第20章 ── 第25話
外に出た俺は驚いた。
敵襲かと思ったら、忍者服を着た人物たちと山伏風の背中に翼が生えた人物たちが戦っているからだ。
忍者服たちの方は紺色の服で、忍者刀や弓矢などで空を飛ぶ山伏を迎撃している。
弓を持つ忍者は火矢を番えているし、俺と仲間たちが寝ていた納屋には火矢が幾つか突き刺さっている。
窓から見えた明かりは、この火矢の炎だったようだ。まだ火矢の炎は納屋に燃え移っていないようなので、引き抜いておく。
空飛ぶ山伏風の人物たちを見ると、六尺棒のような長い
よく見ると彼らの顔にはクチバシがついており、人間のそれというより鳥人族に似た感じの顔つきだ。
ただ、彼らの最後尾に一際大きく、ガッチリした人物がいた。それはツクサ温泉郷で酒を酌み交わした老人だったからビックリだ。
老人は山伏のような格好で、手には団扇を持っている。
彼が団扇を振ると、猛烈な風が逆巻いて忍者たちを吹き飛ばす。
忍者はおよそ二〇人、老人の勢力は彼を含めても八人ほど。明らかに老人が劣勢なのだが、彼の起こす風によって何とか均衡を保っていると思われる。
俺が彼らの戦いを観察していると、老人が俺に気づいた。
「おお、主殿、ご無事ですな」
「ご老人、貴方は天狗だったんだね!」
「左様、我はこの一帯を治める風の大精霊、天狗の
ということは、忍者どもが俺の敵か。
天狗は妖怪のはずだが、彼は自分を精霊と言った。
となるとドライアドのリサドリュアスと同じような指導者格の精霊ということだ。
天狗が風の精霊とはなぁ……じゃあカッパは水の精霊とかか?
「くっ!」
精霊なのに実体があるし、人間にも見えているあたりが面白いが、
「死せる戦士たちの魂よ、汝らを再び戦いの場へ。我の名の元に集え!
夜の帳が降りた地に一筋の光の柱が現れた。その光は忍者と老人の勢力の真ん中に降り注ぐ。
あれ? こんなエフェクトだったっけ?
ドーンヴァース製の召喚系中級魔法「
無属性魔法なため、どのような魔法スキル構成でも使うことができる汎用魔法なのだ。
しかし、レベルが三〇と中途半端なので使う機会は殆ど無かった魔法だ。今回、近くに風の精霊がいるということで無属性魔法を使ってみたのだが、俺の知ってる魔法のエフェクトではなかった。
光の柱の中に黒い影が降りてくるのが見える。
それは黒いフルプレートメイルを着込み、青白く光る両刃の剣を持っていた。盾にはドラゴンの顔が彫り込まれており、そのドラゴンの目にはルビーらしき赤い宝石が嵌め込まれている。
強そうな
エフェクトは派手なのに一人という状況に俺は少々ガッカリした。
「天知る、地知る、俺が知る! 闇から
「はぁ!?」
「シンノスケだと!?」
俺がそう叫ぶと、
「我が剛剣グリムの力、今見せようぞ!」
猛烈な青白い光が彼の持つ剣から発せられ、横に一薙ぎすると、半円形の高密度な剣撃波がほとばしった。
目がくらみ、慌てて目を閉じた。
「これにて一件落着!」
その声の後、辺りは静寂に包まれてしまう。
目の感覚が戻ってきたので、恐る恐る瞼を開いた。
すでに
空を飛んでいる
襲撃者の忍者どもは……全員が横薙ぎに真っ二つになって地面に転がっていた。誰一人生きているものはいない。
「お見事!」
ようやく目が慣れてきたのか、老人が大きな声で告げた。
「ただの
先ほどの黒い甲冑の戦士の映像がまだ脳内のイメージに残っていた。
「さすがは救世主の再来ですな、主殿」
バサバサと背中の翼を羽ばたかせながら
「あ、ああ。警護ありがとう。まさか、妖怪……いや、精霊だったとは思いませんでした」
「リサドリュアス殿によって精霊と誓約を結びし貴方は、我ら全ての精霊の主でござれば、当然のこと」
「でも精霊が姿を晒して大丈夫ですか?」
「我ら風の精霊天狗は好奇心が強い方でしてな。これも創造神殿に与えられた特質。この世界の人々の暮らしは見ていて飽きないので、よくこの様な姿に身をやつして降りてくるのです」
ゲームにおける風の精霊は、イタズラ好きのシルフと相場は決まっているものだが、天狗も風の精霊なのかぁ。となると彼の後ろに控えている七人は烏天狗ってやつか。これって大陸西方限定のような気もするけど……どうなんだろう?
「それにしても、一時とはいえ前の救世主をお呼びするとは、中々面白い嗜好でしたな」
「あ、そうそう。貴方はシンノスケを知っているんですよね?」
「もちろんでございます」
「あれは、本当にシンノスケだったの?」
「まさしく前の救世主殿でしたな。ただ、あの口上はこの地に降り立った頃の救世主殿のようでしたが」
ということは魔神になる前のシンノスケは、あんな愉快な口上を言うキャラだったのか。なんか歌舞伎か時代劇っぽかった。
それが魔神となるほどに心が闇に染まるとか……
というか、なんで
この魔法のフレーバー・テキストには「ヴァルハラの館に集いし死せる戦士の魂を呼び出す」とか書いてあったっけな。
このフソウ竜王国はシンノスケが最初に現れた場所だとか聞いているが、この地が記憶しているシンノスケ像を
でも不幸に見舞われる前のシンノスケを一瞬でも垣間見れた事は悪くなかったかもしれない。
あんな愉快なプレイヤーだったなら、生きているうちに知り合いたかったなぁ……
「それでは主殿、我らは賊どもを片付けつつ山へ戻ります」
考え事をしていた俺に
忍者どもの死体が風に巻かれて空に漂い始めている。
さすが風の精霊。
「あ、うん。ありがとう。酒の肴でも用意しておくから、気が向いたらまた飲もう」
「その時は是非に」
暁月坊は霊峰フジの方角へと飛び去っていく。彼らがいる場所はフジなのかねぇ。
俺は月の光の中におぼろげに浮かび上がる霊峰フジを眺めつつ、納屋に戻った。
納屋の中で仲間たちが眠りこけている。
そういや、かなり大きな音で戦闘が起きていたのに起きないとは珍しいな。
よく見ると、ミニマップにデバフの効果範囲が表示されていた。どうやら眠り薬か何かの気体が周囲の大気に混じっているようだ。
なるほど、あの忍者どもはこの一帯に眠り効果のあるガスか何かを撒いたのだろう。
眠りこけている俺たちの納屋を火矢で火事にして殺そうとしたということか。随分と姑息な事をするなぁ。
しかし、どこの忍者部隊が俺たちを殺したがっているんだ? あれだけ和風の忍者だとしたらフソウ竜王国の部隊だよな?
俺たちが恨まれるとしたらキノワの代官ワジマ関連だろうな。あれだけ脅したというのに忍者部隊を暗殺に送ってくるとは命知らずだな。
ちょいと転送門開いて、ぶっ殺しに行くか?
ま、俺たちには何の被害もないし、放置でもいいか。送り出した暗殺部隊が全滅したんだし、もう手を出してくる事はないと思うし。
俺はまだデバフ効果が切れていない大気の中で大きな欠伸をし、乾燥した草の中に潜り込んだ。
朝までは安全だろう。寝ておくよ。
次の日の朝、草の中から這い出ると、既に仲間たちは起きたようで、納屋には俺一人だった。
外に出て井戸に向かい、水を汲んで顔を洗う。
「おい、ケント」
「ああ。おはよう、トリシア」
ライフルを背負ったトリシアがやって来たので朝の挨拶をする。
「挨拶はどうでもいい。昨日の夜、何かあったな?」
「ああ、何か襲撃部隊が来たらしいね」
タオルで顔を拭いながら言うと、トリシアが呆れたような顔をする。
「今、ハリスに周囲を調べさせているが、相当な人数が死んだような形跡がある。納屋にも火矢の後が何本かあったぞ」
「ああ、忍者部隊が二〇人ほど来ていたようだよ。風の大精霊が部下を連れて来て護衛してくれてたんだよ」
トリシアがビックリしたような顔をする。
「風の大精霊!?」
「うん。俺の世界では天狗とか言われる妖怪と同じ感じだったよ」
「妖怪? 妖精と似た響きだな?」
「妖精族は実体を持つ生物だろ?
妖怪は怪異だ。幽霊とか神様とかと似た感じかな。実体はあったりなかったりするが……」
まあ、この世界の妖怪がどんなものか解らないから何とも言えないけどさ。風の精霊が天狗に似ていただけの話だし。
もっとも彼自身、自分を「天狗」って言ってたから、フソウの人たちに見られた時に「天狗」と言われて受け入れた可能性が高いけどね。
「そうそう。それで風の精霊と共闘するために召喚魔法を使ったんだが、シンノスケが現れたよ」
「なんだと……魔神が……」
トリシアの顔が恐怖に染まる。
「いや、魔神になる前のシンノスケっぽい。風の精霊もそう言ってたよ」
「詳しく話せ」
俺はトリシアに昨日の出来事を事細かに話して聞かせた。
「なるほど……それはケントが思った通りだろう。多分、この地の記憶がシンノスケを呼び出したんだ。人々の願いは救世主の再臨だ。そういった願いが具現化したと解釈するのが自然だ」
なるほど。人々の思いか。結構そういうのって大切な要素かもしれない。
無属性魔法だけに精霊の力が介在しないから、人のイマジネーションや願いなどが
考えもしなかったけど、まさにそういう事なのかもね。
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