第20章 ── 第32話
社務所で宮司さんに色々と話を聞く。
ミヤウチサカイは、約七〇〇年ほど前に何年にもわたり干ばつに見舞われ、長い間飢饉に苦しんだ。
この周囲で作付けた農作物は殆どが枯れ果て、ようやく実った貧弱な農作物は飢えた動物により食い荒らされたりもした。
神々の怒りを買い神罰を受けているという噂が囁かれ始めた頃、当時は「帰らずの森」と言われていたヤブシラズの森から怪我を負った大男が現れた。
村人も飢餓により多く死んでいったが、当時の村人はその大男の怪我を手当し、そして看病した。
男の生命力は非常に強く、なんとか一命を取り留めることができたそうだ。
その男こそ、後々西側諸国で救世主と呼ばれた男である。
ミヤウチサカイは、命を救われた男が不毛な大地を開墾して一大稲作地帯に変えた地方なのだそうだ。
「救世主様は愚かな我々人間に天の神が送ってくれた使徒に違いないと言われています。救世主様がお姿をお隠しになった後、村人たちによってこの社が建立されたのですよ」
この神社のご本尊は農作物の神ウカノミであり、シンノスケも同じく祀られている。
「あー、聞いた事があります。その話はルクセイドの冒険者も話していました」
「左様ですか。救世主様が農耕によって人々を救い始めたのが、まさにこの地からと言われておりましてな。救世主伝説で一番有名な話ですからな」
救世主であるシンノスケが稲作を始めたのがこの辺りなんだなぁ。そう考えると興味深いね。
社務所の縁側から眺められる田んぼ地帯は広大で、整地するのにどれほどの時間が掛かったのやらと思うほどだ。
もちろん、シンノスケが姿を消した以降、近在の人々も必死に開拓したのだろうけど。
そんな経緯で村は発展し、今では町ほどの人口を抱える一大穀倉地帯となったわけだ。
「この菓子は美味いのじゃ」
「小麦とは一味違うな」
「菓子なのにしょっぱいのです。甘くないのです!」
食いしん坊チームが出されていた煎餅にかじりついてワイワイやっている。
「それは米を粉にして焼いたヤツだよ。醤油を塗って焼いてあるお菓子だ」
俺がそう言うと宮司も頷く。
「その通りです。貴方のお仲間たちは外国の方のようですから珍しく感じることでしょうな。フソウ以外ではあまり作られない物でしょうから」
いや、俺も外国人なんだが。でも、今は言うまい。
「これも何かの縁です。ご寄進させて頂きたいのですが?」
「おお、それはありがたい。ありがたく使わせて頂きます」
俺は金貨を二五枚ほど取り出して積み上げた。
宮司はそれを押し頂くように受け取り、社務所の奥へと持っていった。
「気前がいいな」
煎餅にかじりつくトリシアに言われたが、煎餅代にしては確かに高いな。
だが、同郷の人間を祀ってくれている神社だし、このくらいはしておきたいじゃないか。
「ま、同郷の人間を供養してくれている所だしな。このくらいは当然さ」
見れば社は大分老朽化しているし、屋根の葺き直しも随分していないようだ。
手を入れるには金がいくらか必要だろう。それに手を貸す事に何の躊躇いもない。
宮司さんが戻ってきたので俺は聞いてみた。
「実は、俺たちは米や味噌、醤油なんかを仕入れにアキヌマまでやってきたんですよ」
「おお、そうなのですか」
「ええ。それで、米などを仕入れるには、どこに行けばいいんでしょうか?」
「そうですなぁ……」
宮司は下駄を履くと縁側から田園地帯が一望できる所まで歩いていく。俺はその宮司の隣に立った。
「いいですかな。この丘から西がヤブシラズの森でござりますが、境内の階段を降りて東の道を真っ直ぐに行き、十字路で南に折れますと、サカイの中心街に出ます」
宮司が指差す方向には家々が立ち並ぶ場所が遠目に見える。
「あの辺りの宿や店などで小売の米や味噌、醤油などを買うことができます」
「あー、結構な量を買いたいんですよねぇ。小売の店だと少ないかと……」
先程金貨二五枚もお布施したくらいなので、宮司は驚かない。
「左様ですか……となると庄屋様の所に行かれるとよろしいでしょうな」
「庄屋さん?」
「あそこから西に向かいますと……見えますかな? ずーっと行くと大きな屋敷がありましょう」
目を凝らすと、この神社の反対側の方に、かなり大きい屋敷と幾つもの蔵が立ち並ぶ場所がある。
「あそこですか。蔵がいくつも見えますね」
「お目がよろしいようですな。そうです。その蔵で醤油、味噌がつくられておるのですよ。米も貯蔵しておりますし、庄屋様に言えば分けてくれるでしょう」
了解だ。早速向かうとしようか。
「貴重なお話、ありがとうございました。早速向かってみようと思います」
「いえいえ、ご寄進いただき、感謝に絶えません」
俺が頭を下げると、宮司さんもペコリと頭を下げた。
「それでは美味しいお茶をごちそう様でした。また、寄らせていただくことあるかもしれません」
「左様ですか、お待ちしております」
お土産に煎餅の包みを宮司さんに頂いた。
食いしん坊チームの三人が夢中で食ってた所為だろう。遠慮しろよお前ら。
長い石の階段を使って丘の麓まで降りる。
丘の麓から田んぼであり、すでに刈り入れ時期なので、裸の地面が見えている田が多い。
それでも幾つかの田んぼが刈り取られずに残っているのは、野鳥などへの対策だろうか。
蛮族の地の田んぼは、精霊による気候管理をしているので二毛作が可能らしいが、この辺りはそうも行かないんだろうな。
田んぼのあぜ道を仲間たちと歩きながら
宮司さんに教えられたように、十字路まで出たので南に折れる。一応、宿などを確保してから庄屋宅を訪ねたい。
宿や店が立ち並ぶ辺りは、宿場町と言っていいほど建物が立ち並んでいる。
土産物屋や食い物屋、宿などが結構な数ある。大マップ画面で調べてみれば、この辺り一帯の人口は三〇〇〇人程もあった。トリエンのアルテナ村などより遥かに大きい。
宮司さんが出してくれた煎餅を売る店があったので、煎餅を山盛り買っておく。
西側の端にある大きめの宿に落ち着く。
外国人の利用は珍しくないのか、あまり受付で驚かれなかったのが印象的だ。
部屋に案内されて今後の予定を話し合う。
「庄屋というのは何だ?」
「ん? まあ、行政を管理する事を任されている人の事だよ。一応、村長とか町長みたいな感じだね。税金として米を治めるから、それを管理して政府に送る役目があるんだ」
トリシアの質問に俺は応えてやる。
「ケントは……フソウの……政治体制に……詳しいな……」
「まあね。フソウは日本の江戸時代の社会体制に良く似ているんだよ」
「エド時代というのはこんな国みたいなのかや?」
「そうだぞ。俺の生きていた頃より二〇〇年くらい前は、フソウみたいな感じだったんだよ」
「ケントさんの故郷の古い時代に似ているのですね。興味深いのです!」
仲間たちは何やら嬉しげだ。
「その庄屋さんのお宅に、これから向かおうと思うが」
「了解……」
ハリスは頷くと、装備の点検を始める。
「味噌や醤油ってどうやって作ってるのでしょうね!」
「味見できるのかや?」
「作りたては美味かろうな」
ハリスは真面目だというのに、食いしん坊チームは食うことばかりだな。
「お前らも準備しろよ」
「私は万端だ」
「私も大丈夫なのですよ」
「待つのじゃ。盾を背負わねば……」
マリスがバタバタしているので、大盾を背負うのを手伝う。
アダマンチウム製なのでミスリルや鉄などよりも重い為か固定用ストラップが結構摩耗しはじめていた。
「おい、マリス。ちょっと待て」
「何じゃ? すぐ行くのじゃろ?」
「いや、やはり明日にしよう」
俺が突然予定を変えたので、仲間たちが不思議そうな顔になる。
「マリスの装備が少々傷み始めてるんだよ。直しておかないと、いざという時に困る。ついでにみんなの装備も点検しておきたい」
俺はマリスの鎧を脱がせに掛かる。
「いや~ん♪」
マリスがシナを作ってフザけたので、頭に無言でチョップを落としておく。
「あだっ!」
ジロリと見ると涙目のマリスがテヘッと舌を出した。テヘペロかっ。
俺はみんなが外した装備を一通り点検する。
鎖帷子や法衣などは問題ないが、
やはり金属との接合部分、リベットで留めている革の部分の損耗が激しいな。アダマンチウムは重いからなぁ。
俺はインベントリ・バッグを漁り、修理用の道具や材料を取り出す。
今まではイノシシの革や狼の革などを
なのでワイバーンの革を使用することにした。
俺のインベントリ・バッグに在庫は十分なので問題はない。
アダマンチウムのナイフでワイバーンの革を形成する。革の性質を考慮し、丈夫な部分が接合点になるようにしておこう。
切り出した革をアダマンチウム製の針とミスリル糸で縫い、強度を増すように加工する。
俺が黙々と作業を開始したので、仲間たちも自由にしはじめた。
ハリスは俺の教えた印を結ぶジェスチャーの練習を始めたし、マリスとアナベルは腕相撲だ。華奢な腕なのにちゃぶ台がギシギシ言うんだから怖い。
トリシアは何やら呪文書を出して読んでいる。
さて、作業を頑張ってやっちまおう。
トリシアの武器なんかは、この世界にない発想のハンドガンとライフルだし、構造などの摩耗などの点検にいくらか時間が掛かりそうだ。
やはり、庄屋さんの家に行くのは明日になりそうだな。
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