第20章 ── 第39話

 アースラとの念話を切った俺は、タケイに向き直った。


「ヤマタノオロチの居場所は、おおよそ掴めました。会うことは可能かと思います」

「おお、さすがは救世主様だ。神界の神々とも親しいと聞き、誠に感服致しました」


 いや、それも成り行きで知り合っただけなんだけどなぁ。


「で、会って用水路の水の事を聞き出すわけですけど……」


 俺が言いよどむと、タケイが不安そうな顔になる。


「何か問題がありますでしょうか?」

「いや、礼儀としてね。何の手土産も持たずに行けって言うんですかね?」

「手土産……」


 俺は頷く。


「それはそうでしょう? いかに人間に協力的なドラゴンだと言っても、手土産も持たずに行って話を聞いてくれるでしょうか?」


 そもそも、人間に協力してドラゴンに何の益があるのか。

 アースラにしろ、シンノスケにしろ、ドラゴンが彼らと何故、親交を深めたのか。そこにドラゴンを協力的にした理由が存在するだろう。


 シンノスケの場合は、フソウに伝承が伝わっていないようなので判らないが、アースラの時のは判る。

 アースラは自らの戦闘力を以てドラゴンと言葉を交わしたんだ。一種のボディランゲージだが、戦闘好きなドラゴンにとっては雄弁な言葉だったのだろう。「天叢雲の剣」をアースラに贈ったほどだからね。


 俺も戦闘を以てドラゴンに協力させれば良いのかも知れないが、アースラと互角に戦えるドラゴンだ……レベル的にキツイ気がする。


 となると、別の手土産が必要だろう。


「そう申されましても、古代竜様がお気に入りになる手土産となると、何を用意すれば良いのやら……」


 タケイがガクリと両手を突いて落胆する。


「フソウの伝承にあるセイリュウには、どうやって協力してもらったの?」


 俺は彼らの知っていそうな情報からドラゴンの嗜好を探ろうと質問する。


「それがよく解りません。セイリュウ様は気付いた時には人間を率いて街づくりなどを指導したそうで……」

「神々に弱みでも握られてたのかな?」

「判りかねます……」


 落胆するタケイの顔が面白かったのか、マリスがケタケタ笑う。


「ドラゴンの事がまるで解っていないのう。滑稽なことじゃ。それでドラゴンに重要な事柄を任せておるとは、人間とは大いに滑稽じゃ」


 ま、俺もそう思いますけどね。


「ケントが言っておったのう。敵を知り己を知れば百戦殆うからず……おヌシラら人間は、ドラゴンを破壊と恐怖の権化と言い、そこで考えることを止めてしまっておるのじゃ。ドラゴンにだって趣味も嗜好もあるのじゃぞ」


 マリスはドラゴンの視点から教えてくれる。


「ドラゴンは戦闘を好む。ただ、地上の生物にドラゴンの相手をさせた所で満足も得られぬ。じゃからドラゴンは自分たちだけの空間で大規模な戦闘や集団戦を行って楽しむのじゃ」


 そのドラゴン同士の戦闘シーンというのを見てみたいものだ。

 マリスとエンセランスの取っ組み合いは見たけど、あの程度でも相当すごい怪獣大戦争の様相を呈していたもんな。


「ドラゴンは戦いを終えると、敵も味方も仲良く宴会をする。これが楽しいのじゃ。じゃから、ドラゴンは例外なく酒を好む」


 マリスの言葉を聞いて、俺もハッとする。


「そういや、日本の竜伝説では大抵の竜が酒好きだったな。日本のヤマタノオロチ伝説でも酒で眠り込んだのを退治するという話だった」


 俺がそういうとマリスが少し眉間にシワを寄せる。


「戦いに疲れ、酒で気分の良くなっておる所を成敗するのかや? ケントの故郷の人間は随分と姑息じゃのう」

「いや、人間を生贄に差し出させる竜だか蛇だかだったからな。

 別に戦ったわけでもないし。

 まともに戦って勝てるわけもないから騙し討ちしたわけだよ。

 俺としては、力と暴力で人間を思い通りにしようとしてるヤツの方が姑息で卑怯だと思うよ」


 マリスも渋々といった感じで頷く。


「そうじゃなぁ。突然やってきて力のない者に生贄を差し出させるというのも勝ち取ったことにはならぬのじゃ。

 相手に万全の備えをさせてからでなければのう。そして苛烈な戦闘を以て、合意の元に勝ち取るのなら別じゃが」


 ドラゴンは基本的に誇り高そうだからな。マリスの今までの行動や言動からも、それは窺える。


「ま、となるとヤマタノオロチへの手土産は、ほぼ決まりだろう」


 俺がそういうとタケイが顔を上げた。


「オロチ様と戦って頂けるのですか!?」

「……話を聞いてた? そんな大昔から生きてる古代竜と戦って勝てると思ってる? そう思うならフソウとトラリアの軍勢を集めて戦えばいい。俺の協力なんて必要ないはずでしょ」


 タケイは打ちひしがれる。


「そ、そんな事をすれば……両国は滅びまする……」


 そりゃそうだろう。今現在は大規模な戦乱の時代ではないにしても、国力が著しく損なわれたら、他の国が侵略して来かねないだろうしねぇ。


「だから、手土産を用意するわけですよ」

「となると……酒ですか?」


 タケイの言葉に俺は頷く。


「マリスも言うように、ドラゴンは例外なく酒を好むそうです。そしてフソウとトラリラは米の産地だ。自ずと答えは出ていると思いますが?」


 ヘスティアが大陸西側で手に入れたという酒。多分、シンノスケが作り方を広めた米の酒だ。

 アースラが美味そうに飲んでたのは間違いなく日本酒だったしな。


「我が国の主要銘柄であれば……アキヌマのホマレフジ、カミノキョウのソウリュウ、カガのヒャクマンゴク辺りが最上級のものになりますが」


 まあ、どれでも良いんだが……いろんな日本酒があるんだな。飲み比べたら面白そうだね。


「どのくらいの量が必要になるかな」

「そうじゃのう……話を聞く限り、ヤマタノオロチとやらはハイドラ族の老竜じゃろう。

 この部屋くらいの樽が必要じゃが、それでも足りぬじゃろうな。なにせ何本もの首を持つからの。それぞれの首を満足させねばならぬのじゃ」


 それは大変だ。この部屋は結構な大きさだし、俺の知ってる日本酒の仕込み樽数個分ある。それを首の数の分だけ用意するとなると……


「な、何とか用意致します! それでヤマタノオロチ様の首の数なのですが、何本あるのでしょうか?」

「知らぬ!」


 タケイの質問にマリスが間髪入れず応えた。


「ハイドラの一族の首の数はマチマチじゃ。四本だったり五本だったりするのじゃ。我もハイドラと会ったことはないからの」


 まあ、日本の伝承と同じなんじゃないかと思うんだが。この世界と似てるからな。名前も同じだし。


「日本の伝承によれば八本首だ。だからヤマタノオロチって言うんだよ」

「股が八個なら九本じゃろ?」

「俺もよく解らんけど、八本って伝説が日本の歴史書にはあるんだ」


 俺とマリスの会話を聞いて、タケイが頷いた。


「ではこの部屋ほどの量を八樽。予備として一樽用意したらどうでしょうか?」

「あ、用意できるなら、それで行きましょう」

「では、その様に致します。しかし、かなりの量になりますので、それ相当のときが必要になります」

「どれくらいかかりますかね?」


 タケイが思案顔になる。


「そうですな……各地より集めまして……半月ほど頂ければ」

「ふむ。了解です。それでは用意はタケイさんの方に任せます。我々は用意が終わるまでマツナエの街で待機しておきますよ」

「ありがとうございます。城内にご宿泊のためのお部屋を用意させましょう」


 そう言われて、俺は首を振る。


「いや、それには及びませんよ。マツナエの街の宿屋を探します。一応、俺たちは観光も兼ねてフソウまで来てますからね」


 俺がそういうと、トリシアがニヤリと笑う。


「そういう事だ。どの国であっても城の中なんて堅苦しい所は、性に合わない」

「そうですね。お城の中では食べ歩きも出来ません!」


 アナベルは相変わらず食べ歩き希望ですか。


「城の中では……」


 ハリスはジロリと天井に目を向ける。


「ずっと……監視が付きそう……だ」


 ハリスがそういうと、天井板の上でカタリと何か音がした。


「天井裏に忍者が潜んでるのか?」

「そのようだ……」


 タケイが慌てる。


「ご城内の各所にはオニワバン衆がおります。警備のためですが、お気になさる事はありません。彼らは影の存在。居ないものと一緒です」

「そう言われてもね。道中、忍者に襲われたもんで。モギさんには謝罪を受けましたが」

「な、なんと……!? それは真でしょうか!?」

「ええ。実行犯は全滅しましたが、それを報告した者や関係した者は処罰したそうです」


 タケイがダラダラと冷や汗を流し始める。


「あれほど失礼のないようにお連れ申せと言い渡したというのに……何という愚かな事を……!」

「ああ、別に実害は無かったんで、もう良いんですよ。そういう跳ねっ返りはどの組織にもいるでしょうからね」


 タケイは両手を突いて深々と頭を下げる。


「この不始末のお詫びはいずれ、必ず正式な場で行わせて頂きます」

「あまり大事にしないで下さいよ。国際問題になってしまっては本末転倒です」

「はっ! 仰せのままに!」


 タケイは短く返事をしてから顔を上げた。


「クサナギ様、今回の件とは別の事にございますが」

「ん? 他に何かあります?」

「我が国の王、トクヤマ・ヤスナリ様にお会い頂けないでしょうか?」


 お、例の上様ってヤツだね? 徳川じゃなく徳山なんですか。苗字ももじって付けた塩梅あんばいですかねぇ。


「まあ、お会いするのは構いませんが……フソウの流儀や作法なんかは全く知りませんよ?」

「それは問題ありますまい。クサナギ様は我が国の作法をよくお解りだと、いらっしゃってからの行動で解りました」


 ん? 何かあったっけ?


「畳の上の作法は完璧です。先の救世主様が、我が国に広めた作法通りでございます」


 あぁ、やはり畳文化とかはシンノスケが広めたんだね。なるほど合点がいきました。


「ま、基本的な部分は俺の故郷と同じみたいなので……この程度で良いんです? 俺の故郷の侍の作法とか複雑すぎて覚えてないんですよ」


 楊枝を上役に差し出す時は、扇子に乗せて向きはこっちとか……細かすぎて覚えてないし、間違ったら切腹なんて話も聞いたことある。


「先の救世主様の故郷と同じニホンという国の作法が伝えられたのは数百年も前でございますれば、多少作法に変化があるやもしれません。しかし、そこはお気になさらずとも良いかと。

 我が上様は、救世主であるクサナギ様とのご面会を強く希望しております」


 うへぇ。王様が希望しているのだと断りようがありませんな。断ったら、それこそ斬首やら切腹やらという話になりそう。


 そんな事をしたら外交問題に発展しそうだけど、「法律違反」という理由を申し立てられると引かざるを得ない事も多いと聞く。


 現地の法律によって裁かれた事を不服としても、現地に大使館や領事館などの行政機関がないなら泣き寝入りとなるだろうしな。


 一応、俺はオーファンラントの貴族だし、俺に何かあると国家間の問題となったら戦争になりかねない。

 東の大国と西の大国が戦争になったら……ティエルローゼ全体が戦乱に巻き込まれるだろう。


 ま、少々、自重しながら行動して、上手く乗り切ることにしようかね。

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