第20章 ── 第29話

「それで、奪われたって、どんな経緯で?」

「はい。かれこれ一〇年ほど前になりますが……」


 ティターニスが話した内容はこうだ。


 代々、女王は五〇〇年程度で交代する。フェアリー族は寿命がおよそ四五〇年ほどだからだ。

 次代女王が選ばれると、当代の女王は妖精と交信をする能力をある品に込める儀式に取り掛かる。

 この儀式には何年も掛かるそうだが、儀式が終盤に近づくと、その品は輝きを増していく。

 そして、能力を込められた品は次代の女王に渡され、次代の女王はこの品から能力を授かるのだと。


 ほぼ能力を込め終わった頃の話だそうだが、先代の女王が日課の水浴びをしている時、空から現れたそいつが、その品を奪い取っていってしまった。

 それは黒い翼を持つ巨大な生物で、フェアリーやピクシーの天敵と呼ばれる存在だという。


「で、その生物って?」

「はい……カラスと呼ばれています」


 はあ……カラスですか。カラスは光り物が好きらしいからなぁ……


「で、その品ものとは?」

「はい。こういう……金属のベルトが丸くなってて……で真ん中に白い宝石が嵌っています」


 ティターニスが身振り手振りで品物の形状などを教えてくれるが、説明が下手過ぎてサッパリ判らない。


「トリシア、判ったか?」

「いや……サッパリだ……」

「ハリス」

「あれで……解ったら……魔法使いスペルキャスターだ……」

「マリスは?」

「我に聞くな!」

「アナベル……」

「こんなヤツですよ!」


 あちゃー、誰も解ってない。

 魔法使える俺もトリシアも解かんねぇよ、ハリス。

 アナベルなんかティターニスと同じようなポーズや仕草しかしないから、理解してるのかしてないのかもサッパリ解りませんな。


「その品物は名称が付いていたりする?」

「私たちは継承の輪と呼んでいましたが」


 継承の輪ね……マップで検索できるか試してみよう。


 すると、ここから二キロほど離れた場所にピンがストンと落ちた。


 あっさり発見か……この機能は便利すぎだなぁ。探偵事務所でも開いたら難事件も一発で解決に違いないよ。現実世界で欲しかった能力だよね。


「よし。探しに行くぞ」

「アテはあるのか?」


 トリシアが心配そうに聞いてきたが、俺はニヤリと笑うだけで答える。


「え!? 本当に解ったんですか!?」


 ティタースが驚いている。


「ああ、一応ね。多分、ここから二キロほど北東にあるね。フジとこの森の境あたりだろうか」


 そういうとティタースの顔が蒼白になる。


「そ、その辺りは……」

「え? 何かあるの?」

「カ、カ、カラスの勢力下です……」


 まあ、たかがカラスじゃないか。その存在が天敵なフェアリーには地獄のような場所なんだけどさ。


「ま、行ってみるよ。そこにあるのは間違いなさそうだ」


 俺たちは目的の地へと向かった。


 ドライアドのサポートもあるので、三〇分程度で目的地付近まで来ることができた。


「人間だ……」

「こんな所に人間が……」

「危険だ、危険だよ」


 俺の頭上でそんな声が聞こえてきた。見上げるとカラスが数匹、木の枝に止まっている。


「ケント、そろそろカラスの勢力圏だぞ」


 トリシアもカラスの存在に気づいて警告してくる。


「よう、カラスたち。フェアリーから盗んだ物を返してもらいたいんだが?」


 俺がそういうと、カラスたちがクワッと口を開けた。


「カラスに……話しかけている……のか?」


 ハリスもカラスの言葉までは理解できないのか。スキルのレベルが足りんようだな。


 俺はみんなに無言で頷いておく。


「人間が……我らの言葉を使ったぞ?」

「本当に人間なのか? カラスじゃないのか?」

「カラスの化身かもしれないぞ?」


 いや、人間ですよ。


「お頭に報告に行こう。カラスの化身様がやってきたと」

「そうだそうだ。そうしよう。そうしよう」

「今度のカラスの化身様はクチバシがないぞ。でも、きっと化身様に違いない」


 カラスたちは俺の質問に応えもせず、飛んでいってしまった。


 うーむ。話が通じるのか通じないのかサッパリわからんな。


 もうしばらく、一〇分ほど歩いた頃、「人間だ」の大合唱が頭上の木々を覆うほどに響いてくる。


 見上げれば、木々の枝にはカラスが鈴なりにいた。その数は数千羽以上だろうか。下手すりゃ一万以上かもしれん。ちょっと数え切れない。


「カラスたち。お頭ってのがいるんだろ? 話をさせてくれないか?」


 今度は「お頭に用らしい!」の大合唱だ。


 しばらく、大合唱が続いた後にピタリと止まった。


──バサバサ……


 奥から、一匹のカラスが飛んできた。首に白くて光る石のはまった金色のブレスレットをしている。


 あれか? ベルトじゃなくてブレスレットじゃねぇか。確かに白い宝石が内部から発光しているようにみえるし、あれが目的のものだろうな。


「我に何か用か、人間よ。カラスの化身ではないだろう?」

「ああ、もちろんカラスの化身ではないよ。ところで……君がお頭かな?」

「そうだ。用を言え」


 カラスとの交渉は初めてだし、どう話を進めるかな……素直に頼んでみるか。


「君の首に掛けてるヤツなんだが、盗まれたフェアリーが困っている。返してくれないか?」

「これは我が家系に代々伝わる由緒正しき支配者の証。盗んだなどとは失敬千万。無礼者、そこになおれ」


 そんなわけないやな。


「いや、一〇年前にフェアリーの村から盗まれた物だ。しらばっくれても無駄だよ」


 カラスがクワワッと口を開け翼を広げる。


 威嚇のつもりかな? でも、サイズは普通のカラスだしなぁ……


「これは我が先祖が敵より勝ち取った物なるぞ! 盗んでなどおらぬ!」

「フェアリーの女王が水浴びをしている時に持っていかれたそうだぞ?」

「違う! 戦によって勝ち取ったのだ!」


 うーむ。水掛け論ですかな。やった、やらない論争になると平行線で混じり合う可能性は低い。


「ならば、戦によってそれを俺が勝ち取ったら文句はないか?」

「我らと人間が戦だと……?」

「ああ、そうだ。君の言う事が正しいなら、戦で勝ち取れば所有権を主張できるみたいだし」


 カラスのお頭はトントンと跳ねながら近づいてくる。


「よかろう。我が二万の配下と戦をしてお前らが勝てるならな!」


 カラスのお頭がケケケとバカにしたような笑い方をすると、周囲のカラスたちも大合唱で笑い出す。


「戦闘準備!」


 俺が言うや否や、トリシアたちが武器に手をかけた。


「俺たちはいつでも良いぞ?」


 俺は剣の柄に手を掛け、お頭カラスに言い放つ。


「よかろう! 皆のもの掛かれ!!」


 お頭カラスの号令で周囲のカラスどもが空に舞い上がる。


 そして、猛烈な急降下攻撃が開始される。


「盾よ!!」


 マリスのコマンドワードで盾の付与魔法が展開される。仲間たち全員を透明な円形の壁が守る。


 カラスたちはその壁に阻まれて攻撃ができなくなった。


連空弾マルチプル・ブロー・バレット!」


 トリシアが上方に向けて新スキルを撃ち放つ。

 猛烈な小型ハリケーンが殺到しているカラスを巻き込んでいく。


「風遁……乱気斬……!」


 ハリスが印を結び、左手の人差し指を上に向けた。

 その指先から、台風のような暴風が巻き起こり、周囲の木の枝がバラバラと切り払われる。暴風に巻き込まれたカラスが次々に羽根を毟られてしまう。


 んじゃ、俺も……


「風の精霊シルフたちよ。ここに集え! カラスたちを地に這わせよ。風……」


 俺が魔法名を言う前に、全てのカラスが地べたに次々に落ちていく。


 見れば小さいフェアリーみたいな半透明の存在が、カラスに取り付いて蹴り落としたり、投げ落としたりとやりたい放題になっている。


「ありゃ? あのフェアリーは援軍?」


 俺が頭の上に盛大にハテナマークを出していると、ドライアドが一人俺の耳に囁いた。


初主はつあるじが呼び出したんでしょう? シルフたちですよ?」


 マジか!? あれがシルフか! ここらの風の精霊はみんな天狗なのかと思ってたよ!


 シルフたちは「あはは」と笑いながら物凄い嬉しげにカラスを地面に落としている。

 シルフ自体は可愛い感じなのにまるで容赦がない。


 ものの一〇分で全てのカラスが地に落とされ、羽ばたいても全く飛べなくなってしまった。

 シルフ、メチャクチャ強ぇじゃん……そういや、キノワで盗賊の襲撃者どもに魔法使った時、笑い声が聞こえてたけど……シルフだったんじゃねぇ?


 俺は頭の中で過去に起こった事と符合する出来事を目の前で見て、ようやく気づいた。


 もしかして、全ての精霊は俺との誓約があるから使役できてるんじゃないかな?


 だとすると、おいそれと厨二呪文を唱えたら大変な事になりそうな……

 色々と考えておいた厨二呪文には精霊を絡めた文言が結構な数あるからな。


 うーむ。これは文言の改変を考えなければならない事態になったかも。

 精霊が使役できるなんて事より、俺にはこっちの方がよっぽど重要な案件だからな。

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