第20章 ── 第44話

 翌日の朝、籠が屋敷の前までやってきた。護衛などだろうか、供侍が二〇人もいるね。


「御免仕ります! クサナギ様ご一同をお迎えに上がりました!」

「ああ、どうも。おはようございます」


 籠は一つか。仲間たちの分まで用意してくれないのかなぁ……


「みんな、出かけるよ?」


 俺がそういうと、ハリスとマリス、アナベルは直ぐに立ち上がったが、トリシアだけ首を振った。


「今日、私は留守番をしておこう」

「あぁ……了解だ。それじゃ後のことは頼むね」

「任せておけ」


 トリシアはいつものニヤリ顔もなく、真面目な面持ちだ。


 やはりハイエルフたちの事が気になるのだろう。


 昨夜、ハイエルフたちは日頃の心労と久々の酒の為か、食事後に眠りこけてしまった。

 そのハイエルフたちを同族であるトリシアは放っておけなかったのだろう。


「では、行きましょう。よろしくお願いします」


 俺は籠に乗り込みながら、迎えの使者に声を掛ける。


「下に~下に~!」


 供侍の一人が、そう声を張り上げ、籠が出発する。


 うーむ。まるで大名行列だ……俗に言う「先払い」ってヤツですか。


 町中に入り、籠の無双窓を少し開いて外の様子を観察する。


「下に~下に~!」


 供侍は飽きもせず声を張り上げているが、その声を聞いたマツナエの庶民たちは膝を突いて頭を下げる。


 先払いの声は効果絶大で、通りの左右に別れた庶民たちがこぞって土下座状態だ。


 もし、この行列の前を横切ったら無礼討ちなんだろうか?

 そもそも、俺は大名──この国だと地方領主か──では無いんだがなぁ。


 救世主の扱いは大名並と思うことにしておく。


 しかし、午後からの接見だというのに早くきた理由が解ったよ。行列の進行スピードが恐ろしく遅いんだ。


 この速度だとオエド城に到着するのは、三時間後の一〇時頃になりそうだ。

 ハリスはともかく、マリスとアナベルは退屈もせず、嬉しげに籠の横を歩いている。


 庶民たちに手を振ったりしてるから、お祭り気分なのだろうな。


 そういや日本では、箱根の方でこういう祭りやってたっけ?



 ようやくオエド城に到着して、籠から降りることができた。

 籠というのも存外窮屈だ。


 馬車とかはないんだろうか?

 確かにフソウに入ってから馬車を引いている所を見たことがない。大八車などの荷車は人間が引いていたな。


「お疲れ様でした。城内にお入り下さい。供付きの者が待っております」


 供侍たちが深々と頭を下げたので、俺もペコリと頭を下げた。



 玄関に入ると五人の女性が待っていた。


「クサナギ様、お待ちしておりました」

「あ、はい。前回とは何か対応が違いますね」


 昨日、タケイの所に案内してくれた女官がいたので声を掛けてみる。


「本日は上様にご拝謁なされるとお伺いしております。失礼のないように、皆々様一人ひとりに供回りをご用意致しました」


 供回り……要は監視役では? 万が一、王様を襲うような事があった場合、この供回りの女性たちが身を挺して王様を守るのではないかと考察する。


 あり得そうだね。オエド城の警備体制は、基本的に外部の者を信用していないようだし。いや、内部の者ですら信用していない節がある。


 タケイのいる天井裏にも忍者が数人いたしなぁ。


 マップ画面を立体表示すると、要所要所の天井裏には必ず白い光点が存在する。


「では、案内を頼みます」

「承りました。まず、本丸の四階、控えの間までご案内します」


 前回は三階のタケイの執務室だったが、今日は四階か。


 女官が言うには四階と五階は国王の住居や執務室などがあり、呼ばれた者や係の者以外は立ち入りが出来ない。

 そして、国王と外部の者が会える場所は、四階にある「謁見の間」と呼ばれる大広間だけらしい。


 四階が王様の執務に関する階で、五階が住居って事だな。

 王様は、城から出ないのかねぇ……籠の鳥みたいだよ。



 廊下を歩き天守閣へと進んで、階段を登る。


 エレベータが欲しくなるね……


 オエド城の階段は傾斜が非常にキツイ。直角というほどではないが、七〇度くらいあるんじゃないか?

 狭い階段もあるから、日常使いの階段にしては利便性に欠けるしな。

 でも、こういう事柄にも何か意味があるんだろうな。敵に攻め込まれた時の防衛機構とかさ。


 四階まで上がり、三〇畳もある広間に通された。


「こちらでお待ち願います。後ほどお昼の食事などをお持ちします」


 供回りという女性たちは、隣の控えの間に入っていく。

 さすがに同じ座敷で寛ぐようなことはないか。堅苦しいルールが色いろあるのかね。


 しばらくすると、タケイがバタバタと走ってやってきた。


「クサナギ様! ようこそお越し下さいました!」

「ああ、タケイさん。おはようございます……でいいのかな? もう一〇時回ってるから、こんにちはかな?」


 どうでも良いことに拘る俺にタケイが柔和な笑顔を作り座り込む。


「クサナギ様はフソウに入られて、庶民たちに料理を振る舞ったとお聞きしていますが」


 ん? タケノツカの一件かな?


「竹細工の村で披露したことがありますね……」

「その時お作りになられたのが天ぷらだと」

「ああ、そうですね。一通り作りましたよ。天ぷらは勿論ですが、トンカツに……天丼、カツ丼。所謂揚げ物ってヤツが中心でしたが」


 タケイはずいずいと膝を進め、俺の近くまでやってきた。


「その腕前を是非披露頂けないでしょうか?」

「ん? 料理を作れば良いの?」

「我らの王、トクヤマ様にクサナギ様のお料理をお出ししたいのです」

「ふむ。シンノスケが伝えた料理らしいし、食べさせたいのも解らないでもないな。よし、引き受けた」


 俺が了承すると、タケイは手放しに喜ぶ。


「おお、上様がどれほどお喜びになる事か……誠にありがとうございます!」


 タケイは手を突いて深々と頭を下げる。


「大したもんじゃないですし、喜んでもらえるなら腕のふるい甲斐があります」

「我らの分も作るのじゃ!」

「そうですよ! 王様だけズルいのです!」


 ああ、食いしん坊チームが反応してしまったか。


「おい……自重しろ……」


 ハリスが厳しい口調で二人を諌める。


「ま、お前たちの分もついでに作らせてもらうから安心しろ」

「それなら良いのじゃ。我は天丼にカツ丼じゃぞ?」

「あ、私にはイクラ丼とウニ丼を!」


 リクエストがあんのかよ。マリスはともかく、アナベルは贅沢メニューだな!



 タケイに案内されたのは天守閣の一階に「台所方」と呼ばれる場所だった。

 正式には「御広敷御膳所」というらしいが、俗に台所方とか台所役人とかいう料理人集団が作っているそうだ。


 その料理人のリーダーが「御膳奉行」と呼ばれる料理人だ。

 フソウの各地方から選抜される料理が得意な武士たちが、毎年オエド城で開かれる料理大会で戦うらしい。それの優勝者が「御膳奉行」という名誉ある役職を上様より賜るのだそうだ。


「お初にお目にかかります。御膳奉行を拝命しております、タワラ・ソウタでございます」


 俵? 俵藤太の事か?


「もしかして、世襲の名前ですか? 苗字はフジワラとか?」


 タワラは俺がそういうと驚く。


「よくご存知で……我が家は代々、当主が救世主様から頂いたこの名を受け継いでおります」


 ふむ。やはりシンノスケが付けたのか。百足とか大蛇とか倒してそうな名前だな。苗字はともかく、名前までは同じにしなかったのね。


「当代の救世主様に我が家の名が知られているとは望外の栄誉にございます」

「ああ、俺らの故郷で有名な武将だからね」



 御膳奉行のタワラ氏の話によると、王様の料理は二〇膳ほど用意するそうだ。

 毒味や味見を経て半分が五階に運ばれ、そのうちの二膳が上様の口に入る。

 残った膳は、供回りや大奥などで食べられるという。


 ということは、仲間たちの分と二〇膳ほど用意しなければならないわけだ。


 俺はタワラに指示を出して台所役人に米を炊かせ、おかずとなる揚げ物の仕込みに取り掛かる。


 俺の手並みやレシピなどを食い入るように見つめるタワラは、俺の屋敷の料理人たちや、帝国の各都市、フソウのタケノツカの料理人たちと同じように真剣なものだ。


 天ぷらをカラッと揚げるちょっとしたコツなどを伝授すると、懐からメモらしき物を取り出して、しきりに要点になる事をメモ書きしているので、向上心は大変強いのだろう。


「我々の知らぬ技術が随所にありまする……」

「まあ、俺も聞きかじった程度なんだけどね。やってみると中々いい感じになるんだ」


 俺の作業の速度や手際は、タワラの想像を絶しているようで、タワラは俺の一挙手一投足を見逃すまいと必死そうだ。


 およそ一時間半ですべての料理を完成させる。


「これが、伝説の丼もの……」


 そういや、温泉の板さんも言ってたな。


「救世主は丼ものは伝えなかったの?」

「伝えてもらったのです。ですが、長い戦のうちに失伝してしまったのです」


 確かにレシピだけでは美味い丼は作れないだろうな。ドンブリが必須だし。


 戦争というものの不毛さは、こういう文化の消失などを伴う事でも歴然だな。やはり戦争など無いほうがいいねぇ。


 腹に入れば何でも良いなんて事を言う人もいるが、日本人たるもの美食の探求はもはや民族特性だと俺は思っている。


 そういう先人たちが培ってきた知識を失伝させてしまう人間の愚かさは救いようがないのだろうか。


 俺は自分が知る日本の料理技術をティエルローゼの人々に伝えることができれば、少しは平和に貢献できるんじゃないかと思っている。

 弟子をとるつもりはないけど、こうやって各地でレシピの伝授をしてもいいだろうと思う。

 もう料理スキルのレベルは、上限値の一〇だし……何の問題ないよね?



 余談ではあるが、後に「タワラ・ソウタ」は俺の料理に感銘を受けて、オエド城を飛び出し、諸国を漫遊する料理人となった。

 彼は後世において、伝説の料理人ソウタと言われ、様々な国の料理人たちから崇拝される存在となる。


 本当に余談だな。

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