第20章 ── 第31話

 森からカラスの大集団の気配がなくなったので、来た森を逆にたどりフェアリーの村まで戻った。


 村の入口まで来ると、ティターニスを筆頭にフェアリーやピクシーたちがソワソワしながら俺たちの帰りを待っていた。


「ああ、救世主様! ご無事で!」


 俺の姿を認めたティターニスがパタパタと飛んできた。


「取り返してきたよ」


 俺がインベントリ・バッグから例の品物を取り出すと、ティターニスは安堵のあまり気絶しそうになってしまう。


 これだから、やんごとない身分のヤツは……


 腕輪をティターニスに渡してやると、ティターニスは腰に腕輪を巻いた。


 白い宝石の光が、少しずつ強くなり、その後、段々と弱くなっていく。

 ものの一〇分ほどで普通の宝石のような輝きになり、以前のように内部から仄かに輝く事はなくなった。


「できました! これで私も精霊たちと対話ができるように……あっ! ドライアド様たちが四人もいらっしゃってるわ!」


 ティターニスが俺たちの後ろにいるドライアドに気付いて歓喜の声を上げた。


「さっきからいたのに……ねぇ?」

「本当に気づかなかったのかしら?」

初主はつあるじに勝手に触っちゃ駄目だからね!」

あるじに仕事をさせるなんて、あるじが寛大な事に感謝するべきよ」


 ドライアドたちが、ティターニスが俺に勝手に触った事を冗談交じりになじり始める。


「あわわわ、申し訳ありません……」

「こらこら、ドライアドのお姉さんたち。あまり虐めちゃ駄目だろ。ティターニス、気にするな。ドライアドたちは君をからかっているだけだから」


 俺がフォローするとティターニスがホッとした顔になる。

 イタズラが好きなフェアリーもイタズラされるのは得意じゃないのだろう。


 さて、問題は片付いたようだし、例のリングをどうにかしてもらわなくちゃな。


「で、フェアリー・リングの事だけど」

「あ、はい! 精霊様の力の流れを感じられるようになりました! これでリングを成長させられます!」


 ティターニスはパタパタと村の中央まで飛んでいく。

 俺たちも彼女についてフェアリー・リングの場所まで移動した。


「それでは見ていて下さい! 木の精霊、土の精霊、水の精霊、風の精霊、万物に宿りし者たちよ。創造神の誓約に基づき、力を貸し給え……」


 ティターニスが祝詞のようなものを唱え始めると、彼女の身体に何かホタルの光のようなものが次々に集まってくる。


 ティターニスがサッと上に両手をかざすと、集まった光の粒たちはフェアリー・リングへと降り注いだ。


 すると、フェアリー・リングが仄かに輝きを放ちながら、輪がどんどんと大きく成長していく。


「これは……太古の秘術だ……珍しいものをみることができた」


 トリシアが歓心している。


「なるほどな。精霊にああやって力を借りるわけか。あの粒々が精霊力が具現化したものだろうな」


 俺がいうとトリシアが首をかしげる。


「粒々? ケント、何を言っているんだ?」

「ほら、ティターニスに集まった粒々がフェアリー・リングに降り注いでるだろ?」

「私には見えんが……ケントには見えているわけか……なるほど」


 トリシアは勝手に納得してしまっているよ。ということは、あの粒々は基本目には見えないものか。もしかしてティターニスの祝詞のりとも他のメンバーには意味がわからない物なのかもしれないな。


 こういう他の者と認識しているものが違う場合、話に食い違いが発生するから困ることがある。


 むやみに精霊を可視状態にしておくのは問題かもしれないな。気付いてほしければ、暁月坊あかつきぼうみたいに精霊側から姿を表すはずだし。

 フェアリー・リングを使ってからチューニングをずらしておくかね。


 ティターニスの儀式は一〇分程度で終わった。

 儀式後のフェアリー・リングは、五メートルほどの大きさの輪になっている。


「これでチーム全員で使えそうだな」

「はい。この地域にある全てのフェアリー・リングは大きく成長させられたと思います」


 リングを眺めながら言うと、ティターニスも太鼓判を押してくれる。


「じゃ、使わせてもらえるかな?」

「仰せのままに、救世主様」


 ティターニスが優雅に頭を下げた。


「では、リングの中央へ。起動したい先はどちらでしょうか?」

「この国のアキヌマという地方に行きたいんだ」

「アキヌマ? 北西の方角でございますね。畏まりました。アキヌマにあるフェアリー・リングへと繋げましょう」


 ティターニスがタクトを振ると、淡い緑色の魔力がキラキラとリングに降り注ぐ。


「よし、みんな。アキヌマに行くぞ」

「ようやくじゃな。早く行くのじゃ」


 マリスがリングの中に駆け出す。


「慌てるな。全員一緒に移動するべきだろう」


 トリシアがマリスに注意するが、マリスはすでにリングへと足を踏み入れている。


 フッとマリスの姿がかき消えた。


「お、移動したか?」

「そのようだ。フェアリー・リングとは見事なものだ」


 俺が感歎の声を上げると、トリシアが同意する。


「私たちも行きましょう!」

「警戒は……怠るな……」


 アナベルも駆け出した。ハリスもアナベルの後を追ってリングへと入る。


 マリスと同様に二人が姿を消した。


「よし、ケント。私たちも行くぞ?」

「ああ、そうだな。フェアリー・リング初体験と行きますかね。それじゃティターニス、ありがとう。またね」


 俺はトリシアと一緒にフェアリー・リングの中へと踏み込んだ。


 転送魔法による酩酊感のようなものは一切感じず、ただ歩いて進んだだけなのに、全く別の場所に辿り着く。


 太古の転送装置すげぇな。魔法より完成されてるんじゃねぇか?


 俺は周囲を見回す。仲間たちも全員周囲を見回しているようだな。


「ここは、どの辺りだ?」

「ちょっと待ってくれ。マップで調べてみる」


 トリシアに言われて、俺は大マップ画面を開いた。


 現在地点はアキヌマ地方の北西の外れ。海岸付近にある大きめの森の中だという事が解る。


「アキヌマ地方の北西にある森の中のようだぞ」

「目的地なのじゃな!」

「ああ、そうらしいね」


 嬉しげなマリスの声に俺は応える。


「んで、この森の東側に大きめの村があるね。なになに……ミヤウチサカイ?」


「では、その村にいってみましょう」

「ケントとマリス、先頭に。アナベルは私と並べ。ハリス、後方を任せる」


 トリシアがマーチング・オーダーを指示したので、俺もマリスの隣へと移動する。


 マップで確認しながら森を進む。


 三〇分ほど歩くと、森の端まで出た。

 ちょうど木で出来た小屋のようなものが見える。

 俺たちはその小屋のあたりで森から脱した。


「ふー。到着かな?」


 小屋は高床式のように一段高くなっている。小屋は二棟あり、それを屋根のある廊下というか回廊のようなもので繋いである。


 ん? これは……見たことあるな。これ……神社だよ。ここは神社の境内だ。


 俺たちが出た場所は神社の本殿と拝殿の左側あたりだった。


 鬱蒼とした森の端に、村の神社があったわけか。


 俺たちは社を回り込んで、神社の正面に行った。


 すると、神社の拝殿前で木の葉掃除をしていた宮司さんみたいな人物に驚かれた。


「あ、貴方たちは、一体どこから……」


 無理もないか。周囲はただの森だし、突然、社の裏からでてきたらなぁ。


「ああ、別に怪しいもんじゃないですよ。ちょっと森で迷ってしまいましてね」

「も、森で!?」


 何か妙に驚いてるな?


「も、森から出ていらっしゃると仰せか!?」

「ええ、なんか不味かったです?」


 目をまん丸にした宮司は固まったようになっている。


「俺たちは冒険者なんですが、もしかして入っちゃいけない場所でした?」


 俺がそう言うと、ようやく宮司が反応して身じろぎした。


「こ、ここはヤブシラズと呼ばれる森です。無闇に入ると二度と出てくることはできない神隠しの森ですぞ?」


 あー、「藪知らず」でしたか。こんなところに現実世界の地名付けんなよ。ビビるだろが。


 藪知らずとは基本的に禁足地の事だろう。千葉県にある八幡の藪知らずは有名だしね。様々な理由で入らせたくない場所なんじゃないかな?


「神隠しですか……なるほど」


 俺は合点がいく。ここにはフェアリー・リングがある。ここ一〇年は機能していなかったかもしれないが、以前は機能していたはずだ。


 それがある森に足を踏み入れ、どことも知れない場所に飛ばされてしまった人たちが多くいたのかもしれない。

 それをこの地の人々は神隠しと呼んだのだろうか。


 フェアリー・リングの行き先は、フェアリーたちが設定しなければ、どこに繋がっているのか謎だろうからなぁ。

 俺たちはティターニスに行き先を設定してもらったから目的地に辿り着けたけどね。


「知らずに足を踏み入れてしまったようで、申し訳ない」

「いや、無事に出て参られたなら重畳と言えましょう」


 宮司はそういうと、ようやく笑った。


「して、森へは何のために?」


 ごもっともな質問です。


「いや、ミヤウチサカイへ向かう途中だったんですよ。近道でもと思いまして、森に入ったのです」

「左様でしたか。ということは海岸沿いの街道を進んでいらっしゃったわけですな。王都マツナエは最近どうですかな?」


 ふむ。海岸沿いの街道が王都に続いているわけか。口からでまかせで言ったけど誤魔化せそうだな。


「王都は通り過ぎただけでしてね。詳しい話は知らないんですよ。キノワの方で事件があったというのは知ってますが」


 宮司は俺たちを社務所に案内し、お茶を出してくれた。


 他の地方の情報は通信技術の無い世界では、旅人や吟遊詩人などがもたらす噂によって知られるものだ。

 俺たちのような冒険者から色々と聞きたいのだろうと思う。


 一応、余所者だから怪しまれないように宮司さんの世間話に付き合いますかねぇ。

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