第20章 ── 第49話

 昼飯の準備をするため台所に来ると、エルヴィラが待っている。


 さて、今日の昼飯ですが……

 冬が近づいてきているので、お腹の中から温まるような物がいいのではないか?

 となれば、鍋料理でしょうか。


 作るのは簡単だし、栄養も満点。そんな鍋にしましょう。


「まずはご飯を炊こうかな」


 俺は一〇合炊きの釜を二つ用意して、中に米を一〇合ずつ入れた。

 流しに設置した魔法の蛇口から一つの鍋に水を注いでいると、エルヴィラも真似をしはじめる。


「この魔法道具は大変素晴らしいものですね。井戸や川から水を汲んでくる必要がないのは画期的です」

「ああ、これは俺の領地で作っている特産品だね。周辺各国に飛ぶように売れているよ」


 エルヴィラは「ほう」と短い溜息を吐いて感心している。


「これほどの魔法道具を作り出せるとは、お館様のご領地はさぞ素晴らしい所なのでしょうね」


 いやぁ……俺が領主になるまで、労働人口も少ない片田舎だったんだけどね……

 もっとも、シャーリーが領主代行として治めていた時は、魔法文化発祥の地と言われていて、結構発展していたようだけど。


「ま、生活を便利にする方向に魔法を使うのが健全だよね。魔法を戦争の道具にしか使わないのは非生産的さ。冷気や氷の魔法を応用すれば、コレやアレみたいに生活を便利にできる」


 俺は設置しておいた冷蔵庫を指し示しておく。


「あの大きな鉄の箱は何なのでしょう?」

「ああ、あれは冷蔵庫だよ。足の早い肉や魚、野菜などを入れておくと腐りにくくなるんだ」

「足の早い……? 確かに鹿などは足が早いです。仕留めるには待ち伏せが有効ですね」


 いや、そういう話をしているのでは……


「足が早いってのは、すぐに腐り始めるという意味だよ。こっちではそういう風に言わないの?」

「あー、そういう意味なのですか……」

「うーん。言語の壁は厚いとはよく言ったものだな……」

「お館様の言い回しは、時々とても詩的でウットリしてしまいます」


 エルヴィラがポッと顔を赤らめる。


 俺には言葉自体は日本語に聞こえているし、日本語を喋っているつもりだが、慣用句など裏の意味を持つ言葉は理解されない事があったりするようだ。


 「情は人のためならず」という言葉を、「人のためにならないから情けは掛けてはならない」などと意味を取り違えている日本人も多くなってきているらしいから、そういうのと一緒かもしれない。


「さて、米を研いでおこう」

「はい!」


 米の産地が近いから、エルヴィラも米の研ぎ方などは心得ているようです。


 魔法の簡易かまどにて米を炊き始める。炊けるまでに鍋の準備です。


「今日は簡単な鍋料理だよ。野菜や肉、魚、なんでもぶち込んで煮るだけ」


 エルヴィラはもっと複雑な料理を期待していたようで、少々ガッカリ気味です。

 俺としては鍋は単純だけど、結構奥が深いと思うんだけどね。


「まず、昆布で出汁をとる」


 いくつもの鍋に水をいれて火に掛ける。そこに大きめの昆布を入れておく。


「後でここに鰹節を投入して合わせ出汁にするからね」


 エルヴィラが少し真剣な顔になる。


「昆布と鰹を合わせるというのはあまり見たことがありません」

「ま、旨味の成分が違うからな。合わせ技で旨味を最大限に引き上げるんだよ」


 グルタミン酸とイノシン酸は旨味成分として非常に優れていますからね。


「今日は魚を使った鍋料理にしよう。サケ、タラあたりを使ってみるか」


 鮭と鱈、それに牡蠣をインベントリ・バッグから取り出す。

 野菜は白菜、人参、ネギ……あ、ついでに干し椎茸も使おう!


 干した椎茸にはグアニル酸という旨味成分があるのだ。ちなみに生のままだとグルタミン酸なので鰹節を使っているから要らないよ。干すことでグアニル酸という成分に変化するんだとさ。


 煮立ってきた鍋から昆布を取り出し、一度火を止める。そこに布巾をかぶせて大量の鰹節をお見舞いする。


 鰹のいい香りが台所いっぱいに広がる。


「お腹がなりそうです」

「いい匂いだからねぇ。食欲を刺激されますな」


 布巾ごと鰹節を引き上げる。これで出汁は完成だ。


「味噌もいいけど、醤油で薄味に仕上げるか」


 醤油を少量入れて、だし汁に少し色が付く程度にする。


「薄すぎませんか?」

「ああ、薄すぎるね。でも、食べる時にひと工夫するから大丈夫」


 ポン酢を使う! もちろんゴマダレなども用意します!

 くふふ……実は試行錯誤の末、ポン酢を完成させたておいたのだ。苦労したけど満足できる味は出せている。鍋のときに使いたくてねぇ。


 ドドドドドと複数の足音が台所に迫る。


「腹減ったのじゃ!!」

「ペコペコなのですよ?」

「来たな。ケントの技量が最も発揮される時間が」


 案の定、食いしん坊チームの面々だ。


「ホコリを立てるなよ。静かに板の間で待ってなさい」

「板の間はハリス師範の忍術道場がまだ終わっていない」

「じゃ、居間で待ってろ」

「さぁ、マリスちゃん。居間で待機なのです。料理の邪魔をしたら美味しい料理が出てきません!」

「了解じゃ! 出来たら直ぐに呼ぶのじゃぞ!?」


 三人は嵐のごとくやってきて、そして去っていく。


「全く……食いしん坊チームめ」


 エルヴィラが顔を背け肩を震わせている。俺たちのやりとりがツボに入ったのだろうか?


「お館様はご当主であらせられますのに、お食事の支度までやっておいでで……それに今のお言葉……母君のようでございます……」


 うーん。それ、以前エマにも言われたような……

 俺、チームのお母さん化してるのかな? じゃあ父親は誰です? ハリスか、トリシアですかな?

 もっとも、トリシアも食いしん坊チームだし、中身は悪ガキっぽいから、ハリスに票が集まりそうな気もするけどな。


「ま、腹ペコ三姉妹が現れたのでチャッチャと準備を進めるよ」

「承知いたしました、お館様」



 ご飯も鍋も完成したので、板の間に持っていく。

 板の間には既にテーブルが並べられ、ハイエルフたちが席についていた。


 そして、またドドドドドと廊下をやってくる足音が。


「できたら呼べと言っておいたじゃろう! 何故呼ばぬのじゃ!?」

「はぁはぁ……危うく出遅れる所だったのです」

「マリスの美味いものを嗅ぎ分ける鼻がなければ、我々は戦場に辿り着けぬところだったな」


 ああ、忘れてた。


「いいから席に付け」


 俺が問答無用で言うと、三人は文句を言うのを辞めて渋々空いている席に着く。


「はい。今日は鍋料理です。魚をベースに具沢山のものを作りました。ご飯を沢山炊いてあるのでお替りは自由にどうぞ」


 俺は片手間に作っておいた魔法の簡易携帯コンロを三つほど取り出して、各テーブルに置いていく。ハイエルフたちが珍しそうに、それを眺める。


「これは魔法のコンロです。火加減の調節などは各自で行って下さい」


 そう言いつつ、鍋をそれぞれのコンロに置いていく。コンロの火加減は弱火に設定してやる。


「鍋がぬるいと感じたら、火力を上げて下さい」


 そしてここからが本番。


「はい。食べる前に説明しておきます。鍋自体の汁は薄味です。不味くはないはずですが、そのまま食べても素材の味が生かされているだけのものです」


 俺は小さな容器に入ったポン酢を取り出す。


「ここに取り出したるは魔法の調味料。ポン酢です。取皿にこれを入れて、鍋の具を付けて食べて下さい」


 各テーブルにポン酢容器を置いてやる。もう一つ、ゴマダレ容器も置く。


「こっちはゴマダレ。お好みに合わせて使い分けてみるといいよ」


 ハイエルフは勿論だが、見たことのない調味料が出てきたせいで、俺の仲間たちも鍋とポン酢を凝視している。


「では、ご飯が行き渡ったら、食べ始めていいよ」


 俺がご飯を注ぎ、エルヴィラが配る。


「おい、マリス。ケントがまた新たな戦力を投入してきたが……」

「我も知らぬうちに、新たな武器を開発しておったようじゃ」

「俺も……知らなかった……な」

「ハリスさんすら敵わぬ隠形術ぶりなのです」


 また言いたい放題かよ。というか、俺の調味料は新兵器か何かですか。


「行き渡ったか?」


 俺は周囲を見回す。大丈夫そうだな。


「では、頂きましょう」

「「「頂きます!!」」」


 皆が、思い思いに鍋の具を取り、ポン酢に付けて口に運んでいる。


「こ、これは!!!!」

「何という美味!」

「ご飯が進む美味さです」


 ハイエルフたちの歓喜に満ちた声が部屋に満たされる。

 それを見た仲間たちが毒味完了を認識し、慌てたように鍋を突き始める。


「おお、清涼な風味が鼻を抜けるのじゃ」

「なるほど、新戦力はこう来たか。やはりケントの料理の腕は世界一だな」

「こっちのドロッとしたヤツを試してみて下さい! 凄いのです!」

「ああ……こっちは……サッパリ……こっちは……濃厚な……味わいだ……」


 ハリスがいつも以上に言葉が多いので、美味かったのだろうな。

 当然だ。これが日本の鍋文化だぞ。ただのごった煮とはわけが違う。


「さ、俺たちも食うよ」


 俺はエルヴィラを連れて席に着いた。

 一番端っこだし、仲間たちの隣なので、早く食べないと具が無くなりそうだから早く食べないとな。



 その後、三つある鍋の内二つがオジヤに、残りの一つが饂飩うどんになり、鍋の中身は綺麗に片付いた。ハイエルフも仲間たちも大満足。


 食事後はエルヴィラと一緒に後片付け。


「大変、美味しゅうございました、お館様」

「それは良かった。大勢で食べると美味しさも増すしね」


 大勢だと本当にあっという間に無くなるね。もう少し量を増やすべきかも。

 でも、なんか修学旅行みたいなノリで少し楽しかったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る