第20章 ── 第22話

 仲居さんは火鉢に炭を入れて火を点け、五徳の上に水の入ったヤカンを置く。


 やはりフソウには炭文化が浸透しているね。ルクセイドでは炭は全く知られてなかったんだが。


 俺の歴史知識によれば江戸時代の日本の炭文化は非常に洗練されており、炭一欠片でご飯を一合炊いたりできたらしいんだよね。エネルギー効率で考えても現代社会より優れていたと思う。

 納品したカイロを圧縮炭を使う仕様で作ったのもコレが理由だったりする。


 火鉢などの準備も終わり、仲居さんから温泉や食事などの説明を受ける。


「温泉は廊下を進んで突き当りを左に向かうとあります。露天風呂、内風呂、蒸し風呂、滝風呂、水風呂などをご用意しており、いつでもご利用できます」


 おー、スパも真っ青の温泉づくしだ。


「お食事ですが、朝と夕にお膳をご用意します。お膳はお部屋にお持ちいたしましょうか?」

「ああ、そうしてくれると助かります」

「畏まりました。それではその様に。何かお聞きになりたいことはありますでしょうか?」


 基本的な部分は日本の旅館システムと変わらないようだし、問題はないかな。


「いえ、ありません。ありがとうございます」


 俺がそういうと、仲居さんは頭を下げてから部屋を出ていった。


「さてと、昼飯はカツサンドでいいか?」

「問題ない」

「我はエビカツのヤツじゃぞ!」

「私もそれが良いです!」


 俺は「はいはい」と返事をしながらテーブルの上にカツサンドの包みを置いていく。


 エビカツの包みはピンク色、普通のは白だ。


  既にヤカンは湯気を出し始めていたので、包みに飛びつく三人の横で俺はお茶の用意をする。


 ハリスは白い包みを開いて窓枠の部分に座った。山の風景を見ながらカツサンドを食べるようだ。イケメンは行儀悪くしてても絵になりますな。


 カツサンドだけだと何なので、キノワ城下で手に入れたキュウリの浅漬けを出して皿に盛っておく。醤油を少し垂らして食べるのが俺の好みだ。


「ピクルスか」


 トリシアがキュウリをひとつまみして口に運ぶ。


 カリリとかじって目を見開いた。


「ただのピクルスではないだと!?」

「ああ、これはこうじを使って味付けしてあるね」


 種モヤシとか言ってトリエンの食堂の人が譲ってくれたヤツと一緒だ。

 醤油とか味噌作り以外での使い方を俺は知らなかったので、漬物屋に聞いたレシピの数々は俺の財産だ。


 まさか肉や魚を漬けてから焼いたりという使い方があるとは知らなかったしな。調味料としての麹は中々優秀なんだね。



 食事後、満足げな仲間たちに発破はっぱを掛ける。


「よし、これから温泉に襲撃を掛ける!」

「神の泉にとうとう突撃!?」

「行くのかや!?」


 俺も久々の温泉風呂なので少しテンションが高いです。アナベルは言わずもがなですな。マリスは大抵周囲のノリに乗っかるのでデフォです。


「あまりはしゃぐなよ。他の客の迷惑になるからな」


 トリシアが鹿爪しかつめらしい事を言い、大人の余裕を見せつける。


「くっ。さっきまで食いしん坊チームのリーダーだったくせに!」


 俺が悔しげに言うと、ハリスが「ブホッ」と吹き出した。


「お前ら……見てて……飽きない……な」


 ハリスにウケたのに気づいたマリスが、親指をビシッと立ててニンマリしていたので、全部計算ずくの行動なのかもしれん。

 食いしん坊チーム、侮れねぇ。



「これが神の泉!」


 バタバタと走る音が聞こえた瞬間、バシッと大きな音がしてから足音が消える。


「バカモン。まずは体を洗えと壁に書いてあったろうが」

「そ、そうでした~」


 トリシアが叱責する声が聞こえてきた。

 うん。それがルールだね。日本と同じルールなのはシンノスケが広めたのかな?


「じっくり洗って綺麗にしておくのじゃ!」


 風呂は、脱衣所や洗い場は男女別だったが、湯船は混浴という何ともアハ~ンな仕様だった。


 俺が身体を洗って湯船に行ったら、湯船から女性用の洗い場が見えているのに気づいて鼻血が出るかと思ったわ。


 マリスがトリシアに頭を洗ってもらってたし、アナベルがオッパイをプルンプルンさせて身体を洗ってるのが丸見えでした。


 男としてじっくり見たいところだが、仲間の信頼を裏切れないのでそっぽを向いたけどね。


 湯船に入る時は、白い短めの浴衣のような薄い着物を女性は着るようで、なんとか理性は保てる仕様だった。男は簡易的なパンツを装着する感じです。


「これが神の泉なのです! これほどの水量は東側には記録にありませんのです!」


 そういうと盛大に水しぶきを上げてアナベルが温泉に飛び込んだ。


「こら! 風呂に飛び込んではいけません!」


 俺はアナベルを叱る。マリスも飛び込もうとしていたが、俺が怒ったのでピタリと動くのをやめてた。


 とりあえず真っ昼間なので他に客が居なかったので良かったよ。


「風呂は静かに楽しむものだ。子供みたいな事してちゃダメだろ」

「はーい。ゴメンなのです」


 全く。ダイブなんかするから、太ももがあらわになってるじゃんか。目の保養になるけどさ。


「しかし、凄いのう。トリエンの屋敷の風呂も広いと思っておったのじゃが、ここはまるで池じゃ!」

「確かに。一体何人分の風呂だ?」


 今、入っている風呂は露天風呂だ。生け垣の向こうは大空と霊峰フジが見える。


「ここは露天風呂だな。凄い開放感があるから俺たち日本人には人気だったりするんだ」

「ほう。ケントの故郷で人気の風呂か」


 トリシアは感心しながらトプリと風呂に浸かる。


「泳げるのじゃ」


 マリスは子供なら必ずやる行事の真っ最中だ。


「ああ、泳ぐのはいいのですか!?」


 アナベルも泳ごうとしはじめた。


「まあ、子供だと泳ぐね。俺も子供の時にやったな。大人は泳いじゃダメだと思うけど」


 そういうと大人という自覚があるのかアナベルが少しショボンとした感じになった。


「我は見た目は子供じゃから問題ないのじゃ」


 見た目っていうか精神的に子供では? というか、子供ってのを出したり引っ込めたりするのは少しズルい気がするぞ、マリス。



 俺と一緒に入ってきたはずのハリスはどこにいるのかと見回すと、滝風呂で滝修行をしていた。


 目を閉じて滝湯に打たれるハリスは修行僧のように見えるが、それはお湯だから修行効果はないぞ?


 俺もハリスの横に行って滝修行を開始する。


 滝湯は比較的熱く、肩の辺りに当てると中々いい感じでマッサージ効果がありそうだ。


「これは中々気持ちいいな」


 滝湯を頭にドバドバと掛けていたハリスが俺の真似をして肩に当て始める。


「なるほど……こう……使うのか……」


 滝修行じゃなく、使い方を知らなかっただけでした。てっきり修行僧ごっこだと思ってたんだが……誤解してゴメン。



 みんなと蒸し風呂に行ってみる。要はサウナ風呂ですな。


 火の付いた炭の上に焼けた石が入った鉄桶が乗っているかまどのようなものが真ん中にあり、そこに温泉水を掛ける事で水蒸気が立ち上がる感じだ。


「中々熱い部屋じゃのう」


 部屋の壁は完全密閉ではないが、蒸気が逃げないような作りになっているので、かなり高温になる。


「ここは蒸し風呂だな。水蒸気で温めた部屋で汗を出すわけだ」

「また汚れるのではないか?」


 汗は身体を動かしたりして流すモノだし、トリシアは折角洗った身体が汚れてしまうと思ったのだろう。


「ここで汗を掻いたら、隣の水風呂で流すんだよ」


 説明してやるとトリシアは納得した顔になる。


「なるほど。訓練後によく水浴びをしたものだが、ここもその仕組みなわけか」

「訓練後の水浴びは気持ちいいですからね!」

「我も水浴びは好きじゃぞ。住処近くの地底湖に飛び込むのが我のお気に入りじゃった」


 世界樹の地下には、そんなに大きな地底湖があるのか。見てみたいね。


 そこからは我慢大会が開始される。


 どちらが最後まで蒸し風呂にいられるかトリシアとマリスの間で競われ始めた。アナベルもそれに乗っかり、俺やハリスも男として先に出る訳にはいかなくなってしまった。


 二時間ほどして、ハリスが真っ赤になって縁台の上に倒れた。


 これは不味いと思い、俺はハリスを抱えて水風呂に向かう。


「勝ったのじゃ……ケントにとうとう勝ったのじゃ……」


 いや、ハリスが心配だから出ただけですが。まあ、負けでいいけど。


「私もダメなのです……」


 アナベルがキュゥと変な声を出して倒れたので、俺は水風呂と蒸し風呂を行ったり来たりだ。


 アナベルを水風呂に放り込んでから蒸し風呂を覗いてみると、トリシアとマリスの一騎打ちが繰り広げられている。


「負けぬのじゃ!」

「くっ。このチビドラゴンめ。私とて負けられん」


 お前ら……


「いい加減にしておけよ。脱水症状とか熱中症は、ヘタしたら死ぬからな!」


 俺がそう警告すると、トリシアとマリスは勝負を諦めたようだ。


「この勝負は引き分けだ」

「そうじゃな。ケントに怒られるのは嫌じゃしの」


 二人は手をガシッと掴み合い、ライバルの誓いを新たにした。


 三人で水風呂に行くと、ハリスが竹筒で水遁の術の訓練をしていた。アナベルはうつ伏せで水面に浮いている。土左衛門のマネか?


 こいつら温泉満喫しすぎだよ。まあ、こういうのも面白くて良いけどね。

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