第20章 ── 第37話

 マツナエの街はオエド城を中心に区画整理された街で、東西南北に路地が碁盤の目のように整備され、その路地の幾つかには堀が並行して巡らされている。

 家々は二階建てまでの木造で、三階建て以上の高い建物は存在しない。


 碁盤の目の各区画のメインストリート沿いは、色々な店が建ち並んでおり、区画の奥は長屋などが建っている。

 区画を幾つか通り過ぎると、路地には開いた木戸があったりする。


 まさに江戸の町と同じデザインだ。


 水路を進む猪牙に似た小舟は人や荷物を乗せているし、通りを行く人々は大八車のような荷車を引く人、背中に荷を背負った行商人、棒手振りと呼ばれる物売りなどが大勢いる。


 さすがにチョンマゲの人はいないので、そこが江戸との違いだろう。



 俺たちが騎乗ゴーレムに乗って進んでいるので、マツナエの住人たちはビックリした顔をするが、あまり恐れたり怖がったりはしていないようだ。

 逆に「珍しいものを見た」という感じで、俺たちを見ながら笑顔で会話している。


「なんか、見世物になっている気分なのじゃ」


 さすがのマリスも居心地が悪いのか、不機嫌そうな顔で不平を言う。


「我慢しろ。あの城に着くまでた」


 これだけ目立つ行軍ならば、城の入り口で一悶着なんて事はないはずだ。それを見越しての「銀の騎馬隊」なんだからね。


もう陽が大分傾いているので急がないとね。門が閉じるのって何時だろな?



 マツナエで一番広い通りを進み、城の東側の門前の橋の手前に到着する。


 門の手前に長柄の槍を持った警備兵らしい侍が左右に二人ずつ立っている。


 見れば、門横の城壁の小さな窓から、門前広場を監視する人の気配がしている。


 あそこから弓で狙うと効果的だろうねぇ。


 橋の手前に立て看板があった。読んでみると「下馬所」と書いてある。


 なるほど。城内に馬で乗り入れるのは禁止か。確かに広場の隅にうまやがあるようだねぇ。


「みんな、ここからは徒歩だ。馬から降りろ」


 俺たちがゴーレムから降りると、広場の横にあるうまやの隣の建物から下男らしき男たちが走り出してくる。


「お着きの方々、お馬は我らがお世話を……」


 だが、俺たちの馬を見ると下男たちは怯んだ。


「こ、こんな馬は見たことねぇ」

「銀の馬と銀の狼だ……」


 下男たちが手を出しあぐねているので、俺は話しかけた。


「あ、これはゴーレムだから、君たちでは動かせないよ。ちゃんと仕舞うから大丈夫」


 俺はそういってスレイプニルをインベントリ・バッグの中に納めた。


「うお! 馬が消えただ!」

「魔法だで!」


 さすがに苦笑してしまう。確かに庶民には非常に珍しい代物だろうからな。


「そうだよ。魔法の鞄だ」


 俺はトリシアたちのゴーレムもインベントリ・バッグに仕舞う。


「殿様は高名な魔法使いスペル・キャスター様で?」


 俺は内心苦笑してしまう。


 殿様かよ。まあ、貴族だし、領主だから殿様と言えないこともないけどな。


「まあ、魔法は使えるけどね」


 俺がそういうと下男たちは納得したようだ。



 下男たちから離れ、仲間たちと門へと向かう。


 門の手前までくると、左右の門番が槍を交差させて俺たちの行く手を阻む。


「オエドの城に何用か? まずは名乗られよ」


 ふむ。何らかの様式があるのだろうね。とりあえず名乗るとしよう。


「オーファンラント王国トリエン領主、クサナギ・ケント辺境伯である。筆頭老中タケイ・マサノブ殿からの招請を受けて参上仕った。登城を許可されたい」


 周囲が江戸っぽいので、俺はつい古めかしい言い回しをしてしまう。

 すると、門番は槍を元にもどした。


「クサナギ様であらせられますか。通達は受けていますので、どうぞお通りください。城内に入りまして、右手の座敷にいる女官にお話下さい。その者が老中の所までご案内致します」


 俺は無言で頷いて了承し、門の中へと進んだ。


 今までの他国の対応とは違う部分に興味を抱く。


 今までは大抵の場合、馬車が迎えに来たりしてパレード状態になるのが普通だったもん。自分で歩いていくのは初めてだよ。


 上様と呼ばれる王様の権威を示す意味があるんだろうと俺は判断する。


 フソウ竜王国は、西側諸国でも軍事大国だそうだし、強国としての権威を守るのは当然の事だろうからね。



 城門内の石畳を進み、城の正面玄関までやってきた。

 玄関前には六尺棒を装備した侍が、左右に三人ずつ、計六人、門番として警備をしている。


 城門を通されているので誰何すいかされることはなかった。ただ、屈強な六人の侍にはジロリと見られたよ。


 一応、マップ画面の検索で彼らのレベルを調べてみたが、三五レベル前後だったのでフソウでも腕利きの侍たちなのだろう。


 玄関でブーツを脱いで廊下に上がる。


 確か右手の座敷にいる女官に話しかけるんだっけね。


 右手の襖は開いていたので中を覗く。

 中に綺麗なあわせ着物を着た女性が四人ほど正座している。


 物騒な事に、彼女らの身体の横には、それぞれ薙刀が置かれていたりする。


「あのー……クサナギと申しますが、筆頭老中のタケイさんに呼ばれて来たんですけど……」


 凛とした感じの美人に話しかけるのは慣れていないので、つい卑屈な喋り方になる。


 それを見たウチの女連中は顔を見合わせている。ハリスが後ろを向いて肩を震わせているのは言うまでもない。


「やはり、ケントは女に弱いのじゃ」

「確かにな。しかし、私たちへの反応が普通なのが大いに解せぬ」

「私たちは特別なのですよ!」


 うっせい。もう、お前らには慣れたよ!


「クサナギ殿でございますね。伺っております」


 一人の女性が薙刀を手にスッと立ち上がる。そして俺の横を通り過ぎて廊下へと出る。


「こちらへ。ご案内仕ります」


 武家の女性って感じですが、いつも武装してんのかな。城内はそんなに危険なのか?


 女性の案内で城内を進む。


 オエド城は、江戸城と違ってちゃんと天守閣がある。地上五階建てだね。


 マップによれば地下も三階まであるっぽい。非常用の脱出路は地下三階から西方向にあるようだ。


 俺たちが進んでいる廊下は天守閣を取り囲むように立てられた外郭の建物で、城と外郭は北と南にある渡り廊下で繋がっている。


 外郭と天守閣の間の空間は中庭だが、ここには五人組の警備の侍が数チーム巡回している。中々厳重な警備体制だな。

 それと、天井裏などにも白い光点があるね。オニワバンの忍者だろうか。


 外郭は警備の侍が詰めている場所が大半らしい。要所要所で女官が説明してくれるので助かるね。


 警備の侍たちは、各領主からオエド城を守護するために送られてきているらしく、それぞれ屈強な者たちだそうだ。


 南の渡り廊下を進んで、天守閣に入る。


 天守閣の一階は、各地からやってくる諸侯たちの控えの間などがあるらしい。他にも台所奉行が城の料理を仕切っている場所なんかもあるそうだ。


 二階はマツナエ城下の政を決めるための役職の者たちが詰めており、会議などが頻繁に行われる場所だという。


 女官に案内される俺たちとすれ違う立派な着物姿の侍たちが無言で頭を下げてくるので、俺もそれにならって頭をさげておく。


 三階に上がる。

 この階は所謂、大奥だ。上様のお声が掛かるのを待っている女官たちの園。

 上様のお世継ぎを産むために、各地からやってきた美女が集う聖地と言えよう。

 案内の女官によれば、二〇〇人からの女官が詰めているそうだ。


 まさにハーレムだねぇ……羨ましいような羨ましくないような……二〇〇人もいたら身が保たない気がするが……。


 ちなみに、老中のタケイの執務室があるのはこの階にあるらしいよ。

 といっても、大奥とは隔離された場所なので、女っ気はなさそうだけど。


 長い廊下を進み、ようやくタケイの執務室へと到着した。


 女官は、膝を突いて薙刀を床に置き、襖の締まった執務室の中に声を掛けた。


「タケイ様、クサナギ殿をお連れ致しました」

「おお! お入り頂いてくれ!」


 中からの声に頷いた女官が襖を静かに開ける。


「どうぞ、お入り下さいませ」

「案内、ありがとう」


 俺は仲間と一緒に開けてもらった部屋の中に入る。


 中には正座で座っている豪華な着物姿の初老の男がいた。

 眼光は鋭く、鷲鼻の男は、俺たちをジッと見た後に、頭を下げた。


「わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」

「えーっと……タケイさんですか?」

「は、私がタケイ・ツカサノカミ・マサノブと申します」


 俺は一応、タケイの前に彼と同じように正座した。


「オーファンラント王国、トリエン領主クサナギ・ケント辺境伯と申します。お初にお目にかかります」


 相手が下手に出ているので、俺も丁寧な対応をしておこうかな。


「オーファンラント……聞いたことのない名前ですが……」

「ああ、そうですね。フソウはティエルローゼの最西端ですよね? オーファンラントは最東端にある国です」

「なるほど……救世主様が東側に行かれたという伝説は真でありましたか……」


 いや、それはシンノスケね。


「それは俺ではないです。確かに大陸東部でも、救世主であるシンノスケが東側に来ていた記録にありますが」

「クサナギ様は、南側の蛮族たちを平定したとお伺いしておりますが」

「ああ、それは俺たちがやりました。俺だけの力じゃありませんけどね」


 タケイは横にある書机から一枚の書類を取り出す。


「こちらを御覧ください。蛮族たちは彼の地を『エンセランス自治領』と銘打って、我が国にも書簡を送ってまいりました」


 受け取った書類に目を通すと、蛮族の地を任せてきた監督官マムークの署名が書かれていた。


 この地は新たなる救世主ケント・クサナギの斡旋により、古代竜が治める地『エンセランス自治領』となった旨を通達すると書かれていた。


 うわー、俺を救世主として高らかに宣言したのかよ。これは言い逃れできねぇ……


「うーん……俺は救世主じゃないんだけどなぁ。まあ、彼らがそう認識しているのなら救世主なのかな……」


 俺は困った顔で仲間を見る。


「ま、彼らにとって、ケントは救世主と同じなのだろう」


 トリシアも肯定するような事を言う。

 トリシアは、日々鬱屈していた彼女を再び冒険者の道へ戻した俺を救世主と思ってるのかもな。ちょっとくすぐったい。


「我にとって、ケントは初めて会った瞬間から救世主じゃったぞ! 我を仲間にしてくれたしの!」


 マリスもニッコリ顔だ。あの時、マリスは苦戦してたからなぁ。妙に心配な雰囲気の娘だったからねぇ。今でも時々心配ですが。


「当然です! ケントさんはマリオン様、アースラ様に選ばれた勇者なのですから、救世主と同じなのです!」


 アナベルまで。まあ、最近、アナベルは俺を崇拝してるんじゃないかという疑いもあるが。変な宗教化しないで下さいよ?


「ケントは……まさに……救世主……だ」


 ハリスが爽やかな笑顔を俺に向けてくる。ティエルローゼに俺が転生してきてから、ハリスは何故か俺の仲間としてずっと隣にいてくれた。彼にそう言われると嬉しい気持ちが湧いてくる。


「やはり、貴方は救世主様の再来という事ですな」


 タケイも笑った。鋭い目つきのクールな男がニッコリと破顔すると、中々爽やかな顔つきだった。


 こっちの顔が素のタケイ・マサノブなんじゃないか?

 政を差配する重圧で、いつも眉間に皺が寄ってるから目付きが鋭くなってるだけなのかもしれない。


 俺は、この男からの頼み事を何となく聞いてやりたくなってきた気がしていた。

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