第20章 ── 第24話

 温泉街のお土産屋を見て回ってみる。


 温泉まんじゅう、温泉卵、まんじゅうの串焼き?

 何だか食い物ばかりだ。


 移動が基本的に徒歩の世界で食い物をお土産にしたら、包装なども現代社会のような密封構造でないんだし、行き着く先で腐っちゃう気がするんだが。


 まあ、インベントリ・バッグを持っている俺には問題はないので、温泉まんじゅうを大量に買う。一箱六個入りで黄銅貨一枚なので三〇箱ほど買った。


 店頭にある分、全部だったので土産屋が凄い嬉しそうだったよ。


 湯の花を加工した入浴剤なども売っているが、かなりの高値で銀貨三枚もした。現地でしか手に入れられない物だし、高いのは仕方ないのかなぁ。


 宿への帰り道に五平餅のような串焼きが売っていたので一〇本ほど買っておく。

 米をすりつぶして団子っぽくした物を串に刺して、醤油ベースの甘辛いタレを塗って焼いたものだ。こういうのはアナベルが好きそうだからね。



 宿の部屋に戻ると、ハリスが部屋に残っている。


「あれ? トリシアたちは?」

「温泉……だな」


 ふむ。中々温泉の楽しみ方を解ってるじゃないか。

 やはり、温泉に来たら、一日に何回も入るのが通だよね?


「ハリスは行かないのか?」


 ハリスは首を横に振った。


 まあ、ティエルローゼは日本のように入浴文化が浸透しているわけじゃないからなぁ。


 宿屋に風呂がある所など殆どないし、週に一回、人によっては半月に一回入ればいいような事もあるらしい。


 オーファンラントでは魔法の蛇口が出回っていたため、比較的入浴する人は多くいるし、女性は身だしなみの為にそれなりに入ってるようだ。


 俺と知り合う前のハリスは毎日風呂に入るような事はしていなかったらしい。彼は三日~一週間に一回程度が入浴ペースだったようだ。


「俺は風呂に入るのは好きなんだけど、この世界に来てから一つ不満があるんだよな」


 俺がそう呟くと、ハリスが顔を上げる。


「不満……?」

「ああ。この世界の風呂文化は、要は行水だ。水で身体を洗うけど、布でゴシゴシするだけだろ?」

「それ以外に……することがあるのか……?」


 いや、ゴシゴシする時に必須のものがあるんだよ。


「石鹸がない」

「セッケン……? 何だ……?」


 はい。この世界で石鹸を見たことがないのですよ。

 石鹸を作るのはそんなに難しくはない。油と苛性ソーダがあれば簡単に作れる。


 ただ、化学が発展していないティエルローゼでは苛性ソーダを作る知識がないんだ。


「そうだな。今度は石鹸を作ってみるか……」

「また……ケントが何か生み出す……のか」


 ハリスは興味深げに目を輝かせる。


「いや、そんな面白いものじゃないよ」


 実は、食器を洗うなど、食事関連でも洗剤や石鹸などがないので油物の処理に困っていたんだよ。

 揚げ物の油は土に穴を掘って流し込んで埋めるなどをすればいいが、食器や料理器具の油分の処理は紙や布などで綺麗に拭き取るか、米の研ぎ汁、灰などを利用して油分を中和しするしかなかったからね。


 現代人としては、そろそろ石鹸や洗剤を開発しておかねばならないと思うのも不思議じゃないよね?


 洗剤には合成界面活性剤が必要になる。これは俺の知識では歯が立たない。作り方や成分すら知らないので仕方ないね、


 だが、石鹸なら作れそうだ。

 油脂にアルカリ成分を添加して石鹸は作られている。

 アルカリ成分を添加する方法として、水酸化ナトリウムか、水酸化カリウムを使うのが一般的だったのは知ってる。


 さて、必要なのは水酸化ナトリウム、もしくは水酸化カリウムか。


 俺はここまで思考を進めた所で思い出した。そんな面倒な知識は必要なのか?

 確かに化学反応などによって作り出すのが当たり前なのだが、化学が殆ど発展していなかった時代、すでに石鹸があったはずだ。


 俗にカスティル・ソープと呼ばれた物が中世ヨーロッパ時代から輸出されていたというのを雑誌で読んだことがある。


 今で言う所のスペインあたり、当時はカスティリア王国という国があった所の特産品であり、英語の辞書にすら載っている有名な石鹸だ。

 他にもマルセイユ石鹸なども有名だろう。イタリアのサボナで作られていたからフランス語では石鹸を「サボン」と言うとも聞いてたことがある。


 日本には戦国時代にヨーロッパから伝わったらしく、古い時代には「シャボン」と言っていたのを知っている人も多いだろうな。


 天然素材で簡単に手に入る物で、アルカリ性物質を考えていて思い出した。


「ナトロンか……」


 ナトロンとは重炭酸ソーダ石のトロナの粉末のことだ。古代エジプトでミイラを作る為に使われたといわれる物でもある。


 重炭酸ソーダがモンゴルとかで地層になってたりするとか。これは重曹と炭酸ソーダの混合物で、非常に高いアルカリ性物質なのだ。


 この世界にもそういう物が存在するやもしれない。


 俺は大マップ画面を開いて、重炭酸ソーダを検索してみる。


 ティエルローゼのいたる所に大量にピンが立ってしまい、収拾が付かなくなる。俺は慌てて、検索を中止した。


 だが、これで重炭酸ソーダの地層がティエルローゼにも大量にあることが判明した。


 次に地域を限定して検索してみる。


 俺の行ったことのある地域を重点的に調べてみると、ブレンダ帝国、ルクセイド領王国あたりに比較的大きな地層があるようだ。


 この二つの国に輸出品として出してもらうことができるかもしれないな。


「ケント……?」


 思案にくれる俺を心配そうにハリスが覗き込んできていた。


「ああ、ゴメン」

「どうした……?」

「石鹸を作る目処は立ちそうだぞ」

「それは……何に使う物……だ?」

「そうだなぁ。油汚れを綺麗にできるものだな。身体を洗う時とかも使えるよ」


 ハリスはよく解らないといった顔だ。


 石鹸を作れたら風呂や料理後の後片付けに便利だから、近いうちに作る事を計画に入れておこう。



 温泉宿に二日ほど泊まり、三日目の朝に北へと向けて出発した。

 まだアキヌマまでは半分くらいの旅程があるので、どんどん進みますよ。


 街道はツクサ温泉郷から山の裾野に沿って北北西に進んでおり、東側が霊峰フジがある山脈、西側は大草原になっている。


 大草原はトリエン南部に良く似ているが、野生の馬が群れをなして走り回っているのが見て取れる。


 大空を飛んでいるイーグル・ウィンドが馬を狙わないかと心配したが、念話で聞いてみたらクマをたらふく食べたので一ヶ月くらい食べなくてもいいんだとか。

 あまり食べすぎると体重が増えて飛ぶのに困るそうで、馬は食べたいけど我慢するらしいね。キノワの東にいたクマを食べ尽くしたらしいしな。



 ツクサ温泉郷から一日目、途中の村で一泊する。


 宿場町ではないので、村長宅の納屋を借りて宿とした。

 草原地帯から刈り取られる草を乾燥させたものが大量に納屋にあったので、これをベッドにしようか。


 この村は、草原地帯から刈り取った草を乾燥させて、馬や牛などの餌にする飼料を作っているのだそうだ。


「メシでもどうですかね?」


 俺たちが乾燥飼料でベッドを作っていると、村長宅の使用人頭が声をかけてきた。村長から言われてきたそうだ。


「ああ、ご馳走になります。ありがとう」


 俺たちは村長の食卓へお呼ばれした。


「何もない村だで、碌なもんがありませんが」


 大量のご飯が山盛りに茶碗に盛られ、囲炉裏の真ん中に殆どが野菜の味噌風味の汁が掛かっている。それと漬物の沢庵だ。


 俺たちは遠慮なくご馳走になる。


 マリスが少々物足りなそうな顔をしていたので、俺はインベントリ・バッグからワイバーン肉の燻製ブロックを取り出した。


「村長さんたちもいかがです?」

「これは干し肉ですかな?」

「ええ。燻製にしたヤツです」


 俺はナイフでワイバーン肉を取り分けて、村長や奥さん、爺様、使用人たちに配る。


「囲炉裏で炙ってから食べると柔らかくなりますよ」


 俺は少し炙った肉を爺様に渡してやる。


「こいつは有り難い」


 嬉しげに爺様が所どころ歯が抜けた口に干し肉を押し込んだ。


「こりゃ、うめぇ」


 村長たちも炙ってから口に入れ始める。


「こ、これは!?」

「なんて美味いお肉なんでしょ!」


 お気に召したようだ。


「ケントのお手製じゃな」

「大盤振る舞いじゃないか」

「これは美味しいのです!」

「ワイバーン肉……だから……な」


 仲間たちも久々の燻製肉で嬉しそうです。


 そんな仲間たちの会話を聞いて、村長がかじりついた肉をマジマジと見ていた。


「ワ、ワイバーン……?」


 あ、ここは竜王国だし、ワイバーンは信奉の対象だったか?


「こ、こんな高価な物をお出し下さるとは……」

「いや、いっぱい持ってるので問題ないです」


 どうも相当な高級肉だったので驚いたという感じでした。

 金持ちを納屋なんて所に寝かせるのが心苦しいという事らしい。


「俺らは冒険者だから、納屋で問題ありません。お気になさらず」


 食事後、俺たちは恐縮しっぱなしの村長たちに挨拶してから納屋に引き上げた。



 普段なら、こういう場所で全員寝る事はないのだが、その夜は仲間たちも俺も歩き旅の疲れでグッスリと眠りこけてしまった。


──キーン……

──カキーン……


 どこからか、金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 俺は眠い目をこすりつつ体を起こす。

 時計を確認するとまだ三時にならない時間だというのに納屋の窓の外が妙に明るい。


──ガキーン……


「納屋を守れ……! 賊をこれ以上近づけるな……! 弓を持つものを優先せよ……!」


 俺の耳に届いた音と声を聞いて、俺の意識は完全に覚醒する。


 敵襲か!?


 俺は慌てて剣を手に取り、納屋の外に飛び出した。

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