第20章 ── 第41話
エルフの社を後にして、トマルのいる場所へ向かう。
林を抜けると少し開けた場所になっており、キノワの長屋の二倍くらい大きい平屋の建物が見えた。
建物の入り口から少し離れた場所で裕福そうな中年男性が、
「こんばんは」
「ひぃ!?」
俺が声を掛けると、男性は手から
「驚かせて申し訳ない。トマルさんがこちらにいるはずですが」
マリスが手に持ったランタンの灯りで俺たちの姿を認めた男性は、引きつった顔を安堵の色に染め直した。
「ト、トマル様のお知り合いの方でしたか……」
ホッとした感じで、少し微笑んだ男性が頭を下げた。
「もしかして、この屋敷の大家さん?」
「はい。トマル様に伺いまして、こちらに案内してきました」
「中々立派なお屋敷ですね」
少々古そうだが、作りはシッカリしているし、門構えも悪くない、武家屋敷っぽい雰囲気があるな。
「しっかりと手入れはしておりますので、居住に問題はありませんが……」
何やら含みを感じる物言いだな。
「で、トマルさんは?」
「今、中を確認しております」
「ん? 大家さんも一緒に確認しないんですか?」
「い、いえ……あの……その……」
歯切れが悪いな。大方、想像は付きましたけどね。
「もしかして、幽霊屋敷かな?」
俺がそういうと男性はギクリと肩を震わせた。
「ゆ、幽霊と言いますか……化け物が出ると噂が立ってしまいまして……」
幽霊の次は化け物か。中々面白いな。ゾンビやグールじゃなきゃあんまり怖くないからな。
「へぇ。どんな化け物が出るんです?」
俺は面白そうなので大家さんに聞いてみる。
「私も詳しくは知りません。鬼が出るとか……色々言われているようです」
「鬼というのはどんな生き物だ? 大陸東方で鬼といえば
トリシアも愉快げだな。
「
確かにオーガは平均的に身長三メートルを越えるからな。
「フソウの伝説にある鬼は、頭の横から角が生えていると言われております」
「頭の上にじゃなく?」
「はい。横です」
うーむ。日本の鬼とは違うのか。
「この屋敷付近には、夜な夜な明かりが目撃される事がありまして、不思議に思った近所の者が様子を見に来ると……」
「鬼がいたと」
「そ、そのようです」
単に不審者が出てるだけじゃないのかね? 見間違いというのもあるしな。
「鬼火が漂っているのを見たら直ぐに逃げ出せば、命が助かると言われておるようです」
「ふーん。で、そんな場所に何で屋敷が建ってるの?」
「はぁ。今から十年以上前になりますが……」
大家によると、鬼伝説に興味を持った屈強な侍が、大家に建てろと命じたらしい。
その時は今の大家の父親の代だったらしいが、その侍は地方領主の自慢の武士だったらしく断れなかったんだと。
「で、何で今は空き家なの?」
「はい。そのお侍様は鬼に襲われて逃げ出したんです」
「腕自慢なのに逃げたしたのじゃな?」
「はい……」
腕に自身があっても化け物や鬼には敵わなかったって事かね。まあ、屈強と言っても、レベル的に三〇後半くらいだったのだろうな。
城に詰めてた警備の侍がそんな感じだったしな。
「幽霊なら私が追い払えるんですけど、鬼とか良くわからないものだと無理なのですよ」
アナベルが自分の活躍の場がないと思ったのかションボリする。
「ま、正体が判らないんじゃ、化け物なのか鬼なのか幽霊なのか判断できんね」
俺は肩をすくめた。
その時、冷や汗をダラダラ流しながらトマルが屋敷の玄関から出てきた。
「お、トマルさん。お疲れ様です」
「クサナギ様!? よくここが解りましたね」
俺たちが来ているのを見たトマルが、安堵したような顔になる。
「うん。秘密の魔法道具で、トマルさんを追跡してたからね」
「おお、そのような便利な道具をお持ちなのですか。さすがは救世主様」
「シーッ!」
俺は口に指を当てる。部外者がいる所で言うなよ。俺としては救世主のつもりはないしな。変に噂されても困る。
「あ、申し訳ない。マツヤ殿、今のことは内密に。外部に漏れると罪に問われますぞ」
「え? あ、はい! も、勿論です! 口が裂けても漏らしません!」
うーん、言論統制。ま、仕方ないか。俺自身に不利益があるかもしれないからな。細かいことには目をつぶろう。
「で、この屋敷は使えそう?」
「ええ、少々不気味な噂があるようですが、屋敷自体に問題は無いようです」
「よし、じゃあここを借りよう」
「噂の事はマツヤ殿にお聞きになりましたか?」
俺は頷く。
「勿論聞いた。鬼が出るとかなんとか」
「本当にここでよろしいでしょうか?」
「構わない。面白そうな物件じゃないか」
俺がニヤリと笑うと、トマルは眩しそうに俺を見た。
「さすがです。鬼程度では揺るぎませんな」
「ま、これでも冒険者だからね」
マリスが笑いだす。
「鬼とかいう化け物程度で恐れていてはドラゴンなど相手にできぬのじゃ。ケントは頼もしいのじゃぞ?」
「確かに、鬼より魔族の方が手強そうなのです。そんな魔族と戦えるケントさんに怖いものなどありませんね」」
アナベルも魔族を引き合いにだして同意している。
「それではマツヤ殿、こちらの屋敷をお借りいたそう」
「できれば、お買い上げいただけないですかね……もう、この屋敷には関わりたくないのです」
大家にそう言われてトマルは困った顔をする。
「マツヤ殿、そう言われてもな……奉行所から出ている金は購入するほどではない」
「ちょっと待って。一時的にしろ住むのは俺たちだよ。買うなら俺が金を出す。いくらなら売ってくれるの?」
俺が口を挟むと、大家のマツヤがパッと顔を明るくする。
「はい。土地と家作合わせて……金貨二〇枚でどうでしょうか?」
「この林は? この林は誰の土地になるのかな?」
「この土地や家作、ここ一帯の林も含めて私の物でございますが」
「よし、この林も買い取ろう。いくらなら売ってくれる?」
大家は商人らしい計算高い目をしはじめた。
「そうですね……ざっと、金貨五〇枚……」
「よし、買おう」
俺は即断する。あのエルフの社の事も考えれば、全部買った方がいいだろう。トリシアも喜ぶだろうし。
「クサナギ様に必要のない出費をさせてしまい、申し訳ありません」
金を数えながらマツヤに渡している俺にトマルが深く頭を下げた。
「いや、別に良いですよ。別荘代わりの屋敷を手に入れるのも悪くないですし」
救世主がマツナエに別荘を構えると聞いてか、トマルは嬉しそうな顔になる。
「別荘ですか。それは嬉しいお申し出です。早速、住民台帳にクサナギ様たちを記載させねばなりませんな」
「ああ、そうして下さると助かります。フソウは時々来てみたい国なので」
キノワにも土地を買ったし、王都であるマツナエに家を持ってもいいよね。
「では、俺たちは今日からここに住みますので」
「承知仕りました。では、明日の昼前には迎えの者を寄越すように手配しておきます」
「はい。待ってますね」
「しからば、御免仕ります」
トマルとマツヤは頭を下げると、林の道を帰っていった。
「化け物屋敷か。キノワに続いて曰くある屋敷なのが笑えるな」
トリシアが建物を見上げながら言う。
「ま、突然、居住物件を探したりしたら、都合のいい家なんか見つからんからね。大抵の場合、こういう物件が当たるわけだな」
事故物件とかな。現実世界でも安さを求めたりすると、そういう物件を掴まされたりするものだ。
転生前に俺が住んでたアパートも、今は事故物件になってるだろうな……
「鬼が出たら捕まえてやるのじゃ!」
「程々にしておけよ……化け物じゃ……ないかもしれない……」
「ハリスの言う通りだ。もしかしたら人間が見間違われただけという可能性もあるからな」
盗賊や無宿人などだったり、他国のスパイとかいう可能性だって否定できないからな。
無闇に人間に危害を加えては、冒険者の名が泣くことになる。
「心得ておるのじゃ。ハリスもケントも心配性じゃの」
「怪我をさせたら、私が癒やしますので大丈夫なのですよ!」
ま、マリスとアナベルをペアにしておけば、不測の事態もどうにかなりそうだけどね。
ちょっと、天真爛漫なマリスと天然アナベルという組み合わせに不安が無いとは言えないがね。
買い入れた屋敷の中を確認してみる。
同じ大きさの部屋が四つ。それぞれ一二畳の広さで、田んぼの田の時になっている。
それとは別に二四畳ある板の間の広間が一つ。小さいけど道場でも開けそうな感じだな。
その他に三畳の小部屋が三つほどあり、これは使用人などに使わせる部屋っぽいな。
少し広めの台所が屋敷の裏側にあり、その外には井戸があった。
そして……台所の隣に風呂が付いている! 風呂文化が普及しているフソウにおいても、内風呂があるのは珍しいね! 武家屋敷として建てられたからだろうね。
今まで見てきた通り、この国の建物は基本的に木と紙で出来ている。
土壁などもあるが、これは武家屋敷や裕福な商人などの住居に使われるだけで、貧乏長屋は木造だったからね。
こういった街づくりは江戸の街に良く似ている。ということは、問題点も江戸と同じと考えられる。
要は火事に弱い。
キノワにしろマツナエにしろ、所々に
そういった街においては、内風呂は役所に許可をもらわねば設置できないのが普通だ。江戸もそうだったと聞いている。
なので、内風呂がある屋敷というのは貴重な存在だ。
風呂文化が普及しているマツナエも、銭湯が数多く存在するらしい。庶民は銭湯を利用するわけだ。鉄貨四枚程度で入れるそうだから、一度利用してみたいとも思うけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます