第20章 ── 第43話

 ハイエルフたちは空腹だったようで、いくつか料理を作って出してやると、貪るように食べた。


「美味いかや?」


 マリスが面白そうに彼女らの食事風景を眺めている。


「なるほどな。鬼とやらはエルフだったわけか」


 フードを下ろして夢中で食事を続けるハイエルフたちを見ながら、トリシアが納得している。


「彼女らはハイエルフだそうだよ」

「ハイエルフか……どおりで背が高いはずだ」


 トリシアが語り始める。


「そもそも、ハイエルフはエルフの頭領として神に作り出された者たちだ。ハイエルフは私のような森のエルフとは違い、寿命というものは無いと聞いた事があるが……」


 トリシアの言葉に、夢中で咀嚼を続けるシルサリアが頷いて、ゴクンと食べ物を飲み込む。


「貴女はウッド・エルフですね。この辺りではもう見かけなくなった氏族ですが」

「ハイエルフは我々をそう呼ぶのか?

 我々の氏族は一度滅びかけた。

 なんとか滅亡せずに踏みとどまったが、太古の知識の殆どが失われてしまった。それでも口伝や古いエルフの遺跡などから得た知識は残っていた。

 散逸してしまった知識の収拾も冒険者になったエルフの義務なんだ」


 大陸東部のエルフはシンノスケによって滅ぼされかけた。

 その生き残りのエルフたちが、現代に至るまで必死で失われた記録や知識を集め、保存しようとした事は容易に理解できた。


 トリシアとシャーリーが失われた魔法知識などを収拾する旅をしていたのは、それが理由だったわけだね。

 トリシアの場合、知識の収拾よりも冒険が楽しくなっちゃったって感じなんだろうけどね。


「我々も状況は似たようなもの。寿命によって命が尽きる事はなかったのですが……飢餓や病気、怪我などで殆どの者が命を落としました」


 今は彼女らが隠れ家として使っている海岸沿いの洞窟に隠れ住んでいる者たちで全部だという。その数は一〇人にも満たない。


「しかし、アルテル神との誓約を破るわけにも行きません。なので週に何度か、神殿への参拝の義務を今の今まで果たしてきたのです」


 トリシアはそれを聞いて頷いた。


「それは女王たる者の努め。良くぞその義務を果たされてきたものだ。敬服に値する」


 どうやら、トリシアは彼女たちに強い尊敬の念を抱いたようだ。


「神との誓約か。破るとどうなるの?」


 俺は軽い興味で聞いてみた。


「破った者がどうなるのか……それは解りません。今までに破ろうと考えた者などいませんので」


 そりゃそうか。神との約束だもんな。


 日本の民話だと神との約束を裏切る者の物語は数多く伝承されている。大抵の場合、非常にむごたらしい最後を迎えたりするんだけど。

 俺はこの手の話を戒めだったり道徳などを人々に教え込むための物だと思っている。


 だが、ティエルローゼでは話が違う。神が実在している世界では、実際に神罰が下される事があるのだ。

 アースラにしろ、マリオンやタナトシアにしろ、神罰を与える機会がある事を否定していなかったしな。


「そうそう。君たちは忍者をよく知っているようだけど」


 俺がそう切り出すとシルサリアだけでなく、他の二人のハイエルフも俺の方に顔を向けてきた。


「はい。忍術は我々が数百年前にフソウの者に伝授したのです」


 ほほう……それは興味深い。


「元々、忍者の秘術は救世主でいらしたシンノスケ様により、我らハイエルフにもたらされた技術です」

「あ、そこにもシンノスケが出てくるんだね」

「当然です。シンノスケ様は我々ハイエルフの身体能力に興味を持たれ、我々に適した技術として忍術をお教え下さいました」


 シンノスケは暗黒騎士ダーク・ナイトだったけど、日本で言う一般的な忍者の知識や忍術などをハイエルフに教えたんだろう。

 フソウの忍者は、ハリスみたいなスーパー素敵超人みたいな職業じゃないみたいだしな。


「そちらの御仁の使われる忍術は、シンノスケ様が伝えてくださった物とは全く別の忍術のようでしたが……」

「あー……ゴメン。シンノスケの教えた忍術が、真っ当な忍者の技術なんだよ。ハリスが使っているのは、映画や漫画などで描かれているフィクション系の忍者の技だね」


 その言葉にハイエルフは驚いたような顔をする。


「エイガ……マンガ……? シンノスケ様が時々口にした異世界の文化として伝わっている言葉です。もしかして、クサナギ様は……」

「あ、うん。俺もシンノスケと同じ世界から転生してきたんだよ。東のエルフの女王陛下にそう聞かされた」

「で、では、貴方は救世主様の再来という事に!?」


 またか。シンノスケ信仰は、同世界人イコール救世主という願望に繋がるようだな。西方人たちは、どんだけ救世主の帰還を求めてんだよ。


「残念ながら、俺はシンノスケほど農業知識もないしレベルも足りてないんだよ。一介の冒険者として世界を旅して楽しんでいるだけなんだ」


 俺が申し訳なさげに言うと、ハイエルフたちが少しガッカリした感じに見える。


「ま、俺のできる範囲で人々を助けてはいるよ。冒険者だからね」

「左様ですか……しかし、異世界からやってきた貴方は、やはり救世主様だと思います。

 我々を排除もせず、こうして食事まで与えてくださっています」


 腹を空かした者がいたら、食わさないわけにいかんだろ。


「それはそうと……何でハイエルフはこの地を追われたんだ?」


 トリシアが疑問を口にした。それは俺も知りたい。


「我々が森を追われたのは、今から六〇〇年も前になりましょうか。我々三人が生まれる前の話になります」


 彼らの前の世代の時だという。

 当時、救世主が消えた西側諸国は、まさに戦国乱世の様相を呈していた。

 シンノスケという存在がいなくなったため、国々の安寧は損なわれてしまい、その不安から各国は富国強兵を謳い、軍事色を強めていた。


 その頃、最も力を持っていたのがバルネット魔導王国だ。

 当時は『バルネット王国』と名乗っており、魔法色は薄かったそうだが。


 バルネット王国は、救世主であるシンノスケが唯一定住した地であり、それを理由に西側では強い発言力を持っていたらしい。

 シンノスケが心血を注いだためか、国土自体も他国より大きく、非常に高圧的な国だったようだ。


 それに対抗したのがフソウ竜王国とトラリア王国だ。

 フソウは北のトラリアと強固な同盟を結び、バルネット魔導王国との戦を繰り返していた。


 ハイエルフの治めるモアスリン王国は、そんなフソウにシンノスケが伝えた忍者の技を持って力を貸していたらしい。

 バルネットの専横的な圧力は、モアスリンにも向けられる恐れがあったため、やむを得ずという事情もあったようだが。

 この頃にフソウの人々へ忍術が伝わったらしい。


 そんな頃、モアスリン王国はフソウ竜王国に、バルネットにフソウの機密情報を流しているという疑いを持たれた。

 ハイエルフたちは全面的に否定したが、フソウの忍者が動かぬ証拠というものを出してきたらしい。

 当然、ハイエルフたちは身に覚えのない事と突っぱねた。

 しかし、フソウ竜王国の追求は強さを増し、モアスリンとフソウは武力衝突しかないという所まで行ってしまう。


 だが、時の女王は戦いを避けた。シンノスケが心血を注いだ大地が荒廃することを良しとしなかったのだ。


 ハイエルフたちは身を引いた。いつか真実が明るみに出た時、ハイエルフがモアスリンの地に戻れると信じて。

 だが、この願いは六〇〇年、叶うことはなかったという。


 エルフにしろ、ハイエルフにしろ、相変わらず気の長い種族ですな。長寿だからなんだろうけど。


 当時、数千人いたハイエルフたちは、森から離れた為か次第に数を減らし、現在へと至る。


「ふむ。ハイエルフは誰かに嵌められた感じがするねぇ」

「そうだろうな。動機は判らんが間違いあるまい」


 俺がそういうとトリシアも頷いた。


 その当時のフソウは心が荒んでいたのかね。

 信仰の対象になるはずのハイエルフにそんな計略を仕掛けるくらいだからな。

 心に余裕がなければ、そんな事も起こり得るのだろうね。


「今のマツナエを見て思うんだが、森の資源が欲しかったんじゃないかな?」

「森の資源……ですか?」

「要は材木だね。フソウの建物は基本的に木と紙だ。大きな街を作るには大量の材木が必要だろう? 当時、マツナエの街はあったのかい?」

「いや、マツナエが出来たのは私たち三人が生まれた後です」


 それが何年前なのか判らん。しかし、女性に歳を聞いて良いものかどうか……

 帝国では求婚の意味だとアナベルが言ってたしなぁ。


「当時、マツナエは村と呼べるかどうか判断に苦しむほどの大きさでした」


 マツナエの地は、比較的しっかりした地盤の土地で、北には大きな川があった。

 バルネットから一番離れているし、水もある。海岸側は崖で、要害となっている。

 そんな理由で大きな都市を築くのに最適だと判断されたのだろう。

 都市を築くための材木も大量にあるわけだしな。


 ちなみに、その大きな川は今は見る影もない細い川に成り果てている。水量の殆どが堀に転用されたのもあるが、川の源流が枯れてきている所為だろう。


 源流はバルネットの方にあるらしいしなぁ。バルネットに何かされたのかも。


 もっとも、フソウとトラリアは、現在のバルネット魔導王国と戦争はしていない。世代が変わって、色々と情勢が変化したのだろうね。


 ただ、ハイエルフの地位や処遇は全く改善されていない。困ったものだな。


「それだけの理由で我々は土地を追われたのでしょうか?」

「多分ね。結構単純な理由で他者を貶める事が、人間にはできるんだよ。恥ずかしいことだけどね……」


 今のフソウに、陰謀によって掠め取った土地をハイエルフに返せと言ったところで、先人がやった事だし、現代のフソウの国には預かり知らぬ事。返還される可能性は無いだろうなぁ。


 となると、俺ができることは……


「シルサリアさん。どうですかね? ここに住んでみますか?」

「この地にですか!?」


 シルサリアは目をまん丸にする。他の二人も驚いた顔で顔を見合わせている。


「ええ。我々は、この屋敷と林全部を買い取ったんですよ。なので、ここに誰を住まわせるのも自由ということになりますね」

「身が震えるほどにお受けしたい話なのですが……フソウの者がそれを許すでしょうか?」

「一応、ここの国の宰相……フソウだと筆頭老中ですね。タケイという人に俺は貴女たちと同じように救世主と認定されています」


 俺がそういうと、シルサリアの目が輝く。


「やっぱり……」

「シンノスケと同郷という理由だけでね。俺は違うと言ったんだけど……」


 俺はやれやれというポーズをする。


「で、これは想像なんだけど、貴女たちにしろ、フソウの人々にしろ、大陸の西側では救世主という存在が、物凄い切望されているように感じるんだけど」

「当然です。救世主様が現れれば、世界は安寧の時代を迎えるのですから」


 うーむ。まさに信仰だな、こりゃ。神界の神々が東側を擁護しないはずだよ。シンノスケはまさに神候補だったわけだし。


「んじゃ、救世主と認定された俺が、君たちをここに住まわせたい言ったら……フソウは拒否できるかなぁ……」


 三人のハイエルフが一様にハッとした顔になる。


「出来ますまい……救世主様の意向に異を唱える者は、人類の敵になりましょう」

「だよねぇ。なら、その救世主という称号を利用しない手はないよね?」


 俺は腹黒そうにニヤリと笑う。


「クサナギ様は……話に聞いている先の救世主シンノスケ様とは、大分違うようですね……?」


 シルサリアが少々、不安げな顔をする。


「そりゃそうでしょ。性格は人それぞれ。俺がまるっきりシンノスケと同じ性格だったらかえって怖いよ」


 俺は苦笑してしまう。

 シンノスケは非常に真っ直ぐな正義漢だったのは、集まってくる情報からも解る。だが、俺はそれほどお人好しじゃあない。


「俺はね。俺に協力してくれる人には幸せになってもらいたい。丸く収まるなら、陰謀だろうが、策略だろうが、どんな手段でも使うよ。

 平和主義もいいけど……それで世の中を渡っていけるほど、世界は優しくないでしょ?」


 力の理論は自然界の掟でもある。弱い者は強い者に食い物にされてしまう。

 これはエルフだって解っていることだろう。


「どうする? 俺を利用して、この土地に帰って来たら?」


 シルサリアは目を閉じ、しばらく思案した。

 俺は答えを急かさず、彼女が答えを出すまで待った。


「よろしくお願いいたします。当代の救世主様を信じます」


 シルサリアが目を開け、両の手を突いて深々と頭を下げた。二人のハイエルフもそれに倣って頭を下げる。


 この措置が一方的に土地を追われたエルフの助けになるかは判らない。

 でも、先祖代々の土地に戻りたがっているハイエルフたちにとって救いとなるならば、俺はそれで良いと思う。


 もし、彼女たちが困るような事になれば、俺は全力で以て彼女たちを守ってやれると思う。


 それだけの力が今の俺にはあると、自分を信じてみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る