第20章 ── 第23話

 夕食は非常に上品な懐石料理的なフルコースだった。


 なので大食らいな仲間たちが満足するはずもなく、宿の厨房を借りて料理をしなくてはならなくなった。


 こういう所の料理人は仕事場に誇りを持っているので、嫌な顔をするんだよね。以前、どこだか忘れたけど、嫌な顔された事あったよね? 帝国の宿だったっけ?


「お断りします」

「そこを何とか」


 当然のように料理人には断られた。旅館の女将も俺と一緒に頼んでくれたが、料理人が相当頑固です。


「注文があるなら私に言ってもらえれば、どんな料理だって作りますよ。何故、お客に板場を貸さなければならないのです?」


 まあ、ごもっともな意見ですが、仲間のリクエストがなぁ……


「お客さん、ご注文はどんな料理なのでしょうか?」


 女将が一応、仲間のリクエストを確認してくる。


「そうですねぇ……天丼、カツ丼、イクラ丼と海鮮丼ですね」

「え?」


 女将はリクエストを聞いても理解できない。まあ当然なのだが。


「テンドン……カツドン……だと……? いや、あり得ない……ドン……などと……」


 何故か料理人が怯んだように後ずさりする。


「お、お客さんは……ドンという物が何だか知っているのか……!?」


 料理人が何やらドンに誤解を持っているような事を言い出す。


「ドンはドンブリを使った料理に付く単語だねぇ。天丼は天ぷらが載った食べ物だし、カツ丼はトンカツが載ってる。イクラ丼はイクラだし、海鮮丼は海の幸が載っているんだよ」


 俺がそう言うと料理人は鼻で笑うように息を吐いた。


「いいでしょう、解りました。板場を貸しましょう」

「サダ! 助かるわ!」

「ただし! この私にもお客さんが料理をしている所を見せていただいます!」


 何か料理人が挑戦してくるような目の色になってる。


 俺は別に構わないんだが、このパターン多くねぇ? 似たようなシチュエーションに何度も出会った覚えがあるんだが?


「いいけど、あまり見ても面白いもんじゃないと思うよ」


 とりあえず厨房を借りて料理をした。

 揚げ物があるので鍋を二つと、ご飯を炊くのでもう一つ。大きなまな板があったので、その上に具材を出していく。


 海の幸がインベントリ・バッグから出てきた時に料理人がビックリしていたのが少し面白かった。ここは山の上なので海の物は手に入らないからな。


 それらを切ったり揚げたりと忙しく作業して、俺は四種類の丼ものを完成させる。


「はい、出来たので部屋まで運んで頂けますか?」


 俺は様子を窺っていた女将や仲居に料理の運搬を頼む。


「あ、はい!」


 仲居たちがお盆に各種丼ものを乗せて運んでいく。


 それぞれお四つずつ作ったので、仲間たちの腹はキッチリ満たされるだろう。


 見れば、料理人が両膝を床に突いて呆けていた。


「あれが……伝承の……ドン……」


 ハリスみたいになってる。まあ、いいか。


 俺は自分用のツマミと酒などを用意してから厨房から撤退する。

 その時、ふと思いついて、俺は部屋に戻らずに露天風呂に足を運んだ。


 温泉の中で酒とツマミを楽しみながら夜空を見るのもいい感じだろう。


 夜の露天風呂は仄かな行灯の明かりで幻想的な感じを醸し出している。

 いそいそと服を脱いで簡単に身体を流してから、料理と酒を持って露天風呂に入る。


 お猪口にキノワで手に入れた酒を注いで、キュッとやる。


「あー、極楽だぁ……」

「なかなかオツな事をしておりますな」


 突然、声を掛けられて酒をこぼしそうになる。


「こりゃ先客がいましたか。申し訳ない」


 露天風呂に浸かっている別の客がいたらしい。まあ、夜だし居ても不思議じゃない時間だわな。


 暗がりから白髪が豊かな老人が姿を表す。


「実は私もやっていたのですよ」


 老人はそう言うと片手を上げた。その手には一升瓶らしい陶器製の瓶が。


 俺はニヤリと笑う。考える事はみんな一緒か。


「ご一緒に如何ですかな?」

「ご馳走になりましょう。あ、こっちには酒の肴になるツマミがありますよ。これをどうぞ」

「おお、それは忝ない。頂くとしましょうかな」


 老人はツマミと聞いて嬉しげに近寄ってくる。


 老人は歳のわりに筋骨逞しい感じで、フソウには珍しく非常に鼻が高い外国人っぽい風貌なのが特徴的だ。

 風呂に入りながら酒を飲んでたせいだろうか、顔や肌が赤みを帯びている。


「では、一献」

「どうもどうも」


 俺は老人に差し出された一升瓶の酒をお猪口に注いでもらってあおる。


 芳醇な日本酒の味が喉に染み渡る。


「おお。この酒は美味いですね」

「私の自慢の逸品です」


 酒を褒められ老人が嬉しげに目を細める。


「では、こちらをどうぞ」


 俺はツマミの持ってきた刺し身や炙ったスルメを老人に勧める。


「おお、生魚とは珍しい酒肴ですな」

「この世界では中々口に入りませんが、これは大丈夫」


 老人は生魚も畏れず、指でつまむと口に放り込む。


「これは美味い。酒に合いますなぁ」


 老人は自分の湯呑みに酒を注いで飲み始める。


「でしょう? 俺の世界ではよく酒のツマミに出てくる料理ですよ」

「なるほど、なるほど」


 老人はスルメを少し裂いた。


「この黄色いのを付けて食べるともっと美味しいですよ」


 俺は特性マヨネーズに粉末の唐辛子を混ぜたものを指差す。

 老人は俺の言うままに、一味マヨネーズをスルメですくって食べた。

 少し辛いが、酒を飲みながらだと止まらない美味さだろう。


「ほおおおお。これは初めての感覚!」

「でしょ?」


 俺も酒とツマミを楽しむ。


 知らない相手と他愛ない会話や美しい夜空を楽しむのも旅の醍醐味かもしれないね。普通ではあまり経験できない事だから。



 一時間ほど老人と温泉で酒やツマミを飲み食いしてから、俺はそろそろ部屋に戻る事にする。


「それでは俺はこれで失礼します」

「そうですか、お名残惜しいですな」

「また、機会があったらやりましょう」


 俺はお湯から上がって歩き始める。


「そうですな、いずれまた会いましょう、あるじ殿」

「え? あるじ殿?」


 老人の言葉が気になり、俺は振り向いた。


 そこには既に老人はいなかった。忽然と消えてしまったという感じだ。


「あれ?」


 俺は周囲を確認したが誰もいない。マップ画面で確認しても白い光点は表示されなかった。


「もしかして、幽霊……?」


 少々、ゾワッとしたが、悪い幽霊ではないのだろう。

 温泉で酒を飲んで心臓発作を起こして死んだりした幽霊なら説明が付きそうだし、そう思うことにしようか。あんな幽霊ならいつでも相手にしてやるけどな。



 部屋に戻ると、各種丼を食い散らかした仲間たちが畳の上に転がっていた。


「も、もう食えぬ……」

「私も……もうダメなのです……」

「マリスに乗せられて、このような無様な事になるとは……」


 俺はみんなの醜態を見て吹き出してしまう。


 食いしん坊チームは例のごとく早食いか大食い勝負でもしたのだろう。

 ハリスも部屋の隅に転がって唸っていたけどね。いくら気配を消しても解るって。


「お前ら、面白すぎだろ!」


 俺は堪えきれずに腹を抱えて笑ってしまう。


「くぬぬ。三杯目までは余裕じゃったのじゃ!」

「さすがに四杯目はやりすぎだったな」

「戦いとは非情なのですよ」


 ポンポコリンのお腹をさする三人が中々可愛かったりする。


 俺は、どんぶりを片付けて廊下に出しておく。

 こうしとけば、洗って返してくれるだろうしね。


 今度は押入れから布団を人数分出して敷く。

 動けなくなっている仲間たちを抱き上げて、それぞれの布団に寝かせてやる。


「おー、男にお姫様抱っこされたのは初めての体験だ。中々良い気分だな」

「私も初めてなのです!」

「我はケントに何度かされておるぞ?」


 トリシアがニンマリと笑い、アナベルも興奮する。マリスは何故か得意げだ。


「お前ら、うるせぇ。食い過ぎで動けない女を抱っこしても嬉しかねぇぞ?」

「百年の恋もドン引きってヤツですかね!?」

「むむ。確かに色気はないな」

「抜かったのじゃ!」


 いや、百年の恋も冷めるってヤツな。相変わらずアナベルは天然です。巨乳メガネというクリティカル属性持ちなのだが。

 トリシアは普段から色気ないからなぁ。超絶美人なのに性格がオッサンっぽいのが最初から残念だろ。

 マリスは美少女と子供っぽさが合わさってるから、何しても許される気もするがね。


 三人を布団に運び、ハリスに向き直ると、ハリスは這って布団に行こうとして四苦八苦していた。


「お、俺は……いい……」


 俺が近づいていくと、ハリスは運ばれるのを拒否しようと口を開いた。


「遠慮するな。口から食った物が出るぞ?」


 俺はよっこいしょとハリスを抱き上げて布団に運ぶ。

 その様子を見ていた女性陣が、ジーッとこちらを見ていた。


「あれだな。ケントが言っていた腐るヤツか」

「そう、それじゃな」

「ちょっと興味があるのです」


 おい、腐女子っぽい視線で見るんじゃねぇよ。そういう趣味は俺にはないから。


 こうして温泉での一日が終了した。


 なかなか楽しめたんじゃないか? なんか修学旅行とかを思い出したよ。友だちとワイワイ遊びながら温泉に泊まる感覚だ。

 明日は温泉街の土産物屋まわりなんかしようかね。

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