第20章 ── 第36話

 俺たちはモギ・フウサイと代官ズシ・サマノスケと共に、代官所へと連れて行かれた。

 二つあった籠のうち一つは空籠で、そっちに俺は乗せられて運ばれたんだけどね。


 代官所の一室で、俺たちは接待を受けた。

 料亭でもないので簡単な料理だったが、切実な誠意を感じさせる。


「さっきの蔵町の事件はどうなるんです?」


 俺は、途中で連れてこられてしまったので気になっているんだ。


「ああ、それは大丈夫でござる。部下の者にしっかりと詮議するように申し渡した故」


 この代官は妙に芝居がかった喋り方するね。「ござる」とか。


「クサナギ殿はルクセイド領王国よりいらしたそうですが」

「ええ、そうです。蛮族の地を通って来ました」


 モギに聞かれて素直に応える。


「なるほど。蛮族の地の平定、誠にあっぱれな手腕です。何やら古代竜様をお味方に付けられたとか……」


 随分と詳しい情報持ってるじゃねぇか。さすが御庭番……


「ええ、まあ。知り合いのツテがあったもので……」

「他にも古代竜様のお知り合いが……流石でございます」


 うーむ。何を言いたいのかサッパリわからんな。腹のさぐりあいは少々胃にもたれるな。


「で、何が知りたいんです? はっきり言わないのが美徳なのかもしれませんがね、こう遠回しでは話が一向に進みませんよ」


 俺はそう言うと出された酒をグイッと呷る。


「も、申し訳ありません。クサナギ殿がどのような真意で我が国へ参られたのか……あ、いえ……職業柄、つい」


 まあ、怪しい人物を調べたり、情報を集めたりするのが仕事なんだし、判らんでもないが。


「俺はね、この国が米の産地だと聞いて、米や味噌、醤油を買いに来ただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」


 あまりにも平凡な答えにモギも代官もポカーンとしてしまう。


「そ、それだけなのですか……?」

「他に何が?」

「天下泰平のためとか……」

「何それ。何で俺がそんな面倒な事をしなきゃならんの?」


 政は支配者の仕事だろうが。外注する気満々か?


「しかし、貴方様は救世主……」

「そこかしこで、そう言われているようだけどね。俺は救世主じゃない。確かに西方諸国で有名な救世主のシンノスケとは同郷だよ。だからって俺まで救世主扱いはどうなんだって話だよ」


 俺は少し自棄やけ気味に料理に箸をつけた。


「もちろん、困っている人がいれば助ける。それは冒険者として、人として当たり前の事だ。

 だが、それ以上の世界の安寧やら天下泰平やらは、全ての人類が協力して築き上げるものだろう。勇者や救世主一人に押し付けていい問題じゃなかろうが」


 吐き捨てるように言う俺に、モギや代官のズシは冷や汗を流しながら苦笑している。


「ま、正にその通りでござるな……」

「ええ、救世主様の正論、返す言葉もありません……」

「ちょっと言い過ぎたかもしれないな。そこは謝る。

 まあ、一生懸命頑張ったけど自分たちではどうしても解決できない、どうにもならない事とかいう問題なら、力を貸す事は吝かじゃないよ」


 あまり突き放しても可哀想なので、俺は少し態度を軟化させる。


「おお、その事でございますが、筆頭老中タケイ様は北にある国で起こっている問題を解決する手立てを上様に考えるように仰せつかっておいでです」

「北の国? トラリア王国って所の事?」

「その通りです。トラリアは我がフソウと婚姻関係を持つ国。そのトラリアにて大干ばつが発生しております」


 自然災害は俺の管轄じゃ……いや、精霊に頼めば何とかなるかもしれないか。


「その地は太古の昔から我が国同様、古代竜様が守護しております」

「ほう。どこの竜じゃ? 我は聞いたことない話なのじゃが」


 竜の話になったのでマリスが話に割って入ってきた。確かにドラゴン関係の話なら彼女を入れておくべき案件だ。


「こちらのお嬢様は……」


 モギが、どうみても一〇歳ほどの子供が口を挟んだので、少し困った顔になった。


「ああ、彼女はマリストリア・ニルズヘルグ。の古代竜ニーズヘッグの一族だよ。怒りを買うと国が滅ぶよ」


 俺がそう紹介すると、マリスは得意げに胸を張る。


「ケント、その紹介の仕方はちょっと物騒じゃぞ?

 我はマリストリア。これは冒険者としての名前じゃがの。我は節度を弁えておる。そうそう国など滅ぼさんから安心するが良いのじゃ」


 モギと代官は顔を真っ青にして仰け反っている。


「こ、古代竜様が人に化身して人の世を旅するという話は……言い伝えで聞いたことがありますが……ほ、本当の出来事だったとは……」


 モギが話してくれた所によると、フソウ竜王国が建国された時に関わったある人物が、自分の事を古代竜だと言っていたそうだ。


 その人物は底抜けの魔力と剣技によって、フソウの地に蔓延はびこっていた魑魅魍魎たちを調伏し、建国を助けた。


 彼の名前はセイリュウ。


 それ以来、フソウは竜を崇拝する国となった。もちろん、神界の神々も信仰しているが、もっと身近な存在として古代竜を崇拝しているのだという。


 ここで青龍伝説ですか。青龍と言えば、四神としては東の護りだと思うんだが、ティエルローゼでは逆なのかね?


「おー、セイリュウ。名前は聞いたことあるのじゃ」

「ご存知でございますか!?」

「うむ。カリスから離反した時、神々に味方した者であろう。我らドラゴンは戦いを好むでの」


 生みの親に敵対するとか、反抗期だったのだろうか。


「よもや、この国の建国にまで関わったとは初耳じゃったがの」


 前にマリスに聞いた話では、ドラゴンはあまり下界には出てこないって話だったんだが。ドラゴン同士で異空間作り出してバトル・イベントを開いているそうだし。


 こういう伝承を聞く限り、マリスみたいに下界に降りてくるドラゴンは少なからずいたという事か。

 今現在はマリスとエンセランスくらいなのだろうか? もしかすると、人知れずドラゴンが歩き回ってたりするかもしれないなぁ。


「で、トラリア王国を護ってる竜ってのは? 大干ばつとか天変地異なのに出てこないの?」

「それでございます。詳しい話はタケイ様にお聞きになっていただければと思います」


 確かにな。呼んでいるのは筆頭老中のタケイとかいう人らしいからな。


「ふむ。じゃ、早急にそのマツナエという所に向かうべきだな」

「ありがとうございます!」


 モギは嬉しげに平伏した。代官もそれに倣う。


 ここからマツナエという地方は三四〇キロメートルほど南に下った所だ。


 そこにオエド城というのがある。


 シンノスケ……名前がひでぇな。このネーミングセンスはシンノスケだろ? 青龍が建国した頃ならこんな名前にはならんだろうしな。


 三四〇キロなら、騎乗ゴーレムで一日で行ける距離だな。多少目立つが宰相から呼ばれたのだし、御庭番の頭領も敵ではないなら目立っても問題ないだろう。



「それでは、俺たちはマツナエに向かうね。オエド城って所に行けばいいのかな?」

「は、その通りでございますが……」

「何か問題でも?」

「いや、その出で立ち、銀の馬……問題はありますまい。我らも速やかに後に続く所存なれば、ご随意に往かれますよう」


 モギとその配下の二人の忍者が、騎乗ゴーレムに乗った俺たちを見送ってくれる。


 彼らは徒歩移動なのかね? 徒歩だと急いでも一週間は掛かりそうだけど。

 実際、キノワ城下を出ておよそ一週間ほどで、モギに出会ったんだしね。


「よし、出発だ! スレイプニル、襲歩ギャロップ!」


 スレイプニルが俺の命令を受けて、風のように代官所を飛び出した。白銀、ダルク・エンティル、フェンリルもそれに続いた。


 時速八〇キロほどの速度なので、四~五時間程度で首都マツナエに行ける計算だ。地形や道の状況によっては、一~二時間くらいはズレが出るかもしれない。


 現在、一〇時三〇分。夕方までには到着するかな?


 風のように走る騎乗ゴーレムの集団は圧巻だろう。

 流れるような風景の中で、腰を抜かして驚くフソウの民たちを見ることができた。


「この速さで走るのは久しぶりだ」

「そうじゃな! 初めて乗った時以来かのう!」


 後ろから、トリシアとマリスの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 そういや、帝国に出発する前、二人が一晩中帰ってこない事があったな。


 ハリスは、これほどの速度で走るのは初めてだけど大丈夫かな?


 チラリと見るとハリスは余裕で白銀を乗りこなしてた。やっぱりイケメンなので絵になります。


 ちなみに、アナベルは例のごとく俺の後ろでタンデムです。後でアナベルにも作ってやらなきゃな。いつまでも俺の後ろでは……背中が幸せなので俺としては寂しいんですけどね。



 いくつもの宿場町を猛スピードで通り抜ける。


 事故が起きそうなスピードだが、そこは騎乗ゴーレムなので、事故が起きないように回避や軌道変更をしてくれるので、非常に安全です。



 ちなみに、後々、この街道筋では疾走する「疾風はやて小僧」という天狗妖怪の伝説がまことしやかに噂されるようになる。



 マツナエに到着したのは、午後四時二〇分頃だった。


 王都マツナエの入り口は門があり、関所のようになっている。


「止まれ! 通行手形を見せるように!」


 関所の役人が俺たちを止め、通行手形の提示を求めてきた。

 しかし、俺たちは通行手形など持っていない。


 なので身分を証明できるものとして、ルクセイド領王国発行の通行許可証を取り出して見せた。


「ルクセイド領王国の者か?」

「いや、オーファンラント王国のクサナギ・ケントです。その通行許可証に書いてあるでしょう?」


 ルクセイド領王国の文字なので役人には良くわからないようだ。


「この文字を読める者はいるか?」


 役人は同僚たちに声を掛けている。何人かが集まってきたが、やはり要領を得ない。


「困ったな。この文字は我々には読めぬ」


 役人たちは困り果ててしまう。


「一応、御庭番のモギ・フウサイさんに言われて城のタケイさんを訪ねろと言われているんですがね」

「オニワバン? モギ……? そちらの名前は知らぬが、筆頭老中タケイ様のお客人なのか?」


 俺は頷く。


「おい、タカツ。イチジョウ様の所に確認に行ってくれ」


 役人の同僚の一人が走っていく。頑張れタカツさん。

 すぐに、関所の陣屋から少し立派な役人が、タカツさんと慌てて走ってくるのが見えた。


「タテバヤシ! クサナギ様がお着きというのは確かか!?」

「はっ! イチジョウ様! こちらの方が、クサナギ・ケントと申すようです」


 イチジョウと呼ばれた役人は、息を切らして俺の所までやってきた。


「ク、クサナギ・ケント様ですね。お待ちしておりました……」

「お疲れ様です。王都に入っても問題ないですかね?」

「も、勿論です! どうぞお通り下さい!」


 俺は再びスレイプニルに飛び乗って、仲間たちと王都マツナエの中に入っていく。


「イチジョウ様、あの方は何者なのですか?」

「あの御方こそ新たなる救世主様だ」

「なんと! とうとう救世主様がお戻りに!?」

「詳しくは知らぬが、御老中のタケイ様から各奉行所、役場、関所全てにお達しがあった」


 後ろからイチジョウさんたちの会話を聞き耳スキルが拾ってくる。


 どうやら国を上げて俺を救世主として祭り上げようとしているようだ。変な責任を押し付けられると困っちゃうな。

 今後、どこに行くにしても正体を隠して旅をしようかねぇ。

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