第20章 ── 第21話
土塁と森に挟まれた街道を北へ向かう。
何故か街道を行くのは俺たちのみ。
例の巨大生物の噂で、商人や旅人はこの道を避けたのではないだろうか? 出てきたら俺たちで退治してやるんだがな。
二時間ほど歩いて城下から少し離れた頃、東の森の方からバキバキと下生えの灌木をかき分けている大きな音が聞こえてきた。
マップ画面で確認するとイーグル・ウィンドがやって来たのが判った。
「やっとイーグル・ウィンドが戻ってきたようだな」
「お。この音はイーグル・ウィンドなのかや?」
仲間は全員、音に気づいた時に武器に手を掛けていたが、俺がそう言うと手を離した。
「ただいま戻りました」
イーグル・ウィンドが森から巨体を現して
「遅かったな。何してたんだ?」
「クマを追ってました。もう東の森にはクマはいないみたいです」
「食べ尽くしたのか!?」
「そうみたいです」
あらー、生態系が破壊されたかもしれないな。確か熊の胆とか漢方とかで使われてなかったっけ? 漢方医たちが困るかも。
「それにしても、この一週間。全く戻らなかったな」
「結構、クマが多かったので嬉しくなってしまって……」
こいつも食いしん坊チームの仲間か。
「なんじゃ!? 何を話しておるのじゃ!?」
イーグル・ウィンドの言葉が解らないマリスが少しおかんむりです。
「クマを食べ尽くしたらしいよ」
「ほう。イーグル・ウィンドはクマが好きなのかや?」
「大きいですからね、食べ甲斐があります」
イーグル・ウィンドがケラケラと笑う。
「クマは大きいから食べ甲斐があるんだと」
「なるほどのー。久々にイーグル・ウィンドに乗って飛んでみていいかや!?」
マリスが俺に許可を求めてくる。
周囲に驚異となるようなものもいないようだし、目撃者もいなさそうだな。
「良いよ。多分、大丈夫」
マリスが嬉しげにイーグル・ウィンドの背中に飛び乗った。
「それでは、主と少し周囲を偵察してきます」
「ああ、あまり遠くまで行くなよ」
俺がそう言うと、イーグル・ウィンドは翼を羽ばたかせて舞い上がった。
マリスがその背中から嬉しげに手を振っている。
「子供だな」
「そこが可愛いのです」
「ドラゴン……だけど……な」
仲間たちがその様子を見て微笑ましげに言う。
マリスの本性は巨大なドラゴンだが、ドラゴンの年齢的にはまだ成人ではないらしいからね。
エンセランスに聞いてみたけど、ドラゴンは二〇〇〇~三〇〇〇歳程度で幼体から成体になるらしい。そこから一〇〇〇〇年ほどで成獣と認められるのだそうだ。
成獣が人間体になると大人の姿になるが、成獣と認められない場合、一〇歳前後の姿にしかなれないんだと。
要は成体になったとしても人間としてはティーンエイジャー扱いなわけですかな。
イーグル・ウィンドは一時間ほど俺たちの上空を旋回したりアクロバット飛行したりした後に降りてきた。
「食後の運動にはもってこいでした。周囲に異常はありませんでしたよ」
「やはり空の上は気持ちいいのじゃ!」
背中から降りているマリスを見て、俺はふと気づいた。
「なあ、イーグル・ウィンド」
「何でしょう?」
「お前、森の中で人間に出会ったりしたか?」
「ああ、何度かクマを食べてる時に見られましたね」
やはりそういう事か。
「何じゃ? 何の話じゃ?」
「東の森の巨大生物の正体が判った」
「そうなのかや? イーグル・ウィンドが倒したとかじゃろ?」
「いや、コレが巨大生物」
俺はイーグル・ウィンドをビシッと指差す。
「んー? そうなのかや?」
「人に何度か見られたらしい」
「あー、なるほどのう。巨大生物じゃなぁ」
マリスも理解の色を示した。
「私が巨大生物なんですか? 確かにクマより大きいですが」
「人騒がせなヤツだな。町で森に謎の巨大生物が現れたとか噂になってたんだよ」
「謎ではありませんよ! 誇り高きグリフォンです!」
イーグル・ウィンドがへそを曲げ、プイと顔を背けた。
「まあ、正体が解ってよかったよ。昨日はマリスが討伐に出たらしいからなぁ」
それを聞いたイーグル・ウィンドが傷ついたような顔になった。
「そ、そんなヒドイ! これほど忠実な下僕なのに!」
イーグル・ウィンドは翼を羽ばたかせると飛んでいってしまう。
「何じゃ? 飛んでいってしまったのじゃ」
後ろの方からハリスが吹き出した声が聞こえた。
三日ほど街道を進むと、前方に二〇〇〇メートル級の山々の連なりが見えてくる。
あの辺りが「ツクサ温泉郷」と呼ばれる温泉宿場町だろう。昼頃には到着しそうだな。
「見ろ。あそこが温泉だぞ」
「神の泉が!」
アナベルが猛然と最前列まで出てきた。
「いや、温泉ね。地図を見ると大きな湖の畔にあるそうだから、ロケーション的には良さそうだぞ」
「素敵用語じゃ」
空腹を覚え始めた頃、ようやく温泉街が目に入った。入り口の看板には「ツクサ温泉郷」としっかりと書いてあった。
キノワほどではないが結構大きい宿場町のようで、町と呼べそうなくらいだ。今のトリエンの半分くらいかも。
街道沿いに建ち連なる建物は半分以上が旅館で、もう半分はお土産屋と食べ物を売る店ばかりだ。
観光客相手の商売が全面に押し出ている感じだろうか。
マップで確認してみれば、高級な旅館は山に向かう石組みの階段の上の方に集中してあり、街道あたりの一般的な旅館と山の上の高級旅館の間に住居や市場などがあるようだ。
「街道沿いは庶民的な宿だが、山の上の方には高級な宿もあるようだ。どっちに泊まる?」
「神の泉はどちらにあるのでしょうか!?」
そんな事は知らんが。
「そうだなぁ……温泉は普通、山から湧くもんだから上の方の宿にあるんじゃないか?」
源泉から直接温泉を引いてるだろうからねぇ。下の方は上から引いて来た温泉を沸かしたものじゃないかな?
「では高級宿屋にしましょう!」
俺は他の仲間に目を移す。
トリシアたちの意見はどうかな?
「私はどこでも構わんぞ」
「温泉というものを楽しむなら上かや?」
「俺は……ケントに……付いていく……」
アナベルが少し暴走気味なので満足させてやるためにも上にするか。
「んじゃ山の上の方に行くとしよう」
「賛成なのです!」
「了解だ」
「アナベルはワクワクじゃな?」
全員、異論はないようなので山の方に続く石の階段へと向かう。
アナベルはスキップするように階段を登り始めた。
なんか危なげなので止めさせるべきかな?
「アナベル、落ち着け。温泉は逃げやしないぞ」
「で、でもぉ~」
「でももへちまも無い。足を踏み外したら下まで真っ逆さまだぞ?」
俺に諌められてアナベルが渋々普通に登り始めた。
高級宿屋が並ぶあたりに到着した俺は少し驚く。日本の有名な温泉街に良く似ていたからだ。
子供の頃に行ったことのある北関東の山の上にあった温泉街だ。
未開の地とか秘境とかインターネットで言われていた県の真ん中あたりにあった温泉街は、狭い通路や階段を挟んでホテルや土産物屋が立ち並ぶ場所だった。
ここはそんなイメージとよく似ている。
「おー、何か懐かしい感じ」
「ケント、そうなのか?」
トリシアが興味深げに町並みを見つつ、俺に問いかけてくる。
「ああ、俺のいた世界にあった温泉地に良く似ているね」
「これが似ているのじゃな? 中々良い雰囲気じゃな!」
「子供の頃に行ったきりだが、なんとも懐かしい気分だよ」
現実世界に似ていると聞いたトリシアやマリスが楽しげに笑いながら階段を登る。
アナベルも周囲をキラキラした目で見回している。
俺はこの温泉宿屋の中で中々
やはりバシーッと新しい感じの宿より、こんな感じの落ち着いたのが俺としては落ち着くよ。
「いらっしゃいませ」
中に入ると縞の着物を来た仲居さんらしき従業員が出迎えてくれる。
「お邪魔します。二~三日泊まりたいんですが」
「五人様ですね。直ぐにお部屋にご案内致しますので、宿帳にご記入願えますか?」
俺は全員分の名前を宿帳に記入する。
「それでは、こちらにどうぞ」
仲居さんに案内されて仲間たちと廊下を進む。
かなり広い宿のようでしばらく廊下を進むと、池の上に掛かる渡り廊下を通った。
「池の上に廊下があるのじゃ!」
「魚が泳いでいます!」
「ああ、あの宿の庭と同じ技工だな」
そうですね。日本庭園的な職人技ですな。
池の上を渡り、到着した離れのような建物が俺たちの宿泊する部屋だった。
「こちらでございます」
「おー、随分良い部屋だね」
「ちょうど、この部屋が空いておりましたので。当旅館で一番人気の部屋でございます」
部屋の名前は「フジの間」。
「この部屋からは霊峰フジが美しく見えるので」
仲居が北側の障子を開くと、富士山のような美しい形の山が見えた。
「あれがフジ?」
「左様です」
なるほどねぇ。見れば見るほど富士山に似ているね。下の宿場町あたりからは見えなかったが、こっちの高級宿屋あたりからだとよく見えるわけか。
そのフジの麓あたりに広がる湖の水面には、霊峰フジが逆さまに映っている。よく富士山写真で使われる「逆さ富士」と構図は同じだな。
何にしても、富士山は日本人にとっては特別な山だが、このフソウでもあの山が特別なのかもしれない。仲居さんの自慢ぶりからも、それが窺える。
霊峰と言われているなら、この地にも富士信仰があるのかな?
何はともあれ非常に興味深い類似点ですなぁ。
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