第20章 ── 第35話

 番屋は宿町付近の裏手にあるらしく、またもや俺たちは来た道を戻る。


「それで……お前さんたちは、どちらから来たんで?」

「キノワ城下町の方からだ」

「へぇ……キノワですかい……」


 岡っ引きらしい男は、納得したようなしないような曖昧な顔つきだ。


「見た所、冒険者なのは間違いなさそうだな」


 岡っ引きはジロジロと俺や仲間たちの装備を確認している。


「お前さん以外は外国人のようだが」

「俺も外国人だよ」

「そうは見えねぇが……」


 まあ、俺の顔はフソウあたりで現地人で通りそうな平凡な日本人顔だからな。


「名前はなんておっしゃるんで?」

「おい、お前。まずは自分が名乗るべきじゃろうが。ケントに失礼じゃぞ!」


 マリス……自分から名前をバラすスタイルですか?


「お、そいつは失礼。俺はタツノスケと言うんだよ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんではない! マリストリアじゃ!」

「ああ、マリストリアちゃんか。で、こっちの旦那がケントさんと」


 誘導尋問に引っかかってるなぁ。中々の手腕です。

 ま、隠すつもりもないんで構わないが。


「で、タツノスケさん。あんたはお手先だろ? なんでこんな事件を起こすようなヤツが野放しになってんだ?」

「いやぁ……マツタロウさんは庄屋さんの息子さんだからねぇ……」


 ふん、身分で罪が出たり引っ込んだりするんかよ。ルクセイドとはえらい違いだな。

 ま、これがティエルローゼの国々の中では標準的なのかもしれんけどな。オーファンラントもそうだろうし。


 犯罪を取り締まるヤツらが、支配層や金持ちに忖度して罪を無かったことにするなんて事は、中世的な世界のティエルローゼでは日常茶飯事だし、罪のない者を罪に落とすのも領主や代官にはお手の物だ。


 そういうのを放置しておくなんて俺にはできない。それで立場が悪くなろうとも、俺一人になっても抗ってやる。



 宿町の番屋に到着した。

 二〇畳ほどの広さの番屋には、小さな牢屋、刺股や突き棒などの捕縛道具が完備されている。奥に四畳半ほどの広さの畳敷きの場所があり、囲炉裏のようなものが真ん中に据え付けてある。


 番屋の留守番、俗に「番太郎」と言われる男が、その座敷に胡座をかいて座っており、囲炉裏に掛かったヤカンのお湯でお茶を入れて皆に配った。


 マツゴロウは土間に降ろされたが、牢にぶち込まれる気配はない。


「旦那方、しばらくお待ち下さい。ミズノの旦那がそのうちやって来まさぁ」


 ミズノの旦那ってのは、この地の代官所に付随する同心らしい。大きな町ではないので奉行所のようなものは存在せず、代官所の片隅に治安を守る同心などが詰めているのだそうだ。


 大抵の事件は、代官所のお白州しらすなどで裁判を行うのではなく、番屋で同心が簡単に取り調べて、罪状が決定されるそうだ。


 という事は……同心の胸先三寸で罪一等が決定してしまうわけか……汚職が蔓延しそうなシステムですなぁ。



 しばらくすると、黒羽織の侍がやってきた。こいつがミズノとかいう同心だろう。


「何やら事件だと聞いたが?」

「へい。ミズノの旦那。どうやら庄屋さんとこのマツタロウさんが、娘っ子を手篭めに……」

「またか。いつものように処理すればよかろう」


 またかだと? という事は、今までコイツの犯罪を放置していたのか!?


 俺の怒りにまた火が付きそうになる。


 同心は、俺たちに目もくれなかった。まるでいないかのような態度だ。


 ゴゴゴゴゴゴ……俺の身体から黒いオーラが出るほどの怒気が溢れ出す。


「ひっ!」


 その途端、庄屋のマツゴロウが息を呑む声が聞こえた。


 それに気付いたのか、同心がマツゴロウに目をやった。


「おお、庄屋殿。どうしてこんなところに?」

「は、はい。うちのバカ息子が事件を起こしたらしいので、番屋まで付いてきました」


 マツゴロウの視線の先に同心のミズノは目をやる。


「随分とヒドイ状態だが、何者がこんな事を?」

「はあ……そ、そちらの冒険者の方々が……」


 同心はようやく俺たちの方に目を向けた。

 そこにいた俺を見た途端、同心が一歩後ずさった。


「な、な、な……その方たちは何者だ!?」


 俺の怒気を感じ取ったのか、ミズノはガタガタと震えて刺股とかを立て掛けてある壁にぶつかっている。


「俺は、クサナギ・ケントだ。旅の道中、女を殴り組み伏せていたそいつを捕縛した。少々手荒に扱ったが、そいつの罪は明白だぞ。それを裁かぬなら、俺にも考えがある」


 俺が言い放つと、ミズノは顔を青くする。


 いつもなら止めるトリシアたちが静観を決め込んでいるので、誰も俺を抑制できない。


 威圧スキルの乗った俺の恫喝に同心も抗いようがない。


「ま、待て……待つのだ! せ、詮議はしっかりやる!」


 俺からのあまりの怒気に、同心のミズノも折れたようだ。


 俺が怒気を和らげ、威圧スキルも解除すると、周囲の凍った空気が氷解した。

 すると、庄屋や岡っ引きや手下などが、安堵と共に地べたに座り込んでしまう。

 同心のミズノも何とかこわばった身体から力を抜いた。


「凄まじい剣気ですな。クサナギ殿と申されたか……ん? クサナギ?」


 ミズノの顔が、青から赤に変わっていく。どうも興奮しはじめているようだ。俺にそんな趣味はないぞ?


「ちょ、ちょっとお待ちを! クサナギ殿、こちらで少々お待ち頂けますでしょうか!?」


 何やら慌て始めたね?


「タツノスケ! この方たちに失礼のないように! いいか、必ずここでお待ち頂くのだぞ!?」


 ミズノはそういうと、バタバタと雪駄の音を立てて走っていってしまう。


「ミズノの旦那はどうなさったのだろか? あんな旦那は初めて見る」


 岡っ引きのタツノスケはポカーンとした感じで言う。


「何なんだろうね?」


 俺は仲間たちに振り返る。


「さあな。何か重大な事でも思い出したんじゃないか?」


 トリシアも肩をすくめている。


「ま、あやつが戻るまで待つとするのじゃ。ケント、あの平べったいお菓子を出すのじゃ。この茶にはあれが合うからの!」



 番太郎がお替りのお茶を持ってきたので、俺はインベントリ・バッグから煎餅の袋と木皿を取り出して、マツゴロウやタツノスケ、その配下にも配ってやった。


「こいつはどうも。やはり、お茶にはこの煎餅ですなぁ」


 仲間たち同様、タツノスケたちも嬉しげに煎餅にかじりついた。


 さっきの冷たい雰囲気が一気に和む。さすが日本茶だね。被害者の女性も少し微笑みが戻ってきたようだ。


 マツタロウは……相変わらず白目を剥いてますな。



 しばらく……といっても二時間も待たされたんだが、外に籠が二つもやってきた。

 その周囲には、侍が一〇人以上、それと侍とは少々違うが、三人ほどの人物。


「こちらに、クサナギ・ケント殿がおられると聞いて罷り越した」

「クサナギは俺だが」


 口上を述べた侍の前に行くと、侍が脇に避ける。


 籠の扉が開かれ、立派な着物姿の人物が降りてきた。陣笠を被っている所を見ると、それなりの身分なのかも。


「お初にお目にかかる。アキヌマ代官、ズシ・サマノスケでござる」


 アキヌマの代官だと?


 その後ろから、もう一人現れた。こちらも着ている服からは何者か想像はできない。なんていうか……着物に袴で、羽織はなし。時代劇で見る医者みたいな感じだな。他の二人の正体不明のヤツらも彼の後ろに控えている。


「モギ・フウサイと申します。筆頭老中タケイ・マサノブ様から、貴方たちをマツナエまでお連れするように仰せつかっております」


 筆頭老中って誰?


 少々、困惑して俺は仲間たちの顔を見た。


 仲間たちも何が何やら判らないといった感じだ。


「で、モギさんと言いましたか……そのタケイさんが俺たちに用があるんですか?」

「は。タケイ様は貴方様がたに失礼のないようにお連れせよと仰せです」

「どうして……?」

「貴方様が救世主様であらせられると仰せで……」


 その言葉に、周囲の人間全員が騒然となった。


「きゅ、救世主様!?」

「おお……とうとう救世主様がご帰還あそばされたか……!」

「なんと……お客さまは救世主様だったと……」


 あー、もう。救世主じゃないんだがな! 面倒クセェなぁ。


「いや、俺は救世主じゃないよ。ただの冒険者だ」

「いえ、救世主様の再来である事は、我々の調べで判明しております」


 む。各地で救世主などと呼ばれ始めた事を知っているだと?


「貴方は何者です?」

「は、私はオニワバンの頭領をさせて頂いております」


 御庭番だと! 忍者じゃねえか!


「という事は……忍者だよね……?」

「は、そう言われております」

「俺ら、ここから南東にある村で忍者集団に襲われたんだけど?」

「は。存じております……誠に申し訳ありません。配下の跳ねっ返りどもが蠢動したようにございます。そやつらに与した者たちは処罰するように既に下命してあります」


 そういうとモギ・フウサイは深々と頭を下げた。

 まあ、俺たちに被害はなかったし、謝罪をするなら許すけどさ。


「まあ、そのタケイさんが呼んでいるんじゃ仕方ない。アレだよね? 筆頭老中さんは、他の国でいうところの宰相閣下みたいなもんでしょ?」

「左様です。上様の意向を汲んで、政を采配する立場にございます」


 やっぱりね。という事は、上様とかいう王様と会う事になるんだろうか。

 どうも「上様」と聞くと、時代劇でよく見た「暴れん坊ジェネラル」を思い出すんだが。

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