第20章 ── 第51話

 お風呂増築作業二日目。


 本日のメインの作業は壁と屋根葺き。他にも内装や風呂桶の作成なども一気にしてしまいたい。


 壁の外装土壁で作る。壁内部の中核素材はレンガ。最終的に内側は板張りしようか。


 レンガを積み、漆喰で固定していく。

 それを終えると出来上がったレンガ壁に魔法を掛ける。

 魔法を使って漆喰の水分を抜いて急速乾燥させ、さらに防水と腐食をするわけ。

 水回りなので入念な魔法付与を心がけている。


 できたレンガの壁に藁や土を混ぜたものを塗りたくる。泥遊びみたいだが、垂直面に崩れないように塗りたくるのは技量がいるね。


 夜のうちに作っておいたこてを使って、丁寧に伸ばしていく。


 今日も手伝いに来ているメリオンにもさせてみるが、なかなか上手く行かないようだ。


 簡単そうに見えるけど、左官屋さんの技術って凄いんだねぇ。


 二人でしばらく悪戦苦闘したが、俺はなんとなくコツを掴んだので、すいすいと塗り固める事ができるようになった。


 こては真っ直ぐ一定の力でサッと引く。動かす反対側のエッジを少し立てる。取って返す場合は逆に。

 エッジを立てすぎると削れて平らにならないので注意が必要ですな。


 塗り終わった俺とメリオンの壁を比べてみる。

 やはりメリオンの方は雑な仕上がりだ。彼もかなり健闘しているのだが、やはり壁面の平らさにムラがある。ちょっと見たくらいでは解りませんが。


 ただ、こういう部分を放置しておくと、壁剥がれとかおきそう。


 俺はメリオンの壁に少々手直しを施す。

 メリオンは俺に手直しされるのを悲しむかと思ったが、今日のメリオンは悲しむというより、自分と俺の壁の違いを真剣に見比べている。


「なるほど……お館様の壁は本当に真っ平らです」

「そうだね。厚さも均一にしないと、そこから壁が崩れかねないね」

「私は、まだまだ修行が足りません」

「コツが解れば、君にもできるようになるさ」


 なんせ、俺も初めてやる作業ですからね!


 壁塗りを終え、魔法を掛ける。


 この土壁に漆喰を塗り、総仕上げするわけだが……漆喰が無いな、うん。


 今まで水回りのレンガなどは粘土を使うことで誤魔化していたが、壁の外装が屋敷の他の壁と違うのは些か問題だな。

 マツナエの街のどこかに売っているとは思うが、どこに行けば良いのか……


 ま、なるようになるさ。まずは壁塗りを進めておこう。


「御免仕ります!」


 しばらく作業に没頭していると、誰かがやってきたようだ。


 メリオンに作業の続きを任せて玄関の方に回る。


「やあ、トマルさんじゃないですか」

「これはクサナギ様。着物が泥だらけでございますが、何かありましたか!?」


 俺の泥まみれの格好にトマルさんが驚いた顔になる。


「ああ、今、左官屋さんの真似事をしているんで」

「左官……屋敷の修理でもなさっておられるのでしょうか?」

「んー、風呂場の増築をしててね」


 トマルが首を傾げる。


「ほら、タケイさんに許可を貰ったので、屋敷に住む人が増えたんで、風呂場が一つだと色々問題があるんです」

「おお、そうです! その事で本日は伺わせていただいたのです!」

「あ、住民台帳でしたっけ?」

「はい。そうです。新たな住民を記載しておかねばなりません」


 住民基本台帳みたいですなぁ。

 江戸時代は「人別帖」と言われたものですな。これに記載されていないと江戸の住人と認められなかったりしたそうだからねぇ。

 普通は町役人とか名主と呼ばれる民間人が管理しているのだそうだが、俺が救世主認定されてしまったので、何かあっては大変だと奉行所管轄になったんだってさ。


「じゃ、板の間へどうぞ。増えた者たちを集めますので」

「畏まりました。こちらの方でしたね?」


 トマルは屋敷の外を南側へと回る。板の間の南側は縁側になっているので、確かにその方が早い。


 トマルの後に付いて俺も板の間の縁側に向かう。

 開け放たれた縁側から板の間の中が良く見える。


「これは一体……」


 中を覗いたトマルが目を丸くする。


「ああ。これですか。今、ハリスが同居人に修行をさせているんですよ」


 板の間には忍者と野伏レンジャークラスのハイエルフたちが座禅を組んで並んでいる。


 その座禅している列の前で、ハリスとマリスが真剣な顔で木刀を合わせていた。


「ハリスよ。近接戦では我の方に分があると思い知るのじゃ」

「お手柔らかに……」


──カンカカカンカンッ!


 ハリスの流麗な連続攻撃をマリスは難なく受け止め、攻撃が引かれた瞬間に追撃を打ち込む。


 マリスの追撃をハリスは辛うじてかわしている……いや、あれは寸の見切りだな。ギリギリで回避する事を練習しているに違いない。


「凄い回避技術だ……」


 その攻防を目の当たりにして集中力を欠いたレオーネに、ハリスから割り箸手裏剣が投げられ、見事に眉間にぶち当たる。


「いたた……」

「よそ見を……するな……今は精神集中の修行中……だ……」


 なるほど、どのような状況においても冷静な判断力を維持し、任務に集中するための修行かな?


「クサナギ様のお仲間の技量は計り知れませんな……私では目で追うのもやっとです」


 トマルが妙に感心している。


「お茶ですよ~」


 のんびりとした声と共にアナベルがお盆に乗せた湯呑を持ってやってきたが……


「あっ!」


──ドンガラガッシャン!


「あいたたた~」


 宙を飛んだ湯呑が盛大に板の間に落ちて割れる。

 いくつかの湯呑が部屋の隅の方で座禅を組んでいるハイエルフたちにも襲いかかった。

 カストゥルは、お茶をこぼす事もなく湯呑を難なく受け止めたが、ルシアナの頭に湯呑が炸裂した。


「熱いいいいい!!」

「おっと」


 俺は板の間に駆け上がり、冷却魔法を無詠唱でルシアナに掛ける。

 俺はインベントリ・バッグからタオルを取り出してびしょ濡れのルシアナを拭いてやる。

 もう何本か出してカストゥルに渡して床に飛び散ったお茶を拭いてもらう。


「アナベル、気をつけろ」

「あうう……ごめんなさいなのです……」


 アナベルがシュンとする。


「ルシアナの火傷治療を先にしろ。落ち込むのは後だ」

「はいっ!」


 アナベルは、俺の命令に従い、ルシアナの火傷を調べ始める。

 俺のとっさの冷却魔法のお陰か、大した火傷にはならなかったようだ。アナベルの初級回復魔法で跡も残らず綺麗に治った。


 ああ、トマルさんを放置してしまった。俺はトマルのいる縁側に戻る。


「騒々しくて申し訳ない。ん? トマルさん?」


 トマルさんが、ルシアナの方と俺を交互に、目を皿のようにして見ていた。


「あ、いえ! あれほど素早く動く人物を見たのは初めてでして……」


 ん? そんなに早く動いたか?


 見れば、ハリスとマリス、ハイエルフたちも俺をビックリしたように凝視していた。


「これだから……ケントは……ビックリ箱なんだ……」

「凄いのう。転移魔法じゃろうか? いや、風が巻き起こっておったし、普通に移動しただけじゃな」


 どうやら、俺は相当な速度で移動したらしい。


「お館様の技はこれほどなのか……」

「ハリス様が言っていた事は真実だった……」

「当代様は……本当は天狗様の眷属なのでは……」


 ハイエルフの囁く声に気になるのが混じってるな。ハリスは俺の事をハイエルフたちにどう吹き込んでいるのか……

 それと天狗は精霊だからな。どこにでもいるし、どこにもいない存在だ。一緒にするなよ。


 それにしても、それほど早く動いたのなら、ソニック・ブームとか起きても不思議ないはずなんだが。マリス曰く風が巻き起こった程度らしい。


 まあ、いいか。深く考えても判らない事は判らないんだからな。


「はい。ハイエルフの皆さん。奉行所のお役人が来ています。住民台帳に名前を記載してくださいね」


 俺がそう言うとトマルがハッとした感じの表情になる。


「あ、そうです! 住民台帳をお持ち致した。名前、種族、年齢、性別をご記入頂きたい」


 トマルは懐から大福帳のようなノートと携帯用の筆などを取り出して縁側に置いた。


「これに記載された者はマツナエの街の住人となります。嘘偽りを書かぬようにお願いいたす」


 ま、さっきの項目だけなら嘘を書く必要はないな。

 それにしても素性調査も行わずに台帳に記載できるのは幸運ですな。

 モアスリン王国の生き残りと判明したら、当時から裏で動いてた者の蠢動を招くこともあるかも知れないからな。

 要は御庭番衆だ。たぶん、彼ら御庭番はそういった記録を破棄してはいまい。情報の重要性を知っている集団だからね。


「彼らが新しい住人です。俺がいない時でも、この屋敷と林の管理、運営を任せるつもりなので」

「左様でしたか。林などの管理にはエルフ様たちが最適任でしょうね」


 トマルはハイエルフたちを普通のエルフと認識したようだ。身長以外の基本的外見はトリシアとあまり変わらないしな。


「それと、トマルさん。彼らはマツナエの街は不案内だし、文化も違います。何か問題が起きた時に便宜を図って頂けますか?」

「もちろんです。エルフ様たちは救世主様の関係者。気にかけるようにとお奉行からも言われております。ただ、犯罪を犯した場合は別です」


 俺は頷く。


「それは当然です。もし犯罪などが行われた場合は、処罰して頂いて構いません」


 俺はハイエルフにも聞こえるように話した。

 俺に保護されているとしても、現地の法律に従って生活してもらわねばだし、俺に必要以上に依存されても困る。

 できればWin-Winな関係を望みます。


 俺の言葉にトマルは安堵した顔になる。


「それを聞いて安心しました。犯罪を犯しても守れと言われたらどうしようかと……」

「そんな便宜はしなくて結構ですよ。犯罪者は罰せられて当然です。ま、俺もフソウの法律はあまり知りませんが……」



 ハイエルフの台帳記入が終わったので、裏で一人作業中のメリオンにも台帳を持っていって記載させる。

 一応、ハイエルフたちはフソウ語の読み書きができる者ばかりで安心したよ。


「それではお奉行から言いつかりました仕事も終わりましたので、私はこれで……」

「あ! トマルさん!」

「はい?」


 帰りかけたトマルを俺は呼び止める。


「ちょっとお聞きしたい事が。漆喰が売ってる店を知りませんか?」

「漆喰ですか……土建屋に行けば手に入ると思いますが」

「土建屋さんがあるんですね。どこに行けばいいでしょう?」

「では、ご案内仕ります」

「助かります。この格好では失礼でしょうから、少々お待ち下さい。着替えてきますので」

「はっ」


 俺は慌てて自室に戻り、綺麗な服に着替える。


 土建屋さんか。漆喰の他にも建築材料が手に入らないかな? 内装用の板なんかも補充しておきたいからなぁ。板とかは材木問屋かな?

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