだが。


 屋根葺きは完了。魔法付与で暴風などで瓦が飛ばないようにする。


 最後に内装の板張りと風呂桶作成。木工スキルをフル活用して作業を行う。

 陽が西の海の水平線に沈み込む頃に、なんとか全ての作業が完了した。


「ふう。ようやく終わったな。後は魔法の蛇口を設置してと」


 風呂桶の部分に一つ、洗い場の壁部分に四つの蛇口を設置、固定する。

 これで、本日から男と女で別々に風呂に入れるな。


「さて、後は……」


 俺は裏庭部分に魔法の溶鉱炉を取り出し、また作業を開始する。


 メリオンだけでなく、シルヴィアがやってきた。


「今度は何をなさるんです?」

「トリシア殿との魔法談義も終わりましたので、私も見させて頂きますよ」

「ん? シルヴィアさんはトリシアと魔法の話してたんだね」

「そうです。魔法の深淵は限りなく深いですからね」

「まあいいか。ちょっと試験的に作りたいものがあるんでね。えーと、科学……といっても解らないな。錬金術みたいな物だよ」


 俺は石灰と共に、牡蠣の殻や卵の殻など、何かに使えるかと思いインベントリ・バッグ内に取っておいた材料を取り出す。


 そして溶鉱炉のトレーに置いて適度な火力で焼く。これで炭酸カルシウムになるはずだ。

 さらに炭酸カルシウムを高温で焼くと、酸化カルシウムになるはずだ。


 程よく焼けたので生産物を取り出す。


 うん、いいね。いい感じに酸化カルシウムになったようだ。魔法で鑑定したら酸化カルシウムって表示されたからね。


「その白い粉は何です?」

「これか? これは酸化カルシウムだよ」

「カルシウム?」

「今の作業は魔法とは違うんだ。化学反応というものなんだよ。この世界にはない概念かもしれないね」

「さすが救世主様です。異世界の技術なのですね?」

「よく解ったね。その通り」


 シルヴィアが嬉しげだ。新しい知識がお気に召したかな?


「さてと……」


 俺は出来上がった酸化カルシウムに水を加えて撹拌する。

 直ぐに化学反応が起き、金属製の桶に入った混合液が発熱を開始する。

 火傷するほど熱くなるから気をつけないとね。


 屋敷の台所のかまどから灰を回収して桶に入れて水を入れて撹拌し、布巾で蓋をした別の桶に空ける。

 この作業は炭酸カリウムを手に入れるための作業だ。炭酸カリウムの水溶性のを利用して、水で抽出するわけ。


 この炭酸カリウム水溶液とさっきの水酸化カルシウム溶液を混ぜ混ぜするぞ。

 出来上がった水酸化カリウムは、既に強いアルカリ性物質なので、取り扱いは慎重に。


「できたな。水酸化カリウムだ」

「水酸化カリウムとは何でしょう?」

「強アルカリ性物質だ。素手で触れたら大変な事になる物質だ」

「攻撃用ポーションの類でしょうか?」

「いや……そういう使い方も出来ないことはなさそうだけど……」


 即死するほどじゃないからな。魔法で治療されたら終わるし。


「で、この溶液に油を混ぜるぞ」


 今回はオリーブオイルにしておくか。油脂と水酸化カリウムを混ぜ合わせると……科学反応が起きて、石鹸になる。なるはずだ!


 反応を見てみると……うん、いい感じに反応が始まっている。

 これに時間魔法を使って……醸成を加速させる!


 魔法を使ってしばらく待つと、桶一杯分の巨大な固形物が完成した。


「出来た…‥出来たぞ!」

「こ、これは食べ物でしょうか?」


 メリオンと違ってシルヴィアは質問が多いな。


「いや、これは食べ物じゃない。石鹸というものだよ」

「石鹸とは……」

「ま、見てなよ」


 俺は板の上で桶を裏返しにしてトントンと叩いて、石鹸を取り出した。

 ナイフで石鹸の一部を切り取り、空いている桶に水を入れる。


 石鹸を水で濡らし、手を洗ってみる。

 石鹸は直ぐに泡立ち、手はふわふわの泡でいっぱいになる。


「おお……どういう魔法でしょう……」


 水で手をすすぐと、綺麗な手が現れた。


「これは、手や身体を洗浄するための物だ。これで洗うと綺麗になるんだよ」

「素晴らしい物ですね。汚れが落ちるとは!」


 そうだね。人類の発明の中でも石鹸は優秀な物だと思います。


 さあ、これで石鹸の無い生活ともおさらばですよ!

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