第20章 ── 第48話

 翌日から大勢の人間が生活できるように屋敷の改造を始めた。


 まず、これだけの人数、かつ男女が、一つの風呂を共有して使うというのに俺は抵抗感があった。なので、もう一つ浴場を作ることにした。


 インベントリ・バッグの中に丸太や材木の在庫があったので、これで作れるかどうか考える。


 元々の浴場を調べてみると総檜造りだったので、とても手持ちの材木では再現は不可能だ。


 となると、在庫で柱や梁などを作るとして、壁の部分を漆喰やレンガで塞ぐしか無いだろう。

 或いは、トリエンなどでもっと材木を確保するべきかもしれないな。



 まずは設計図を引いてみよう。

 ああでもない、こうでもないと悩みながら設計して、ようやく出来上がったのは一時間も経っていた。


 次に設計図を元に部材の作成に入る。

 裏庭に作業台などを準備して材料の丸太や材木を取り出す。


 ふと見るとメリオンが、家屋の影から顔を半分出して、こっちをジーッと見ているのに気づく。


 あの見られ方は凄い気になるんですけど!


「おい! 見るならちゃんと見ろよ! そんな見方されると気持ち悪いぞ!?」


 俺が声を掛けると、メリオンが恐る恐るといった感じで近づいてきた。


「お邪魔になると思いまして……」

「あんな風に見る方が邪魔だよ!」

「申し訳ありません……」


 メリオンが土下座をする。


「ああ、もう! 着てる物が泥だらけになるよ! 立ちなさい!」


 ハイエルフは、融通聞かねぇなぁ。誰がそれ洗濯するのさ。


「シルサリアにも言ったはずだが、聞いてないの? この家屋に住んでいるものは遠慮はしないこと!

 変な遠慮をされると居心地が悪くなるんだよ。折角みんなで住んでいるんだ。居心地の良い場所にしていこうよ」


 メリオンは恐縮しっぱなしだが、俺の言葉に何か腑に落ちたのか素直に頷いた。


「これは何をしているのでしょうか?」

「これはな。新しい浴場を作る準備だ」

「浴場?」

「そうだ。随分と人数が増えたからな。風呂に入るのにも色々支障が出そうだ。なので、まず風呂場を拡張するわけだ」


 メリオンは「はぁ」と、よく解らないといった感じの返事をする。


「一四人もいるからな。おまけに女が八人だぞ?」

「八人いると問題なのでしょうか?」

「男と女が一緒に風呂に入ったら、何か間違いが起きちゃうかもしれないでしょ!」

「間違い……?」


 メリオンはサッパリ理解していない。というかハイエルフってこういうの無頓着?


「だから、ほら……エッチな気分になったら困っちゃう」

「それは素晴らしいですね! 子供を作ることが出来ます!」


 うわー、絶滅寸前の人種はそういう考え方なの!?


 そういや、エルフは出生率が低いんだっけ。

 という事は……そういう気分になった場合、速やかに子作りに移行するんだろうか……

 ハイエルフともなると、もっと出生率は低そうだしなぁ。人間と違って発情期などがあるとしたら、もっと生みづらそうだよな。


 人間は一年中発情していると言われてるから、どんどん増えるのが普通なのにな。


「まあ、そこはいいや。で、俺としては男女別々の風呂場を所望するのだ。だから増築する」


 メリオンは「もったない……」と小さく囁いてからは口を噤んだ。


 静かになったので作業の続きをやろう。


 梁は手持ちの材木が角材なのでこれを使おう。

 柱用の部材として、丸太を太めの角材に加工しよう。


「魔刃剣……双牙!」


 愛剣で丸太を切り裂く。


「おお……凄い……」


 メリオンが感嘆の声を漏らす。

 丸太を九〇度回して、もう一度、魔刃剣・双牙を使う。


「相変わらず凄い剣閃だ。惚れ惚れする」

「す、す、す、す、すごい……」


 ん? 見るとトリシアが、何人かのハイエルフを連れて、見学のメリオンの後ろに並んでいた。


 いつの間に……


「見たか? あれがケントの剣技だ。剣を片手であれだけ正確に振るうことは、卓越した制御が必要になる」


 トリシアの解説にルシアナが凄い速度でコクコクと頷いている。


 さっきの吃った感じの声は、この人か……ハリスより酷かったぞ?


 エルヴィラもルシアナと似た感じで頷いている。


 新たな見学者は、グート、ルシアナ、エルヴィラと忍者以外の人たちですな。


 柱を八本ほど作った。魔刃剣で慎重に角材にした。一応、測ってみたけど寸分の狂いもなかった。高い器用度の勝利といえよう。


 柱と梁の接合部分の加工をする。


 穴を開けるのにまたスキルを使うとしようか。

 角材を並べて、愛剣を再び構えた。


「五剣閃……紫電・改!!」


 通常は手首をスナップさせて剣筋に回転を掛けるが、それをせずに打ち込む。

 すると、剣の幅の縦長の穴が材木の狙った位置に空く。


「よしよし」


 この穴をノミで削って適度な大きさにするわけ。


「あれが突き技の紫電だ。ケントはあれを五連撃で繰り出す。あの突きに狙われたなら、避けることは敵うまい。それほど正確無比の必殺技だ」


 再びトリシアが解説している。


剣士ソードマスターの技は流麗ですね。私のような野伏レンジャーでも可能なのでしょうか?」

「可能だと私は考える。ハリスは忍者になる前に、あれと似た技を習得していた。今度、コツを教えてもらうといいだろう」


 ハリスのアレか。「三連斬トリプル・スラッシュ」とか言ってたっけ?


 トリシアの解説にエルヴィラが質問している。トリシアもちゃんと指導しているようだなぁ。


 各部材の細かい細工に入ると、トリシア率いるハイエルフたちが他の場所に向かった。剣技が見られないとなったら現金なものだだねぇ。

 メリオンは飽きもせずに、黙って俺の作業を見学している。


 柱と梁、その他部材の加工が終わったので、今度は魔法の溶鉱炉を取り出して裏庭に設置する。


「今度は何をするのでしょうか?」

「ん? ああ、瓦を作ろうかと思って」


 親指をグイと上に立てて、屋根の瓦を指し示す。


 俺は浴室の屋根瓦を焼くつもりなんだよ。

 折角だから屋敷に使われている瓦と同じ物にしたいよね。見栄えに関わるし。


 以前、ドンブリや皿などを焼くのに使った粘土を取り出す。


 大量に器などを焼く予定で入手しておいた粘土は、すごい量がインベントリ・バッグに入っているので、瓦を焼くくらいの分はある。


 屋根から瓦を一枚外して、同じ形の瓦を作る。陶芸スキルのおかげで焼いた時の縮み具合とかも肌感覚で解るのが楽だ。


 魔法で水分のコントロールをした瓦を試験的に溶鉱炉で一枚焼いてみる。


 この炉は非常に高温が出るので、通常の陶芸などと違って三〇分も掛からんのでスピーディ。


 焼き上がった瓦を取り出してみたら、色が違った。


「あー、黒い色を出さなきゃだなぁ。釉薬の調合を考えねば」


 少々試行錯誤を繰り返し、屋敷の瓦に近い色合いの釉薬が完成する。

 よし、あとは量産するだけだ。


 物凄い速度で瓦を量産し、水分をコントロールして乾燥させた瓦に釉薬を塗る。

 溶鉱炉に丁寧に瓦を並べて置き、シッカリと封をしてから魔法の火を入れる。


 結構な量を入れたので、一時間半くらいかな?


 一時間半もあるので、材木を組んでしまおう。


 柱を置く位置に適度な丸石を置いていく。全部で八本。

 一人でやるには問題があるので、ずっと見学していたメリオンに手伝わせる。


 組み上げてみると、悪くない感じだ。こっちは元の風呂場より小さいが、男湯にするつもりだから問題ないだろう。男は六人だしな。


 この作業中、頭の中でカチリと音がなった。大工スキルをゲットしたのは言うまでもない。


 組み上げた柱や梁に魔法付与を行う。

 耐水、虫除けなどの単純な付与なので、魔法回路はいらないだろう。



 そろそろ瓦が焼けただろう時間だな。


 俺は魔法で温度を調節し、どんどん冷やしていく。あまり急激に冷やし過ぎたら割れるので、慎重に調節しよう。


 封を解き、出来上がった瓦を引っ張り出す。


「素晴らしい出来ですね、お館様」

「うむ。狙い通りだね」

「お手伝い致します」


 メリオンに手伝ってもらい、風呂場の骨組みの近くに瓦を並べて置く。


「ふう。午前中の作業終了です」

「お疲れさまです」


 メリオンも嬉しげに笑顔だ。


「お館様の作業速度が凄いので驚きました」

「そう? まあ、作業で使ってるスキルも結構レベル高くなってきたからね。効率はかなり良くなってると思うな」


 メリオンと共に屋敷の中に戻る。


「いいか……ここだ……ここに気を集める……」


 板の間にシルサリアたち忍者を集めてハリスが忍術指導をしていた。

 少し見ていると、丹田部分に気を集めるという修行らしい。


 SPスタミナ・ポイント、所謂「気」と呼ばれるものをコントロールすることが例の奇想天外忍術の基礎らしい。

 ハリスは、こんなのを独自修練で身につけたんか。才能あったんだなぁ……


「臨……兵……闘……者……皆……陣……烈……在……前……」

「「「リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン!」」」


 俺がハリスに教えた某マンガの印を組みながら、九字護身法を唱えている。


 俺には、すげえ嘘クセェ忍者修行にしか見えない。

 しかし、あれでハリスは奇想天外忍術を使ってるんだよな。よく解らん忍術大系ですなぁ。


 このスーパー素敵超人忍者の忍術は、ハリスが源流になるんだよな。まさにハリス流忍術だよ。本当に凄い。


 今、ティエルローゼの冒険者の中で、ハリスを筆頭に俺の仲間たちが最も力を持つ存在になりつつあると俺は思う。

 そのうち俺とパーティを組まなくても、それぞれが世界の為、人々の為に動き始めるようになるかもしれない。


 そうなったら、俺は何をしようか……


 その時はまた、一人になってしまうかもしれないけど……ドーンヴァースの時のような苦い寂しさではなさそうな感じはする。


 いやいや、そんな事になるのは、まだまだ先の事だ。今考えても仕方ないじゃないか。


 俺はフルフルと首を振って、昼食を作るために台所へと向かった。

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