第20章 ── 第28話
ドライアドによって歩きやすくなった森を進むと、それらしい場所が見えてきた。
草や木の枝などで作られたドールハウスみたいな小さい家が木立や木の幹に張り付いている。
その周囲に昆虫の羽根のようなものが背中に付いた人形の生物がパタパタと飛んでいる。
「来たわ! 人間よ!」
「ドライアドのお姉ちゃんは何をしているの!?」
はい。ドライアドのお姉ちゃんは俺たちの後でニコニコしながら付いてきてますね。
「太古より森に住まう妖精たちよ。古の誓約に従い、我らの訪問を許されよ」
トリシアが最前列へ出てきて大きな声を上げた。
「何語じゃ?」
「エルフ語に似ているような気がしますー」
「これは……古代妖精語……か」
ん? みんなには別の言語で聞こえてる? まあ、最近だとお馴染みなので驚きはしないが。
「古の妖精族の眷属として、我は汝らに要請する」
トリシアの言葉にフェアリーやピクシーがヒソヒソとやっているのが見えた。
すると、他の個体より大きめのフェアリーがやってきた。
「アオモリが女王、ティターニスが物申す。古の誓約に則り、人族の来訪を歓迎いたす。我らの安寧を妨げん事を」
「アルテナ大森林がエルフ、トリシア・アリ・エンティルが汝らの安寧を妨げん事を誓約せし」
フェアリーの女王はティターニスというのか。ティターニアみたいな名前だね。シェイクスピアの真夏の夜の夢を思い出すよ。
「儀式は終わりました。人間を率いるエルフよ。我ら妖精族に何を望むのですか?」
「お、解る言葉になったのじゃ」
「西方語なのです」
「助かる……」
やはりみんなには言語の変化が解るっぽい。俺にはサッパリ解りません。全部日本語にしか聞こえねぇし。
「古の妖精族が作りしフェアリー・リングの使用を許可されたい」
「フェアリー・リングを?」
ティターニスが怪訝な顔になる。
「確かにこの地にも幾つかフェアリー・リングが存在します。当地のドライアドへの貢物により、その機能は維持できていますが……」
ティターニスが少し口ごもりながら続ける。
「貴女たちが使うのは不可能です」
「それは何故か? フェアリー・リングであれば
拒否するティターニスにトリシアが食ってかかる。
「物理的に不可能なのです。こちらへ」
ティターニスが俺たちを手招きして奥の方に移動していく。
トリシアが俺たちに振り向いて頷いたので俺たちもティターニスの向かった方向に進んだ。
俺たちの周囲にはフェアリーやピクシーが物珍しそうに群がり始めている。
ティターニスが飛んでいった先は、このフェアリーの村(あるいは町かな?)の中心にある広場だった。
「これを御覧なさい」
ティターニスが手に持ったタクトで指し示した。
それは小さな輪になった菌環、いわゆるフェアリー・リングだった。だが、そのフェアリー・リングは直径で二〇センチほどの小さいものだ。
「小さいな……」
トリシアもその小ささに驚いている。
「そうです。エルフや人間が使うには大きさに問題があるのです」
ティターニスによれば、人が利用するには一メートル以上の大きさが必要になるそうだ。
「これは使いようがないな。どうするケント?」
「うーん。使えないんじゃ仕方ないよねぇ」
俺は腕を組んで思案するも、こういうのは俺にもどうにもできない。
「女王よ。何故、ここまで小さくなったのだ? 我らの伝承では軍隊すら移動させることができたと聞いている」
「精霊の加護が弱くなっているからでしょう。あなたたちが、ここまで入ってこられた事からも解るでしょう? 我らには、それしか解りません」
精霊力が弱くなっている? どういう事だ?
「おい、ドライアドのお姉さんたち。精霊力が弱くなってるのか?」
俺は付いてきた四人のドライアドに聞いてみる事にした。
「そんな事はありませんよ、
「ということは、世代の問題か? フェアリー族の交信する力が弱くなってるとか?」
俺の問いにドライアドも答えられないという感じで四人とも首を傾げている。
「おい、ケント。ドライアドと話しているのか?」
「あ……ああ、そうだよ。四人とも付いてきちゃったからね」
トリシアの問いにそう答えると、ティターニスが目をまんまるにしている。
「そこな人間は精霊様と話ができるのですか!?」
「そこな人間じゃと? 無礼な口ぶりじゃのう」
マリスが女王の言葉にイラッとしたらしく、不機嫌な顔付きになった。
「マリス、話がややこしくなるから黙って静かにしていてくれ」
「むう。ケントに言われては従うしかないのう。判ったのじゃ」
それを見たトリシアが女王に警告を発した。
「女王ティターニスよ。ケントを軽んずる事なかれ、彼は森の大精霊リサドュリアスと誓約を交わせし者。そして、ここにいるマリスはドラゴンの化身。怒りを買うと森が焦土と化すぞ」
それを聞いたティターニスがポカーンとした顔になった。
マリスの腰に装着されている
「ド、ドラゴンを従え、大精霊様と誓約を……?」
「そうだ。ケントは精霊たちに
ティターニスがブンブンと首を振った。
「そんな事はありません。絶対あってはなりません。人間が創造神様のような事になるなんて……」
創造神?
「ちょっと待って。ティターニスさんは、創造神を知ってるの?」
俺はグイと前に出て女王に話しかけた。
「ひっ!?」
何故かティターニスに怖がられてしまう。
まあ、こんなデカイ生物に近寄られたら怖がるのも無理ないか。
「ああ、失敬。驚かせてスマン。えーと、創造神は姿を隠して神界の神々にも行方が解らなくなっているんだ。その創造神の事をフェアリー族が知っているのが気になったんだ」
ティターニスはオドオドしながら、そーっと俺の身体に人差し指を近づけてきた。
なんだ?
そしてチョンと指先で俺を突くと、サッと腕を引っ込めて胸の前で腕を守るようにしている。
「何か?」
「あ、もし、人間が創造神と同じように大精霊様たちと誓約を結んだなら、触れたら力が戻るかと……」
ん? やはり自分たちに問題があると気づいてるのか?
「あ、ずるい! 私たちもまだ触ってないのに!」
「そうよ! ずるい! 主様に気安く触るなんて!」
ドライアドたちがブーイングをティターニスに飛ばし始める。
周囲の森がザワザワと動く。その様子をフェアリーたちが不安そうに見回し始める。
「こ、これは……!?」
ティターニスも不安と恐怖が入り混じったような顔になった。
「あー、ごめん。今、ドライアドが四人ほど付いてきてるんだが、貴女が俺に勝手に触ったとか言って文句言ってるんだよ」
俺は苦笑気味にドライアドの様子を伝えてやる。
「ほ、本当に精霊様とお話ができるのですね!?」
「ああ、そうなってしまったみたいでね……」
ティターニスがキラキラした目で俺を見ている。
「も、もしかして救世主様!? とうとうここにも救世主様が来てくれたのですか!?」
ティターニスが大興奮を始めた。いやー、それ、シンノスケの事ね。
「いや、昔、救世主と呼ばれたシンノスケとは別人だよ。最近、新たな救世主とか色々言われてる気はするけどねぇ……」
ティターニスが嬉しげに万歳のポーズをする。
「やったわ! これで助かるわ!」
「え? 困ってたの?」
何か困ってるなら助けてやらないでもない。
「はい……とても困っています」
ティターニスは、さっきの歓喜っぷりが嘘のようにシュンとした感じになる。
「代々、女王には精霊と話をする能力が受け継がれます。その能力を象徴する物が奪われてしまいました」
「なんだと!?」
突然、トリシアが大声を上げた。
「うぉ。ビックリした。どうしたんだトリシア?」
「妖精の女王は、種族は違えど不思議な力を擁する。前にも話したはずだ。ファルエンケールのケセルシルヴァ様にも万物を見抜く力があるのだ」
「え? そうだっけ?」
俺は聞いた記憶はないけど、ユニーク・スキルか何かですか?
「トリシア、それはケントがドライアドに連れ去られた時に我らに話したヤツじゃろ。ケントは知らんじゃろ」
そうなのか。それは俺にも教えておいて欲しい情報だね。まあ、今知ったからいいけど。
「私が思うにユニーク・スキルとケントが言う能力の事だろう。その奪われた物に宿っていたのだと思うぞ」
ということは、ユニークは物品によっても手に入れることが可能ということか? スキル・ストーンみたいだな。
そういや、スキル・オーブというのがこの世界にもあるんだっけ。
「で、奪われたということは、それを取り戻せば能力は元に戻ると?」
「そうです。そうすればフェアリー・リングを元の大きさに戻すことも可能かもしれません」
ティターニスが必死に首を縦に振っている。
ふむ。それなら、その品物を奪ったものから取り返せば、問題は解決するということか。
「救世主様ならきっと取り戻してくれるものだと先代の女王も言っておられました!」
先代。奪われてからどんだけ経っているんだよ……
でも、冒険者として断るわけにはいかないね。これは突発型のクエストだ。俺はクエストは全部クリアしておく主義なんだよ。
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