第20章 ── 第30話

「ま、負けだ……! 我らカラスの負けだ……!」


 今後の事を悩む俺の耳に、お頭カラスの悲痛な叫びが聞こえてきた。


「ん? もう終わり?」

「と、飛べぬカラスに価値などない……」


 力なくお頭カラスが言う。


「じゃ、その首のブレスレットを頂くよ」


 フェアリーの女王に奪還を依頼された物を、お頭カラスの首から取り上げる。


「くっ……カラスの化身様がいてくだされば、みすみす人間などに負けはせぬのに……」


 そういや、ここに来る前にも言われたけど、カラスの化身ってなんだ?


「そのカラスの化身は強いのか?」

「人間など想像もできぬ力の持ち主だ!」

「ふーん。じゃあ呼び出してみてよ」


 俺はその存在に興味が湧く。

 もし、本当に強いなら出会っておいて損はないんじゃないか?


「簡単にお呼びできたら苦労はない……あの御方たちは気まぐれゆえな!」


 お頭カラスがそういうと、空中に幾つもの竜巻が巻き起こる。


「な、何だ!?」

「おお……我が悲痛の願いが通じたか!?」


 その竜巻からは、大天狗の配下の烏天狗たちが姿を表した。


「主様! シルフたちから報告を受けました! お呼びとあり、参上しました!」


 烏天狗たちが俺の前に飛んできてひざまずいてしまう。


「ああ、もう事は済んだんだよ。わざわざ来てもらって申し訳ない」

「なんの! 我ら、いつでも呼び出して頂いて構いません!」


 その光景を見たカラスたちは例外なく顎が外れたように大口を開けていた。


「ま、ま、まさか……カラスの化身様を従えているだと……」


 いやぁ、カラスの化身て烏天狗たちの事だったのか……まあ、確かに烏天狗にはカラスって入ってるけどな。クチバシもあるし。


「して、主様。このカラスの集団はどうされたのでしょう?」

「ああ、俺たちと戦って負けたら、この腕輪を返してくれるって事だったんでね」


 俺は烏天狗に事情を説明する。


「なるほど、フェアリー族の秘宝ですか。それは神界の方が作られた品だという話です。人魔大戦のおり、幾つかのフェアリー族の女王に与えられたとか」


 ほう。これは神界のアイテムだったか。トリシアが言ってたけど、秩序勢の軍隊を転送するためにフェアリー・リング維持の目的で作られたのかもしれないな。


「化身様……我らをお助け頂けないのでしょうか……」


 お頭カラスが烏天狗の所に来たが、烏天狗にジロリと睨まれて身体を硬直させた。


「我らが主様に対し、戦を仕掛けようなどと夢々思うなかれ。大精霊、暁月坊様の意向に沿わぬならば、汝らに明日はないと心得よ」

「ははぁーーーー!」


 お頭カラスが翼を広げて地面に平伏すような格好をした。それを見たカラスの大群も似たような仕草をする。


「それでは主様、我々はこれで」

「あ、ごめんね。ご苦労さま」


 俺がそう言うと、烏天狗たちは空中に飛び上がり、竜巻になって姿を消した。


 シルフが下位精霊で烏天狗が中位精霊なんだろうか?

 良くわからないけど、シルフの上位に位置するのは何となく判った。


「人間……い、いや主様! これからは我々も貴方を主としてお仕えしますぞ!」


 平伏しているお頭カラスが頭だけを上げて言う。


「いや……カラスだしなぁ……」


 俺が困っていると、トリシアが耳元で囁いた。


「何が起こっているんだ? さっきの鳥人族みたいのは何だ?」

「あ、ああ……あれは烏天狗。風の大精霊の大天狗さんの部下だよ」

「あれが風の精霊か! 初めて見たぞ!」


 いや、俺でも烏天狗は風の精霊ってイメージでは見られないんだけどね。どっちかというと妖怪の類だよな。


「ケントと一緒にいると見たこともないモノを見られるな!」

「カラスの援軍かと思ったのじゃ。ケントの知り合いじゃったのじゃな?」


 トリシアは興奮気味だし、マリスは納得顔だ。


「ほえー、ドライアドだけじゃなくて風の精霊さんもお知り合いなんですねー。さすがはケントさんです」

「ビックリ箱……」


 アナベルが尊敬の眼差しを俺に向けてくる。ハリスは毎度のセリフでした。


「まあ、それは置いておこう。それより、カラスたちが俺に仕えたいとか言ってんだよ」

「ほう。カラスがな。面白いじゃないか」


 面白いって言われてもな。こんなので敵を攻撃すんの? 範囲魔法とかの使用に邪魔じゃん。連れて歩いたら、もっと大変なことになるよ。目立つし。


「カラスはどこにでもいる。こいつらを通信網として使えれば、どこにでも文書などを配達できる気がするな」


 トリシアが確かに面白いアイデアをくれた。


「なるほど。カラスを使った郵便システムか……」


 俺は魔法道具が簡単に作れるようになったので考えていなかったが、魔法道具は基本的に高価なものだ。庶民には一生手が届かないといってもいい。


 だが、カラスの郵便網だったら?

 庶民はカラスに目的地まで手紙などを運んでもらう。

 カラスは代金として餌やガラスの欠片など光るものを提供してもらう。

 人間とカラスの好ましい共生関係が作れるのではないか?


 基本的にカラスなどはゴミを漁ったり、農作物を食い荒らす害獣だと思う。

 その為に農民や町の人などには良い顔をされていない。


 でも、このシステムを構築できたら、お互いに良いことなんじゃないかなぁ。ちゃんと働きさえすれば食べていけるならカラスだって人間に嫌われるような事はしないかもしれないしな。


「ケントが何か思いついたようじゃぞ?」

「ああ、ああやって思案している時は、具体的な考えが浮かんだんだろう」

「思案顔のケントさんは賢者のようなのです」

「ビックリ箱……だからな……今度は何が……飛び出すのか……」


 また、言いたい放題だよ。まあ、異世界人なので君たちの文化にはない発想の物をいっぱい知ってるだけだよ。



「そうだな……よし、カラスのお頭。仕える事を許そう」

「おお! ありがたき幸せ!!」

「ただ、君たちにどんな事ができるかだよ」

「我らには飛ぶ事と貢物を捧げる事ができます!」


 貢物って……どっかから盗んでくる光り物の事だろ?


「貢物は要らないよ」

「な、なんと……では飛ぶ事しか我らにはできません……」


 そうだね。その能力を最大に発揮してもらいたい。


「それでいい。その能力が使いたいんだよ」

「どういう事でしょう?」


 俺は、先程考えた話をお頭カラスに説明してみる。


「こういう紙を指示された場所に運ぶ事はできるか?」


 インベントリ・バッグから手紙や巻物などを取り出してカラスたちに見せる。


「この程度の物なら容易い事ですが?」

「ふむ。なら話は早いな。これから君たちカラスには郵便局になってもらおうか」

「ゆう……?」


 お頭カラスは首を傾げている。


「人間はな、こういう手紙というものを遠くにいる人とやり取りしたりするんだ。これを大抵の場合、商人や隊商などに目的地へと運んでもらっている」


 お頭カラスは興味深げに俺が持つ手紙を眺めている。


「この運ぶって役割を君たちカラスがやるわけ」

「なるほど、それをすれば主様のお役に立てるわけですな」

「いや、俺だけじゃなくてさ、人間たちの役に立つんだよ」


 お頭カラスが一歩下がった。


「他の人間の? 何故、主様だけではいけないのですか?」

「んー、ただ運んでもらうんじゃないよ。運んでくれたら人間には君たちが欲しがる物を提供するようにしてもらうんだよ」

「我らが欲しがる……?」

「具体的に言うなら餌とかだな。ゴミや農作物を君たちは食べに来るから人間は君たちを嫌う傾向にあるが、役に立つなら別さ。ゴミじゃない、ちゃんとした餌をくれるようになるよ」


 お頭カラスが口を半開きに開けて涎を垂らし始める。


「では、人間の食べている大きな肉なども?」

「うーん、それは解らないな。肉は人間にもご馳走だからな」


 カラスは基本的に雑食性だと記憶している。肉以外にも何でも食べるはずだ。

 料金体系をシッカリと明示しておけば、鉄貨数枚程度の肉を出す庶民もいるかもしれない。


「どれだけの距離を飛べるかだな。長距離を飛ぶなら肉もありかもしれないな」


 大抵、手紙の輸送は銅貨一枚とか手数料を取られるらしいし、王都とトリエン間くらいの距離なら串肉一つくらいは余裕だろう。


「我らの眷属、ワタリカラスたちなら大陸各地を回っておりますぞ?」

「ああ、そんな長距離を運べたら、肉くらいは余裕だろうね」


 空を飛ぶ彼らの輸送速度は、隊商や商人などとは比べ物にならない。かなりのアドバンテージだろう。

 このシステムは、うまく回れば大いに民衆の役に立ちそうだな。


「どうだ? やってみるか?」


 涎をダラダラ垂らしていたお頭カラスはブンブンと首を縦に振る。


「主様、我らはその……ゆう……なんとかをやってみましょうぞ!」

「郵便局だな。でも、この郵便はここじゃなく、俺の領地あたりでやりたいんだ」

「主様の……りょうち? それは何ですか?」


 ああ、領地なんて言葉はカラスには無いか。


「そうだな。縄張りかな?」

「なるほど! それはそうですな。主様の縄張りでなければ、意味はありませんな!」


 なんか納得したみたい。


「んで、俺の縄張りだけど……」


 俺は大マップ画面を開いて、お頭カラスに見せる。


「ここが、今いる森の端だ」

「おお……主様は……我らが見下ろす大地をも、このように掌握されておいでなのですか!?」


 あー、マップ画面は人間も驚くもんな。


「まあ、そういう事だ。で、ここからずーーーっと東に行くとね……」


 俺はトリエン地方の場所をお頭カラスにしっかりと教える。

 お頭カラスは他のカラスたちよりも知能が高いようなので、なんとか教え込めた。


「それでは我らは東の地、主様の縄張りまで移動致します。主様が戻られるまで近くの森にて過ごさせて頂きますぞ」

「ああ、よろしくね。あと半年ぐらいで戻る予定だから」


 お頭カラスが頭を下げると、周囲のカラスも同じ仕草をする。


 カラスたちがバサバサと羽ばたき、空に舞い始める。


 良かった。もう、シルフの影響はないから、ちゃんと飛べたね。

 二万匹の大移動だから、結構派手なカラスの飛行大編隊になるから変な噂になるかもなぁ。不吉だとか言われるかも。

 ま、郵便システムが確立されれば、そんな噂も下火になるだろうけどね。人間は現金なものだからな。

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