第20章 ── 第34話

 マツゴロウとサノスケの案内で米蔵に案内され、大量に貯蔵されている各種銘柄の米を手に入れた。

 醤油蔵、味噌蔵でも樽単位で品物をゲット。

 醤油は濃い口、薄口、たまり醤油とあったので、全部買う。

 味噌には豆味噌、米味噌とあるが、麦味噌は無かった。もちろん、全部の種類を買いました。


 相当な量なのだが、インベントリ・バッグがどんどん飲み込んでいくのを見て、マツゴロウたちは驚いていた。


「それじゃ……はい。金貨三四〇枚ね」


 屋敷の上がりかまちで座りながら、金貨を取り出して床に並べる。


 サノスケが金貨の枚数を数え、マツゴロウは金箱に金を収めていく。


「確かに……三四〇枚、頂戴致しました」

「お買い上げ頂き、誠にありがとうございます」

「いや、また必要になったら買いに来るよ」

「その時はよろしくお願いします」


 二人が頭を下げたので俺は立ち上がった。


「それじゃ、用事も済んだし行こうかな」


 俺が仲間たちに振り返り言うと、頭を下げていた二人が慌てたように顔をあげた。


「も、もう出立してしまうのですか? 近年稀に見る大商いをさせて頂きましたし、一席設けさせていただきますが……」

「いや、それには及ばないよ。ちょっと急ぎ旅なんでね」

「左様ですか……」


 マツゴロウは残念そうだったが、有無を言わせず俺たちは外に出た。


 門を出て元来た道を戻る。

 宿町の宿の前を素通りして神社へと引き返す道を辿る。


「ヤブシラズの森の中を経由して北の国に出よう」

「フソウの追手を森でかわすのじゃな?」


 俺の言葉にマリスはピンと来たらしい。


「そういうことだ。さすがに神隠し伝説のある森を探そうとするヤツはいないだろ?」


 俺はマリスの考えを肯定する。大マップ画面がある以上、森で迷うこともないし、フェアリー・リングの位置も明確に解る。


「そうだな。私らなら問題なく抜けられるだろうしな」

「ケントさん、中々に姑息です!」


 トリシアが納得顔で俺に同意する。アナベルが人聞きの悪い事を言うが、その笑顔からするとポジティブな意味で言っているらしい。



 神社の階段を登りはじめて直ぐの事、俺の聞き耳スキルが何やらうめき声のようなものを拾ってきた。


 ふと、見ると横の林の下生えが乱暴に掻き分けられたような跡を発見する。


「……助けて……」


 か細い女性の声と共に、パシンと何かを叩くような音が聞こえてきた。

 俺は立ち止まると、その方向におもむろに向かった。


「ケント、どこに行く?」

「ちょっと待ってて」


 下生えを掻き分けて進む。少し進むと人影が見えてきた。


 その人影は女に馬乗りになった男の影だった。


 俺が来る音が聞こえたのか、男が振り返った。


「誰だ!?」


 近づくと、その男の顔に見覚えがあった。庄屋の前で俺たちに声をかけてきた若い男だ。


「誰だじゃねぇよ」


 見れば組み伏せられている女性は涙で顔を汚し、顔は殴られたような跡がいくつも付いている。


「テメェ……」


 俺の堪忍袋の尾が切れそうになる。


 俺は男の傍らまで近づき、胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「うぐっ! な、何をする! 俺を知らないのか!?」

「知らねぇな。俺の知り合いに女に乱暴を働くようなヤツはいない」


 俺が若い男を宙吊りにしたので、自由になった女性が着物を掻き寄せて俺の来た方向に逃げていく。


「お、俺は庄屋の息子だぞ!? こんな事をしてタダで済むと……」


──バシーン


「ブベッ……!」


 そこまて言った若い男の頬を強かに平手打ちをした。もちろん、手加減はしている。俺が本気を出したら、首から上がなくなっちゃうからな。


 攻撃対象のステータス・バーを表示しておけば、HP残量も解るので手加減もお手の物だ。


「お、俺は……」


──バシーン


「あぎゃ……」


「た、た、たひけ……」


──バシーン


「ぐぼ……」


 すでに若い男の頬は真っ赤に腫れはじめている。


「助けてと言われて、お前はあの女性を助けたか?」


「ひいっ!」


 すでに若い男は顔を恐怖に染めている。


「助けてと言われて素直に手を緩めたのかと聞いている」


 俺の目に異様な光を見た若い男が泡を吹き白目になってしまう。そして失禁……


 汚いなぁ……。ま、俺には掛からなかったからいいか。


 釣り上げた腕の力を緩めて男を地面に下ろすが、ヘナヘナと崩れてしまうので、胸ぐらを掴んだまま引きずって階段の方に戻る。


 仲間たちの元へ戻ると、逃げてきた女性を保護したトリシアたちが出迎えてくれる。


 状況を鋭く察した仲間たちは何も言わない。


「やれやれ、とんだ厄介事に遭遇しちゃったな」

「その男は何者じゃ?」


 俺に引きずられている男をマリスが興味深げに「伝説の剣」に似た棒でツンツンと突き始める。


「こいつは庄屋の息子らしいよ」

「ほう、門の前で会ったヤツだったか」


 トリシアが胸の前で腕を組んで男を見下ろしている。


「このまま放置して先を急ぎたい所だが……」


 俺はアナベルに毛布を掛けられて震えている女性をチラリと見た。


「仕方ないな。庄屋の屋敷へ戻るぞ」

「了解じゃ!」

「承り~」


 マリスとアナベルが笑いながら陽気に言う。


「ま、冒険者としては正しい判断だろうがな」


 トリシアも少し苦笑気味だ。


 トリシアの言いたい事は解る。厄介事に首を突っ込み、事態を大きくしてしまうのは性分といいますかねぇ……



 ズルズルと男を引きずりながら宿町を通り、蔵町へと向かう。


 その様子を道を行き交う人々が珍しそうに眺めている。


 道中、何やら十手のような物を持ったヤツが、俺たちを誰何しようとしたが、俺が眼を向けると口を閉じてしまった。

 その男と手下のような者たちが、遠巻きに俺たちに付いてくるのだが、俺は完全に無視して道を進んだ。



 庄屋の屋敷の門を入り、屋敷の入り口まで来た所で、引きずってきた男を玄関の中に放り込んだ。


──ドスン、ゴロゴロ……


 若い男はピクリとも動かずに上がりかまちのあたりまで転がっていく。


「キャーー!」


 ちょうど、廊下を歩いていた女中らしい女性が悲鳴を上げて奥へと逃げていった。


 すぐに悲鳴に気付いたマツゴロウとサノスケが跳んでくる。


「こ、これは……お客さま、いかがなされました!?」


 俺の姿に気付いたマツゴロウが慌てたようにやってくるが……


「え!? マツタロウ!? ど、どうしたんだ、マツタロウ!?」


 土間にボロボロになって転がっている若い男にマツゴロウが駆け寄った。


「女を襲っている所に行きあってな。マツゴロウさんの息子だというから殺さずに連れてきてやったよ」


 俺が冷酷な目で言い放つと、マツゴロウは顔を上げて震え上がった。


「息子が……女を襲っていた……?」

「マツゴロウさん、出来の悪い息子を持つと苦労するな」


 マツゴロウは息子に目を落として唸った。


「何というバカな事を……」


 すると、遠巻きに俺たちを付けてきていた十手持ちの男が、ズイッと前に出てきた。


「庄屋さん。この人はどちらの誰なんだい?」

「ああ、この方たちは冒険者の方です。米や味噌などをお求めに来たお客様です」

「ふむ。そんで、そのボロボロのがマツタロウさんで間違いないのかい?」

「ええ、これはマツタロウに間違いありません」


 マツゴロウさんに話を聞いた男は、俺に向き直った。


「で、マツタロウさんをこんなにしちまったのはお前さんで間違いないな?」

「ああ、犯罪者には手加減をする必要を感じないんでね」

「ちょいと、お前さんたち……番屋まで来てもらおうか」


 俺がジロリと男を見ると一瞬だけ怯んだが、なんとか持ちこたえたようだ。


「ああ、ご同道しよう。こんなヤツが町をうろついているようでは、この地域の治安体勢に問題があると思う。ちょっと文句の一つも言わせてもらおうか」


 逃げも隠れも自己弁護もしない俺に、男は少々、気圧けおされるているようだ。


「しょ、庄屋さん。あんたにも来てもらうぜ。マツタロウさんは……動けねぇな……おい、タケとゴスケ、戸板を持ってこい。マツタロウさんを乗せて番屋まで運ぶんだ。シンジロウ! ミズノの旦那を番屋まで呼んでこい!」


 男はテキパキと手下に指示を出す。


「んじゃ、付いてきてくんな」


 男が歩きだしたので、俺と仲間たちは付いてくことにする。マツゴロウも静かに付いてくるようだしな。


「心配ない。私たちに任せておけ」


 トリシアが、アナベルが連れている女性に自信たっぷりに言うので、女性はコクリと頷いた。


 ったく、こんなバカ息子がいたんじゃマツゴロウさんも苦労するだろうな。

 ただ、一人息子で甘やかして育てた感じはするなぁ。

 もし息子を擁護なんかしたら……俺、ブチ切れていいかな?


 そしたら、二度とこの辺りに米の買付にこれないかもしれんか。自重する所は自重するべきかな。

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