第20章 ── 第42話

 ちょっと遅い時間になったが、早速風呂の準備を始める。


 本来なら裏の井戸から水を汲んで風呂桶に溜めて、窯で薪などを燃やして湯を沸かすのだが、俺たちにその作業は要らない。


「じゃーん。魔法の蛇口~♪」


 某猫型の不思議ロボットが道具を出す時のマネをしながら、俺は魔法の蛇口を風呂場にセットする。


「ケントさんはお風呂の事になると楽しそうなのです」

「当然だ。日本人たるもの風呂に浸からねばならんのだよ」


 何やら口調がアニメに出てくる偉い軍人みたいになってしまったが、俺の心情をストレートに伝えるにはコレに限る。


「この風呂は結構広いのじゃ。トリエンの屋敷のより広いのう!」


 確かに、トリエンの風呂より広い。まあ、日本風の風呂は浸かることが前提なので、西洋風の風呂よりも広いのは当たり前だと思う。

 しかもこの屋敷は有力な武士が作らせたそうだし、広めに作ったのだろうと思う。


 こんな風呂がある屋敷が金貨二〇枚とか破格すぎるだろ。お買い得だったな。


 お風呂にお湯を溜めつつ、仲間たちのために軽食を用意する。きっと寝るまでに腹を空かせるだろうからなぁ。


 今日は以前仕入れておいたジャガイモを使ってフライドポテトだ。トマトで作ったケチャップとマスタードも添えておく。


 居間代わりに四つある一二畳の部屋の一つに大きめのちゃぶ台を出して、作ったフライドポテトをおいた。

 ついでに酒なども少し置いておこう。


 一応、自分たちの家なのだから、宵の口のお楽しみも許されるだろう。宿酔ふつかよいにならないように程々に。


「みんな~、軽くつまめる物を作ったよ。冷めない内に食べな!」


 俺が居間から呼ぶと、ドドドドと大きな足音を立てて皆がやってくる。


「なんじゃ!? 美味いものかや!?」

「ケントさんの料理がマズイわけないのです!」

「今ここに新たなる戦いが始まる!」


 始まりません。ちょっとした酒宴は始まるかもしれんが。


「ほどほどに……しておけ……」


 ハリスがボソリと釘を刺す。


 しかし、三人はすでにフライドポテトに貪り付いている。やれやれ……


 俺は鼻歌交じりに風呂へと向かう。

 サッサと服を脱いで、洗い場で体を洗う。


 早く石鹸の開発を何とかしないとな。


 身体を洗い終わり、湯船に浸かる。


「あー、極楽極楽」


 風呂の壁に取り付けられている無双窓から覗く大の月ザバラスが煌々と太陽の光を反射している。


 なかなかの名月だ。俺も酒でも持ってくればよかったかな。月見酒なんてのも乙だもんな。


 ふと、カサカサという小さい音が耳に入ってくる。


 何か野生動物がいるのかと思ったが、その音には衣擦れの音が混じっている気がする。


 こんな音まで俺の聞き耳スキルは拾ってくるのか。


 俺は目を閉じて、聞き耳スキルの効果を最大限まで上げる。


 足音は三つ……かなり熟練した者が忍び足をしているらしい。

 しかし、武器や金属製の防具を装備している感じがしない。

 革鎧かクロースアーマー程度か。


 忍者などの可能性もあるが……

 忍者なら鎖帷子の音がするし、忍者刀などの鍔鳴りなどもしないし、可能性は低いと思う。


 となると……例の鬼か?

 鬼ならば素手という事もありえる。


 俺は気付いていないフリをしながら、湯船から静かに上がる。

 鼻歌を歌いながら身体を拭き、素早く服を着込む。


 こっそりと裏口まで進み、裏口の引き戸を少し開ける。


 カチリという音が頭の中で響く。


 何かスキルを習得したようだが、確認する余裕はない。


 さらに引き戸を引き開けて一人通り抜けられるほどにする。

 音を忍ばせて音の方向に付いて行く。


 音は屋敷を避けるように南から東の方に進んでいる。小さな灯りが林の中に見える。ランタンの灯りをシャッターで絞っているようだな。


 どうもフソウの人間ではないようだ。フソウの者なら提灯だしな。他国の間者だろうか?


 聞き耳スキルが拾ってきた通りで人影は三人。なかなかの高身長だが、肩幅などを見る限り筋骨隆々という感じではない。


 三つの人影から五〇メートル以上距離を取りつつ追跡を開始する。


 またも頭の中でカチリと音がする。すると、突然周囲の闇が薄れ、薄暗がり程度の明るさになった。

 見上げると木々の梢の上にザバラスとシエラトの月明かりがあった。


 月明かりでも結構見えるもんだな。おっと、追跡を続けよう。


 人影は周囲を相当警戒しているようで、非常にゆっくりと進んでいる。


 林を抜ける小道を避けるように進む彼らは、野伏レンジャー盗賊シーフのスキル持ちのようだ。

 草や灌木の間を進んでいるのに殆ど音を立てない事からも間違いないだろう。


 およそ二〇分ほど追跡すると、三人組は例のエルフの社のあたりまでやってきた。


 社の入り口付近にランタンを掛け、社の前で跪いた。そして、フードを下ろして深く、頭を下げた。


 間違いない。あれが鬼の正体だ。彼らの頭の横には尖った耳が突き出ていた。


 なるほど。暗がりで見たら鬼と見間違うこともあるだろうな。

 鬼の正体はエルフだったんだ。大方、そんな事だろうと思っていたがね。


 しかし、トリシアもエルフだし、フソウの人々は概ねエルフを崇拝しているような印象だったんだがな。

 なんで、ここまで隠密行動をしているのか。


「やはり……エルフか……」


 突然、俺の後ろからハリスが顔を出した。


「うお。ビックリした。気づかなかったよ」


 ハリスはニヤリと笑う。


「忍び足で……出ていくのを……見たので付いて……来た」


 さすが忍者だな。最近のハリスの技量は俺も舌を巻くほどだ。


「ま、トリシアの言葉と鬼の目撃情報などを勘案するとエルフじゃないかと思ってたんでね。案の定だったわけ」

「で……どうする……?」

「話してみたいな」


 俺がそういうとハリスはコクリと頷いた。


「彼らは警戒心が相当に強い。逃げられないように包囲してくれ」

「了解だ……」


 ハリスはスッと影に消える。


 見事なもんだ。


 俺は素早く立ち上がり、社の前にいるエルフたちに近づいた。


「こんばんは」


 俺がそういうと、三人のエルフが弾かれたように立ち上がった。


「くっ! 見つかった! 散開して例の場所へ!」


 よく見れば、三人のうち一人は女だな。他の二人より少々背は低いが、一八〇センチくらいありそう。二人の男は二メートルくらいだろう。


 ファルエンケールのエルフたちより少し背が高い気がするな。


 三人がバラバラに走り出した瞬間、周囲の木々の影からハリスたちが姿を現した。


「しまった! もう包囲されているぞ!」

「防衛陣形に移行よ!」

「承知!」


 三人が背中合わせに集まり、背中に背負っていたロングボウを下ろして構える。


「あー、何か勘違いしているようだけど、別に脅かすつもりも攻撃するつもりもないよ」


 俺は両手を上げて敵意のない事を示す。


「くっ、人間の言葉など信用できぬ!」


 うーむ。敵愾心バリバリですな。


「もう一度言う。俺たちは敵じゃないよ」

「フソウの者はそう言って我らを森から追放した!」


 やはりエルフって女性の方が指揮官なのだろうか。さっきから指示を出しているのも、俺に返答しているのも女性のエルフだね。


「俺はフソウの人間じゃないよ。大陸の東側の人間だ」

「そのつらでよく言いますね。明らかにフソウの人間でしょうに」

「いや、周囲を見てみてよ。包囲してるのは俺の仲間のハリスだけど、どうみてもフソウの人々みたいな日本人顔じゃないだろ?」


 指揮官らしいエルフの女性は取り囲んでいるハリスたちに目をやる。


「た、確かに周囲の者はフソウ人ではなさそうね。でも、全員同じ顔だわ。変装しているだけ……浅はかな悪知恵ね」


 あー、全部分身だからなぁ。


「ハリス、分身の術を解いてやってよ」

「承知……」


 分身が霞に消え、ハリスが一人になる。


 エルフたちは驚きの顔になる。


「ニ、ニンジャ……?」


 そう。ハリスは忍者だよ。まあ、普通の忍者と違って、スーパー素敵超人系の忍者だけどね……


「シルサリア様……あんな忍術は我々の伝えた物の中にはありません……」

「新しい忍術を編み出した? ありえないわ」

「はい。この者たちは、フソウのオニワバンでは無いと判断します」


 どうやら、俺たちがフソウの人間ではないと理解したようだ。

 しかし、忍術とか編み出したとか妙な事を言っているね?


「とりあえず名乗っておこうかな。俺はケント・クサナギ。ティエルローゼ大陸最東端に位置するオーファンラント王国の人間だ」


 俺はオーファンラント貴族風のお辞儀をしておく。


「最東端……? オーファンラント? 『英雄の眠り』? 古いエルフ語?」


 指揮官らしいエルフの女性が怪訝そうに眉をひそめる。


 へぇ。オーファンラントって古いエルフ語なのか。まあ、ファルエンケールが関わっていたらしいし、あながちあり得ない事でもないかな。

 ドイツ語やギリシャ語なんかが語源だと思ってたんだけどね。


「貴女たちは、アルテルの御神体参りに来たんですか?」


 エルフの女性は答えに窮しているようだが、意を決したように口を開いた。


「我々はモアスリン氏族の最後の生き残り。我らの所領を示す神殿の手入れに参っています。私はシルサリア・エルフェン・ド・ラ・モアスリン」

「同じく、メリアド・スーシャ・セリオン」

「グート・エッセン・エスラント」


 モアスリン? 最後の生き残り? ド・ラ・モアスリンってことは……


「もしかして、貴女は王族の血筋では?」

「左様。私はハイエルフの王族という事になるでしょう。もっとも……守るべき国はもうありませんが……」


 ハイエルフとは……トリシアたちと違う種族という事か? エルフに種類があるのは初耳だが。


「なるほど。俺の知り合いにも『ド・ラ』と名前に入る人がいましてね。それで解りました。エルフの王族の名前には入ってるんですね」

「エルフの王族に知り合いが……? 貴方はいったい何者なんですか……?」


 ま、あっちも全部名乗ってくれたし……


「俺は、さっき言ったオーファンラントの貴族なんですよ。地方領主ってやつでしてね。うちの国の隣国が二つほどエルフの国です。訳合って、そういったエルフの女王様たちと顔見知りなんです」


 ここまで話してようやくシルサリアと名乗ったエルフが弓を下ろした。


「フソウの人間ではなさそうで安心しました。この林は元々大きな森でした。神により約束された我らの所領。この周辺は我らの国だったのです」


 口惜しそうにシルサリアは朽ちかけた社を見た。


「何か事情がありそうだな。どうです? あっちにある屋敷でお茶でも」

「あの屋敷の新しい住人ということですか……」

「んー……半月くらいね。一時滞在するだけだけど」



 俺は三人のエルフを伴って屋敷へと戻った。


「お? どこに行っておったのじゃ?」


 既にフライドポテトを食べ終わり、酒盛りに移行している三人の仲間たちが振り返った。


「お客様なんですか~?」

「む。その者たちは何者だ?」


 アナベルはもう出来上がっているのか。結構酒に弱いな。

 トリシアも興味津々という顔をしている。


 ま、こんな夜中の訪問者は、敵以外では経験はないからな。興味を持つもの判る気がする。

 さて、では三人のハイエルフをもてなすとしますかな?

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