第20章 ── 第27話
この森の名前は「アオモリ」というらしい。大マップのラベルに、そう表示されている。
青森なんですかねぇ。蒼森とかだったらゴメン。
ただ、この森の雰囲気や動植物などがアルテナ大森林に良く似ている。緯度が同じくらいだからだろうね。
ただ、この森の方が人の手が入っていない気がする。アルテナ大森林にはエルフなどの妖精たちが暮らす都市があったからじゃないかと思う。
この森には今、俺たちが目指しているフェアリーたちの住む場所くらいしか人的構造物は存在しないっぽいから仕方ない事だろう。
「いい森だ」
先頭を歩くトリシアが大木をポンポンと叩いて囁いている。
今、叩いた木、トレントなんだけどね、驚かしてはいけないので黙っておく。
木立の間から中天に太陽が登ったのが判った。休憩がてら昼飯にするとしよう。
「ケント、何か乳と野菜くずはないか?」
食事の支度をしていると、トリシアが珍しく食事以外で物を欲しがる。
「ん? 何に使うんだ?」
「おまじないだな」
漬物にできそうな切り崩した野菜の残りは捨てずに仕舞ってたりするので、何に使うか良くはわからないが、それを取り出してやる。牛乳や山羊乳、羊乳なども大量にあるので出してやる。
トリシアは木の皿に牛乳を注ぎ少し離れた地面に置き、その周囲に野菜をばら撒く。
なにやら本当におまじないのようだなぁ。
作業が終わったトリシアは、俺の出したサンドイッチに食いついた。
「あれは何の意味があるの?」
「ああ、あれは古代のエルフに人間がしていた事だ。古代のエルフは今のような大きさではなかったからな。ホービットやドワーフより小さい存在だったんだ」
トリシアは古代エルフの伝説を交えて話す。
「そもそもエルフはフェアリーやピクシーなどと同じく、人間たちにイタズラをする陽気な存在だった。イタズラをされたくない人間は、そんなエルフに乳や野菜くずを与えることでイタズラから逃れようとした」
「残飯もらって喜んでたの?」
俺がそう言うと、トリシアが笑い出す。
「ま、当時のエルフもそんな物は食べなかっただろう。だが、人間がエルフに敬意を払って行う儀式に満足していたという話だ。普通、自分たちの存在を敬う者に無体な事はしないものだろう?」
なるほど、お供えなんかと一緒か。古い時代では安定的な農作物など手に入れようもなかっただろうし、そんな少ない食料から、一欠片でも捧げてくる人間の行動を当時のエルフは尊重したということか。
「面白い話じゃのう。我が初めて住処から出た頃は、エルフは既に今の形じゃった。古代のエルフとはいつ頃の者たちなのじゃ?」
「今から数万年前と言われている。創生二八七二年と言われる時代に可笑しな話かもしれんがな」
創生暦は地球で言う西暦みたいなもんなんだろうね。
最初に聞いた時は随分と若い世界だとか思ったが、アースラなどの話から四万年近く前に人魔大戦が起きた事が解っている。
多分、人間が叙事詩や口伝、歴史書をしたため始めたのが二八七〇年くらい前なんだと思う。だから、創生暦は数千年くらいしかないんだよ。
「ほえー。神々が世界を作ったのがそんな昔なんですかねぇ。神殿では創生一年に人類が作られたとか言われてましたー」
二八七二年前に作られたにしては人間は文化や生活様式が完成されすぎてるだろうな。
魔法のある世界で科学の発展は現実などとは比べるべくもなく遅い世界なのだし中世くらいの文明レベルまで来るにしても相当な速さだと思うよ。
「俺たちの……教えられている歴史は……人間のものでしかない……命の尺度が……違いすぎる……な」
俺もトリシアの人生設計に気が長いと思った事がありましたよ、ハリスさん。
冒険者への復帰を六〇年以上も待っていたそうだからな。義手の開発だって何十年レベルの年月を費やしていたはずだもんな。
食事が終わり後片付けをしていると、撒かれた野菜などの周囲に三人の小人が群がっているのを見つけた。
といっても、俺たちの知るどんな人類種よりも小さい。日本でいうところのコロポックルくらいというべきか?
ただ、その小人たちは半透明に見え、とても実体のある存在だとは思えないんだが。
「今どき、珍しいものがあるな」
「信心深いのかもしれないよ」
「持って帰る?」
小さな声で囁いているが、俺の聞き耳スキルには筒抜けだ。
小人たちが幾つかの野菜を持ち上げて立ち去ろうとした時、俺がじっとみているのに一人の小人が気づいた。
「あれ? この人間、俺たちが見えてる?」
「そんな訳ないだろ。透明化の魔法使ってるんだぞ?」
「でもジーッと見てるよ?」
なるほど、半透明なのは
俺はマップ画面を呼び出し、この小人のデータを呼び出す。
『セラル
種族:ピクシー レベル:三
脅威度:なし
アオモリの森に住むピクシー族の少年。イタズラ好きだが信心深い』
やはり、これがピクシーか。フェアリーは羽根生えてるイメージだもんな。多分、日本だとコロポックルと言われる種族だろうな。
「まあ、気にするな。好きなだけ持っていけよ」
俺がそう声を掛けると、ピクシーたちが慌てたように下生えの灌木に走り去っていった。
「どうしたのじゃ? 独り言かや?」
「いや、ピクシーが三人ほどいたんだよ」
「なんじゃと!? どこじゃ!? 我も見たいのじゃ!」
マリスが目を輝かせて周囲を窺う。
「いやー、俺が見ているのに気づいて逃げてったよ」
「なんじゃ、逃げるとは。臆病な生き物じゃのう」
「ま、こんな小さかったからな」
俺は親指と中指でピクシーのサイズを示して見せる。
「ちっこいのう。ちゃんと食べねば大きくなれんのじゃ」
いや、ちっちゃいマリスに言われてもな。もっともマリスの食う量は大人顔負けですけど。
「ピクシーがいたのです?」
「ああ、こんなくらいの大きさのが三人」
「本当か? ピクシーやフェアリーは、基本的に人間たちに姿を見せることはないはずなんだが」
「気づかな……かったが……」
「
トリシアとハリスも周囲を見回している。
まあ逃げちゃったからねぇ。マップで確認しても既に周囲にはいないんだよ。半径一〇〇メートル以内に白い光点はないしな。
「野菜を何個か持って行ったよ」
俺がそう言うと、トリシアがニヤリと笑った。
「狙い通りだ。これでここのフェアリーやピクシーは我々の訪問を拒否できなくなった」
「ん? そういう規則か何かあるの?」
「ああ、太古の妖精族の頃から伝統のはずだ」
「伝統が今でも守られているか判らないじゃん」
「いや、彼らなら守っているはずだ。その伝統から外れた私を含むエルフやドワーフ、レプラコーンやブラウニーに姿を見せようとしない存在なら、古い伝統を守っているに違いない」
言ってることが解らんし、エルフの感覚も解らん。そんなモンなんですかね?
「まあ、いいや。そろそろ出発しよう。あと数時間で目的の場所に着くはずだ」
行軍を続ける俺たちは、どんどん森の植生が濃くなって来て行進を妨害してくるような感覚を覚える。
富士の樹海じみてきたなぁ。
「こう、下生えが多いと中々進まぬのじゃ」
つるや草を小剣で切り払うマリスがウンザリした声を上げた。
「そうは言ってもな。あともうちょいなんだが」
「フェアリーたちの仕業でしょうか?」
俺がそう言うとアナベルが少々不安げにする。
「いや、ただ単に精霊力が強くなっているのかもしれん。ケント、周囲にドライアドはいないのか?」
そう言われてもね。精霊って俺たちに見せようとしなきゃ姿を現さないんじゃないか? もっとも蛮族の地では俺だけには見えてたんだし、いたらすぐに解るはずなんだが。
俺は目を凝らして周囲を見渡してみる。
ラジオのチューニング・ハンドルを合わせていくような感覚が頭の中に感じられた。
すると、周囲に四人のドライアドがいることが判った。
「あ、ドライアドが四人いるね」
「やはりな。ドライアドに通してくれるように話してみろ」
トリシアに命じられたので、俺はドライアドとの対話を試してみることにした。
「おーい。そこのドライアドたち~」
俺は下生えをかき分け、ドライアドたちに近づく。
「!? 私たちが見えてる人間がいるわ!」
「そうみたいね!」
「めっずらしー!」
「南のリサドリュアス様が言ってた人間みたいね!」
いや、君たち、俺がリサが言ってた人間なんですよ。
「リサを知ってるなら話は早い。あっちの方に行きたいんだが……」
俺がそう言うと、ドライアドたちが驚いた顔になる。
「
「そうみたいよ!」
「
「本物よ!」
「主様! どうぞお通り下さい!」
ドライアドの一人がそう言って
「あ、
俺は半裸の美女に
「
「照れてらっしゃるのね」
「保護欲をくすぐられるわね」
キャイキャイと姦しいドライアドたち。
一人は俺たちが向かっている方向に手をかざしている。その手から緑っぽい光のようなものが出ている気が。すると鬱蒼としていた下生えが左右に分かれていく。
モーゼの海割りみたいだよ。
「おお、ありがとう。助かるよ」
俺は素直にドライアドに礼を言っておく。
「
「さすが
「みんなに自慢できるわね!」
「さ、どうぞ
ずいぶんと姦しいドライアドたちだな。リサの配下たちに比べると落ち着きがないというか。若いドライアドたちなのかもね。
でも、これで進めるようになったな。
精霊を味方に付けると便利だなぁ。今後も精霊とは仲良くしていこうかと思う。
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