第20章 ── 第38話

「それで、俺に何をさせたいんですか?」


 タケイの人柄は何となく掴めたが、目的はサッパリ判らない。


「その事ですが……クサナギ様はトラリア王国という国をご存知ですか?」

「行ったことはないけど、フソウと同じように稲作が有名な国だそうだね?」

「そうです……いや、そうでした」


 タケイは苦虫を噛み締めたような顔になってしまう。


「そうでしたとは? 今は違うって事?」

「トラリア王国の穀倉地帯は北の自由貿易都市アニアスの北に広がる平原地帯に位置しております」


 俺は大マップ画面でフソウ近隣を表示させる。


 フソウの北側にはトラリア王国が広がっているが、西海岸に隣接して広がる広大な平原地帯は、アキヌマにも匹敵しそうな稲作地帯だという事だ。


 ちなみに、この平原とアキヌマの間の山岳地帯に、貿易を主体とした中立都市群が存在する。

 自由貿易都市アニアスを中心として、自治権を持った都市がいくつか一つにまとまった「自治都市同盟」と呼ばれる国だ。

 この「自治都市同盟」は俗に「アニアスの国」と呼ばれており、様々な貿易品を各国から集積し、世界中に送り出す事が主な産業らしい。


 この自治都市同盟こそが、オーファンラントやブレンダ帝国に米や醤油などを少量ながら流通させている国だったりする。


 自由貿易都市アニアスはティエルローゼ大陸の西側の海を利用して、海苔の生産を行っていると、迷宮都市レリオンにて「アルハランの風」の戦士ファイターから聞いた記憶がある。


「この平原地帯は東側の霊峰フジに連なる山脈群の雪解け水を利用した用水路を使って水を引いているのですが……」


 タケイは更に眉間にシワを寄せる。


「その用水路の水がここ数年止まっております」

「用水路が使えないと米が作れないね」

「左様です。その用水路は救世主様がお作りになり、用水路を守る為に平原の東の山脈に住んでおられる古代竜様に管理を任せたという伝承があります」


 このあたりはエンシェント・ドラゴンが多いねぇ。東側ではグランドーラくらいしか存在を知られてないんだがなぁ。

 シンノスケに国々が滅ぼされたせいで、古代竜が住んでいる場所などの伝承が消失してしまった可能性もあるね。


「その古代竜が管理を怠っているって事?」

「原因は解りません。トラリアの住人が古代竜様の怒りを買ったのか……それとも他に原因があるのか……」


 そもそも、古代竜は神すらも欺く隠遁術によって住処を隠蔽している存在だし、訪ねていって水を止めている原因を聞く事もできそうにないね。


「で、その用水路の水をどうにかしてほしいって事かな?」

「有り体に言えばそうです。我々ではどうしようもありません」

「でも、それってトラリア王国の問題でフソウの問題じゃないよね?」


 俺がそう指摘するとタケイは顔を歪めて困ったような表情になってしまう。


「誠にその通りなれど、フソウとトラリアは古き時代から深い縁に結ばれておりまして……当代の上様に至っては、トラリアの王とは縁戚関係にあり、救援を求められて断るわけにもいかぬのです」


 ふむ。面倒な事ですなぁ。まあ、西側諸国でも大国と言われているフソウが、縁戚関係の国からの救援要請を断ったら、他国に聞こえが悪いだろうねぇ。国の威信ってのに関わるのかもね。


「それで、その用水路を護っているという古代竜の正体は? ただ古代竜と言われても判断できかねるけど」

「その古代竜様は『ヤマタノオロチ様』と言い伝えられています。先の救世主様と親交があった古代竜様と聞いています」


 ヤマタノオロチかよ……日本神話では邪悪な蛇だとか竜だとか言われてたりするね。

 そもそも、日本の伝説上の生物だからドラゴンなのかも怪しいんだが、マリスの話だとティエルローゼでは竜に分類されているんだよな。


「マリス、前に話してたハイドラの一族のエンシェント・ドラゴンの事だよな?」

「そうじゃな。尻尾に剣を何本も突き刺している変態と聞いておるのう」


 その竜に挑んだ冒険者と意気投合して剣を一振り譲ったとかいう話だったな。


 日本の素戔嗚命スサノオノミコトの伝説とは少々違うが、マリスによれば「天叢雲の剣」、通称「草薙の剣」伝説はティエルローゼにもあるらしい。


「その伝承の冒険者が救世主だと我々には伝わっております」


 俺とマリスの会話を聞いて、タケイが頷きながら応えた。


「シンノスケが? マリス、そうなのか?」


 マリスは首を傾げた。


「いや、それは違うのじゃ。もう何万年も前の話じゃからな。人と魔族が戦争をする前の話じゃと我の兄者から聞いておるのじゃ」


 人魔大戦はアースラの話では四万年近く前の出来事だと聞いている。シンノスケとは関係のない神話の話だろう。


「お仲間のお嬢さんは歴史や伝承にお詳しいようですな」


 タケイはフソウの言い伝えとの差異はともかく、マリスの知識に感心している。


「そりゃそうですよ。マリスはエンシェント・ドラゴンですからね」


 タケイの顔が笑顔から一瞬で驚愕したものに変わった。


「こ、こちらの御方が……古代竜様ですと!?」

「ああ、マリスは世界樹の根に住むと言われる古代竜の一族だ。今は冒険者として俺の仲間だけどね」

「そうなのじゃ。我は冒険者マリストリアじゃぞ」


 マリスは得意げに胸を反らせる。


 タケイはマリスに平伏してしまう。


「おお、セイリュウ様と同じ古代竜様に拝謁できるとは望外の栄誉でございます」

「畏まらなくてもよいのじゃ。我は今は人間の姿じゃし、普通に接するが良いのじゃ」

「勿体なきお言葉、古代竜様のご命令とあればそのように致しましょう」


 タケイは頭を上げた。


「うむ。苦しゅうない」


 マリス様さまですなぁ。


「多分だけど……もしかすると、その剣の伝説の人物なんですけどね。知り合いかもしれません」

「と、言いますと?」


 俺はある可能性を考慮して発言した。タケイはその言葉に不思議そうな顔をする。


「ちょっと待ってね。念話してみるから」


 俺は念話リストを呼び出し、ある人物の名前をクリックする。


──人生楽して~苦が到来~♪


 おい! 「着○た」か!! それも有名時代劇番組のオープニングだよ! 世直し旅のヤツ。


 どうやら神界に念話の着メロやらを広めた犯人が解ってしまいました。


「お、ケントか。お前から念話とは珍しいな」

「ケントかじゃないよ。何で御老公なんだよ」

「ああ、俺の趣味だ。気にするな」


 久々にアースラと会話するが、相変わらず軽いな。


「アースラに聞きたいことがあって念話したんだよ」

「俺に? 神界の機密情報開示権限はないぞ?」

「そんな事は聞いてねぇ! アースラ、人魔大戦の前にヤマタノオロチって竜と戦ったことある?」


 俺は直球でアースラに質問をぶつけてみる。少し間を開けてアースラが口を開いた。


「随分と懐かしい事を思い出させるな。ああ、あるぞ。素戔嗚命スサノオノミコト伝説の竜の名前を騙るドラゴンに出会ったんでな。ちょいと懲らしめようと戦いを挑んだ」


 あー、やっぱりアースラが当事者でしたか。そんな気はしていましたよ。


「やっぱりね。フソウの北の国にそのヤマタノオロチ伝説があるみたいなんだけどさ」

「ああ、戦ったのはその辺りだったな」

「ヤマタノオロチの居場所って判らないかな?」

「んー。おぼろげな記憶だが……あの辺りに富士山みたいな山あるだろ? あそこの北の方に延びる山脈の中腹に洞窟があったはずだ」


 俺がアースラと念話するのを邪魔しないように、タケイが仲間たちに小声で質問をしているのが聞こえてくる。


「あれは何方どなたとお話しておられるのでしょうか……」

「ああ、あれは英雄神アースラ様と会話しているんだよ」


 トリシアが面白げな顔つきでタケイに応える。


「え、英雄神……ですとっ……」

「そうなのです。ケントさんは英雄神様の愛弟子。大変仲がよろしいのですよ!」


 アナベルが自慢げに鼻息を荒げてタケイに言う。


「ケントは特別な人間じゃからな。ドラゴンじゃろうと神じゃろうと、人間じゃろうと……別け隔てせぬのじゃ。我がケントを気に入っているのはそこじゃ。時には魔獣やゴブリンにでさえ慈悲を掛けるでのう」


 マリスがニッコリ笑う。


「そうだ……ケントは……この世界にとって……特別な存在……だ」


 ハリスも納得顔で首を縦に振る。


 お前ら、全部聞こえてんぞ。ヨイショもいいが、気恥ずかしくなるから黙っとれ。


 俺は少し顔が赤くなってしまって恥ずかしいので、みんなに背中を向けた。


「今、マップで確認しているんだが、山脈の北側付近に大きな渓谷があるようだね」

「ああ、そうだ。その渓谷の中腹だったはずだ」

「ふむ……ん? こんな辺鄙な所に神社みたいのがあるみたいだね。ラベルが表示されてる……水神供物祭祀場?」


 このラベルの周囲には村も町もない。というか人が住んでいる場所からは一〇〇キロメートル以上も離れている。


「そんなものがあるのか? ちょっと待て……」


 どうやらアースラは神界から下界の様子を確認しているようだ。


「ああ、間違いない。その辺りだったはずだ。その祭祀場について俺は知らなかったが、この付近に洞窟があったはずだ」


 となると、アースラのいう洞窟はドラゴンの隠遁術によって今では隠されているかも知れないな。

 その祭祀場は「水神」とか「供物」とか付いているので、ヤマタノオロチをまつっていて、供物などを捧げる儀式を行う場所だと判断できる。


 フソウやトラリアに伝承が残っているくらいだから、以前はまつられている可能性が高い。


「オーケー。ありがとう。為になったよ」

「今度はヤマタノオロチに会いに行くのか?」

「ああ、フソウ竜王国からの依頼なんだ」

「ほう。今はそこにいるのか。フソウは米が美味いぞ」

「知ってるよ。もう何トンか買ってある」


 アースラが念話の向こうで嬉しげな笑い声を上げる。


「おお、今度、俺が下界に降りた時にカレー作ってくれ。あ、寿司でも良いぞ?」

「解ったよ。つーか、神界の問題はどうなってんだ? あれから随分経ったが」


 俺がそういうとアースラの嘆息が聞こえてくる。


「まだ紛糾中だ。下手すると神界が二つに割れかねない。ヘパーエストが糾弾されている審議中にヘスティアが自分で作ったカレーを皆に配りやがってな……」


 神々は長く続く会議中に腹を満たすためにカレーを食べて舌鼓を打ち、彼女を褒め称えたらしい。

 ヘスティア姉さんが「カレーはケントに教えてもらった料理ですよ」と、その時バラした為、神々が下界への降臨に対する「賛成派」と「否定派」で真っ二つに割れたそうだ。


 賛成派は圧倒的な数だったそうだが、肉体を持たない上級神たちが否定派の大半を占めていたようで神界の審議は紛糾した。

 そんな状況なので、降臨問題はまだまだ解決されそうにないらしい。


 神界も大変な事になってんなぁ。

 否定派の大多数は、人魔大戦時に肉体を失い料理などを味わうことが出来ない神々だそうだから、そのあたりを解決できなければ、降臨はご法度のままじゃない?


 ま、俺には全く関係がない事なので、どうでもいいが。

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