第20章 ── 第52話

 材料購入の為にトマルとマツナエの街に繰り出した。


 まず向かったのは屋敷のある林からそれほど離れていないキヨシマ組という店だ。マツナエの街の拡張などに尽力した大手の土建屋だとトマルが言う。


 土建屋のキヨシマ組は、鳶や左官職人、大工などが総合的に在籍しているので、現実社会で言うところのゼネコン企業と言えそうだ。


 キヨシマ組は火事などにおける町火消にも政府指定されているという。火消人足の数は五〇人を越えるとか。


 火消しか。江戸時代だと「いろは組」とか言われてたヤツだよね。いなせで女性に大いにモテたとか。リア充め、爆発しろ。


「ここが、キヨシマ組です、クサナギ様」


 マツナエでも広めの通りに面したキヨシマ組の敷地はかなり大きなものだった。

 二階建てであり、店構えは二〇間(およそ三六メートル)もあろうか。


 店先には水を巻いている若い衆がおり、トマルの姿を見るとニコニコした顔で近づいてくる。


「これはトマルの旦那。見回りで」

「いや、この方を、キヨシマ組にお連れしたのだ」


 トマルが俺を紹介する。


「この方が壁を塗るための漆喰を所望しておる。在庫はあるか?」

「いい時にいらっしゃいましたね。今、奥の蔵に材料が仕舞われてまさぁ」

「ほう。それは重畳」

「で、どういった壁に塗るつもりなんで?」


 若い衆に聞かれたトマルが俺の顔を見る。


「えーと、風呂回りかな? 外壁なんだけど。内側は板張りにしようかと」

「左様ですか。では、手代を一人おつけしやすので、材料と必要な鳶と左官人足の数をお伝えくだせぇ」


 いや、左官職人は必要ないんだが……


「材料だけでいいんだけど」


 俺がそういうと、若い衆はキョトンとした顔になる。


「壁塗りするのに材料だけなんですかい? 鳶や左官は他でお雇いになってるんで? それじゃあ売れませんや」

「いや、塗るのは自分でやる予定なんでね」

「は? お客さんは左官なんで?」


 何やら少々居丈高ですな。喧嘩腰と言えなくもない雰囲気だ。


「いや、左官じゃないよ。ちょっと屋敷の増築中なんでね。この機会に家の作り方などを勉強しているんだ」


 俺の応えが気に入らないのか、若い衆が腕まくりを始めた。


「生半可な腕で家なんぞ、建てられちゃぁ、俺らん所が食いっぱぐれるんだが?」

「おい、コラ。よさぬか!」


 トマルが慌てて俺と若い衆の間に入った。


「旦那。鑑札も持たねぇ素人に壁塗りなんぞさせてお咎めは無しなんですかい?」


 トマルはアワアワしている。


 壁塗りに鑑札が必要なのか? いや、この場合、鳶の作業には政府の許可が必要って事だろうか。

 確かに高所で働く事の多い鳶職家業は事故なども多そうだし、怪我や死人が出たりすることもあるだろう。そういう危険職業に政府の許可、所謂「鑑札」が必要になるのは判らないわけではない。


「この御方は良いのだ。矛を収めよ!」

「いや、そいつは聞けませんや」


 そういうと若い衆は店の中に入っていってしまう。


「おーい。モグリの仕事をしているヤツが来たぞ」


 若い衆は店の中で他の従業員を呼んでいるようだ。


「大変な事になりました……土建屋の者たちは大変血の気が多くて……」


 役人だというのに、トマルは顔を青ざめさせてワナワナしている。

 俺には何が大変なのかサッパリ判らない。


 少しすると、手に手に鳶口と呼ばれる鈎のついた棒を持った男たちがドヤドヤと入り口から出てきた。


「おう。この御方かい? モグリの土建屋ってのは?」


 いつの間にかモグリの土建屋にされてるよ。


「ち、違う! この御方はな……」

「旦那は黙っていてもらいましょうか」


 かなりの迫力がある巨漢の男が怒鳴るように言いながらやってきた。

 見ればこの男の身長は二メートル近くあり、他の男たちよりも頭一つ分大きいようだ。


「おう、タツジ。こいつに間違ぇねぇんだな?」

「へい、親分。漆喰を買いに来たと聞いたんで、量と左官人足の数をお聞きしやした所、材料だけで良いと」


 ジロリと大男がこちらに振り向く。


「お前さん、左官の仕事を奪ろうたあ太ぇ考ぇだが、腕に自信はあるんだろうな?」

「いや、今日初めてやってるんでね。自信があるかと言われると困るな」


 なんとなくコツは掴んだが、本職の左官職人たちに比べるとなると自信はない。


「初めてだと? 俺たちの仕事も舐められたもんだなぁ。なぁ、おい」


 親分と呼ばれた男がガハハと豪快に笑うと、手下の男たちもゲラゲラと笑う。


「いいだろう。そこまで舐められたんなら、俺たちも引くに引けねぇ。ちょいと勝負してもらおうか」


 トマルは顔面蒼白で、もう口も挟まない。


「勝負? 面白そうだね。何をやるんだ?」


 俺が楽しそうに笑顔で言うと、巨漢の親分がポカーンとした顔になる。


「こいつは……いい度胸だ。気に入ったぜ兄ちゃん」


 大男に気に入られても困るが、喧嘩沙汰になりそうな気配では無くなったな。


「おい、サタ!」

「へい!」

「キヨシマで一番の腕前のお前が相手をしろ」

「承知」


 ん? 何の勝負をするつもりなんだろうな? そこをまだ聞いてないが。


「兄ちゃん。こいつはサタミチって左官職人だ。このマツナエでも五本の指に入る腕前だ。こいつと勝負して勝てたら、欲しがってる土建材はロハでくれてやるぞ」


 おー、只でくれるのか。見た目通りの太っ腹だなぁ。


「面白そう。で、何で勝負するのかな?」

「左官が勝負をするんだ。壁塗りに決まってるじゃねぇか」

「あー、なるほど。良いね。漆喰の質とか確認できる良い機会だし、本番前の練習もできる。願ったり叶ったりだよ」


 俺はついニヤリと笑ってしまう。

 それを親分は挑戦と感じたのか、凄い形相で頷いてきた。


「本当にいい度胸だ。どこかの名のある人物かもしれねぇな。よし、勝負は成った。現場まで行くぜ!」


 俺は歩き出した親分に付いて行く。トマルも仕方なしという感じで俺の後ろを歩いている。

 周囲は若い衆が三〇人も取り囲むようにしているので、すごく迫力のある行軍だ。道を行く人々が自然と割れていくからね。


 一〇分ほど歩くと、非常に大きな屋敷の白塗り塀が延々と続く場所に到着する。


「おう。兄ちゃん。ここはマツナエでも有名な白壁寺だ」


 確かに、ずーっと続いているな。なるほど屋敷じゃなく寺か。


「これから住職さんに許可を貰って、勝負させてもらおう」

「立派な白壁だねぇ。これは親分の所で施工したのか?」

「そうだ。俺たち自慢の仕事だぜ」


 俺が褒めたので、親分も若い衆たちも胸を反らせる。


「この寺の内側に五〇間分ほど、修繕の依頼が来ている。そこを勝負の場にする」

「いいね。早速やろうよ」


 俺は手製のこてをインベントリ・バッグから取り出した。

 それを見た親分が目の色を替えた。


「ちょっと、兄ちゃん……そ、それを見せてくれねぇか?」

「あ、これ? 昨日作ったんだ。今日使ってみたけど、なかなか使い勝手は良かったよ」


 俺がこてを渡すと、親分が入念にあちこち調べている。


「こいつを兄ちゃんが作ったって?」

「ああ、昨日の夜中にね」

「嘘を言うな。こいつは……ものすごい業物だ。この端の具合……平らな面……まさに一級品の左官道具だぜ?」

「嘘じゃないよ。俺は仕事道具を自作するのが趣味だからね」


 親分は信じられない物を見たという顔でこてを返してきた。


「こりゃ、いい勝負になりそうだな……いや、サタでも危ういか……」

「別に親分が自分で勝負してもいいよ」


 ま、負けても人足を雇うくらいの金は出してもいいしな。


「よし……じゃあ俺がやろう。これほどの道具の使い手との勝負なら、俺がやりてぇ。サタ、いいな?」

「へい。じっくり見させていただきやす」


 ふむ。結局、親分と勝負か。ま、こりゃ負けかな。多分、マツナエの鳶・左官の中で相当な腕なんだろうしな。


 親分と共に白壁寺に入る。

 この白壁寺、正式にはセンイツメ寺というらしい。


「これは、親分。大勢連れてどうしなすった?」


 寺の門に入ると、住職らしい坊さんが迎えてくれた。


「すまねぇが、和尚。修繕する場所を借りてぇ」

「ほう。何かするんですか?」

「この若造が舐めた口を聞きましてね。左官の腕くらべをするんで」


 和尚と言われた坊さんの目が輝く。


「むむ。勝負ですかな? 勝負ですよな!?」

「左様で」

「相解ったぁ! この勝負、このゼンジ和尚が取り仕切る!」


 親分がニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「和尚ならそう言ってくれると思ってたぜ!」


 なんだ、この坊さん。寺の中で勝負とか、頭大丈夫か? ま、俺は別に良いんだが。


 寺の開け放たれた部分から、中の様子がチラリと見えた。


 げ、あれは……

 寺の御本尊……あれ、マリオンじゃね?

 あちゃー、勝負推奨の理由が解りましたよ。戦いの女神をご本尊にしてる寺じゃあなぁ。


 もしかして、「センイツメ」って戦乙女の音読みか?


 しかし、流血沙汰じゃない勝負も戦いと認定されるのか。面白いっちゃ面白い解釈だけど。

 何はともあれ、左官勝負はしなきゃならん。


 神界にいるマリオンもご照覧あれ! 結構平和的な勝負が始まりますよ!

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