第20章 ── 第33話
翌日、午前中から庄屋さん宅を訪れる事にした。
宿から東の道を進んで、二キロほど行ったあたりが蔵町と呼ばれる醤油や味噌などを作る蔵が立ち並ぶ地域になる。
この一画に庄屋宅があった。
大きな平屋の日本家屋で、蔵町の蔵とは別の庄屋家個人の蔵が五つも並んでいる。
来る途中に農民たちに聞いた話では、ミヤウチサカイ周辺の田畑の半分は、この庄屋の土地らしい。所謂、豪農なのだ。
そんなお大尽なので、代々庄屋を任されているんだと。
庄屋宅に到着し、その大きさや立派さに感心していると、門から出てきた裕福そうな若者に誰何された。
「あんたら、こんな所で何をしている?」
「ああ、ここが庄屋さんのお宅だね?」
「は? 当たり前だろ。どこの馬の骨とも解らんやつが中を窺うような事をしていい場所じゃないぞ!」
何だコイツ? 随分と横柄じゃん。
「俺らは米とか醤油、味噌の買付に来たんだよ」
「ふーん。宿町で買えばいいだろ?」
宿町ってのは俺たちが泊まったミヤウチサカイの中心街の事だろう。
「いや、あんな小売の店で手に入る程度の量を買うつもりで来てないんでね」
「そうなのか。じゃあ、中に入ればいい。番頭のソウエモンが相手してくれるはずだ」
若者はそう言ってどこかへ歩いていってしまった。
「何だあいつは」
「さあな。大方、庄屋の親族か何かじゃないかね? 態度が妙にでかかったし」
これだけの豪邸を構える庄屋だし、金を持ってるヤツはああいう態度のヤツが多い。相手にしても疲れるだけなので無視に限る。
気を取り直して庄屋宅を尋ねることにする。
「ごめんください」
俺は庄屋宅の玄関の引き戸を開けて声を掛ける。
すると、パタパタと走ってくる音がして、小柄でヒゲのメガネを掛けた男がやってきた。
うーん。どうみてもノームですな。
ドワーフほどガッチリしてないし、背の高さはドワーフよりも少し大きい。ハリスの元仲間のダレルと似たような風貌だ。
「いらっしゃいませ」
ノームはそういうと、俺たちの姿形を見定めるようにジロジロと見てくる。
「どのようなご用件ですかな?」
「ああ、米や味噌、醤油を買い付けたいんだが、こちらに来れば買えると聞いてきたんだ」
「左様ですか、それでいかほど……」
そこまで言うとノームは何かを思い出すように思案顔になった。
俺はノームのそんな様子に気付いたのだが、構わず仕入れたい分量を伝える。
「そうだなぁ……米は何種類かほしいね。扱っているのは秋の娘だけじゃないよね? 他の銘柄も欲しいし、もち米なんかもあったら買いたい。それぞれ六〇〇キロほどあればいいかな?」
俺はさらに続ける。
「醤油と味噌もやはり何種類か欲しいね。これも、それぞれ五樽くらい……」
「しょ、少々お待ち下さい!」
そこまで言うと流石のノームも慌て始める。
「そ、それほど大量にお買い求めになりたいのですか!?」
「え? そうだけど?」
ノームは先程の怪訝な顔から無理やり笑顔を作った。しかし、あまりの大商いに冷や汗が滲んできている。
「六〇〇キロとおっしゃられますと、それぞれ一〇俵……種類にもよりますが、概ね一俵が金貨一枚、私どもが扱う銘柄は二〇を越えますが……」
「いいね。金貨二〇〇枚くらいか。割りと安めだな」
俺は嬉しくてニッコリ顔になってしまう。
俺の様子にノームは仰け反るが、そこで何かに気付いたような様子になる。
「あっ! 昨日の寄り合いで神主殿が言っていた……!」
「ん? 神主殿って?」
その時、奥から随分と恰幅が良い派手な着物姿の中年男が現れる。
「サノスケ! どうした、大声など上げて」
「あ、旦那様! 米や味噌、醤油などをお買い求めにお越しになられた方がいまして」
サノスケと呼ばれたノームの言葉を聞きつつ、旦那様と呼ばれた男は俺たちを値踏みするような視線を送ってくる。
その視線は俺とハリスをぞんざいに見た後、トリシアやアナベル、マリスを舐めるように見た。
「で、どうした?」
「はい。各種銘柄を一〇俵ずつ、醤油や味噌なども銘柄事に五樽ほど……」
それを聞いた男も驚きの顔つきになる。
「それはそれは……」
途端に旦那と呼ばれた男の顔がガラリと一変した。
「おい、サノスケ! お客様をこのような所で立ち話させてどうする。奥の座敷へご案内しなさい!」
「はい! 只今! さ、皆様、どうぞお上がり下さい」
俺たちは、ノームのサノスケに案内されて、屋敷の奥へと通された。
奥座敷は五〇畳ほどもある大きな部屋で、中庭の日本庭園が美しく見える部屋だった。
襖で分けられている隣の部屋も似たような広さだと思われる。
襖を取り外したら一〇〇畳もあるのか思うと、中々立派な奥座敷と思う。
壁には、水墨画に似た掛け軸が掛かってるし、違い棚などもある事から、書院造ってヤツだろう。
すでに秋も深まった季節なので、中庭の植木が紅く染まっている。
案内してきたサノスケが奥座敷から離れ、しばらく待たされる。
「随分とデカイ部屋だな。庭は立派なようだが」
「何か落ち着かんのじゃが」
トリシアが部屋や庭を見回し感想を言う。マリスは何かソワソワしていて落ち着きがない。
「この座敷は多分、書院造っていう建築様式だね。古い時代に好まれた建築様式だと習った事があるよ」
「ケントさんの故郷のですか?」
「そうだよ。多分、救世主のシンノスケが広めたんだろうね」
少し待つと、かなり派手な着物姿の女中さんたちがお茶などを運んでくる。
「お待たせして申し訳ありません。ただいま主人はお客様をお迎えするのにふさわしい身支度をしておりますので……」
主人って言ったか。ということは、この女性が奥さんか? 中々綺麗に飾り立てられている。
表情が能面のようなのは頂けないが、美人といって差し支え無さそうではある。
奥さんの他の女性も綺麗な着物で、やはり美人揃いだ。
まさか、全員奥さんなんて事はないよな? 一応、この世界は一夫多妻制の国が多いからな。
奥さんらしい人たちが屋敷から出ていって直ぐに、先程の旦那様と呼ばれていた男がやってきた。
「お待たせして申し訳ありません。少々、着替えに手間取りまして……」
「いえいえ、お構いなく」
庄屋らしい中年男は、先程の派手な着物ではなく、しっくりと落ち着いた感じの着物に着替えてきていた。
落ち着いているといっても絹織物の豪華な着物には違いがない。
「この地域の庄屋を拝命しておりますムラヤ・マツゴロウと申します。米などをお求めに参られたとお聞きしましたが」
「ええ。先程もノームの……サノスケさんにも言ったけど、米、醤油、味噌を買いたいんですよ」
俺はさっき言った注文を庄屋に繰り返して伝える。
「なるほど……かなりの量になりますね。銘柄毎に価格もマチマチではありますが……」
マツゴロウはソロバンを取り出すと、パチパチと計算をしはじめる。
「些か値は張ることになりますが……この程度でどうでしょうか?」
ソロバンには「三四〇」の数字。
「一俵が金貨一枚ほどだと聞いてますが?」
「はい。大抵の米はそうです。ですが、銘柄の中には王家献上の銘柄もございますし、非常に高級なものもあります」
確かに御用達銘柄なら高くても仕方ない気もする。
「この金額には味噌や醤油も含まれているわけですね?」
「そうでございます」
「よし、買った。美味いものが手に入るなら安いものだ」
俺が即決したことに庄屋のマツゴロウは驚いている。
「全銘柄の米だけで一二トンにもなりますが、どちらにお送り致しましょうか?」
「あー、輸送してくれるって事? いや、そういう手間は要らないし、心配しなくていいよ」
マツゴロウは益々驚いたが、段々と怪訝そうな顔つきに。
「お客様方だけでお運びになるのでしょうか?」
「ああ、俺が全部運ぶよ」
「御冗談でしょう」
「いや、冗談だじゃないよ」
マツゴロウは益々訳がわからないという感じだ。
「付かぬことをお聞きいたしますが……」
「え? 何?」
「ヤブシラズの森から出ていらしたというのは……」
「ああ、俺たちだね。宮司さんから聞いたのかな?」
「グウジ……? ああ、神主様の事ですね。お客様は随分と古い言葉をお使いになられますね。そうです、そうです」
宮司は神道において、神社の一番偉い人の呼び名だ。「神主」という呼び名は、お寺の住職さんを「坊さん」と呼ぶのと似ている。
フソウでは「神主」が正式な名称になっているようだね。シンノスケは「宮司」の方で呼んでいたのかもしれないね。古い言葉っていうくらいだからな。
「一応、俺たちは冒険者でね。便利な道具を持っているんだ」
俺はそういってインベントリ・バッグを叩いた。
「なるほど、
ようやくマツゴロウは納得した顔になる。
この世界で
「それと……昨日の昼過ぎの話になりますが、この地域を治める代官所から役人がやってまいりまして」
「役人が?」
「米の買付に冒険者が来たなら丁重にもてなし、報告を上げるようにと仰せだったのですが……」
「ん? どうして?」
まさか、あの村の現場から足が付いたかな? 役人は中央政府の命令で動いたんだろう。多分、冒険者とは俺たちのことだ。
確かにアキヌマへ向かっている事などを話した記憶があるからな。そこから情報がこっちに伝わった可能性は高いな。
俺たちを捕縛する事が目的なら、こんな所でグズグズはしていられない。早めに商談を取りまとめて、とっととずらかるとしますかね?
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