第20章 ── 第40話

 国王であるトクヤマとの会見の予定は、筆頭老中のタケイと俺の間で明日の午後にする事に決定した。

 今日は既に夕方になっているし、俺たちの旅の疲れを取ってからというはからいによる。


 ま、俺たちは大して疲れてないんだけどな。


 滞在するための宿だが、タケイには各地方の代官や領主などの従者がよく利用する城近くの格式高い高級な宿を紹介されたが丁重に断った。


 半月も無駄に過ごしたくないし、例の飛行自動車をあと二台作りたいのもあって、少々騒がしくしてもOKで、かつ作業スペースを確保できそうな宿を探すことにした。


 言うまでもないと思うけど、その条件に合うような宿屋は全く無かった。


 条件をすべてクリアするには、マツナエの街の外れにある一軒家などの貸家を借りるしかないようだ。


 タケイの口利きで、マツナエにある町奉行所の役人の力を借りることが出来た。


 彼は所謂、町方同心といわれるヤツだ。見回り同心とも呼ばれることもあるように、マツナエの町を順繰り巡って犯罪や街の問題の解決に応っている。


 彼のような同心は、マツナエに二〇〇人ほどいるらしいが、江戸の街と違って北町とか南町などという分類はない。


「お供仕ります。私はトマル・マサカツと申します」

「あ、お世話になります。クサナギ・ケントです。こちらは仲間たちです」


 仲間たちを一人ずつ紹介する。


「まずは、トリシア・アリ・エンティル。大陸東で最も有名なエルフの冒険者です」

「トリ・エンティルだ。魔法野伏マジック・レンジャーをやっている」

「よ、よろしくお願います。エルフ様にお目にかかるのは初めてです……」


 トリシアはニヤリと笑いながら自慢の義手をギッと出してアピールしている。


「こちらはハリス・クリンガム。野伏レンジャー忍者ニンジャという珍しいクラス構成の冒険者ですよ」

「ハリス……だ」「ハリス……だ」「ハリス……だ」「ハリスだ……」

「!!!??? ぜ、全員、ハリス様でしょうか!?」


 ハリスがエグザ○ルよろしく、分身を大量に出してトマルを驚かす。


「いや、それ分身の術なので、本物以外はスキルの産物ですよ。ハリスが一番得意としている技ですね。彼の名刺代わりなのでしょう」


 次に俺は早く自分を紹介しろとピョンピョン飛びながら自己アピールしているマリスの肩に手を置く。


「で、これがマリストリア・ニルズヘルグ。チームの前衛を守る守護騎士ガーディアン・ナイトです」

「マリストリアじゃ! 守護騎士じゃからの、固さには定評があるのじゃ!」

「え? 子供ですが……? 子供が前衛なんですか?」

「子供ではないぞ、鼻垂れ! こう見えても三〇〇〇年以上生きておるわ!」


 俺は苦笑してしまう。

 外見は子供なんだからムキになる必要はないだろうに。


「ああ、彼女はドラゴンなので、見た目で判断すると、こんな風に憤慨します」

「はっ!? りゅ、竜様なのですか!?」

「そうじゃぞ! ニーズヘッグの一族じゃからな」

「ニーズヘッグ……? こ、古代竜様ではないですか!」


 一応、フソウでもニーズヘッグ一族は一般的に知られた名前らしい。やはり東側と違って西側にはドラゴン伝説が息づいているようだな。


 自分の番になったアナベルがニコニコ顔で前にでる。


「はい。こちらが我がチームの癒やし担当。マリオン神の神官戦士プリースト・ウォリアーのアナベル・エレンです」

「よろしくなのですよ! 最近は、ちょっとだけケントさん信仰にも力を入れているアナベルです!」


 おい、アナベル。それ自覚あったんか。


「こら、俺は神じゃない。間違うな」

「え、でも、そのうち神界に招かれるんでしょう? 今のうちにツバを付けておくのです!」


 いや、それってマリオンが聞いたら怒らないか? 信者が改宗したら困るだろうし。


「そんな予定はない。神なんて面倒そうなモノにはならん!」

「えー? 既に殆ど神ですけど?」


 アナベルにとって俺はそういうポジションなの?


「中々愉快な神官様ですね……我々、フソウの人間も様々な神社にお参りしますよ」


 うーむ。神社巡りと一緒にして良いものかどうか。神様が実在する世界だと、マジで神罰とかあるからな。

 イルシスの神官プリーストどもがやった事で、神聖魔法が使えなくなったのも見てるしねぇ。


「とまあ、この五人がチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のメンバーです」

「はっ! 心得申した。皆様が滞在なさるお屋敷の探索に協力させて頂きます」


 見回り同心だからか? 住むとこ探しを「探索」とか言っちゃったよ、この人。



 何はともあれ、キノワの時のような長屋でもいいので探すことになったわけだが……

 すでに夕方なので、家作を持った有力商人の店をトマルと回り始めたのだが、午後五時くらいから板戸を締めてしまう店が殆どなので、中々家探しは捗らない。


 午後七時を回ろうという頃に、仲間たちから空腹の訴えが出始める。


「どこかで食事をしたらどうでしょうか?」

「そうじゃな。マツナエの美味いものの所に案内してもらうのじゃ」

「いや、ここは自らの足で開拓してこそ、真の食べ歩きだろうが」


 食いしん坊チームは、もうどこかでメシを食う方向で話を進めている。


「相変わらず……自由な奴らだ……」


 ハリスが呆れて囁く。


「申し訳ありません。私がご希望通りのお屋敷をご紹介できないばかりに……」


 トマルが責任を感じて泣きそうな顔で頭を下げる。


「いや、お気になさらず。見つからなかったら、どっかで野宿でもいいんですよ」

「そ、それはなりません! そんな事をなされてしまっては、我々の面目は丸つぶれです!」


 ま、一応、フソウ竜王国としては国賓待遇で迎えるという建前だからだろう。


 救世主を招いておいて野宿をさせたなどという噂が他国にまで広まったら、フソウ王国の威信は丸つぶれとなるだろう。


 そこから、同心のトマルが本領を発揮する。

 俺たちをそれなりの料理屋に連れて行ってくれたり、俺たちが食事している内に貸家を探しに奔走していたり。


 料理屋は刺し身こそ出なかったが、リーズナブルで料理は美味かった。


 やはり揚げ物などは油揚げや厚揚げ程度で、天ぷらやカツなどは無かったね。油が高いのが原因なのだろうなぁ。


 料理屋を出たところで、トマルがどこにいるのかマップで探してみる。

 現在はマツナエの西の方にいるようだ。


 マツナエの町並みが終わり、海と陸を隔てるように崖があるのだが、その崖の上に森というには中途半端な林がある。

 その林の海側の端っこにある建物の前に、トマルは誰か別の人物といるらしい。白い光点と一緒だから大家か何かかな?


「よし、トマルと合流するよ」

「どこにおるのじゃ?」

「ここから西だな。三〇分くらい歩けば追いつけるね」

「あちらの方には、この国の神殿が多くありますね」

「ああ、そうらしいね。五重塔とか立ってるのが見えるし」


 城の南西側は寺社区画というらしい。寺や神社が結構な数あるらしい。

 仏教がない世界なので寺社ってのもおかしな話なのだが、寺というものは、墓を伴った神殿を意味するようだ。

 こういう日本的な様式をシンノスケが広めたって事なのだろうな。


 街を横切って建物の立ち並ぶ区画から外れていく。段々と建物の数が寂しくなってきた所で、マップで見た森か林に行き着いた。


 一応、頼りなげな細い道があるので、マップで確認してみる。

 この道の先にトマルがいる建物がいるのは間違いなさそうだ。


「ほう……。こいつは」


 林に入って少し歩くと、トリシアが周囲を見回しながら囁く。


「ん? どうした? 何かあるのか?」

「いや、雰囲気がな。アルテナ森林などに似ている」


 そうか? 俺には判らんが……


 マップで林全体を詳細に表示して確認する。

 今歩いている道からは少しズレているが、林の中心部分に何やら小さな構造物が見つかる。


 俺はマップを皆にも見えるようにしてトリシアに見せる。


「この辺りに何かあるね。道は繋がっていないが」


 その構造物をマップで拡大して確認させる。


「大きさ的には二メートル×二メートルって所かね? 小屋にしては小さいな」

「ちょっと行ってみるか?」


 トリシアも興味をそそられたらしい。


「ま、道からそんなに離れてないし、行ってみよう」


 道を進んで、構造物から一番近い場所から雑草や灌木に分け入る。

 三分ほど進むと、構造物が見えてきた。


 その構造物は小さい社だった。

 この林では少し大きめの木の脇に建った社は朽ち果てる寸前だ。


「神社かな?」

「いや……これはエルフの神殿だ!」


 トリシアが興奮気味に言い放った。


「エルフの神殿? 日本風だと思うが」

「様式は関係ない。この木が象徴になる。その横に森と狩猟の神を祀るのがエルフの神殿の体裁なのだ」


 トリシアは朽ち果てた入り口の扉を開いて中を覗き始める。


「間違いない。見ろ」


 トリシアに言われて、仲間たちと中を覗く。


 そこにはエルフに似た木像が鎮座している。


「確かにエルフに似ておるのう」

「これは森の守護神、狩猟の神アルテル様をかたどっている」

「ほう。これがアルテルの神像か」

「木像なのは珍しいのです。神像は石か金属が普通なのですよ」


 トリシアが首を振る。


「エルフが祀る神像は全て木像だ。太古の昔よりそれが習わしなんだ。そして、この神像があるということは、この林は元々エルフの所領だった事を意味する」


 ということは、この林は、以前はもっと大きくて森林だったのだろうか。

 人間が開発を推し進めた為にエルフは森を捨ててどこかに移住したとでもいうのだろうか。


「何かおかしいな?」


 俺は首を傾げてしまう。


「何がだ?」


 トリシアが不思議そうに振り返った。


「いや、俺はこの世界に来てから、人族や獣人族などからエルフがどのように思われているのかを見てきた。大抵の場合、敬われているように思う」

「そうだな。エルフは長寿ゆえ、信仰の対象にする者もいる」

「そんなエルフが住んでいた場所だぞ? こんな感じに放置されているなんてのは間尺に合わないじゃないか」


 俺の言葉にトリシアも思案顔になる。


「確かに……この林は以前森だったに違いない。そこに住んでいたエルフはどこに行ってしまったのだろうか」

「エルフを敬う人間が森から追い出すことはないだろ? という事は、何が原因でこの周辺に住んでいたエルフは居なくなったのかな?」


 トリシアは俺の疑問に応える事もできずにいる。


 トマルも言っていたが、この街に住む住人はエルフを見たこともないだろう。

 街を歩いていて、トリシアが注目を集めたりはしていなかった。ということは、エルフがどんな姿をしているのかも知らないわけだ。

 本や伝承で存在を知っていたとしても、現実に見たことなければ気づかないからな。


 何にしても、一つ不可解な謎を見つけたわけだが、この謎の答えが見つかるかどうかは全く判らない。

 でも、気になるから少し、記憶にとどめておくとしようかな。

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